第14話 生徒会長の嘘1

 水曜日。

 自分が裁かれる六花廷を明日に控えた今日、俺はシュウから与えられた宿題をこなすべく、今一度生徒会長との接触を試みていた。


 ただ一年生の俺が、日中に上級生のクラスへ足を運ぶわけにもいかない。また期待していた食堂でも会うことができなかったので、結局は放課後になってしまった。


 今日は俺の件とは別の六花廷が開かれる。

 絶対に会長を逃すまいと、俺は傍聴席に座った。


「男が女を好きにならなければ、人類は滅亡する!」


 相変わらず飛ばしてんなぁ、周防先輩は。原告一同、唖然としてんぞ。


 本日の告発内容は、訴訟人(お嬢様)がスマホを操作していたところを、被告人A(男子生徒)が後ろから覗きこんでいたというものだ。決して不純異性交遊を指摘しているのではない。どう解釈したら今の発言が出るのか、甚だ疑問である。


 ちなみに俺は今日の開廷内容には一切触れていない。弁護団が訴えられるという前代未聞の事態となったため、お休みである。明日の六花廷が有罪だろうが無罪だろうが、その後もちゃんと参加できるらしいことだけは幸いだった。


「あのマッチョ先輩、言ってることが八割方意味不明なのよねぇ」

「――――ッ!?」


 隣の席に座った女子生徒が、俺に話しかけてくる。

 顔を見ずとも、すぐに誰だか分かった。


「ちょっと。なんで離れるのよ」

「いや、ほら、髪の毛が当たるからさ」


 割とマジで。大きめの麦わら帽子だって、掠りもしない距離なのに。


 俺の隣に座った千石千代子は、腕と脚を組み、不遜な態度で鼻を鳴らしていた。半眼で睨むその瞳が怖い。まるで俺を人間とも思っていないような表情だ。


「明日の六花廷、心配だわさ。あんな雑な弁護されたら勝負が一瞬で終わっちゃうもの」

「それについては大丈夫だ。俺の友達が俺を無罪にしようといろいろ調べてくれてる」

「いろいろって、どんなこと?」

「それは……」


 そもそも千石にとっては、俺が有罪であることは絶対なのだ。どんなに調査しようが関係ない。俺が繚乱倶楽部の部室を訪れ、偶然にも千石の裸を目撃してしまった。絶対に起こったこの事実を覆さない限りは、俺が無罪を勝ち取ることはない。


「そういえばさっき、水波先輩が奇妙なこと言ってたわ。昨日の放課後に、繚乱倶楽部の部室で御ひげ様に会ったって。まさか貴方たち、ウチの部室に忍び込んで変なことしてたんじゃないでしょうね?」

「シテナイヨ。だいたい御ひげ様って何だ? 俺に髭は生えてない」

「ま、そうよね。スカートらしかったし、女装して女子の部室に侵入とか普通に犯罪ですもの。六花廷どころの騒ぎじゃないわ」


 コワイヨー、ドキドキが止マラナイヨー。

 実は俺たち、相当危険な綱渡りをしてたんじゃ?


「お友達がどんなに頑張ったところで、どのみち貴方は有罪確定。ホント、呆れちゃうわよねぇ。弁護団のくせして、訴えられるなんて」

「うくぅ……」


 返す言葉もない。誤解だと反論したいのは山々だが、俺の脳裏には千石の裸が焼き付いて離れないからな。


 とその時、生徒会長が卓上ベルを鳴らし、議論の終結を言い渡した。

 被告人は有罪。今日から一週間、自分のクラスのトイレ掃除をすることになった。

 会長が閉廷を宣言し、当事者や傍聴人などが席を立ち始めた。


「あなたの罰は、ボランティアなんかじゃ終わらせない。ちゃんと責任を取ってもらうんだから」


 不敵に笑った千石もまた、周囲に倣って席を立った。


 挑発か宣戦布告のつもりだったんだろうが、俺の闘争心にはまったく火が点くことはなかった。なぜなら、もし千石と二人きりで話せる機会があれば、俺には絶対に彼女に言わなければならない言葉があったからだ。彼女の顔を見た瞬間から、ずっとその言葉が頭の中を満たしていた。


「なぁ、千石」


 生徒会室から出ていこうとする千石の背中へ呼びかける。

 五日も間が空いてしまったけど、やっと面と向かって言えることができた。


「本当に、ごめんな」

「…………」


 完全な敗北宣言だ。六花廷で討論するまでもなく、自分の非を認める言葉。


 俺はずっと自分のことばかり考えていた。周りの目とか、今後の学校生活とか、どうすれば六花廷で罪を軽減できるかとか。被害に遭った千石のことなど一ミリも考えなかったことが、本当に嘆かわしく恥ずかしい。今の謝罪には、誠意ある謝罪が遅れたことの意味も含まれていた。


