一人目
「「……………」」
ていうか何だろう……この子、俺の事を超ガン見してくる。
ハイライトのない目ってのは、こういうのを言うんだろうか……まるで本物の人形のように感情が読み取れない端正な顔には、ガラス玉のような死んだ目が嵌め込まれている。
少なくとも、生殺与奪の権を握られている人間の眼じゃないと思う。そう思えるくらいに、エルトリアは大人しすぎた。
「あー……意識はハッキリしてるか? こっちの言葉は理解できるか?」
「…………(コクリ)」
俺からの質問に対して首肯で返すエルトリア。とりあえず意思の疎通ができそうなのは僥倖といったところか。
「見ての通り、お前は俺に負けた。お前の生殺与奪は俺の匙加減一つってわけだが、その前に色々と聞きたいことがある。嘘偽りなく答えろ」
「…………(コクリ)」
エルトリアはまたしても首を縦に振る。何だか不気味なくらいに素直だ……操られていたとしても、さっきまで俺を殺しにかかってきた奴とは思えない。
「まず初めに、何で俺に斬りかかってきた? 理由は何だ?」
「…………そうなの?」
初めて口を開いたかと思えば、心底不思議そうに首を傾げながらそんな事を口にしたエルトリア。
そうなのって……聞いてるのは俺なんだけど? 何で襲撃してきた張本人にこんな質問の返され方をされなくちゃならないんだ。
「あのな、ついさっきの事だぞ? そんな誤魔化しが通用するわけがないだろ」
「…………でも覚えてない。そんな事してたの? 私」
「いやいや、そんな馬鹿な……」
……いや、ちょっと待てよ? 確か【傀儡の首輪】のフレーバーテキストには、『装備された人間の意識も掌握される』みたいな事が書かれてあったはずだ。
その影響で、首輪を付けられている間の記憶がないとか……そういう事か? 俺個人の勘ではあるけど、エルトリアが嘘を吐いているようにも見えないし、可能性としては十分あり得そう。
「……分かった。覚えてる範囲でもいい。これまでの経緯を洗いざらい喋ってくれ」
「…………(コクリ)」
そう頷くと、エルトリアは記憶を掘り返すように少しの間だけ黙り込み、やがてゆっくりと口を開いた。
「……母様が死んでから、父親だっていう人に神殿っていう大きな建物の中にある、狭くて暗い場所に閉じ込められてた。…………そこでしばらく過ごしてたら、何かよく分からない、地面に大きな何かが描かれた広い場所の真ん中縛り付けられて寝かされて……そこからは何も覚えてない」
得られた情報は断片的だけど……多分、邪神召喚の依り代にされたって時の話だろう。
「……次に気が付いた時は、私は全然違う場所に居て、目の前には細目の男の人がいたけど……変な首輪みたいなのを付けられてから今まで、ずっと気絶してた」
「…………ちょっと待て。それって要は、手掛かりゼロってことじゃねぇか……!」
何てこった……コイツ、ほとんど何も覚えてない。俺を襲った経緯とか、そこら辺の情報が全く存在していないのだ。
唯一の手掛かりは、エルトリアに【傀儡の首輪】を装着したであろう糸目の男だが……そんなもん、情報と呼べるようなもんじゃない。
(…………えぇえー。ちょ、えぇえー……どうしよう、コイツ)
そうなると、途端にエルトリアの扱いには困ってくる。操られて俺を狙ったのは間違いないみたいだけど、それ以外の情報……特に、七百年前に倒されたはずのラスボスが、何でこの時代に殺し屋みたいなのに仕立てられているのかっていう疑問の答えが一切得られていない。
「ていうか、何でそんなにされるがままになってんだよ……」
それは思わず口から飛び出た、単なる愚痴みたいなものだった。
頭では分かっている。今のエルトリアにラスボスとしての強さはない。どういう訳か邪神から引き剥がされ、全ステータスやスキルが人並になっているんだろうってことくらい、実際に戦った俺には分かるのだ。そんな状態でできることは限られてるってな。
しかし【凶神】のエルトリアというラスボスを知っている身としては、中々割り切れない。厳密に言えば、強いのはエルトリアではなく邪神の方だが、あの絶望的に強かったラスボスが見る影もなく、誰かの言いなりとなった挙句に、よりにもよって俺の命を狙ってきたとなると、愚痴の一つや二つ零さずにはいられなかった。
「…………それ以外、何も知らないから」
しかし、そんな俺の愚痴に対して、返ってくるとは思わなかった返事がエルトリアの口から漏れる。
