第5話 異世界の決まり事
「まず、現状の再確認ですが・・・今は賢者さんの力で、お二人がこの世界の人達に認識されないということは宜しいですね。」
「ええ、把握しているわ。」
「私もよ・・・待って、乗り合い馬車ということは・・・!」
「はい。そのままでは乗ったことを確認されず、料金を支払うことも出来ない状態ですね。」
「なるほど、誰にも気付かれぬよう移動する修練になるということね。」
「いや、迷いなく対価を支払わない道を選ぶんじゃないわよ! 確かに法と向き合う話だわ、これは。」
今は休みの間とはいえ、一国の女王が簡単にその結論へ行き着かないでほしい・・・まあ、子供の頃から無断外出系の問題行動は、私を連れ回しながらいくらでもやっていたけれど。
「は、はい。さすがに無賃乗車は人聞きが悪いので、ぎりぎり認識される程度に賢者さんの力を緩めていただきます。ただし、大声を出したりすると怪しまれる可能性があるので、気を付けてくださいね。」
「なるほど、そういうことね。」
「分かったわ。何かあればすぐにひいかの口を塞ぐから。」
「ええ。その辺は任せたわね、みいか。」
「・・・そこは自分で気を付けるって言わないの?」
「だって、せっかくのお休みなのに、気を張り続けるなんて嫌じゃない。」
「はあ、戦闘系の隙は絶対に見せないのに・・・まあ、仕方ないわね。」
この性格だし、女王としての振る舞いは疲れも溜まるだろう。ここは私が助けにならなくては。
「えっと・・・それで、旅の情緒を乱すようで申し訳ないですが、この世界の道具で力を緩める件の連絡を取りますね。賢者さんと直接には話しませんが。」
「いや、あの子達が自ら出てきてくれても、私は一向に構わないのだけど。」
「そうなると、いつもの面々のようになってしまうので、二人の旅を楽しんでほしいとか・・・」
「ああ、そういう話なら仕方ないわね。」
・・・その言葉も嘘ではないだろうけど、面倒事から逃げたように感じるのは気のせいだろうか。そんなことを考えている間に、クサカベが掌に収まるほどの何かを取り出して、耳に当てている。
『・・・あっ、先輩! お客様方がバスに乗るところまで来ましたので、例の件をお願いします! ・・・・・・え、さっきの私の発言が元で、横で怒ったり落ち込んだりしてる? あわわわわ・・・!
って、そんなこと目の前で暴露したら・・・何か打撃音が聞こえますけど大丈夫ですか? ああ、奥様の結界。それなら問題ないですね。
では、あれをお借りして乗る方向になりそうですので、また後程!』
「・・・少しばかり、不穏なものが聞こえた気がするのだけど。」
「あ、あはは、気のせいです・・・!」
「さっき聞いた、あなたの師が暴れているのかしら?」
「仮にそうだとしても、止められる人は複数いるので大丈夫です・・・と、話をしている間に、力を緩めていただいたようですね。」
クサカベが強引に話題を切り替えるように、私達の周りを覗き込んで口にする。
「ところで、お二人はこの世界のお金について、ご存知ではないですよね?」
「ええ、もちろん知らないわ。」
「堂々と言うことでもないと思うけど・・・」
「初めての方には、いくつも種類があって分かりにくいと思うので・・・代わりになるものをご用意しました。」
「うん・・・? 小さい板状のものね。変わった感触だけど。」
そうして私達に一枚ずつ渡されたのは、見たこともない異世界の道具だった。
「これは事前にチャージ・・・専用の場所でお金を預けることで、この板に記録されまして、こちらをかざすだけで対価の支払いができるという便利なものです。」
「はあ・・・あまり想像がつかないけれど、とにかく移動の時はこれを使うのね。」
「はい! まず私がお手本を見せますので、同じようにしていただければ大丈夫です。」
「ええ、ありがとう。私達としては、諸々まとめて『賢者』に礼をすることになっているけれど、あなたも損はしないのよね? あの子が人を騙すとは思わないけど。」
「もちろんです。報酬にあたるものは、ちゃんといただきますので。」
「それなら良かったわ。ありがたく使わせてもらうわね。」
「なお、これは譲渡可能な無記名式であり、この旅は法に反する行為を容認・推奨するものではありませんので、ご安心ください。」
「うん?」
「ごめんなさい、今のお二人には少し難しい話ですけど、口にしておかないと不安な気がしまして。」
「そう・・・それで安心出来るのなら良いけれど。」
こちらの世界にも色々と決まり事はあるようだ。さて、先程見たよりも少し大きな乗り物・・・クサカベが『バス』と呼ぶものが近付いてきた。異世界の移動手段を体験する時は間もなくだ。
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