まさかの正体


(まず前提として、こちらから積極的に攻撃を仕掛けるのは悪手だ)


 攻撃を外せば大きな隙を晒す羽目になる。スキルが満足に揃っていない今、一撃離脱狙いのスピード相手に狙うのはカウンターだ。

 幸いというべきか、奴の速さを見る限りだと、俺と暗殺者のレベル差は大してない。それでも俺では追い切れない速さだが、【吸血の双刃】を使った吸血鬼ビルドである以上、奴の戦法は近接戦主体……何もしなくても向こうから距離を詰めてくる。


(俺から仕掛ける攻撃はあくまでも囮……奴の行動を制限するための牽制だ)


 仕掛けるタイミングはこちらに攻撃するために突っ込んでくる瞬間。一撃離脱が間に合わない刹那の――――


「おわっ!?」


 と、そんな事を考える間も与えないとばかりに、高速で間合いを詰めてきた暗殺者の攻撃を避けた拍子に、バランスを崩してしまった。そのまま俺は地面を転がり、背中を地面に付ける。

 傍から見れば完全に無防備な体勢だ。寝転がった体勢ではまともに戦えない。


(いや、これはむしろチャンスだっ!)


 結果として、暗殺者は俺を背後から狙えなくなり、確実に仕留める一撃を繰り出すために逃げ場はない空中へ跳んだ。俺はその隙を逃さず、即座に片腕を伸ばして迎撃する。

 タイミングは完璧。竜化した腕が暗殺者を捉えるかと思えたが、あろうことか奴は空中で身を捻り、コロの原理で俺からの攻撃を回避したのだ。

 そのまま俺の間合いの内側に入り込んできた暗殺者は両手に持っている二振りの片刃剣を、それぞれ俺の心臓と喉に突き立てようと――――。


「バカめ! かかったな!」


 防御用に地面に放り出すように置いておいたもう片方の腕を、肘だけという最小限の動きで、暗殺者の攻撃をその体ごと横から弾いたのだ。

《エンドレス・ソウル》にも、パリィという攻撃を弾くシステムがある。それはこの世界でも、相手の攻撃を弾いて体勢を崩させる戦闘技術として浸透している。

 しかしそれを成功させるにはタイミングの問題もあるが、相応の筋力ステータスが要求されるし、今の俺みたいに寝転がった状態ではまともに力を入れることができず、全体重を乗せてきた敵の攻撃を弾くことはできない。


(だが【竜腕】なら話は違う)


 散々使いにくいスキル扱いされている【竜腕】だが、それ相応の性能も秘められている。その内の一つが、どんな無茶な体勢からでもパリィや大ダメージを与えるのを狙えるだけの膂力を得られるという事だ。

 姿勢が悪い状態で武器を振るえば、どれだけ筋力値を上げても掠り傷を負わせるのが関の山だが、【竜腕】なら体重が乗せれない状態でも相当なパワーが出せる。


(何だったら下手に小回りの利く武器よりも【竜腕】の方がパリィの成功率が高い)


 皆は【竜腕】が使いにくいスキルとよく言うが、魔力ステータスを上げれば手首や指を動かすだけでも相当なパワーが出せるから、意外と使い勝手がいいのだ。

 しかもそれだけではない。今しがた俺は暗殺者の体を横側からどついて壁に叩きつけたが、本来なら攻撃を弾くのと、巨大化した手で相手の全身を掴んで拘束するのが同時にできる。今の俺では安定して成功させられないが、それが【竜腕】というスキルの本領だ。


「…………っ」

「逃がすかぁっ!」


 呻き声一つ上げずに即座に立ち上がろうとした暗殺者。それに対して俺は寝転がったままの状態で体を回し、竜化した腕で上から叩きつけるように振り下ろして暗殺者を拘束した。

 何とか逃げ出そうともがく暗殺者だが、俺は全身を掴んで離さないから身動きがまともにとれていない。寝転がった状態でも相手を拘束できるパワーとリーチも【竜腕】の魅力だ。


「まったく……いきなり襲い掛かってきやがってからに。正体を見せてもらおうか」


 俺は立ち上がりながらも暗殺者を逃がさないよう、慎重に奴の体を片手で掴んで持ち上げる。反撃できないように両腕ごと全身を掴んでるから、まともな飛び道具も使えないはず。

 何らかのスキルを発動すればそれもできるだろうが、ここまできてもその素振りが見えないなら、ひとまず安心してもいいはず。そう判断した俺は、もう片方の手で暗殺者のフードを捲った。


「…………え?」


 その瞬間、俺は自分の顔が凍り付いたのを自覚できた。

 暗殺者のフードの中身……それは一体どんな野郎かと思ったんだが、実はとんでもない美少女だったのだ。

 やや癖のある長い白髪に鮮やかな紺色の瞳。体の小ささも相まって、人形のようにという形容詞がよく似合う整った顔立ちをした少女。

 しかし、俺が一番動揺しているのはそういう表面的なものが理由じゃない。


(この子………………ラスボスですやん……………)


《エンドレス・ソウル》のストーリーは非常に抽象的で、全クリしたプレイヤーでも不可解な点が多い。制作陣がワザと謎を残しつつ、アイテムやオブジェクトにストーリーに関する謎を散りばめているのだ。