思わず彼女の顔を見ると、その表情は相変わらずの無表情。悲しいとも何とも思っていない、自分の事なのに完全に無関心であるかのような眼で淡々と語るエルトリアの姿が、何よりも悲しく思えた。
「…………どうしてそんな顔をするの?」
何とも言えない複雑な気持ちになって顔を歪める俺に対し、エルトリアは不思議そうに首を傾げる。
多分、エルトリアにとって人が顔を歪めるのは肉体に何らかの苦痛を感じる時だけなんだろう。あるいは、彼女は痛み程度では顔色一つ変えなくなっているのかもしれない。
まるで機械のような反応だ。周囲のされるがままにされて、挙句の果てには意志すら奪われるなんて。
(そしてゲームの知識を持つ俺には、彼女がどうしてそのようになったのか、その心当たりがある)
《エンドレス・ソウル》には、エルトリアに関する凄惨な過去を匂わせる情報が数多く存在する。
その多くが、どれも『エルトリアの血だけで咲き誇る呪われた花畑』とか、『エルトリアから抉り取った目玉が嵌め込まれたタリスマン』とか、ダークファンタジーらしいグロいエピソード付きなのだ。
(そんな目に遭い続けたら、そりゃ心壊れるわ。自己防衛で何も感じなくなっても無理はない)
コイツの人生は一体何だったんだろうと、ゲームの知識を思い出してそう考える。
どんなに痛い目に遭っても、どんなに苦しい目に遭っても、絶対に頭がイカれていたであろう大人たちの言いなりになって、邪神の依り代にされたり殺しの道具にされたりする人生……前世からの記憶を引き継いだ俺とは話が違う。歯向かおうにも、幼いエルトリアに出来ることなどなかったのだと、容易に想像ができた。
(……本当にどうしよう)
ここまでくると、俺もエルトリアを殺そうなんて思えなくなった。
俺にだって人並みの情ってのがある。今まで散々な目に遭ってきた奴に追い打ちをかけるような真似は気が引ける。
しかしこのまま放置することもできないのもまた事実。俺の命を狙ったきたことや、前田さんが言っていた世界滅亡の事を考えると、エルトリアという存在が重要なカギになるのに違いはない。
(普通に考えればこんなんルールセン執政官あたりに報告案件なんだが……)
となると、全ての事情を打ち明けなくてはならないのだが、それはできない……というか、しても意味はないと思う。
そりゃそうだ。一体どこに異世界転生や世界の滅亡、もはや歴史にも語られていない七百年前の混沌時代なんていう荒唐無稽な話を信じる大人がいるというのか。
「~~~~~~~~ったく……!」
こうなったらもう、俺がどうこうするしかないじゃないか。ロマン砲ビルドを極めても、世界が滅亡してしまえば意味がないしな。
そうなると、エルトリアを手元に置いておくのは必須。しかしただ保護するつもりはない。せめて俺がロマン砲ビルドを完成させるために役に立ってもらわないと、割に合わない。
事情はどうあれ、今のエルトリアには戦える力が備わっているし、ダンジョン攻略に役立つはずだ。
(それに、エルトリアは恐らく、俺と一緒に戦うのに相性がいいビルドを組んでいる)
ロマン砲ビルドは、近接戦をこなしながらも広範囲高火力スキルを多用するビルドだ。それは言い換えれば、味方を巻き込みやすい、邪魔しやすい戦い方をするという事。
《エンドレス・ソウル》は協力プレイも充実していたが、ロマン砲ビルドしか使わない俺はそのシステムを活用することはなかった。俺と組んで戦うには、相応に相性がいいビルドが求められる……エルトリアは、そんな俺と相性がいいビルドを組んでいるはずだ。
俺の命を狙った何者かが、新たな刺客を送り込んでくる可能性だってある。戦える味方を増やすべきだ。
(……それに、このまま生きていれば、コイツにとって何か良いことがあるかもしれないしな)
この調子だと断らないだろうという確信があっての皮算用だし、勝者は敗者を好きにできる理論で強引に……という形ではあるが、エルトリアは将来冒険者になる俺の仲間……パーティメンバーになる。
経緯はどうあっても仲間になる以上、蔑ろにする気はない。『今日まで生きてきて良かった』って思えるくらいには、俺も面倒を見るとしよう。
――――――――――
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
よろしければフォロワー登録、☆☆☆から評価をお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます