ボンバー作戦


 町で必要な物を購入し、《地底土竜の縦穴》へとやってきた俺は、物音を立てないようにゆっくりと、慎重にダンジョン内を進んでいた。

《地底土竜の縦穴》はその名の通り、螺旋式の通路を辿って下へ下へと向かっていく竪穴式のダンジョンだ。最深部に辿り着くだけなら子供でもできる単純な構造をしているが、問題となるのは出現するモンスターの強さと、横幅五メートルという戦うには不十分な通路の狭さだ。


(ゲームで初めて訪れた時は、攻撃力の高い敵に追い立てられて、何度も何度も通路から落ちて落下死したもんなぁ)


 ズシン、ズシンと重い足音を立てながら通り過ぎていく一つ目の巨人、サイクロプスを横目に、俺は前世の事を思い出す。

《エンドレス・ソウル》における何度でも再出現リポップする雑魚敵の強さは軒並み高水準で、このダンジョンでは特に強力なモンスターが多く出現する。

 そんなモンスターたちを相手にしながら、落ちたら死亡不可避の狭い螺旋通路を進まなければならないのだ。まさに死にゲーを体現する鬼畜ダンジョンと言えるだろう。

 しかし、熟練の冒険者でもあっさり死にかねない《地底土竜の縦穴》を子供の俺がなぜ進めているのか、その理由はもちろんある。


(【隠者の暗幕】……事前に調べて売られているのは知ってたからな。ダンジョン攻略の為に買わせてもらった)


 今俺が全身を覆い隠すように被っている黒いローブ、【隠者の暗幕】は簡単に言うと、装備者の姿を消す代物だ。ゲームだと宝箱からしか手に入らないんだが、その有用性の高さから、この時代だとそれなりに量産されている。

 これを使えば、こっちから手出ししない限り、大抵の雑魚敵は俺の存在に気が付かず素通りする。もちろん、ボスモンスターには通用しないが、戦闘手段を持たない俺がダンジョンを進むにはお誂え向きだろう。


(よし……まずは第一段階クリアだな)


 そうやって最下層目前まで螺旋通路を降りてきた俺は、眼下で堂々と眠る岩のような甲殻で全身を覆った巨大モンスター……この《地底土竜の縦穴》のボスであるマグマドラゴンを見下ろす。

 

(これが生のボスモンスター……眠ってるだけなのに、凄い迫力だ……っ)


 マグマドラゴンの見た目は、翼が無く、後ろ脚が退化した代わりに前脚と顔のデカい竜って感じなのだが、その強さは見た目を一切裏切らない。

 頑丈すぎてまともにダメージが入らない、攻撃力が異様に高い、なら動きが鈍いのかというと言われればそれほどでもなく、むしろ体が大きい分攻撃範囲が広く、唯一の欠点をカバーしている。

 しかも距離を取って戦おうにも、広範囲、高射程の遠距離攻撃を連発してくる……死にゲーのボスに相応しい一体なのだ。


(異様に強いくせに討伐報酬に【竜腕】ハズレが混じってるって、プレイヤーからは嫌われてたっけな)


 確かにダンジョンではボスモンスターを倒すことで宝箱が出現し、マグマドラゴンを倒せば高火力で扱い易い炎属性の刀とか、素早く溶岩の塊を投げつけるスキルとかが手に入るが、【竜腕】がハズレだなんて何も分かっていないし、刀だとか汎用攻撃スキルだとか、そんな派手さの欠片も感じない地味な報酬に興味はない。

 

(重要なのは、奴がロマン砲ビルドを完成させるために必要不可欠なスキルをドロップする事と……子供でも倒すことが出来るという事だけだ)


 真っ向から戦えば厄介極まりないマグマドラゴンだが、いくつかの攻略法が存在する。その中で俺が選んだのは、誰でも簡単にできるものだ。

《エンドレス・ソウル》は自由度が売りのアクションRPG。ボスモンスターと会敵しなくても攻撃を仕掛けることができる。つまり、最下層に降りなくてもマグマドラゴンから離れた位置……今俺がいる螺旋通路の途中からでも倒す方法がある。


(まずはこちらから攻撃を当てて、マグマドラゴンを起こす)


 今は眠っているマグマドラゴンだが、プレイヤーが最下層に降りるか、攻撃を当てるなりすれば目を覚ます。そうするとマグマドラゴンはプレイヤーに向かって攻撃を始めるのだが、それが攻略の為の第一歩だ。

 それは恐らく、この世界でも同じこと……俺は近くにあった大きめの石をいくつかマグマドラゴンの頭に落とすと、マグマドラゴンは目を開けて頭を持ち上げた。


「オオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼」


 耳をつんざくような叫び声を上げながら、的確に俺の方に視線を向けるマグマドラゴンの目には、自身の眠りを妨げた羽虫に対するいら立ちのようなものが宿っているようにも見えた。

 ボスモンスターであるマグマドラゴンには【隠者の暗幕】による隠密能力は効果が無い。そして一度目を覚ませば、マグマドラゴンはダンジョンの入り口まで届く超火力、高射程の溶岩弾を連続で吐き出してプレイヤーを追い詰めるのだ。


(だが、その瞬間こそが勝機でもある……!)