(初の外部作品であり、アニメにもなった漫画版の方でも、作者の解釈に基づいたストーリー構成をしているしな)


 そんな全てのプレイヤーに想像の余地を与えるかのような制作陣の意図に導かれてか、考察勢と呼ばれるプレイヤーたちが日夜研究と探索に励んでいたのだが、ラスボスに関しても例に漏れず謎が多い。


(《狂神》のエルトリア……作中じゃあ、人類の大半から理性を奪い、文明を崩壊させた邪神の依り代になった聖女……っていう設定だったな)


 ストーリーの都合上、別に倒さなくても問題ない裏ボスというのが数多く存在していた《エンドレス・ソウル》だが、それでもラスボスである《狂神》のエルトリアを超える強さのボスはいない。

 火力は高いわスピードはあるわ、攻撃を食らう度に体力を回復されるわ、おまけに死にゲーにあるまじき第三形態まで存在するわと、とにかく滅茶苦茶な強さを誇っていて、ラスボスが倒せなくて攻略を断念したプレイヤーも多い。


(俺もアホほどボコられて何度も何度もリトライしたから憶えてる……コイツは間違いなく《狂神》のエルトリアだ)


 といっても、完全に同じ見た目ってわけじゃない。《狂神》のエルトリアの第一形態は人型の異形って感じの見た目なんだけど、そいつの胸部から少女の顔が生えているのだ。

 んで、その少女の顔っていうのが、今俺が鷲掴みにしている目の前の奴と同じってわけ。

 そりゃあ、ラスボスとして君臨していた時と比べれば強さが全然違うけど、顔立ちは間違いなく同じものだ。


(より正確に言うとラスボスと言うのは語弊があるんだけど)


 まぁ似たようなもんだし、便宜上ラスボスという事にしておこう。


(確か考察勢は、邪神召喚の為の生贄に使われた、大昔の旧王朝と一緒に滅んだ一大宗教に所属していた聖女で、誰からも冷遇されていた王女って言われてたな)


 その時一体何が起こったのか……詳しい事は《エンドレス・ソウル》をやり込んだ俺でもよく分かっていない。確かな事は、《狂神》のエルトリアは当時の王から冷遇された正妃の子であり、父を含めた多くの人間から激しい虐待を受け、最終的には邪神なんていう存在を召喚する為の依り代にされた存在だという事。


(それで間違いなく、前田さん神様が俺をこの世界に転生させた理由の一つだよな……?)


 確証はないが、単なるそっくりさんが偶然俺の命を狙ってきた……そんな風に考えられるほど、俺は楽観的じゃない。

 ゲームでは主人公に倒されたはずのラスボス、その依り代となった存在が、七百年という時を超えて俺の目の前に現れ、なぜか俺の命を狙ってきた。正直、もう意味が分からない……! 一体全体、何がどうなって今に繋がるのか。


(だがここで息の根を止めることができれば……?)


 前田さんが言っていた世界の滅亡……その原因の一つがコイツである可能性は高い。むしろ元凶そのものと言っても不思議じゃないだろう。何しろラスボスだぞ、ラスボス。確信を越えて確定に近い。

 ただでさえ命を狙われて、拘束した今でも暴れているのだ。ここで始末してしまえば、後は気兼ねなくロマン砲ビルドの追及に費やせるのではないか……そんな考えが手に伝わり、無意識の内に握力を強めていると、俺は《狂神》のエルトリアに、鉄製の首輪がはめられていることに気が付く。


(これはまさか……【傀儡の首輪】かっ!?)


 それはゲームでも登場したアイテムで、装備品や消耗品の類ではなく、実用性のないイベントアイテムの一種だ。

《エンドレス・ソウル》では数少ない、正気を保ったNPCとのサブイベントに必要な物なのだが、その効果は名前が表す通り、それを首にはめられた奴は体と意思の自由を奪われ、はめた奴のいう事を何でも聞くようになるという、悪用方法が色々ありそうな代物なのである。


(バカな……こんな倫理観ガン無視の極悪アイテムを、ラスボスの首に付けて操ってた奴がいるっていうのか!?)


【傀儡の首輪】は作中でも屈指の下種キャラと名高いNPCのイベントで登場する危険物。それがどういう経緯を辿ってかは知らないが、ラスボスを操るために今の時代で使用されていることに、俺は血の気が引く感覚を覚えた。

 もし俺の仮定が事実だとすると、エルトリアを軽率に始末するのは悪手かもしれない。何しろ事の経緯を全て知ることができる当てなんて、当事者であるかのエルトリア自身の記憶にしかないからな。


(だけど、これを壊したら……)


 安易に殺してしまう前に、情報を色々聞き出せる可能性がある。

 幸いというべきか、【傀儡の首輪】自体はそんなに頑丈そうな造りにも見えないし、これなら【竜腕】でどうにかなるかも。

 そう思った俺は、開いたもう片方の手をエルトリアの首元に持っていき、長い爪が生えた指を駆使して【傀儡の首輪】を千切ることに成功した。


「……………。…………?」


 そうすると、途端に暴れるのを止めたエルトリアは緩慢な動きで周囲を見渡し始めた。

 どうやら首輪の効果が切れたらしい。無表情は相変わらずだが、こちらを害そうという気配はなくなった。



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