三年後
「あのクソガキめがぁ……!」
ヘンリー・アレイスターは自室の花瓶を力一杯壁に叩きつけながら、実の息子であるジードへの怨嗟の声を漏らしていた。
「なぜだ……! なぜこの私が、あの憎たらしい女が生んだ息子から、こんな屈辱を受けねばならないっ!?」
ヘンリーの前妻にしてジードの実母であるアリソンは、ヘンリーが十六歳の時にできた婚約者だ。
当時から今の妻である平民出身の恋人、チェルシーがいたヘンリーは当然のようにアリソンとの結婚を拒もうとしたが、それを先代当主である亡き父が許さなかった。
アリソンとの政略結婚が大きな事業に関連したものだったという事と、それに対してチェルシーが何の力もない一般家庭の平民に過ぎなかったというのが大きな理由だ。
普段なにかとヘンリーに甘かった先代当主も、公爵家の今後に関わりうる事業を前にして、あの時ばかりは心を鬼にし、廃嫡を匂わせてきたから、ヘンリーも抗えなかった。
(当然、そのような愛のない妻などこちらから願い下げしてやったがな)
そのような経緯から当然というべきか、チェルシーと結婚できなかった理由の一つであるアリソンのことをヘンリーは憎んだ。
初めて会った時から冷酷に接することに躊躇はなかったし、初夜の時に『お前を愛するつもりはない』と宣言した時に浮かべた、心が傷つけられた表情を見た時は胸がすいたくらいである。
その後は周知されている通り、子供ができれば先代当主への義理は果たしたとばかりにアリソンを十年以上も放置し、チェルシーやディアドルと楽しく過ごしていた。
(そして忌々しいあの女が死に、私の真実の愛を阻んだ父も死んだから、やっと大手を振って公爵になれると思って帰って来てみれば……!)
ヘンリーがいない十年間の間に、まだ幼い子供のジードが周囲の大人を動かし、ヘンリーの貴族としての権限を凍結させていたなどと誰が想像できただろう?
それからのヘンリーは公爵家の正当な跡取りであるのに爵位の継承を保留にされ、政府の言いなりのような形で領地を運営させられ、公爵家らしい贅沢もできずにチェルシーやディアドルから失望される毎日。
その様子を憎い前妻が生んだ息子が陰から嘲笑っているのだから、ヘンリーの怒りは積み重なるばかりだ。
「もう絶対に許さん……! 五年も待っていられるかっ……!」
そう怒りに燃えるヘンリーだが、ある程度の冷静さは残っていた。
自らが積極的に動けば執政官に感付かれるし、そうなればヘンリーは次期公爵から、実子に手を掛けた犯罪者へ転落してしまう。
少なくとも自ら手を下すような真似はできない。何とか自分から手出しせず、それでいて足が付かずにジードを殺す方法を、ヘンリーは本気で考えるのだった。
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【竜腕】のスキルを得てから三年の月日が経ち、今日も今日とて俺は戦闘訓練に励んでいた。
今日の訓練相手は冒険者ギルドで募集を掛けて雇い入れた四人組パーティ。怪我をした時の治療要員であるヒーラーに、遠距離攻撃主体の弓使い。スピードのあるナイフ使いに、リーダーでもある重騎士だ。
そんなヒーラーを除いた冒険者三人を相手にした模擬戦闘訓練の真っただ中という訳だ。
「おおおぉっ!」
【竜腕】によって両腕を巨大な竜のそれに変化させた俺は、向かってくる重騎士とナイフ使いを右腕を駆使し、牽制を兼ねた攻撃を仕掛ける。
大人と子供の体格差はあれど、【竜腕】のスキルによって長いリーチを得ている俺は、相手の間合いの外側から攻撃できる。それによって重騎士の接近は防げたが、動きの速いナイフ使いには掻い潜られてしまった。
「この、させるかっ!」
リーチが長くて攻撃が大振りになる【竜腕】だけで戦う場合、間合いを詰められるのが一番怖い……だからそれを防ぐ為の保険として動かさずにいた左腕を横薙ぎに振るい、ナイフ使いの接近も防ぐことができた。
……しかし、その瞬間を狙ったかのように視界の端から俺目掛けて細長い物体……鏃を付けずに先端を丸めた訓練用の矢が飛んできた。
「あっぶなっ!?」
上体を仰け反らせて何とか回避できた矢は俺の髪の毛を掠めながら地面に当たって転がる。あと数ミリほどズレていれば頭に直撃していたであろう矢にヒヤリとしながら、俺は重騎士やナイフ使いと距離を取りつつ、弓使いを視界に入れられる位置まで移動した。
遠距離攻撃使いと戦う時は、相手を常に視界に入れておく……俺がこの三年間で学んだ鉄則だ。
(いいぞ……冒険者パーティ相手に戦えるようになってきた……!)
