第32話 心を燃やして

「ご存知かとは思いますが、お二人の旅は二泊三日ということで、もうすぐ最後の夜を迎えることになります。」

「・・・・・・この世界の座布団、座り心地が良いのねえ。私達のところにもあるけれど、何か質が違う気がするわ。」


「あっ、それは頂き物なんですよ。何かの経緯でとても良い品を頂戴したから、大切なお客様がいらした時に使いなさいと、両親が・・・私もちゃっかり座ってますけど。」

「あら、そんなことがあったの。それなら、くださった方に感謝しないといけないわね。」


「はい、この場を借りて感謝申し上げます・・・それを使わせてくれる両親にも。」

「ええ、会ったことの無い方ではあるけれど、私も感謝を伝えたいわ。ほら、みいかも。」

「そ、そうね・・・私達も恩恵にあずかっているのだし、有難う御座いますとお伝えしたいわね。」


「・・・・・・はっ!? 話が逸れてる、流されてる!! その、旅の最後の夜・・・」

この地の伝統的な寛ぎ方だと勧められた、座布団についての唐突な会話が続いたところで、クサカベが思い出したように声を上げる。


「クサカベさんは、今みたいに混乱状態から回復する時、魔道具でも使っているの?」

その様子を見ながら、ひいかがじっと視線を向けた。


「ふえっ!? ま、魔道具なんて使っていませんよ?」

「でも、何か力を感じる気がするし・・・ねえ、みいか?」

「お世話になっているところ、あまり詮索するのも気が引けるけど、それは確かにひいかの言う通りよね。

 何度か見ているうちに、だんだんと認識できるようになってきたわ。」


「き、きっと、生体反応とかそういうのです! 何かがお二人の所の魔力と似てるんですよ。」

「ふうん・・・是非とも私達の所に来て、調査に協力してほしいわね。」


「実験なんとやらコース待ったなし!? これ、賢者さんに通報とかすれば助かるのかな?」

「ひいか、そろそろ止めておかないと、また『賢者』に怒られるわよ。気になるのは私も同じだけど。」

「まあ、言いたくないなら仕方ないわよね。詳しく知りたいのは確かだけど。」

「あれ? 助かった気はするけど、孤立無援感がひどい・・・あと、何か忘れてるような・・・」

二度もひいかに話を逸らされる、この少女は大丈夫だろうかと、少し心配になった。



「それで、予定通りなら明日で旅は終わりだったわね。延長申請をしたいのだけど。」

「ひいか、書庫や貸本屋での貸出期限の話じゃないのよ?」

「えっと・・・色々な意味で私に決定権はありませんので・・・」


「クサカベさん・・・それはそれで心配になるのだけど、誰かに騙されたり、強制されているわけじゃないわよね?」

「い、いえ、少なくとも強制はないですし、騙されてるようなことも・・・お世話になった方にお礼をしようと手伝ったら、いつの間にか借りのほうが増えてる、なんてことはありましたが。」


「・・・・・・私達はずっと此処にいられるわけではないけど、どうしようもなくなったら呼びなさい。さっきの秘密と引き換えに、全力で助けるわ。」

「ヒカさんから可哀想なものを見る目が・・・! そして、さらっと交換条件提示されてる!?」

「ひいか、話が先に進まなくなるから、程々にね・・・?」

この子を強制させるようなことを、『賢者』達がするはずはないから、深刻なものではないと思うけれど。



「さて、旅の最後の夜は、この地でのお祭りの雰囲気を楽しんでいただければと思います。まずは、そろそろ届くはずですが・・・」

クサカベが口にする中、机の上に転移魔法陣が浮かび、そこに折り畳まれた、私達の世界とも繋がりがありそうな意匠の服が現れる。


「・・・ここまでするのなら、もう直接本人が来なさいよ、と思うけど。」

「あ、あはは・・・お二人の旅ということですから・・・」

ひいかの声に、クサカベが少し圧された笑顔を浮かべつつ、それを手に取った。


「そんなお祭りに合わせた、この世界の浴衣です。お二人の所にもあるかもしれませんが、ご自身でお召しになりますか? もしくは私が動画で頑張って覚えた着付けを・・・」

「ええ。このくらい、もちろん自分で出来るわよ。」

「ひいかは、私が着せても良いのだけどね。」


「あっ・・・そうですよね。私の出番なんてありませんよね・・・」

ほっとしたような、少し寂しそうな笑顔をクサカベが浮かべたけれど、この世界でも人の心というのは難しいようだ。



「そして、お祭りでは様々な屋台を楽しめることが多いですが、今夜は近場でそうした催しが無いので、色々と吹っ切れた私が、頑張って定番の料理を作ります!」

何やら気合いの入った様子のクサカベが、調理場へ向かってゆく・・・原因の一端が私達にあるような気もしないではないけれど、前向きなのは良いことだろうか。


「本日、お二人は既に何種類かの麺類を召し上がったかと思いますが、こちらはまだのはずです。

 焼けたソースの匂い、お肉もお野菜も美味しい、紅生姜との相性なんて、もう最高!」

そうして、いつになく強い声を上げながら、それなりの量がありそうな麺を、ぱちぱちと音を響かせながら調理していった。


「クサカベさん・・・この料理を作るのは暑くなると分かっているから、最初に気合いを入れているのね。」

「戦場でも、集団戦みたいな状況において、何らかの高揚感を与えるのは、有効だと分かるわよね・・・」


「何やら声が聞こえますが、今の私は料理に集中します・・・! 絶対に、流されない・・・!」

気合いを入れすぎていないか、少しばかりこの少女が心配になるけれど、お祭りに合わせた料理は楽しみなものになりそうだ。

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