第17話 六花廷、開廷!1

 今ではお馴染みとなった生徒会室。コの字に並べられた長机には、各勢力を代表する生徒たちがすでに着席していた。


 生徒会役員、六花繚乱倶楽部、六花弁護団、そして生徒会室の入り口付近に新聞部を含む傍聴人が二十数人。前代未聞の六花廷とあってか、傍聴人の数もいつもより多いような気がした。


 全員そろったことを確認した生徒会長が、卓上ベルを鳴らす。

 甲高い鐘の音が生徒間の雑談をかき消し、緊張を呼んだ。


「これより開廷いたします」


 厳粛なるムードの中、俺の運命を決める六花廷が始まった。


 しかし本来なら、まずはじめに原告側(六花廷の性質上、そのほとんどが繚乱倶楽部)が被告人の罪状を読み上げるのだが、正面に座る千石は一向に立ち上がろうとはしない。それどころか、彼女は半眼のままじっと俺を睨んでいた。


「生徒会長。この状況について、説明を求めます」


 千石の隣に座っている繚乱倶楽部の一員――確か花澤という名の三年生が、きつい目つきで会長を睨んで訴えかけた。


 一回の六花廷において、前線で戦える基本的なメンバーは、繚乱倶楽部と弁護団の両側共に三人までと決まっている。今日の相手は千石と花澤先輩と、そして二年生の神崎先輩だ。ただ途中交代はできなくても、仲間内での情報交換は認められている。故に毎度のことながら、前線メンバーの後ろには数人の繚乱倶楽部部員が控えていた。


 発言はできないが、彼女らには自分の主張を前線のメンバーに託す権利が与えられていた。ま、六花廷自体お嬢様の私物のようなものだし、不公平を説くのは今さらだ。


 だからこそ、俺たちに与えられた特別措置が気に入らなかったに違いない。

 指摘を受けた生徒会長は、確執など微塵にも悟らせない毅然とした態度で言った。


「今回は六花弁護団員が訴えられるという前代未聞の公判内容ですので、特別処置を取らせていただきました。こちらの方が、繚乱倶楽部と弁護団、両方共にやりやすいと思いまして」


 会長が澄まし顔で答えると、花澤先輩は渋い顔を見せただけで、それ以上異議を唱えることはしなかった。


 特別措置内容、その一。

 俺は被告人兼弁護団の一員として、自分で自分を弁護できる。


 普段なら、被告人は三勢力に囲われるように、コの字に並べられた長机の中心に座ってなければならない。そして訊かれた質問を返答する時のみ、発言が許される。

 今回、俺は弁護団側で自分自身を弁護するため、被告人席は空というわけだ。


 特別措置内容、その二。

 花澤先輩としては、こちらの方が納得いかなかったのかもしれない。


 俺の両隣には、シュウと周防がいた。弁護団でない人間を召喚して戦力に加える権利は一応あるのだが、シュウの場合は別だ。女性を弁護団に招くのは、異例というか完全にルール違反である。


 今度は神崎先輩が指摘した。


「被告人自ら弁護するのは理解できますが、弁護団に女性を召喚する理由はどういった正当性があるのですか? 捜査に協力するだけならまだしも、弁護団員としての発言権は無いものと思われます。いくら特別措置とはいえ、長年守られてきたルールには、ちゃんと従ってもらわないと……」


 発言が途中で途切れる。何かと思えば、千石が神崎先輩を手で制していた。


 小柄な外国人顔に、顔幅の二倍はあろうかというツインドリルを携えた少女は、不気味に微笑んでいた。


「生徒会長。もし弁護団に特別な権限を与えるのでしたら、我々繚乱倶楽部にも同じ権限を頂かなければ、公平とは言えません。そこで提案です。そちらの特別措置に見合った権限を、私たちにも与えてくれないでしょうか」


 舌足らずながらも、千石の発言には重みがあった。

 やはり来たかと、俺は内心で毒づく。ただ二年生三年生の先輩ではなく、千石が申し出たことには、敵ながら天晴れと思った。


「認めます」


 仕方がない。生徒会長としても、ここで拒否する理由がないからな。

 ただし……と、彼女は特別処置を与えるための条件を付け加えた。


「繚乱倶楽部側の特別措置は、今この場で決めてください。それと弁護団側の権限と見合わない場合には、却下いたします」

「分かりました。ありがとうございます」


 一礼した千石が、俺たちの方へ向いた。その笑みには、底知れない薄気味悪さが含まれていた。


「まずは一つ目」


 彼女はその場にいる全員に見えるように、人差し指を立てた。

 つーか、複数あるのかよ。


「被告人の有罪が確定した場合、その罰則は我々繚乱倶楽部が決めます」

「はぁ!? そんなこと……」

「次に二つ目」


 俺の狼狽に対し、千石は声を被せるようにして二本目の指を立てた。


「罰則の内容は、被告人の有罪が確定してから提示します。以上です」

「ちょっと待ってください!」


 千石が提示した特別措置の内容に異議を申し立てるべく、俺は慌てて立ち上がった。


 罰則を向こうが決めて、しかも有罪が確定するまで伏せておくだって?


