第7話 作戦会議 その1

「ってな感じで宣戦布告したんだけど、実は考えなしだったりするんだよね」

「昔からそうだよな、お前は」


 そこがシュウの良いところでもあれば、悪いところでもあるんだけど。


 放課後、六花弁護団の部室にて作戦会議の真っ最中だ。しかし席に着いて、真っ先にこのセリフである。六花廷が開かれるのは木曜日、つまり三日後と決まったところだし、本当に大丈夫なのだろうか。


「ま、何とかなるわよ。なんたって、こっちには強力な助っ人がいるんだから。ね、学年一位さん」

「結局、人頼みかよ」


 そう言いつつも、俺もまた、同席するインテリメガネに期待を寄せていた。


 部屋の片隅、同じくパイプ椅子に座って文庫本を読んでいた周防が、露骨なため息を漏らした。


「どうして六花弁護団でもない僕が手伝わなきゃならないんだ?」

「いいじゃないの。そこはほら、野村君の友達として軽く手助けしてあげれば」


 文庫本を閉じた周防が、眼鏡越しに睨んでくる。煩わしそうにしているわけではなく、ただ呆れ果てているようだった。


「別にいいけどね。暇だし。野村君のためにも、陰ながら助言くらいはさせてもらおう」

「わーい、やったぁ」


 可愛らしげな声を上げるも、その風貌にガッツポーズときた。とても勇ましい。


「何か策とかないか? もしくは六花廷の必勝法とか」

「君は過去八回の六花廷も、そんな調子でロクな作戦もなしに臨んでいたのかい?」


 いやいや、お恥ずかしながら。


「だって訴えがあってから六花廷まで、平均して四日くらいの猶予しかないんだぜ? そんな短時間じゃあ、事件の概要を整理して、事の成り行きを熟知するくらいしかできないだろ」

「いや、まずはそれでいいんだよ。君は当事者だから忘れているのかもしれないけど、僕らは事件のことをまったく知らない。どういう経緯で、何故起こったのかもね。だから先週末のことを詳細に話してくれないと、初めの一歩は踏み出せないよ」


 おぉ、なんか深い。ただ単に俺がうっかり忘れていたことを指摘しただけなのに、見かけも中身もインテリな周防が言うと、なかなか説得力がある。できれば言いだしっぺに指摘してほしかったんだけどなぁ。


 てな感じに半眼でシュウを見ると、奴は何故か得意げな顔をしていた。


「そうよ、私もそれが言いたかったの。早く事件のあらましを話しなさいな。今北産業」

「今北産業? どこの企業だ?」

「……大まかな流れを三行で説明しろ、って意味だよ」


 なるほど。俺の知らない経済用語か。さすが社長令嬢と学年一位のインテリメガネだ。覚えておこう。


 しかし三行ね。要点を三つ挙げるとしたら……うーん……。


「生徒会長のお遣い。六花繚乱倶楽部。千石の裸」

「意味不明。出直してきな」「なるほど。よく分かった」


 周防よ、俺はお前のような友達を持てて本当に幸せだ。


「ちなみに生徒会長のお遣いというのは?」

「先日の六花廷で使われた調書のサインをもらいに、ここに来たんだ。んで、会長が六花繚乱倶楽部には行きたくないから俺が代理で千石のサインをもらいに行くことになった。そしてばったり遭遇」

「どうして生徒会長は自分で行かなかったんだい?」


 はて、なんでだったっけな?


「いや……特に何も言ってなかったような気がする」


 そこで周防は顔を伏せて黙り込んだ。事件の過程をじっくりと推察しているのか、何か不可解な点でも見つけたのか。さすがのインテリメガネでも、まさかもうすでに解決案を練っているわけではないだろう。


