エピローグ
後日談。
俺は三人の美少女と交際することになり、日々大変な生活を送っています。以上。
……さすがにこれでは味気なさすぎるので、もう少し詳しく話そうと思う。
あの日をきっかけに、俺は六花弁護団を脱退することになった。当然といえば当然だ。繚乱倶楽部部員、生徒会長、そして弁護団に協力していた女子生徒。公平な場を大前提とする六花廷において、三勢力とよろしくやってる俺が、今後も堂々と参加できるはずがない。周防先輩みたいに、交際の事実を隠すこともできないし。
しかしながら、六花廷との関係が完全に断たれたわけではない。なぜなら、あの判決を耳にした愚男どもの入団希望が後を絶たなかったからだ。六花弁護団に所属していれば、お嬢様と交際できる可能性がある。その甘い汁にあやかりたかったのだろう。
「野村君。頼むから辞めないでくれ」
結局、繚乱倶楽部の部員と同じ三十六人まで絞っても、周防先輩一人で後輩の指導ができるわけもなく、俺に泣きついてきた。一応は学園側の許可を得て、今後弁護団として六花廷に臨まないことを条件に、特別顧問として居座ることになった。
何はともあれ、誰も悲しまない結果に落ち着いて本当に良かったと思う。
そして最後の六花廷から数日が経過した、とある日の放課後。ようやく生徒会長と二人きりで話せる機会に巡り合えたので、俺はお礼を言おうと思い、彼女の背中を追った。
「会長!」
今日は生徒会の仕事がないのか、会長は授業が終わるのとともに帰路についていた。
どこぞの宮廷の庭園みたいな校庭を、他に帰宅する生徒に混じって歩いている。だが、おかしい。聞こえてるはずなのに、彼女は振り向いてくれない。
もしかして人違いだったか?
俺があの美しい黒髪を見間違えるとは思えないんだけどなぁ。
「会長?」
回り込んで顔を窺う。やっぱり生徒会長だった。
だが、何故か怒っているようだ。
「私はカイチョウなどという面白い名前ではありません」
「あー……」
そういや、そうだったな。今のは俺が悪い。
「百合奈さん。お話したいことがあります」
「なんでしょう?」
すぐにいつもの無表情に戻ってくれた。付き合っていても、感情豊かな顔を見せてくれるわけじゃないんだな。
立ち止まった会長の隣に並び、俺たちは共に歩き出した。
「この前の六花廷では、ありがとうございました」
「野村さんにお礼を言われるようなこと、何かしましたっけ?」
「俺が千石に告白された時、百合奈さんも名乗り出たことです。あなたはシュウの気持ちを見抜いて、あんなことを提案したんですよね?」
「さぁ、何のことでしょう?」
惚けてはいるが、会長の意図はちゃんと伝わっていた。
千石が告白してきた時、俺は見ていなかったが、シュウはとても複雑な顔をしていたんだと思う。その内心をリーディングなんたらで読み取った会長が、千石の告白を遮ってまで俺に交際を申し込むことで、シュウを同じ土俵へ上がりやすくさせたのだ。
方法はともかく、シュウの気持ちを慮ってくれたことには感謝するしかない。
「百合奈さんの中二病も、意外と役に立つものですね」
「私は高校三年生です」
ピシャリと言い放つ。このやり取りが、ちょっとだけ楽しみになってしまった。
「でも……」
と、会長が呟いた。
「私だって、好きでもない男性とお付き合いしたいとは思っていませんよ」
「えっ?」
思わぬ言葉が飛び出て、俺は見事に固まってしまった。
つまり現状付き合ってる俺のことは好きだと? いやいや、まさか。成り行きで交際届を出したのも、六花廷の公平性を保つためのパフォーマンスだったんじゃないのか?
聞き間違い? それとも、またいつもの冗談?
恐る恐る顔色を窺ってみる。俺の視線から逃げるように顔を背けるも、黒髪の間から覗く耳は少しだけ赤かった。
え、これマジなやつ? めっちゃ緊張してきた。
「ところで、」
と、会長は早く話題を変えたいと言わんばかりに咳払いをした。
「私も驚きましたよ。まさか三人全員とお付き合いすることを選択するとは。周防さんの入れ知恵ですか?」
「あー……立案はそうですね」
「立案は? ……ああ、そういうことですか」
気づかれたか。やはり生徒会長は聡明だ。
「お腹の底から声を張り上げたあの大告白は、打ち合わせにはなかったわけですね?」
「そういうことになります」
周防が提案したのは、三人の交際届にサインするという裏技だけだ。だから、あの演出は俺の独断である。ああ、恥ずかしい。思い返しただけでも、布団の中に潜って三日三晩は念仏を唱えたくなるくらいの黒歴史だ。
「やはり私が見込んだ通り、野村さんは面白い方でしたね」
「まあ、この数日間で俺に六花廷の本質を叩き込んだ奴がいますからね。そいつの影響を受けたんでしょう」
会長がくすくすと笑う中、俺はその人物を思い浮かべようとする。
だが思考は強制的に遮断された。なぜなら「とりゃああーー!!」という快活な掛け声とともに、背中に大きな衝撃が奔ったからだ。勢いに耐えきれず、俺はそのまま前のめりに倒れてしまう。
「イチャイチャしてるとこ悪いですねぇ、お二人さん」
「シュウ……」
俺を蹴り倒した片足を上げたまま、シュウが不気味に微笑んだ。だからパンツ見えてるっての。
居たたまれなくなり、視線を逸らす。シュウの横には、相変わらず奇抜なツインドリルで頭を飾っている千石がいた。
「シュウちゃん。人を後ろから蹴り倒すなんて、レディーとしてどうかと思うわよ」
「いいのよ、千代ちゃん。あたしにとっちゃ野村君の扱いはこれが一番正しいんだから」
こいつら、いつの間に名前で呼び合う仲になったのだろう。しかもシュウにいたっては少しだけ友好的な呼び名になってるし。
「野村君。私は非常に不満です」
シュウに対する態度とは打って変わって、俺を見下ろす千石は不機嫌そうに鼻を鳴らした。あまりに剣呑な雰囲気を纏っているもんだから、ちょっと怖気づいてしまう。
「な、何でしょうか?」
「有川さんをシュウ、生徒会長を百合奈さんと呼んでるのに、私だけ千石なの? 不公平じゃないかしら?」
「……じゃあ何て呼べばいいんだ?」
「ち、千代千代とか、どうかしら」
マジかぁ。自分で言ってて恥ずかしくなるくらいなら、やめときゃいいのに。
とはいえ、俺が拒否する理由もないな。
「分かったよ、千代千代。今度からそう呼ぶ」
そう答えると、千石は満足そうに頷いた。
「ところで会長。会長も一緒にフィレンツェでお茶しませんか?」
「私とシュウちゃんで、今から行くんですけど。どうです?」
二人が誘うと、会長はニッコリと微笑んだ。
その笑みは、俺が未だかつて見たことがないほどに心の底から喜んでいた。
「えぇ、是非ともお供させてください」
地面に尻もちをついたままの愚男を残して、三人の美少女は行ってしまう。
これから毎日こんな学生生活が続くのかぁ。と、自分の行いを半分くらい後悔している俺だった。
六花廷へようこそ! 秋山 楓 @barusan2022
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます