深まる禍根
【竜腕】の性能を無事に確かめられた俺は、次のステップに移ることにした。
やるべきことは二つ……【ドラゴンハート】の入手と、【竜腕】を使った戦闘訓練だ。
(フルダイブ型のVRで使いこなしてきたとはいえ、実戦で【竜腕】を使いこなすにはまた勝手が違うだろうしな)
この世界に転生して十年というブランクや、アバターと今世の肉体の体格差もある。五年後に独り立ちして、モンスター討伐やダンジョン踏破で日銭を稼ごうと思っている身としては、それまでに【竜腕】を使った近接戦闘技術を確かなものにしたいところだ。
(できればモンスターとの戦闘だけでなく、対人戦闘も視野に入れて、多角的な視点から改善点を言ってくれるアドバイザーも欲しい)
そして【ドラゴンハート】の入手に関してだが、こちらは【竜腕】の時みたいに今から自力で取りに行くっていうのは無理だ。
入手できるダンジョンが遠方というのも理由の一つだけど、《地底土竜の縦穴》の時みたいにボスを簡単に倒せる裏技なんていうのが存在しないからな。少なくとも、今の俺じゃあ真っ向勝負で挑むのは無謀すぎるし。
(これらの問題を一気に解決するにあたって、冒険者ギルドを頼るというのはどうだろう?)
冒険者ギルドなんて聞くと荒くれ者の集まりみたいなイメージがあったんだけど、調べてみたら意外なくらいにクリーンな組織だった。
元々、モンスターやダンジョン関連で困っている民衆の為の組織で、世界各地に支部を設置するにあたって各国の政府ともパイプを持っているだけあってか、冒険者ギルドは規約と信頼に重きを置いている。
規約に違反して依頼者に迷惑をかけた冒険者には重い処罰が下されるから、冒険者は印象に反して真面目に仕事をする人が多いそうだ。
(その冒険者ギルドに俺の指南役の派遣と、【ドラゴンハート】のスキルタブレットの調達、もしくは売買を依頼する……これが確実だな)
冒険者は金さえ払えば訓練を付けてくれる。しかもあくまでビジネスライクな関係だから、依頼者の事情に深入りもしなければ口外もしない、あくまでこちらの希望に沿った訓練を付けてくれると、ギルドから直接説明を受けた。
(恐らく、【竜腕】を通常攻撃手段にしようとしているのは世界で俺くらいなものだしな。冒険者たちからはとにかく沢山のアドバイスが欲しい)
俺と同じ戦法を使っている、師事できるような先達がいることは期待できない。助言をかき集め、多大な実戦訓練を積むことで、自分なりの戦い方を見つけるしかない。《エンドレス・ソウル》でやっていたのと同じことだ。
問題となる依頼金だが、これもすでにクリア済み。独り立ちの準備金として祖父から相続した大金があるからな。
(ひとまず指南役は信頼と実績のある人材を複数人派遣してもらって、【ドラゴンハート】は入荷待ちだな)
最悪、十五歳になっても届かなかったら自分で取りに行こう。
そんな風に方針を取り決めた俺は、早速冒険者ギルドに依頼を出しに行こうとしたその時、屋敷内にキンキンと響く金切り声が聞こえてきた。
「どうして買い物に行ってはいけないのよ!?」
声がした方向を曲がり角から覗き見ると、そこには使用人に食って掛かるチェルシーの姿があった。
公爵夫人としては安物のドレスに身を包んだ、この館の新しい女主人を前に、使用人は辟易とした感じで応じる。
「ですから、何度も申し上げているように、チェルシー様が今月自由にできるお金がもう無いのです。来月まで待っていただけませんと……」
「使用人の分際で文句言ってんじゃないわよっ! 私は公爵夫人なのよ!? その私が、どうして買い物まで我慢しないといけないわけ!?」
怒りに身を任せて怒鳴り散らすチェルシー。その姿は、仮にも貴族の仲間入りを果たしたとは思えないくらいに見苦しかったが、今あの女が喚いているのは俺にも理由があったりする。
簡単に言うと、俺の働きかけのおかげで父やチェルシー、ディアドルは公爵家の財産を政府に管理されて好きに使えない状況なのだ。
(元々、公爵家の財産は税金なんだから好きに扱えないんだけどな)
ちなみに祖父からの遺産は、税金とは無関係に祖父個人が稼いだ金なのでセーフである。
(そんなことも分からず、貴族になれば税金を私欲のために扱えると思っているあたり頭が悪いというか……)
今のチェルシーの小遣いは、政府からの不評を買いたくない父によって徹底管理されているらしい。妻子に散財癖があるなんて悪評を立てられたくないのか、その小遣いの額だって大した金額ではない。少なくとも、チェルシーが当初思い描いていた額には程遠いんだろう。
「とにかく、私に詰め寄られても困ります! お金に関するご相談は、ヘンリー様にしてください!」
「あっ!? ちょっと待ちなさいよ!」
話を無理矢理中断して立ち去っていく使用人を呼び止めるチェルシーだが、それを無視して使用人は立ち去っていく。
「何なのよどいつもこいつも! せっかく公爵夫人になったのに、全然贅沢できないじゃない! こんなんじゃあ、何の為に子供まで生んでヘンリーと結婚したのよ!」
使用人からも完全に舐められ、想像していた生活が手に入らなかったからか、チェルシーは頭を掻きむしりながら地団駄を踏んだ。
ていうか何となく察しが付いてたけど、父と結婚したのは真実の愛でも何でもなく、やっぱり金目当てだったか。どうせそんな事だろうとは思ってたけど。