 そしてシュウさん。あなたは難しく考え込まないでも結構です。期待してませんから。


「じゃあ次。繚乱倶楽部の部室内で、千石さんはどこにいた? ソファーに座っていたとか、立っていたとか」

「部屋に入った時は誰もいなかったんだ。俺が部室の豪華さに感動していたら、横のシャワー室から裸の千石が出てきて……」


 うわぁ、思い出したら赤面してしまった。そして同時に自己嫌悪。同級生の全裸を目撃してしまうとか、俺って実は、本当に大変な罪を犯してしまったんじゃなかろうか。


「本当に誰もいなかった?」

「隠れられそうなところもなかったし、本当に誰もいなかったな。ただシャワー室には千石以外の誰かがいたかもしれないけど、俺は確認していない」

「千石さんは本当にシャワーを浴びてた?」

「そこを疑ってどうすんだよ。全身は濡れてたし、身体は火照ってたし、本人も『シャワーを浴びていたら……』っていう訴えだったし。まず間違いないだろ」


 …………。

 あれ? なんか変だ。とてつもない違和感がある。

 千石は……本当にシャワーを浴びていたのか?


「まぁ、どちらでも構わない。結局、君が六花繚乱倶楽部にいて、そこで千石さんの裸を目撃してしまった事実は動かないんだ。相手がそこに要点を向けて訴えている以上、無罪にするのは限りなく難しい」

「はー……やっぱりお前でも良い案はないかぁ」


 早くも絶望ムードが漂ってきた。有罪確定かぁ。罰則はなんだろうなぁ。

 狭い部室に重い空気が下りる中、妙なことに気づいた。


 シュウが静かだ。静かすぎる。いつもだったら、ここで某熱い人のように『諦めんなよ!!』とか喝を入れそうでもあるが。


 チラリとシュウを一瞥すると、未だ真顔で唸っていた。何か考え込んでいるようだ。

 と、


「分かった!!」


 突然の叫び声にビックリしました。身長もそうだが、シュウは人を圧倒させることにおいては随一だな。しかも驚き戸惑う俺と周防をお構いなしに、勇み顔で自分の案を話し出す身勝手さもね。


「……何が分かったんだよ」

「六花廷で必ず勝つ必勝法よ!」

「頭痛が痛いなぁ」


 思わず頭を抱えてため息を漏らしてしまった。ちょっと考えただけでそんな必勝法を思いつけるんなら、俺は八回も負けていないさ。


「で、どんな方法なんだ?」


 一応訊いてみると、シュウが俺に人差し指を向けてきた。


「命令よ、野村君。生徒会長を籠絡しなさい」

「……はぁ? ロウラク?」


 何言ってんだぁ、こいつは。六花廷で勝つために、どうして生徒会長が出てくる?


 困惑気味に周防を見てみると、こいつも真顔だった。どうやらシュウの案は、それほど的を外してはいなかったらしい。


「なるほどね。汚い手ではあるけど、無罪にこだわるのなら、もうそれしかない。でも本当にいいのかい? それで勝ってもスポーツマンシップに反すると思うけど?」

「関係ないわ。もともと六花廷にスポーツマンシップなんてありゃしないもの。スポーツでもないしね。麻雀と同じで、六花廷はキレイないかさまで勝利を掴む場なの」


 なんだなんだ? 俺の知らないところで話が進んでってるぞ。


 要領を得ないでいると、シュウがやれやれと言いたげに首を振った。どうやら俺は今、とてつもなくアホみたいな顔をしているらしい。


「いい? 六花廷の判決は、ほぼ生徒会長の独断で決められるの。つまり生徒会長をこちらの仲間に引き入れて、八百長すれば……」

「……六花廷の有罪無罪どころか、罰則すらも思いのままに操ることができる、か」


 でもなー、お前は本当にそれでいいのか? 周防も同じことを訊いたけど、俺ももう一度問いただしたい。そんなことで無罪を勝ち取って、意味などあるのかと。


 しかしその疑問は、俺の口からは出なかった。俺が何か提案して、こいつが意見を変えたことなど一度もないのだから。


「というわけで、野村君。第一のミッションよ。生徒会長、小鳥遊たかなし百合奈ゆりなを籠絡してきなさい!」

「俺がやるのかよ!!」

「あったりまえじゃん。誰を無罪にするための裁判だと思ってるの」


 無論逆らえるはずもなく、己を無罪にするため俺は重大な任務を課せられてしまった。


 無茶言うなって……。

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