第30話 異世界を駆ける

「ふう・・・少し食べすぎたかしら。」

昼の食事を終え、透明に作られた壁の向こうに広がる、外の景色を眺めながら、ひいかが息をつく。


「ひいか・・・こうなることくらい、分かっていたんじゃないの?」

ここに着いてすぐの間食と、買い物を終えての昼食という流れを思い出させるように、その瞳をじっと見て言った。


「ええ、想像がつかない訳ではないけれど、せっかく初めての場所に来たのだから、色々と楽しまないとね。」

「はあ・・・ある意味、ひいかのいつも通りなのかしら。」

「それに、食べすぎたら運動すれば良いのよね。」

その言葉と共に、不穏な笑みが幼馴染の顔に浮かんだ。



「ミ、ミカさん・・・私、案内人として絶対に止めなきゃいけない事態が起こる予感があるのですが、なんとかできる気がしません・・・!」

何かを察した様子のクサカベが、泣きそうな顔でこちらを見てくる。


「大丈夫よ。そうなったら私が付き添うから、あなたはあなたの出来ることをして頂戴。」

「私の、出来ること・・・そ、そうです! この世界には大事な合言葉がありました。何かあったら、報告、連絡、相談・・・!」

そして、こちらの世界特有らしい言葉を交えながら、手の中の道具を素早く動かしていった。


「ねえ、みいか。私が話そうとするのを無視されても困るんだけど・・・それはともかく、修練も兼ねて、この世界の暑さの中で走ってみない?」

「そういう危ないことを言い出すのが読めたから、私達が動いてるんでしょう!」

認識阻害が効いていることを確認しながら、周りに迷惑をかけない精一杯の声で、ひいかに言った。



「えっと・・・お取り込み中のところ申し訳ありませんが、賢者さんからの言伝です。

 『そんなことになりそうな気はしましたが、ちゃんと食休みをしてから始めてくださいね。そして、こちらで危ないと判断したら、空から水魔法を撃ち込んだ後に氷漬けにして冷やしますので。』・・・いや、何かノリが良いのは気のせいですか!?」

「ふうん・・・望むところだわ。みいか、ここからクサカベさんの家までの道順は、押さえているわよね?」

「ええ、もちろんよ。」

「ちょっ・・・!? 初見で何かマッピングされてる!?」

いや、クサカベさんには伝えていないから仕方ないとはいえ、私はこちらのほうが本職に近いのだけどね。



「なるほど、この世界で運動をする人に推奨される、補給用の飲み物ね。私達のところでも多少の工夫はされているけど、作り方を調べたいところだわ。」

「そ、その・・・成分は公開されていますけど、作り方は秘密にされる場合も多いので・・・」


「私は、薬屋にこれだけの品が並んでいることも興味深いわ。こういうのも、細かい症例などに対応した結果なのかしら。」

「そ、そうですね。それに別々の製造元が、同じような薬でも商売として競っていたりもしますし・・・」

クサカベが少し落ち着いたところで、この世界の薬屋・・・私達の知るものに比べて、幅広い品があるようだけれど、そこで道中の飲み物を購入する。

半ば観光のようになってしまうのは、仕方のないところだろうか。


「さっき買った服の効果を、確かめる良い機会よね。着替えはどこですれば良いかしら。」

「あまりそういうのを想定した場所じゃないですけど、空いたお手洗いの個室までご案内します・・・!」

「ああ、クサカベさん。私も少し準備したいから、同じところに行くわ。」

「そちらはぜひお願いします・・・」

ひいかが着替えるのならば、こちらも走る用意と共に覗きの警戒などもしたいところだけど、案内人の助けにもなったようだ。



「これは修練を積んだ異世界の強い人達が、魔法で安全にも配慮した上で行うものであり、炎天下でのランニングを推奨するものでは決してありません・・・」

「クサカベさん、急にどうしたのかしら?」


「えっと・・・こういう時の決まり文句のようなものです。」

「そう・・・こちらの風習なら、仕方ないわね。」

そうして、走り出す準備を整えたところで、ここからしばらく別行動となるクサカベと、言葉を交わす。


「あ、ありがとうございます。そして・・・私、案内人なんですけど、こんな形で良いのでしょうか。」

「他に手段はないし、あなたを危険に晒すなんてもってのほかだから、気にせずさっきの乗り物で帰って良いのよ。」

「わ、分かりました。どうかお気をつけて・・・!」


「ふふ、みいかはちゃんと一緒に来てくれるわよね。」

「何を言ってるのよ。ひいかの傍を離れるわけがないじゃない。」

そして私達は、異世界の太陽が照り付ける中を駆け出した。




「お、お疲れ様でした・・・・・・先輩方から状況は聞いていましたが・・・本当にバスより速いんですね。」

「ええ。あれは決められた道順しか走らないし、信号とやらで何度も止まるでしょう。そんなものには負けないわよ。」

それからしばらくして、家の庭で身体を休めていた私達の前に、クサカベが帰ってくる。


「た、確かに信号はありますし、こちらは乗り換えも入ってますけど・・・道なき道とか突っ切ってないですよね?」

「もちろんよ。耕作地らしき場所はちゃんと避けたし、人目にも触れないようにしたわ。」

「途中で吹雪というのも体験したけれど、『賢者』が周囲に痕跡は残さないようにしてくれたはずよ。」

「はい・・・これ以上詳しく聞くのは恐いので、止めておきますね。」

私達との会話に、クサカベが引きつった笑顔を浮かべた後、家の鍵を開けることに気を向け始めた。

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