俺に本性を見られているとも知らず、ズカズカと乱暴な足取りで立ち去っていくチェルシーを見送ってから、改めて玄関から外に出ると、今度はディアドルと遭遇した。
「おい、お前! パパから聞いたぞ! お前のせいで僕たちは贅沢できないんだって! 一体どうしてくれるんだ!」
いきなり話しかけてきたと思ったら、いきなり怒鳴りつけてくるディアドルに俺は辟易とした。
まぁディアドルの言い分にも一理あるが、一つ決定的な間違いがある。
「勘違いするな。今の状況になったそもそもの原因は、俺たちの父であるヘンリーが公爵家としての責務を全うしなかったから。俺はその事を王家の方々にチクっただけだ」
「うるさあああいっ! やっぱりお前が悪いんじゃないか! 偉い人にチクったりしなかったこうならなかったのに! こうなったら、僕がお前を懲らしめてやるっ‼」
そう言うや否や、ディアドルの手元にサッカーボールくらいの大きさの火球が出現した。
初歩的な攻撃スキルの一つ、【フレアボール】だ。威力こそ低いが射程が長く、初心者でも扱い易いスキル……恐らく、父が買い与えたステータスカードとスキルタブレットによるものだろう。
(公爵家跡取り候補で、まだ幼い子供ってことで、ディアドルの教育費用はかなり大目に見てもらってるからな)
贅沢こそできないが、戦闘能力を含めた教育全般に関しては、父たちに金を卸す政府の財布の紐も緩くなる。そうやって得た金を使って、ディアドルが言っていた『世界一強い戦士』とやらになるためのスキルを買い与えているんだろう。
俺が【ドラゴンハート】を買おうとしているのと同様に、スキルタブレットは物によっては売却に出されるからな。
「これが僕の力だ! くらえええええっ!」
まるで素人が与えられただけの剣を振り回すかのようにスキルを発動させ、結果がどうなるのかも予想せずに人に向かって投げつけるディアドル。
今の俺の耐久値では、【フレアボール】の直撃は危険だ。普通に大火傷を負うと思っていいだろう。そんなことも分かっていない様子のディアドルは、正真正銘の子供でしかないのだと実感した。
(なら中身だけは大人の俺が、他人に攻撃を仕掛ければどうなるのかを、少しは教えてやらないとな)
俺は即座に【竜腕】を発動させ、巨大化した腕を横薙ぎに振るい、長く鋭い爪で火球を引き裂いた。
「ひああああああああああっ!?」
その時に生じた突風がディアドルの体を押して尻餅をつかせる。俺はすかさずディアドルの体を握り潰さんとばかりに竜の手を広げると、ディアドルは顔を真っ青にして怯え始めた。
「あ、ああ、ああああ……っ! ば、ばば、化け物……!」
「人聞きの悪いこと言うなよ。この腕はスキルで具現化したものに過ぎないんだから」
まぁ言わんとしていることは理解できる。傍から見れば今の俺の見た目は異形だ。きっとディアドルの目には、俺の事がモンスターか何かに見えているんだろう。
「これに懲りたら覚えとけ……手段はどうあれ攻撃すれば反撃される。自分だけが一方的に殴りかかれるなんて思い上がるなよ」
そう言って俺は【竜腕】を解除すると、ディアドルはビャービャー泣き始めた。
多分、怖さの他にも年下の俺に良いようにされた恥ずかしさもあるんだろう。おまけにズボンも濡れている……これはトラウマ間違いなしだな。
「ディアドル!」
そんな息子の泣き声を聞き届けたのか、父ヘンリーが駆け付けてきた。
そして現場の状況を見て、泣いているディアドルを抱きしめるや否や、もう片方の息子である俺の事を親の仇のように睨みつけてくる。
「貴様っ! 私の愛する息子に何をしたっ!?」
その言葉と態度が、口で語るよりも雄弁に二人の息子に対して差をつけて接していると物語っていた。分かっていたことだが、俺の事は全く愛していないらしい。
まぁ今さら父から愛情なんて向けられても戸惑うだけだけどな。そう思う程度には、俺も父の事を愛していない。
「別に? そっちからスキルを使って攻撃してきたから対処させてもらっただけだ。それよりステータスカードを買い与えるなら、人様に対して無闇に攻撃しちゃいけないってことくらい教えておいてくれないか?」
「黙れ! 息子は悪くない! 私と真実の愛で結ばれた女性との間に生まれた子供を侮辱するな!」
真実の愛……ねぇ。そのお相手は、アンタの事を地位と金でしか見ていないみたいだったけどな。
そうとも知らずに、その女との子供を猫可愛がりして、悪いことは悪いと叱ることもしない父に失笑を向けると、父は顔を真っ赤にして俺に殴り掛かろうとしていた。
「き、貴様ぁっ‼ 一体何がおかしいいいいいいっ!?」
「おっと、俺に殴り掛かってもいいのか? ルールセン執政官のところに駆け込んじゃうぞ? そうなったら爵位がますます遠のいて……」
「ぬ……ぐぅうううう……っ!」
そう言うと、父の動きが止まった。
口では何とでも言っているが、結局は『息子の為なら地位も名誉もいらない』と行動に移せるほどじゃないらしい。
「まぁ五年の我慢だ。成人になった俺は出ていくし、それまでお互い干渉せず、穏便に過ごそうや」
怒りと屈辱にプルプルと震えながらも、何もできない父を放置して、俺は冒険者ギルドへと足を運ぶのだった。
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