 しかし千石の反応は……。


「…………」


 怒ることも呆れることもなく、また俺が罪を認めたことで嘲ることもなく……ただただ俺を見据えるばかりだった。どこか寂しげな雰囲気を漂わせながら。


「やぁ、野村君! 傍聴してくれていたのか。俺の弁護はどうだった?」

「うぐぅ……」


 背後から肩を叩かれる。身長が一センチくらい縮むかと思った。

 振り向くと、茶褐色のデカい熊がいた。


「周防先輩。心臓に悪いので、いきなり後ろから叩かないでください」

「おぉ、悪い。時に野村君、今話してたのは明日戦う予定の千石さんかな?」

「え? あぁ……」


 ツインドリルの小さなお嬢様は、すでにここにはいなかった。

 俺はため息を漏らし、気を取り直す。


「先輩、今日も当然のように負けましたね」

「はっはっは、今年度に入って九連敗だな」

「笑い事じゃないです。明日はしっかりしてくださいよ。俺が裁かれる六花廷なんですから。あなたの弟とシュウも、一生懸命情報収集してくれてますんで」

「うん? 俺は君の弁護はしないぞ」

「…………?」


 何言ってんだこいつ。

 弁護団に所属している熊……もとい周防先輩が弁護してくれないのなら、誰が俺を助けてくれるというのか。


「なんでも明日の六花廷は、弁護団所属の男子生徒が訴えられるという前代未聞の案件であるため、特別処置が施されるらしい。と、生徒会長殿が言っておられた」

「特別処置?」


 そういえば昨日の昼休み、生徒会長を籠絡するという作戦が功を奏し、明日の六花廷を俺たち弁護団の優位に運んでくれるって会長が言ってたっけ。それと周防先輩が参加しないことに、何か関係があるのか? ある意味ありがたいけどな。


 っと、しまった。こうしちゃいられない。生徒会長と話すために傍聴してたんだった。


「すみません、先輩。ちょっと生徒会長に用事があるので」

「待ちたまえ、野村君」

「ぐへぇ!!」


 急いで立ち去ろうとすると、首根っこを掴まれた。一般男子高校生の三倍はあるかもしれない握力が、俺の首を絞める。血を吐くかと思った。


「ちょっと小耳に挟んだのだが、君は昨日、生徒会長殿に色目を使ったんだとか?」

「色目? あぁ……」


 色目というよりプロポーズだったな。話の内容は誰にも聞かれていないと思うけど、一緒に食事を申し出ただけでも、ナンパ目的があったと勘違いされてもおかしくはない。


 つーか、昨日の出来事なのに、すでに上級生にまで噂が広がってんのかよ。しかも俺個人まで特定されてるし。


「気をつけろよ、野村君。君の行動に、あまり快く思っていない人物もいる」

「誰……ですか?」

「誰、と特定の人物を示すことは俺にもできん。平たく言えば生徒会長の信奉者だ」

「信奉者……」

「彼女は昔、常に複数の下僕を連れて回るほど周囲に対して高圧的に振る舞っていたそうだ。今はだいぶ落ち着いているが、未だに彼女を狙っている男子は少なくない。なにせ彼女を娶るだけで、大企業の社長の椅子にぐっと近づくんだからな。特に、あいつだ」


 耳元で囁く周防先輩が、視線だけで方向を示した。

 コの字に並べられた長机の一角で、生徒会長と一人の男子生徒が会話をしている。


「生徒会副会長の鵜飼うかい先輩、三年生だ。あいつは会長殿に取り入ってもらうためだけに、生徒会副会長に立候補したとまで噂されている。もし一年生の分際で、堂々と会長殿に手を出したら……」


 ふと、生徒会長と話していた鵜飼先輩の顔がこちらへ向いた。柔和な笑みから一転、恐ろしく無機質な無表情へと変化する。逆光で光るメガネが彼の眼力を遮っているが……間違いなく、彼は俺を見つめていた。


「……というわけだ。気をつけろよ、野村君」

「えぇ。忠告、ありがとうございます」


 軽く俺の肩を叩いた周防先輩が去っていく。同時に会長たちの会話も終わったようだ。


 会長に一礼した鵜飼先輩が、機敏な動作で俺の横を通り過ぎて生徒会室から出て行く。その際に窺えた彼の顔は、能面のように冷淡としていた。会長と話している時は、人当たりの良い営業マンのような笑みを張り付けてるというのに。


「おっと、こうしちゃいられない。会長!」


 帰り支度を始めている会長を、慌てて呼び止めた。

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