両腕を振り回し、近接戦闘職二人を同時に相手にしながら、飛んでくる遠距離攻撃を対処する……今回雇い入れた冒険者たちは実力派だから手加減されているのは分かるが、それでも三年前は出来なかったことが出来るようになった、確かな実感がある。
訓練始めたばかりの頃は冒険者一人に良いように翻弄されてたからな。それと比べたら大進歩と言ってもいいだろう。
(それも前世で培った戦法が実戦でも通用したのが大きい)
《エンドレス・ソウル》で【竜腕】を使って戦う時、俺は基本的に片方の腕を前に突き出して牽制と攻撃を、もう片方の腕を後ろに引いて迎撃と防御をといった感じの構えを取っていた。
いわゆる、空手の構えと同じ感じのやつだ。色々と試してきたけど、【竜腕】を使うならこれが一番安定感がある。
(前世のノウハウが活きたことに加え、そこに数多くの冒険者たちからのアドバイスを反映させ、少しずつ洗練化してきた……《エンドレス・ソウル》で実用段階まで漕ぎ着けたロマン砲ビルドにまた一歩近づいたと言っていいはずだ)
おまけに、冒険者に同行してもらってモンスターの討伐訓練といった、本物の実戦も積み重ねてきた。十五歳での独り立ちに向けた準備は順調である。
そんな感じで実戦に近い形式で訓練を続けていたのだが、俺のスタミナと集中力が底を付き、訓練用の矢が俺の頭に当たった。
「痛っ……!? だっはああっ! ……はぁ……はぁ……」
その勢いに押されて地面に転がり、俺は荒い息を吐く。結果的に一瞬でも休んでしまったことで脳内麻薬の分泌が止まり、全身が酷い疲労感で包まれてまともに動けなくなってしまった。
「よーしっ! 日も暮れてきたことですし、今日の訓練はここまでにいたしましょう!」
そんな俺の状態を見た重騎士の一声で今日の訓練は終了。全身に受けた細かい傷をヒーラーに治してもらいながら、総評を受けることに。
「いや、想像以上に強くて驚かされましたよジード様。【竜腕】のスキルの事は知ってましたが、まさかあんな使いにくいスキルであそこまで戦えるようになっている貴族のお子さんがいるなんて思いませんでした」
「そ、そりゃ……どーも……はぁ……はぁ……」
想像はしていたけど、この世界でも【竜腕】は使いにくいスキルとして認知されていることを、これまで指南役として雇った冒険者たちの言動から知ることができた。
まぁ客観的に見れば彼らの反応が当たり前なんだろう。普通に剣とかの訓練をした方が良いし、【竜腕】で戦う事に固執する俺を馬鹿な貴族のボンボンのように見る奴だって多くいた。
(だが駄目だ……【竜腕】でなければ……ロマン砲スキルじゃなきゃ、俺の心は満たされない)
三年前のあの日、生身の体で味わった破壊衝動が満たされるあの感覚。あれが完璧に中毒になってしまっているのだ。
だからこそ、俺は指南役に訪れた冒険者たちに対して行動で示し続けた。今さら剣だの槍だの地味な武器を使う気はない、【竜腕】でも全然戦えるのだと。
その結果、今では冒険者たちからは『使いにくいはずのスキルで冒険者相手に大立ち回りする、大した貴族のボンボン』として認知されるようになった。
「ただまぁ、やっぱり懐に入られたら弱いんで、足技を鍛えるか迎撃用のスキルを会得した方が良いですね。そうすれば隙も一気に減るはずです」
「……なるほど。やっぱりそうだよな」
俺が《エンドレス・ソウル》で千戦千勝を達成した戦法でも、足技や間合いを詰められた時用のスキルを併用していた。重騎士以外にも、多くの冒険者から同じような指摘を受けていたから、あの戦い方も理にかなっていたんだろう。
ただ、足技の訓練は大丈夫としても、問題はスキルの方。【竜腕】を発動した時点で半分以下になる俺の最大MP値では、使えるスキルに限りはあるんだが――――。
「あ、そうそう! 言い忘れてました! ギルドから伝言を預かってるんですが、何でもジード様がずっと依頼していた品が届いたみたいですよ」
「マジかよっ!?」
その問題を解決する朗報を聞いて、俺は疲れも忘れたかのように飛び起きた。
俺が依頼していた品……つまり、【ドラゴンハート】のスキルタブレットだ。出現するダンジョンに関する情報を伝えはしたが、中々依頼を受けてくれる冒険者が現れず、成人後に自分で取りに行くしかないかと思っていたんだが、これでスキルに関する問題も解決。
(後は迎撃用のロマン砲スキルを手に入れるだけだ……!)
こだわりの強い俺は、相手を自身の間合いの外から弾き飛ばすためのスキルにもロマン砲を採用している。そしてそのスキルが手に入れられる場所に関しても、原作知識と併用して裏付けは取ってあるのだ。
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