第29話 伸ばした手は秘密に触れて

「さて、この世界の素晴らしい服も買えたところで・・・」

旅の予算からクサカベが購入してくれた、運動用の服の包みを大切そうに抱えながら、ひいかが口にする。


「あっ、次の発言が予想できる気が・・・」

「昨日に増して、ひいかのことが分かってきたようね、クサカベさん。」

それを横目に見ながら、クサカベと小さく言葉を交わした。


「そこ、何をこそこそ話しているのかしら。そろそろ、お昼ご飯にしても良い時間よね。」

「そ、それもそうですね・・・」

「さっきの間食が無ければね・・・」

うん、予想はしていたけれど、だからといってどうにかなるものでもない。まあ、服を見るのに歩き回ったし、少しお腹が空いてきたのは確かだけど。


「ミカさん。こんな時に使える、この世界のごく一部に伝わる言葉をお教えします。予測可能回避不可能・・・!」

「なるほど、こうした事例も知られているのね。これもまた、世界が違えど共通するところなのかしら。」


「み・い・か・? クサカベさんとばかり話しているのなら、抱っこして連れていくわよ。」

「子供の時じゃないんだから、止めてもらえる? しかも、こんな賑やかなところで。」

私達がまだ幼い頃、ひいかの中でそうするのが流行りになったのか、抱っこされたりおんぶされたりして、あちこち駆け回られた思い出がある。

もちろん、王女様がそんなことをすれば怒られかねないから、逃げ隠れるところまで含めて、楽しんでいたようだけど。


「えっ、それは尊い。すごく見てみた・・・なんでもありません。」

目の前で裏切るような気配を見せた、案内人に視線を向ければ、すぐにその口を閉じ、平静を装った。



「それでは、お昼にしましょう。お二人には初めてのものばかりでしょうし、小分けの器などももらってきましたので、お好きな感じに分け合ってお召し上がりください。」

そうして、入口近くにあった食事処が並ぶ区域に戻り、私達が確保した机の上には、主にひいかの希望によって選ばれた数種類の料理がある。

最初から分け合う形にすれば、この中で一番食べることが確実な一人と、そこまでではない私達も、共に満足できるだろう。


「パンに何かを挟んで食べるのは、西の都市でも見かけたけれど、これは具材が工夫されているのだったかしら。」

「はい。メインはお肉を一度細かくしてから、お野菜や卵を混ぜたりして、柔らかめに焼き上げたものですね。

 これもお店によって、作り方にこだわりがあると思いますし、他にどんな具材を挟むかでも、多くの種類があるんですよ。」

「ええ・・・確かに柔らかいし、食べればしっかりとお肉の風味が溢れてくるわね。人気の料理だというのも、分かる気がするわ。」


「こっちは、私達が知っているのよりも、細い麺よね。でも、お醤油の味・・・?」

「はい。元々は異国の料理なのですが、昨夜のカレーのように、この国に合わせて改良されたものですね。

 ここは醤油を主に使ったお汁のようですが、味付けやその他の違いで、それこそ数えきれないほどのお店がありまして・・・残念ながら続けてゆけなくなる所も少なくないので、ヒカさんのお好きな『戦場』なんて呼ばれたりもします。」


「なるほど・・・これもそんな中を生き残ってきた一つなのね。心して食べなければいけないわ。」

「いや、気軽に美味しく召し上がってくださいね・・・?」

「昨日会ったばかりの、違う世界に暮らす子に、『戦場が好き』と思わせていることを、ひいかはもっと気にしたほうが良いわよ・・・?」


「そしてこれは、さっきクサカベさんがうなされていた、ミートソースとやらを使ったものよね。」

「あああああ・・・お花畑に埋もれて、誰にも見えなくなりたいです・・・」

「確かに、説明するのが大変に思えるくらいには、手が込んだものというのは分かるわ。そして、このすごく細い麺にも合うわよね。」


「・・・うん、そうだよね。嘆いても現実は変わらない・・・私、頑張らなくちゃ。」

私達がその料理を楽しむ中、自問自答するようにつぶやいてから、クサカベも平静を取り戻したようだ。



「はい、みいか。あーん・・・」

そうして、一通りの料理を味わったところで、ひいかが一口分の麺を取り、私の口元に差し出してくる。


「ちょっ・・・! 本当に子供じゃないんだから。」

「うう、みいかが冷たいわ・・・」

「泣き真似するんじゃないわよ。」


「ヒカさん、ミカさん、それはこの世界でも、愛し合う二人の動作として知られるものですよ。」

「あら。それなら、やらないなんて選択はないわよね。」

「・・・仕方ないわね。」

頬が少し熱くなるのを感じながら、ひいかが差し出した匙を口に含んだ。


「・・・・・・」

「いや、期待を込めた目で見られても、困るのだけど。」

私の言葉に、ひいかは表情を変えることなく、こちらを見つめ続ける。クサカベは、自らの気配を薄くするように、済ました顔で水を飲んでいた。


「はあ、分かったわよ。あーん・・・」

「うん、すっごく美味しいわ。ありがとう、みいか!!」

ここで断れば、どれだけ拗ねられるか分かったものではないので、同じように匙をひいかの口元へと向ければ、満面の笑みでぱくりと食い付いた。



「さて、こちらの世界の面白い文化を教えてくれた、クサカベさんにもそういう人はいるのかしら。」

「ふえっ!? ミカさんの矛先がこっちに!」

いや、しっかりと煽っておいて、ただで済むとは思ってほしくないけれど。


「確かに、気になるわねえ・・・」

「ヒカさんの圧がすごい! えっと、そんな風に思う相手はいますけど・・・今みたいにするのは、まだ難しいですね。」


「あら、片想いというやつ?」

「えっと、そういうわけではないんですが、物理的に・・・? いえ、なんでもありません。」


「ふうん。どんな相手なのか、詳しく聞きたいわねえ。」

「そ、それは、乙女の秘密ということで、どうかご容赦ください・・・!」

クサカベが必死に頭を下げているので、これくらいで止めておいたほうが良いだろうか・・・


「あれ? 私、勢い余って自分を乙女とか言っちゃった・・・石礫とか下向きの親指とか、飛んでこないよね・・・?」

そして自問自答の時間へと入ったようなので、ひいかと目で合図し、この話題は打ち切った。

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