第18話 六花廷、開廷!2
「では弁護団側、何か弁解することはありますか?」
「はい」
シュウが手を上げた。すると繚乱倶楽部側の一同は、露骨に嫌な顔を見せた。
「はい、有川さん。どうぞ」
「一つだけ、冗談を言ってもよろしいですか?」
「冗談? ……長くならなければ構いませんよ」
疑問を浮かべたのは、何も生徒会長だけではない。俺たち三人以外の生徒は、皆が皆、シュウのおかしな言動に首を捻っていた。六花廷初参加だから、勝手が分からないのだろうという苦笑いも含めて。
「ありがとうございます。冗談というのは、千石さんが体験した事柄は、実はすべて夢だったのではないか、という意見です」
「は? ……夢?」
「事件は当事者二人の間でのみ成り立っています。他に目撃者はいません。故に、千石さんは繚乱倶楽部の部室で居眠りをしており、彼女が何かしらの感情を抱いている被告人Aが夢の中に登場したのではないか、という可能性も否定できません」
「貴女は何をふざけているのですか!」
勢いよく立ち上がった花澤先輩が、ヒステリックな叫び声を上げた。他の繚乱倶楽部の皆様も、声を上げずとも牙を剥いてらっしゃる。権力を差し引いても、女子が集団で反抗してくる有様は恐怖以外の何物でもなかった。
「ですから、冗談です。私も本気で言っているわけではありませんし、そちらの千石さんの主張をすべて虚偽と言い張るわけではありません」
鼻で笑ったシュウが、何事もなかったように静かに座った。肝、据わりすぎだろ。
もちろん相手が夢だったと認めてくれれば万々歳だが、さすがにそうもいかない。そしてシュウがあっさりと引いたのも正解だ。事件があった無かったの水掛け論になれば、六花廷の性質上、絶対に弁護側が負けてしまうから。
そしてシュウの冗談で、一つの事実が判明した。
事件当時、繚乱倶楽部の部室には千石以外に誰もいなかった。もし誰かがいたのなら、そう主張してくるはずだ。事件そのものが虚偽である可能性を指摘され、慌てて止めに入る。他に目撃者がいなかった証明に他ならない。
ただ挑発の意味合いもあった作戦だったのだが、当事者である千石が意外にも冷静だったことには驚いた。
「虚偽ではないと認めるのなら、事件自体は本当に起こったわけですね?」
「はい。弁護団としても、訂正させてもらった告訴内容を覆すつもりはありません」
生徒会長の問いに、俺は毅然とした態度で言った。
そして彼女のさらなる質問に、今度はシュウが答える。
「では弁護団は、この場で何を訴えるのですか?」
「被告人Aの無罪です」
会場内が再びどよめいた。
被害者の裸体を目撃したことを認め、その上で無罪を主張する。正気の沙汰ではない。良くて減刑だろう。などという声が、傍聴席から聞こえた。心なしか、繚乱倶楽部のお嬢様方も鼻で笑っているような気がする。
「静粛に」と生徒会長が鳴らした卓上ベルで、ようやく会場内は静けさを取り戻した。
「では被告人Aの無実を証明するため、弁護団は釈明をお願いいたします」
「はい」
返事をして立ち上がったのはシュウだ。今回、メインで戦う役はすべて彼女に一任してある。六花廷に参加できるせっかくの機会だから自分も弁護してみたい、と。
対する繚乱倶楽部側で迎え撃つのは、千石本人だった。
龍と虎が、まさに雌雄を決する時!