 冗談じゃない。これじゃあ後出しジャンケンもいいところだ。普段は中立の立場である生徒会長が罰を与えているからこそ、みんな従っているだけなのに。罰則まで繚乱倶楽部が決めることになったら、六花廷の公平性が完全に失われてしまうじゃないか。


 立ち上がったはいいが、あまりに突拍子のない千石の申し出に絶句してしまった。

 横から生徒会長の一喝が飛んでくる。


「野村さん。異議があるなら挙手をお願いします」


 異議はあるが、返せる言葉がない。


 俺は棒立ちになったまま、じっとこちらを見据える生徒会長の瞳を見つめ返す。彼女も解っているはずだ。そんな馬鹿げた特別措置、受け入れられるはずがない。


 しばらく見つめ合う。異議なしと受け取った会長が、千石に向かって言った。


「千石さん。貴女の発案を認めましょう」

「なっ――!?」


 今度こそ本当に言葉を失ってしまった。

 マジか!? そんなもの認めてしまったら、俺という一生徒の人権問題に発展してしまわないか?


「ただし、判決に見合わないほど度を越した罰則であったり、公序良俗に反するものと判断した場合は、どんな理由があろうと却下します。その場合は生徒会から改めて罰則を提示することになりますが、それでも構いませんね?」

「はい、大丈夫です」


 納得したように頷いた千石が、着席した。


 俺が異議を唱えなかったためか、即座に決まってしまったようだ。最低限の人権は保障されたとはいえ、俺の内心はあまり穏やかではない。


「安心して。今やり取りで、ゴールが見えたわ」

「ゴール?」


 隣に座るシュウが小声で励ましてくれた。しかも、ちょっと驚いた顔をして。


 まさか昨日言っていた、決定打となる最後の手札を手に入れたのか? 今のやり取りで? ダメだ、俺には何一つ分からない。


 けど、今はシュウを信じるだけだ。


「では改めて、本日の六花廷を開廷したいと思います。繚乱倶楽部側、告訴内容を」

「はい」


 返事をした花澤先輩が、一枚のA4用紙を手に立ち上がった。


 見る限り、今日の繚乱倶楽部は訴えを起こした千石をメインにして、二人の上級生は完全に補佐に回っているらしい。一年のくせに先輩を顎で使うとは、繚乱倶楽部内での千石の地位が高いのか、それとも信用されているからなのか。


「先週の金曜日、告訴人である千石千代子さんが繚乱倶楽部の部室でシャワーを浴びていたところ、忍び込んできた被告人Aに覗きをされました。これにより、千石さんは精神的に多大なる苦痛を受けました。よって純粋無垢な女子生徒を辱めた被告人Aに対し、それ相応の報いを与えるべく、この場に訴えます」

「弁護団側、告訴内容に相違はありませんか?」

「…………はい」


 俺が重々しく頷くと、傍聴席からどよめきが起こった。


 当然といえば当然の反応だ。少し前の、スマホを勝手に見ただのパンチラを目撃した際に笑っただの、不可抗力が働いたせいで起こった事例とは違う。告訴内容をそっくりそのまま認めれば、誰がどう聞いても被告人が悪く、完全に犯罪だった。


 だから、このまま終わらせるわけにはいかない。

 異議を唱えるべく、俺は静かに手を上げた。


「いくつか訂正したいことがあります」

「はい、どうぞ」

「まず被告人Aに不法侵入をする意図があったわけではありません。しっかりとノックをし、堂々と入り口から入室しました」

「けど、室内から誰かが入室許可を出したわけではないんですよね? 結局、それでは不法侵入と変わらないのではないですか?」


 すかさず千石が反論してくる。

 予定通りだ。


「おっしゃる通りです。ただそちらの告訴内容では、この場にいる第三者が誤解してしまう恐れがあります。被告人Aは覗きをするために、こそこそ隠れながら繚乱倶楽部の部室に侵入したと、誰もがイメージしたでしょう。ですが、事実は違います。被告人Aは別の目的があって訪れ、偶然にも千石さんのシャワーシーンを目撃してしまった。偶発的に起こった事故であることを、ここで強調します」

「…………」


 不服を申し立てたそうな顔をした千石だったが、ぐっと堪えた。


 今は弁護団が告訴内容を訂正している場面。彼女もそれは理解している。いくらお嬢様方の私物である六花廷とはいえ、相手の意見に耳を貸さず自分の主張ばかりしていたら、退場させられることもなくはない。反論する機会なら後で腐るほどあるし、表向きの六花廷は完全公平に、だ。


「次にシャワーシーンを目撃したと言ってしまいましたが、これも間違いです。被告人Aは実際にはシャワーを浴びている千石さんの姿は見ていない。どころか、シャワー室すらも覗いてはいません。部室の扉を開け、室内に一歩入ったところで、シャワー室から全裸の千石さんが出てきた。それを目撃したというのが正しい事実です」

「全裸……」


 と呟いた千石が、顔を赤らめて俯いてしまった。

 女の子にとっては、自分の裸体を男子に見られたことを公にされるのは、恥ずかしことなのかもしれない。


「以上です」

「六花繚乱倶楽部側は、今の訂正を受諾しますか?」

「……所々細部に申し立てたくはありますが、大筋は今の通りですので受け入れます」


 苦虫を噛み潰したような顔をしながら、千石は告訴内容の訂正を受諾した。


 繚乱倶楽部としては、被告人を完全悪人にしたいがために、事実内容を少し湾曲させて報告することがある。故に告訴内容の確認と訂正は、毎回行われている形式のようなものだ。そして事実から大幅に逸れていない限り、繚乱倶楽部は訂正内容を受け入れなければならない。じゃないと、いつまでたっても先へ進めないからな。


 雰囲気としては、傍聴人の裁定が少しだけこちらへ傾いたような気がした。偶発的な事故と強調したからだろう。しかし両側が認めた事実関係だけでは、未だ俺を悪人として見る目が多い。

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