第33話 火花を灯して

「えっとですね・・・この世界のお祭りとは、焼きそばを食べる催しではないのは、ご理解いただけたでしょうか。」

クサカベが私達を見ながら、少し困った顔で説明を締めくくる。


「ええ。それは分かったけれど、美味しいものは仕方ないわ。ねえ、みいか?」

「ひいか・・・私も結局、いただいてしまっているのは確かだけど、程々にね?」

先程作られたばかりの、焼きそばという名の料理を既に半分以上食べ終えて、微笑むひいかを軽く制止した。


「それでは・・・良い感じに日も暮れてきましたので、庭のほうに移動したいと思います。

 焼きそばの残りはパックに詰めまして、他の食べ物もこれから届くはずですので、外に台を出して並べておきましょう。」

そうして、暗くなってきた外の様子を見ながら、クサカベが準備していたものを外へと運び始める。


「それで、手に持った見慣れない袋が、今夜のお楽しみということかしら?」

「はい。個人でお祭りの気分を味わうのは、どうしても限界はありますが、これなら特別感もありますから・・・やっぱり、夏は花火です!」

何やら細いものが多く詰め込まれた袋を手に、少女が楽しげな笑顔を見せた。



「私の両親が子供の頃には、近所の皆で集まって楽しむこともあったそうですが、ここは住宅も多い場所ですし、迂闊に大きな音とか出すのは、苦情が恐いんですよね。

 このご時世・・・って、まだぎりぎり子供の私が言うのもなんですが、そういうのに厳しくなっているらしいので。」

少し寂しそうなクサカベの表情を見ると、当然ではあるけれど、こちらの世界も変化してゆくものだということを感じさせられる。


「でも、賢者さんが魔力で包んでくれている今なら、大丈夫です! やりたい放題・・・って、そんな危ないことは、最初からするつもりは無いですが。」

「クサカベさん、良い子ねえ・・・ひいかがやりたい放題なんて言ったら、どれだけ恐ろしいことになるか・・・」


「あら。中途半端じゃ、やりたいことをしただなんて言わないでしょう?」

「そこは開き直るんじゃなくて、否定してほしいんだけど・・・」

「あ、あはは・・・本日は賢者さんの護りの範囲内で、どうかよろしくお願いします。」

クサカベが引きつった笑みを浮かべながら、袋を開き始めた。



「それでは、まず中に入っている、少し大きめの蝋燭に火を付けます・・・ちなみに、こちらは魔道具ではなく、料理の時に火を出していた道具の、小型版みたいなものです。」

先から火を放つ、細長い道具へと期待に満ちた目を向ける、ひいかの圧を察したように、指でかちりと操作しつつクサカベが言う。


「あら、そうなのね。近いものは私達の所にもあるけれど。」

「多分、魔力を使うか、別の燃料を使うかの違いだと思うわよ。」

「ああ、そちらではガスとかオイルの代わりに、魔力が貯まってるんですね。」

そんな会話の間に、蝋燭に火を付ける作業も無事に終わったようだ。


「そして、いよいよ本番です・・・この細いほうを手に持ちまして、こうヒラヒラしたり、いかにも何かが固まった感じのほうに、蝋燭で火を付けますと・・・危ないので、覗き込まないでくださいね。」

見つめるひいかから、火を付ける先を逸らしつつ、クサカベが説明する。


「では、そろそろです・・・始まりました!」

「あら、意外と勢いがあるのね。」

「なるほど、これを鑑賞して楽しむもの、ということね。」

ぱちぱちと火花の線が伸び始めた様子に、私達もうなずいた。


「はい! お二人の所には火魔法もあるかとは思いますが、火花の出方や色なども工夫されていますし、やってみると意外と楽しいと思いますよ。」

「なるほどねえ。魔力を込めたら、勢いが増したりしないかしら。」

「それは試したことがありませんが、危ないのでどうか止めてください・・・! って、この気配は?」


「いや、水魔法で狙いを付けられても困るんだけど・・・」

「今だけは護ってあげないわよ、ひいか。」

「分かったわよ。冗談だってば、やらないから!」


「ああ、賢者さんの・・・っと、もう一つ注意事項が届きました。『浴衣は借り物なので、焦がしたりしないでください』・・・

 あれ? これの出元を考えると、そうなった時には私、終わるんじゃ・・・」

「なるほど。クサカベさんの命を守るために、浴衣を汚してはいけないわね。」

「そういうことなら、仕方ないわね。」

「あ、あの・・・お気持ちは嬉しいのですが、命を引き合いに出されると、それはそれで恐いといいますか・・・」

少し脅えた顔をするクサカベを慰めながら、ひいかと私も花火で遊び始めた。




「それにしても、やってみるとなかなか楽しいものねえ。特にクサカベさんの反応も可愛いし。」

「あ、あはは・・・私も久し振りなもので・・・一緒に楽しんでしまいました。」

「いいのよ、気にしないで。最初の説明を聞く限り、皆で集まって遊ぶものなのでしょう?」

「そ、そうですね。ありがとうございます。」


「それに、出てくる食べ物も美味しいし・・・鶏肉の揚げもの、お肉の腸詰め、氷菓子と、質の高いものが色々あるのねえ・・・」

「ひいかは此処に来て、食べることを一番楽しんでいる気がするわ。私も似たようなものだけど。」

「それは良かったです。先輩方と相談して、準備した甲斐がありました。」


「さて、最後に線香花火です。これは静かに楽しむ方向のものですが・・・まずは私が実演しますね。」

「あら、火花も小さめなのね。でも、だんだんと燃え方が変わってる・・・?」

「ええ、そういう工夫なのでしょうね。」


「はい・・・そして最後は、こうしてぽとりと落ちます。これを複数人でやって、誰が一番長く保たせられるか・・・なんて遊び方もありますね。」

「なるほど。みいか、分かるわよね?」

「はあ・・・仕方ないわね。」

笑みを向けるひいかにうなずきつつ、二人で同じものを手に取り、同時に火を付ける。


「えっと、調べればいくつかコツは出てきますが・・・お二人のやり方は、ぴくりとも動かない? いや、どうしてここまでぴたりと止まれるのか、私には全く分かりませんが・・・」

クサカベの驚く声が聞こえるけれど、今は声を出すのも止めておこう。


「・・・あら、私のが少し早かったわ。やっぱり、こういうのはみいかのほうが得意よね。」

「まあ、本職だからね。ひいかも凄いと思うけど。」

「ふふ、動きを悟らせないのは最前線でも大事だし、子供の頃から隠れるのは得意だったでしょう?」

「それは間違いないわね。」

そうして、ほとんど同時に落ちた火を見ながら、ひいかと二人で微笑み合う。


「あれ? もしや私、空気になったほうが良い流れ・・・いや、お二人にその分野で及ぶ気がしませんが。」

いや、そこまで長くなるつもりは無いけれど、案内人の配慮には感謝しておこう。

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