芽生えた心
(とりあえず、常に間合いを維持しておかないと……っ)
普通なら距離を取って戦うべき相手だが、フレアナイトは覚醒進化することで遠距離攻撃を可能にしている。
ベルに対してやったのを見れば分かる通り、剣を振ると同時に光の刃が伸びてくるから、フレアナイトの異常な攻撃速度との相性がいい技だ。今の俺が距離を取って戦うのは無理がある。
(だが唯一の弱点もある……!)
そういう剣術流派なのか、フレアナイトは剣を振るう速度こそとんでもないが、基本的に大振りの攻撃しかしてこず、僅かだが攻撃の予兆が見て取れるのだ。
もちろん、通常攻撃の威力もイカれていて、一撃でも食らえば即死待ったなしだが、それでも隙があるならできることがある。
「ぉらあっ!」
剣を大きく振りかぶった瞬間を狙い、腕に向かって竜化した拳を叩きこむと、フレアナイトはわずかに仰け反り、足裏で地面をこすりながら後退すると、俺はすぐさまフレアナイトの方に前進して【竜腕】の間合いの内側に収めた。
(フレアナイトの攻撃速度は速すぎてパリィはほぼ不可能……だが、出始めを潰すことはできる!)
剣を振ろうとしている腕に対し、事前に強い衝撃を与えればダメージが入るから、それを何度も何度も繰り返していくのが、今最も確実にフレアナイトを倒す手段だ。
だからこそ、竜化した拳がフレアナイトに届く距離を常に維持しないといけない。もし間合いの外側に出られたら、光の刃で一方的になぶり殺しにされるからな。
……しかし、そんな綱渡りな戦法はいつまでも続けられるものではない。
「ぐああっ!?」
攻撃の初動を防ぐことに失敗し、フレアナイトの攻撃を許してしまった俺は悲鳴を上げながら吹き飛ばされそうになるのを、意地で堪えて距離を保ち続ける。
魔力値を上げて強度が増した竜化した腕を盾にして、何とか直撃を防いだが、ガードの上からでも伝わってくるとんでもない衝撃……それがフレアナイトの攻撃力の高さを物語っていた。
「こんの……! 負けるかあああああっ!」
退いたところで活路はないと、自分を鼓舞しながら危険な間合いを維持し続ける。
覚醒進化したフレアナイトは、もう大きく明確な隙を晒すような攻撃はしてこない。【エウロスの波動弾】を叩きこんで大ダメージを狙うチャンスは早々ないだろう。
(……本当なら、【瞬迅雷光】を使いたいところだが)
開けた空間である大聖堂は【瞬迅雷光】を使うのにうってつけだが、俺は発動を躊躇っていた。
見ての通り、フレアナイトの攻撃速度は異常であり、覚醒進化したフレアナイトをしたことで移動速度が大幅に上昇しただけでなく、隙が少なくて威力が高く、リーチが長い遠距離攻撃を手に入れている。
それはつまり、こちらが少しでも体勢を崩したり、攻撃の出始めを潰す拳を外して隙を晒せば、一瞬で殺されるという事でもあるのだ。
(せめて奴の体を掴むことができれば……!)
初めてベルと戦った時みたいに、両腕を巻き込む形でフレアナイトの体を鷲掴みにして拘束するのだ。そうすれば勝機があるんだが……正直、現実的ではない。
それもこれも、フレアナイトの攻撃速度が速すぎるからだ。攻撃を封じるのに精いっぱいで、拘束するなんてとてもできねぇ。
結局、消極的な戦いしか出来ずに戦況が一進一退を繰り返している中、俺が繰り出した拳がついに狙いを外した……というか、外された。
「コイツ……! 頭を盾に……!?」
攻撃の起点となる腕を殴りつけようと拳を繰り出した、正にその時。前傾姿勢になって兜で覆われた頭を前に突き出したフレアナイトは、そのまま頭を盾にして腕への攻撃を防いだのだ。
(不味――――)
咄嗟に腕を交差して防御態勢をとると同時に、フレアナイトは大剣を横薙ぎに振るう。
こちらが隙を晒したことで繰り出された一閃は、今までにないくらいに重く、鋭い。そんな渾身の一撃をモロに受けた竜化した腕は、まるでガラスのように砕け散って、俺自身の生身の腕を晒した。
(【竜腕】が、解除された……!)