 マグマドラゴンが巨大な口を開けて、今にも溶岩弾を吐き出そうとしているのを確認しながら、俺はあらかじめ手に持っていた大きめの麻袋を投げ込んだ。

 重力に従って落下する麻袋はそのまま、マグマドラゴンの煌々と光る喉奥へと吸い込まれ……その直後、大きな爆発音と共にマグマドラゴンが倒れた。


「しゃあっ! 見たかオラァッ!」


 ダンジョンで生まれたモンスターは死と共に消滅する。それに倣うように、口や鼻から煙を上げながら絶命し、その巨体を跡形もなく消滅させるマグマドラゴンを見下ろしながら、俺は思わずガッツポーズをとった。

 今しがた俺が投げ込んだ麻袋の中身は、一口でざっくり説明すると爆弾である。通常、爆弾程度ではマグマドラゴンを倒すことはできないのだが、俺の狙いはマグマドラゴンの内臓……溶岩弾を生み出す火炎袋だ。


(マグマドラゴンの火炎袋は火に反応して大爆発する性質がある)


 自分の口から溶岩弾を吐き出す分には問題ないらしいが、こっちから口の中に目掛けて爆弾を放り込んでやれば、連鎖爆発するみたいに火炎袋も破裂し、硬い甲殻で覆われた体を内部からグチャグチャにできるという寸法である。

《エンドレス・ソウル》だと、ロマン砲ビルドだけでストーリー最速クリアなんてのもやってたからな。この方法で何体ものマグマドラゴンを仕留めてやったものである。


(それじゃあ早速お楽しみの時間だ)


 俺はマグマドラゴンが消滅した場所に現れた宝箱を開けに最下層へと進む。

 そしていざ宝箱の前まで来てみたんだが、何となく感慨深いものを感じた。前世じゃ実際に宝箱を開けるなんて経験自体なかったし、こうしてボスモンスターを倒して宝箱を前にすると、『俺は本当に異世界に来たんだな』って改めて実感したというか。


「さて……肝心の中身はっと」


 宝箱の蓋を開けると、そこには一枚の石板が収められていた。

 スキルタブレット……《エンドレス・ソウル》でも日常的に見てきた、スキルを習得するために必要なアイテムだ。これにステータスカードをかざすことでスキルを習得できるのだが、問題はその中身……俺はスキルタブレットに記された文章を読む。


 ――――ここに暴虐なる力の一端、【竜腕】を封ずる。


 前世で何度も何度も見てきた文章を見て、俺は思わず『しゃあっ!』と叫ぶ。

【竜腕】を手に入れられる確率は決して低くはないが高くもなかった。場合によっては《地底土竜の縦穴》を周回する必要があるかと思ったんだが、一発で取れたのは僥倖だ。


「よし、次だ……ゲーム通りならこうすれば……」


 スキルタブレットにステータスカードをかざすと、ポゥ……と淡い光が発生し、スキルタブレットが消えたのを確認すると、俺はステータスカードを操作して内容を確認した。

 ステータスカードはスマホみたいな操作感で指を使って表示される内容を切り替えることができる。そうやって取得スキルの一覧を表示すると、そこには確かに【竜腕】という文字が刻まれていた。


「最強の武器、確かに手に入れたぞ……!」


 これで俺は最低限戦えるだけの力を得たわけだが、これだけではまだ足りない。【竜腕】というスキルを活かすにはまだ準備が必要だ。その為にするべきことは既に決まっている。

 俺は再びステータスカードを操作し、自身の能力値を表示する。そこにはMP・スタミナ・筋力・耐久・敏捷・魔力という項目が記されてあったが、今着目するべきはそれらの上に表示されている項目だ。


「レベルは1から23……ゲーム通りの上がり方だ」


 この世界もゲームと同様、モンスターを倒すことで経験値を得てレベルを上げることができる。そしてさっき簡単に倒したように見えるマグマドラゴンだが、普通に戦えばかなり強い部類に入るボスだ。このくらいのレベルの急上昇は当然と言える。


「そしてSPは115……これも計画通り」


 SP……正式名称、ステータスポイント。それは敵を倒し、レベルを上げる事でのみ得ることができる、ステータスカードの神髄ともいえる機能だ。このSPをMPを始めとした各能力に振り分けることで少しずつ強化され、生物としての限界を超えてモンスターと真っ向から戦えるようになる。

 どのようにポイントを振り分けるかはビルド次第……当人の計画性が問われる機能だ。


(大抵の《エンドレス・ソウル》プレイヤーなら 筋力と耐久をメインに上げて安定性を図るんだが……)


 通常攻撃を主体とした継戦能力の高い安定感のあるビルドで、癖が無くて強いことから人気の高かったビルドだ。

 しかし生憎と、俺はロマン砲ビルドしか組まない男。能力値の上げ方も、そんじょそこらの奴らとは違うのである。



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