「まず議論の争点を定めましょう。繚乱倶楽部側は、何を以て被告人の有罪を決定づけているのでしょうか?」
「被告人Aが告訴人――私、千石千代子の裸体を目撃したこと、その一点に限ります。もちろん『繚乱倶楽部の部室内で』かつ『彼が無断で入室したこと』を条件とします」
「なるほど。では被告人Aが千石さんの裸体を目撃しなかったと証明できれば、無罪確定というわけでよろしいですね?」
「その証明が不可能であることは、すでに前提で決まっています」
その通りだ。千石は自分の裸体を見られたことに争点を置き、そして弁護団側は告訴内容でそれを認めてしまっている。つまりどう足掻いても覆すことのできない事実であり、無実と主張するのは最初から不可能なのだ。
「確かに無実は不可能です。が、弁護団としては被告人Aの無罪を要望します」
「どういう意味ですか?」
「『被告人Aが千石さんの裸体を目撃してしまったことは偶然であり、不幸な事故だ』と主張します」
「どちらでも変わらないと思います」
「ならば事件が起こったのは第三者の陰謀だとしたら、どうでしょう」
「陰謀?」
「例えば、被告人Aが繚乱倶楽部の部室を訪れた理由を考えてみます。覗きが目的でないとしたら、何故彼は女子の部室に顔を出したのでしょう」
「それはそちらが提出した調書に書かれています。先週の六花廷で使われた調書のサインを貰いに行くため、被告人Aは繚乱倶楽部へ訪れた。貴方たちの主張が正しければ、確かに偶発的な事故ですね」
「そうです。でも考えてもみてください。弁護団員である被告人Aが、敵方である繚乱倶楽部の元へサインを貰いに行く行為は、どう考えても不自然ではないですか?」
「…………」
「つまり誰かが被告人Aに対し、繚乱倶楽部へ行けと命じた」
「…………それは誰ですか?」
「それは……」
焦らすように言葉を切ったシュウは、一度だけみんなの顔を見渡した。
そして最終的に、生徒会長の方を向いて不敵な笑みを漏らす。
「被告人Aにサインを貰いに行けと命じたのは、生徒会長です」
傍聴席が驚きの声に満ちた。
俺は当事者だから当然のこととして捉えていたが、事実を何も知らない傍聴人からしたら、完全に意表を突かれた形になっただろう。普通に考えたら、ここで生徒会長が出てくる意味が分からない。シュウのパフォーマンスは、外野の興味を掴むことに成功した。
それまで無表情だった会長が、急に破顔した。自嘲的な笑みに近い。
彼女の凛とした声音は、卓上ベル以上に群集を鎮める効果があった。
「イグザクトリー……じゃなかった、その通りです。確かに私は野村さんに千石さんのサインを貰って来てほしいと、お願いしました。証拠も理由も必要ありません。認めます。ですが、だからといって私の陰謀と結論付けるのは、少し早計ではありませんか?」
「もし生徒会長が、千石さんがシャワーを浴びていることを知っていたら?」
「知りませんでした」
『知らない』と言い張られてしまったら、『知っていた』という証拠を提示しない限り絶対に覆らない。そして俺たちは、会長黒幕説という明確な証拠を持ってはいない。だからこの話はここで終わりだ。
いくら好意的に接してくれるとはいえ、やはり生徒会長は完全中立な立場だった。
議論の切れ目と察した千石が、高らかに鼻を鳴らした。
「ほぅら、陰謀論なんて唱えても証拠がないんじゃ意味はありませんね。被告人Aの無実も無罪も証明できない」
かかった。
鬼の首を取ったかのように、シュウが生き生きと微笑んだ。
「つまり千石さんは、誰かしらの陰謀論が成立すれば、被告人Aは無罪であると認めてくれるのですね?」
「…………え?」
争点を変えること。それが俺たちに課せられた、第一の目標だった。
裸を見たから有罪。この事実が揺るがないのなら、最終着地点を別のところへ変更するしかない。つまり故意でなかったから無罪。介入した第三者こそが真犯人。多少強引ではあるが『陰謀論の有無にかかわらず』と条件付けしなかった千石は、認めざるを得ない。
「そういう意味で言ったわけではなくて……」
当然、千石は否定する。
だが弁解するのには、もう遅かった。
「そうなんですか? しかし傍聴人の方々は、すでにそのつもりですよ」
「――――ッ!?」
千石は慌てて傍聴席の方へと振り向いた。
顔を見るだけでも分かる。女子も男子も入り混じる傍聴席の生徒たちは、皆一様に同じ思いを抱いていた。すなわち『もし第三者が意図的に起こした事件なら、そいつが一番悪いんじゃないか?』と。
争点の変更については、完全にこちらが勝利したと言ってもよかった。千石を含めた繚乱倶楽部一同、何も言い返せないでいる。
「ふんっ! ま、いいわ。陰謀論が証明できない限りは、被告人Aの無罪を言い渡すことはできないもの」
それはそう。俺たちの本当の戦いはここからである。
どうせ黒幕なんていないと高を括っている千石が、議論の進行を促した。
「それでこの先どうするつもりなのかしら? 生徒会長の陰謀じゃなかったらしいわよ」
「今のはあくまでも一例です。例えばそのような可能性もある、といった意味で提示したまで。弁護団としても、生徒会長が黒幕だとは思っていません」
「では陰謀説はもうおしまい? つまらない幕引きだわ」
「いえ。実はもう一人、とある人物の陰謀である可能性があります」
「それは……誰です?」
冷たく突き放す千石の言い方に対し、シュウの頬は熱を帯びていた。
俺が繚乱倶楽部内で千石の裸を目撃せざるを得なかった状況。
その状況を作った犯人とは――、
「ずばりアナタです。千石千代子さん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます