糸目の男


「どういうことだ!? 暗殺が失敗しただと!?」


 クイントス王国の某所。窓も存在しないとある一室で、ヘンリーは目の前にいるスーツ姿の男に対して食って掛かっていた。

 目を血走らせながら襟首を掴み上げてくるヘンリーに対して、男は平然とした表情で答える。


「えぇ、残念ながら。ご子息の元へ送り込んだ刺客は撃退されてしまったようでして……探知魔道具を仕込んだ首輪の反応も途絶えてしまったので、刺客の行方は分かりませんが、ご子息が無事に屋敷に戻ってきたという事は失敗したと考えるのが妥当でしょう」

「何をいけしゃあしゃあと……! 貴様に依頼するのに、どれだけの手間と金を掛けたのか分かっているのか!?」


 三年前、ジードから受けた屈辱を晴らすためにヘンリーが頼ったのは、金を積めば殺しも厭わないような集団……いわゆる裏社会組織と呼ばれる面々だった。

 実の息子に対する復讐にしては過剰すぎるが、冷たくなっていく妻子に、一向に上手くいかない仕事、爵位と領地の返上を匂わせてくる政府……これら全ての原因がジードにあると思えば、ヘンリーは正常な判断が下せないくらいに追い込まれていた。


「あの忌々しい女が生んだクソガキを始末する為に、こっちは執政官共にバレるリスクを負ってまで貴様らと接触し、自由にできる数少ない金を貯めて依頼したんだ! だというのに失敗だと……!? ふざけるのも大概にしろ! この役立たず共があっ!」


 これまで積み重ねてきた苦労を全て台無しにされ、唾を飛ばしながら激昂するヘンリーだったが、それ以上の罵倒が続くことはなかった。

 スーツ姿の男が、目にも止まらない速さで間合いを詰め、ヘンリーの顔を万力のような力で掴み上げてきたからだ。


「ヘンリーさん……貴方何か勘違いをされてませんか? こちとら人の世の闇で生き抜いてきた組織です。そんな我々が、真面目に顧客からのクレームを対応するような、まっとうな組織だと本気でお思いで?」


 言外に『失敗しても文句は受け付けない』という無茶苦茶な事を言うスーツ姿の男に対し、ヘンリーは気にせず文句を言いたい気持ちでいっぱいだったが、口を閉じざるを得なかった。

 ただ口元を覆い隠されているからではない。自分の顔のすぐ前で、笑みを浮かべているにも拘らず言い表しようのない威圧感を放つスーツ姿の男が恐ろしかったからだ。


「そもそもの話、ヘンリーさんが持ってきた依頼金ははした金もいいところ。それでも『育成中の刺客の訓練がてら』ならという条件の元、今回の依頼を引き受けました。失敗する可能性も十分あった事は承知の上だったはず」


 そう言われたヘンリーはぐうの音も出なかった。依頼金は思った以上に高額でヘンリーが持参した分では足りず、『育成中の暗殺者の訓練を兼ねてなら』という条件で引き受けてもらったのだ。

 最初は文句を叫んでいたヘンリーだったが、王国の治安維持組織の眼を掻い潜る手間やリスクなどの話をされたら黙るしかなかった。


「さらに言えば、ご子息がただの子供ではなかったことを我々に言わなかったでしょう? 幼いとはいえ、手塩を掛けて技術とスキルを仕込んだ刺客が退けられたとなると、恐らく本人がスキルを習得し、戦闘訓練に明け暮れているか、あるいは護衛が陰に控えている……その情報を伝えられなかったおかげで、我々は将来有望なギフテッド・・・・・持ちの刺客候補をみすみす失う羽目になったのですよ?」

「…………っ」


 ジードが冒険者を雇い、戦闘訓練に明け暮れていることはヘンリーも知っていた。しかしそれは子供の手習い程度のもので、どうせ大したものではないと決めつけてかかったから、言う必要も無いと思ったのだ。

 しかしそのおかげで依頼は失敗している。そのことに対して確かな怒りを滲ませているスーツ姿の男に対し、馬鹿正直に認めることも謝ることもできずにいると、パッと顔を鷲掴みにしていた手が離された。


「まぁ何を言っても、我々も依頼をこなせなかったのは事実。そのことを素直に認め、今回はお互い様という事にしようではありませんか……ヘンリーさんも、それでいいでしょう?」

「ぐ……うぅ……!」


 セリフの内容とは裏腹に、有無を言わせない威圧感を放つスーツ姿の男に対して、これ以上言い返す意気地のなかったヘンリーは、納得がいかないながらも黙って部屋を後にする。

 その後ろ姿を見送ったスーツ姿の男は、『ようやく小うるさいのが帰った』と思いながら、顎に手を添えて暗殺失敗の原因について考えた。


(やれやれ……十三の子供を仕留めるだけの簡単な依頼だと思えば、とんだ大損をしてしまいましたね)


 この結果に対してスーツ姿の男は、ジードへの報復行動や刺客の回収なども考えたが、それは止めた。

 どのような経緯があったかは分からないが、今回の一件がすでに政府関係者に伝えられている可能性が高いし、正規軍や冒険者たちに追われるリスクを負ってまでやりたい事ではないからだ。


(将来有望とはいえ、替えが効く駒であり、【傀儡の首輪】の力で情報源になることも防げてますしね)


 トカゲの尻尾切りができる以上、下手に政府関係者に目を付けられるリスクを負うほどではない。

 ならばリスクよりも安全を取る。個人的には腹立たしいが、それが最善手ならと、スーツ姿の男は自分を納得させた。


(それにしても、出自が怪しすぎるとはいえ有能だったアレ・・が退けられるとは……たかが十三歳の子供の暗殺と侮り過ぎましたかね。腕の立つ護衛が付いていたのか……あるいは、アレと同様にジード・アレイスターが年齢不相応の実力を有していたのか)


 なんにせよ、興味深い子供だ……そう感じたスーツ姿の男は、特徴的なまでに細い糸目をわずかに輝かせるのだった。


   =====


 エルトリアを生かしてパーティメンバーに加える、そんな俺の企みはあっさりと成功した。

 元々、自分の意思というものが希薄だったエルトリアは俺が持ちかけた話にあっさりと乗った。これまでの人生のせいで、自主性というか、決定力というものが普通の人間よりも大きく欠けているんだろう。だから色んな判断を簡単に他人に委ねる。

 俺が持ちかけた話に対してすぐに首を縦に振り、『そんな簡単に決めてもいいのか?』と聞き返せば、『そうしてほしいんじゃないの?』と不思議そうに答えられた。 


(自分にも周りにも無関心……これがいつか変わればいいんだが)


 これに関して、俺からできる事はそう多くない。精々冒険者仲間としてあちこちに連れ回して、色んなものを経験させるしかないだろう。


(あとは暗殺未遂について父たちを問い詰めたいところではあるんだが……それは止めた方がいいか)


 如何せん、証拠がないしな。下手に突いても言い逃れされて、面倒なことになりかねない。こっそりと、こちらの思うように事を進めた方が吉と見た。


「あ、そうだ。お前の名前は? 俺はジード・アレイスターって言うんだけど」


 あの路地裏に留まり続けるわけにもいかないから、とりあえず自分の部屋に連れ込んだんだけど、そこで俺は自己紹介を済ませていなかった。

 本当は原作知識で名前は知っているけど、一応聞いておかないと色々ややこしいことになるからな。そう思って聞いたんだけど、エルトリアは無表情のまま首を傾げた。


「…………名前? さぁ?」

「さぁって……名前も覚えてないのか」


 しかしこれはかえって好都合かもしれない。エルトリアという、ラスボスの名前で呼び続けるのは、余計な情報を良からぬ輩に与える可能性がある。

 その良からぬ輩っていうのが具体的にどんな奴かは俺にも分からないが、もしも将来的に俺に敵対しつつ、エルトリアに関する知識を持っている奴が現れた時に備え、情報は伏せておくべきだ。


「それじゃあ、俺が勝手に名前を付けるけど……いいか?」

「…………(コクリ)」


 何ら迷う事なく頷かれたので、俺は腕を組みながら名前を考える。

 別に奇をてらう必要はない……呼びやすくて覚えやすく、それでいて変じゃない名前となると……。


「ベル……お前の名前はベルでどうだ?」

「…………わかった」


 エルトリア改め、ベルは新しい名前に対して特に何も感じていないのか、表情にこれと言った変化もなく頷く。

 ちなみにベルという名前に特別な意味はない。単に窓の外の花壇に、庭師が植えた白いベルフラワーが見えたから付けただけだ。


「よし。それじゃあ今後の活動方針を話していくぞ」


 といっても、やることはこれまでと大差ない。十五歳まで訓練とレベル上げの繰り返しだ。

 しかしベルが仲間になったことで、俺の行動の幅が広がった。本来なら自分のスキル構成を外部に漏らさないために、会得するスキルにも気を遣っていたんだが、今回初めて身内ともいえるパーティメンバーと組んだことで、手に入れられるスキルの幅が増えた。


「狙うは【瞬迅雷光】のスキルが手に入るダンジョン、《アウロラの霊廟》だ」


 霊廟……ようは大規模な墓みたい感じのダンジョンで、俗にいうアンデッドが跋扈している。

 しかし難易度的には《地底土竜の縦穴》ほどじゃない。出てくるモンスターの強さもそうだし、地形とかも厄介なものはない。《エンドレス・ソウル》だと序盤の方でもクリアできるくらいだ。

 まぁそれでも今の俺だと一人じゃ厳しいかと思って攻略は保留にしてたんだけど、ベルが仲間に加わったことで踏破する目途が立った。


(そう考えると、ベルは拾い物だったな)


【瞬迅雷光】は使いこなすのに訓練が必要だ。できれば早期に手に入れられないかと頭を悩ませていたんだが、ここにきて俺と相性の良いビルドを組んでいる仲間を得ることができた。


(スピードで攪乱する一撃離脱を得意とするタイプは、俺の攻撃を上手く躱しながら敵の注意を引き付けるからな)


 ゲーム用語でいうところの、回避盾って奴だ。同じタンク役でもスピードが無いと、そいつを巻き添えにしかねないから俺も迂闊には敵を攻撃できないし、俺の攻撃の巻き添えにならず、タゲ取りと攻撃と妨害をこなせる回避盾の仲間が欲しいと思っていた。

 実際、ベルのステータスカードを見せてもらったが、ポイントの振り分け方は俺の予想通りで、敏捷を重点的に上げている。その次にスタミナと筋力が高いって感じで。


「俺たち二人なら《アウロラの霊廟》の攻略は十分可能なはずだ。諸々の準備を整え、万全の態勢で挑むぞ」



  

 




――――――――――

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