攻撃を何度も食らい続けた、魔力で具現化された竜の腕が限界を迎え、砕け散ったのだ。
慌てて再発動をしようとしたのも、フレアナイトは自身の間合いの内側で大剣を振りかぶっている。
(あ……ヤバ……)
俺の脳裏にこれまでの記憶……走馬灯が駆け巡るのもお構いなしに、フレアナイトは俺の胴体を両断する為に大剣を振るった。
……そんな時に俺の視界に割り込んできたのは、見慣れた白い髪の毛だった。
「…………こふっ」
割り込んだものの正体は、ベルだった。
一体何が起こっているのか、半分理解できないままでいる俺の目には、フレアナイトが体験を振り抜いた姿が映り、そして耳にはベルが気道に液体が入って小さく咽るような声が聞こえてきた。
「っ!」
それから少し遅れて、強烈な電光がフレアナイトに炸裂する。
思わず目が眩んでしまいそうな光が辺りを照らす中、俺はベルの体に押し飛ばされるように後ろに向かって吹き飛ばされ、そのまま地面に転がった。
「ベルっ! おい、しっかりしろ!」
慌てて起き上がって腕の中でグッタリしているベルの容態を確認すると、彼女の胴体には大きな斜めの傷が出来上がっていて、そこから血が大量に流れだしていた。
医者じゃない俺が見ても分かる、明らかに危険な状態だ。
「……っ! このバカ! 逃げろって言っただろ! 武器もない状態で何でこんなことをした!?」
庇われた、助けられたのは頭では理解できている。しかし感情が納得しなくて、俺は理不尽にも叫ぶ。
俺の私情に付き合わせるのを止めて、そろそろベルも戦いから身を引いてもいいんじゃないかと考え始めた矢先にコレだ。自分の不甲斐なさとか、情けなさとか、そういうのがごちゃ混ぜになって、理屈では説明ができない感情を胸の内から溢れさせていると、ベルは俺の手を弱々しく握りながら、口を開く。
「…………一緒に居たい」
傷の痛みなんて何一つ感じていなさそうな鉄面皮で、口の端から一筋を血を流しながら呟かれたその言葉は、俺が初めて聞いたベルからの欲求だった。
「…………ジードと、離れたくない…………ずっと、一緒がいい」
それを聞いた時、俺は不覚にもちょっと泣きそうになった。
これまでベルは俺からの指示を決して破ろうとしなかった。誰かのいう事を聞くのが当たり前で、誰からも何も言われなければ行動に移さないのが、指示待ち人間のベルにとって当然のことだったのだ。
(それがなんだよ……お前、そんな些細な事の為に、初めて指示に背いたのか……?)
もう疑う余地なんてない。彼女の中には今、確かに心が芽生えている。自分の願いの為に、誰かの言葉ではなく、自分の意志で動き出す感情がある。
そのことを確信していると、俺の背後からフレアナイトがガシャガシャと音を立てながら接近してくるのが分かった。
モンスターにとって俺たち人間の事情など関係ない……即座に俺の背後まで移動してきたフレアナイトは、大上段から大剣を振り下ろして、俺もろともベルを真っ二つにしようとした、その瞬間。
「【瞬迅雷光】」
莫大なMPを消費し、全身に青白い光を纏った俺は、ベルを横抱きにした状態でフレアナイトの後方数十メートルにある壁際まで瞬時に移動していた。
突然標的が目の前からいなくなって困惑しているのか、フレアナイトが俺たちの姿を見失っている間に、俺はポーチからもしもの時の為に購入しておいた高性能の回復ポーションの蓋を全て開け、それら全部をベルの傷口に掛ける。
すると傷口から音を立てて煙が立ち上り、血が流れていた傷が痕も残さず、嘘みたいに綺麗さっぱり治っていた。どうやら奮発して高い金を払った甲斐はあったらしい。
「……ちょっと待ってろ。今全部片づけてくる」
血が大量に流れてたからしばらく安静にする必要があるが、これで傷の方は大丈夫。それを確認した俺は【竜腕】を再発動する。
普通の武器は壊れればお仕舞だが、【竜腕】はあくまでもスキルによるもの。MPを消費すれば元通りになるのも、他の武器よりも優れている点だ。
(死なない……俺もベルも、絶対に死なせやしないぞ……!)
俺は体を大きく前に傾ける前傾姿勢になり、竜化した腕を地面に付ける。
この姿勢は構えだ。【竜腕】と【瞬迅雷光】を組み合わせることで俺が独自に生み出し、
『コイツだけ、チートを使って未実装のボスキャラを操作している』……と。
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