第20話 生という選択
「さて、朝御飯ですが・・・お二人の所にもお米はあると聞きましたので、珍しいものにはならないかもしれませんが、この国で長く食べられている形にしたいと思います。」
庭から家の中へと戻ったところで、クサカベが小さく頭を下げる。
「ええ、それで構わないわ。こちらに来てから、既にたくさんのものを見せてもらったし、無理はしなくて良いのよ。ねえ、みいか。」
「ひいかの言う通りよ。別に豪華なものを求めているわけではないのだから。」
「ありがとうございます。それでは・・・」
うなずいた少女が調理場へと向かい、間もなく私達の朝食を載せた盆を持ってきた。
「あら、豪華なものは求めてないってみいかが言ったけど・・・焼き魚にお味噌汁、お漬物に海苔と揃ってるわねえ。」
「ええ。ご飯も艶が見えるし、やっぱりクサカベさんは料理上手だと思うわ。」
「そ、その・・・ご飯を炊くのは便利な道具がありますし、料理の材料も手に入りやすくて、簡単に調理しただけなので、そこまで大層なことはしていないんですよね・・・」
私達の言葉に、クサカベが少し恥ずかしそうにする。それは謙遜しすぎではないかと思うけれど。そして話題を変えるように、彼女が再び口を開いた。
「お米を炊く道具は、一度お見せしたほうが良さそうですよね。実は・・・それも含めて、お二人に希望を伺いたいことが一つあります。
卵は、焼いたものが良いですか? 茹でたものが良いですか? それとも・・・生が良いですか?」
「・・・うん? 私達の感覚では、まずありえない選択肢が最後に聞こえた気がするけれど。」
「ええ。生のものを食べるなんて、新鮮な野菜でもなければ体調を崩すのとほぼ同義よ。」
「はい。ましてや卵なんて・・・というのは、こちらの世界でも大部分の地域では同じ感覚かと思います。ただ、ごく一部の国では生で卵を食べる文化がありまして、ここがその中心地です。」
「・・・なんだか、とんでもない所に来てしまった気がするわ。」
「クサカベさん。一応聞くけれど、それで体調を崩したりはしないのよね?」
「はい。本当に安全なように生産・流通されていますので、ちゃんとしたお店で買って保存方法を誤らなければ、体質的な問題でもない限りは大丈夫です。」
「そうなのね・・・みいか、どうする?」
「・・・素直に、自分の好みは甘めの味付けで焼いたものだって言えば?」
「ちょっ・・・!」
「ああ、それは重大な問題ですよね。承知しました!」
何か理解した表情で、クサカベがうなずく。この世界でも、味付けの好みは分かれるのだろうか。
からあげれもんの血で血を洗う争いに比べれば、まだ穏やかでしょうけど・・・と小さなつぶやきが聞こえたのは、少し気になったけれど。
「ええと・・・生の卵というのは、最後に道具を見るのと合わせて試しても良いかしら? 合わなければ、そのまま焼く選択肢もあるでしょうから。」
「はい!」
提案してくれたところ、断るのも悪いし気になるのは確かなので、回避策も考えた上で伝えると、クサカベが嬉しそうな表情を垣間見せる。やはり私達に見せたかったものなのだろう。
「一番簡単なやり方はですね・・・こうして溶いた卵をご飯にかけて、お醤油で味を加えるのですが。ここに一手間加えて更に美味しくする方法がたくさん提案されています。
私もせっかくですので、ここは刻んだ葱と鰹節を少し・・・!」
「あら、これはよく合いそうね。」
そうして、クサカベが目の前でその作り方を解説する中、ひいかが初めての光景をじっと見つめている。私自身も生の卵を食べることへの心の抵抗を、興味が上回ってきているのが分かった。
「まあ、本来は簡単に作って食べられることが良さでもあるので、これで完成なのですが、いかかでしょうか?」
「ええ、いただくわ。」
ひいかがそれを口に運び、うなずいて私を見る。続いて一口食べれば、自然と視線を合わせ、私達はうなずき合う。
「「美味しいわ。」」
特に意識したつもりは無かったけれど、その声はぴったりと重なった。
「よ、良かったです・・・!」
私達が食べる間、少し緊張した様子だったクサカベも嬉しそうだ。こんな食べ方を教えてくれた彼女には感謝すべきだろう。この世界でなければ出来ないことなのは、少し残念だけれど。
そしてひいかはお代わりしたので、食後は運動をすることになった。
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