服を掴んだ手


「……買ってしまった」


 俺は両手で握る石板を眺めながら、一人呟く。その石板には、確かにこう記されていた。


 ――――ここに追従する破壊、【エウロスの波動弾】を封ずる。


 このスキルはその名前の通り、《海岸の魔洞》というダンジョンのエウロスと呼ばれるボスを倒すことで手に入るスキルだ。

 海岸にあるダンジョンに由来し、内陸部にあるアレイスター公爵領からは遠すぎることから、成人前に向かうのは自粛していたんだけど、できるだけ早く手に入れられないかと去年ギルドに依頼を出していた。


(それでも長らく塩漬け状態だったと聞いて、正直望み薄だと思ってたから、成人を迎えると同時に依頼を撤回するつもりでいたんだが……)


 基本的にスキルタブレットが売られる理由は、手に入れたスキル自体が弱いか、すでに習得しているスキルとダブっているか、自分のビルドでは必要ないか、単に金が必要であるかの四つである。そうでなかったら自分で習得してしまった方が得だしな。

 

(エウロスを倒して手に入れた、この世界の冒険者なら迷わず自分で習得すると思ってたんだけど)


《海岸の魔洞》のボス……正式名称、波動獣エウロスは前に向かって伸びる捻じれた双角が特徴的な獣型モンスターだ。

 旋回能力が高く、隙の少ない高速の突進攻撃を繰り返し、距離を開ければ人間に向かって追尾する巨大なエネルギー弾を放ってくる厄介な敵で、倒した時に手に入るスキルタブレットを見れば、その内容が自分を追い詰めたエネルギー弾を放つものだと気付く冒険者は多いと思う。

 消費MPが高くても、超火力で追尾性能がある攻撃スキルなら、誰でも使いたいからな。


(しかし、実際の【エウロスの波動弾】は産廃スキルとゲームでは揶揄されていた)


 火力が超絶高いのは確かだ。追尾性能が高いのも事実。しかし弾速自体はゴミもゴミ……エウロスが使ってた時は決して早くはないものの、それなりのスピードが出てたのに、いざ人間が使うとなるとノロノロノロノロ動くのだ。

 弾速は大体徒歩と同じくらいだろうか……よほど鈍重な重装備でもなければ、普通に小走りしてるだけでも範囲外に逃げられるので、対人戦ではまず使用されない。


(何て言うか、ボスが使うと強いのに、プレイヤーが使い出したら弱い……そんなゲームのあるあるを体現したスキルって頻繁に叩かれてたっけな)


 そして何よりもプレイヤーたちから恐ろしいのは、【エウロスの波動弾】に隠されたもう一つの性能……起爆性の高さにある。

 スキルの発動によって生み出されたエネルギー弾は、壁や床、生物や障害物に当たることで即座に大爆発するんだが、実はこのエネルギー弾、投石や弓矢、遠距離攻撃スキルに触れるだけでも爆発する。


(これだけ聞くと大したデメリットに聞こえないかもしれないけど、《エンドレス・ソウル》で【エウロスの波動弾】を発動するのは、死亡フラグとして扱われてきた)


【エウロスの波動弾】を発動すると、発動者の真上にエネルギー弾が生み出され、それがスローで敵に向かうわけだが……発動と同時にエネルギー弾に向かって出が速く、弾速や飛距離がある何らかの遠距離攻撃をぶつければ、エネルギー弾は大爆発し、発動した本人に大ダメージを与えることができるのだ。

 この仕様はほぼ間違いなく、この世界でも同じだろう。莫大なMPを消費しておきながら、相手のスキルや装備次第では発動した自分が死ぬようなスキル、誰も使いたがらない。


(そもそも、敵が自分の近くにいたら自爆技になるから、実質発動自体できないしな)


 結論、【エウロスの波動弾】は威力と消費MPばかり高くて、満足に敵に当てられないロマン砲スキルとしてプレイヤーたちに位置づけられていた。 


(ただ一人、俺を除いてな)


 誰もが【エウロスの波動弾】を見捨てる中、俺だけはこのスキルに価値を見出した。

 攻撃そのものに炎や雷と言った属性が無く、どんな敵に対しても安定して大ダメージを与えられるというのもあるが、発動タイミングや使い方を誤らなければ有効に働く場面もあるし……何よりも【竜腕】を駆使すれば、【エウロスの波動弾】をより活用しやすくなる。


(何よりも、巨大なエネルギー弾が炸裂して大爆発を巻き起こす光景が最高なんだ)


 爆発とはロマンの塊だ。だから俺はゲームでは【エウロスの波動弾】を。ロマン砲ビルにおける汎用スキルとしてよく使用していたのだ。

 

(だがこの世界では、《エンドレス・ソウル》の知識を持つ人間はいない)


 この世界の人間たちが、俺みたいに前世で得た知識を引き継いで、初めて見聞きしたスキルの実際の使用感を知っているはずがない。この世界では基本的に、スキルの性能は実際に習得して発動してみなければ分からないとされているのだ。

 だからこそ、スキルタブレットが売りに出されることは比較的少ない。【ドラゴンハート】にしても、依頼を受けてギルドに入荷された事自体が奇跡だったのである。  


(だが今はこの奇跡に感謝しないとな)


 俺は自分のステータスカードに【エウロスの波動弾】のスキルタブレットを取り込む。

 これで高火力で高燃費で、派手で扱い辛いスキルを使えるようになった……一気にロマン砲ビルドらしくなったと言っていいだろう。


(ついにどんなボスを相手にしても決定打を打ち込めるスキルを手にした……これなら、いけるかもしれない)


 ロマン砲ビルドの根幹をなす五つのスキル……その最後である【炎王結界】。

 それを手に入れる算段が立った俺は、【隠者の暗幕】を被って屋敷で待機しているであろうベルの元に向かうのだった。

 

   =====


「…………ダンジョン攻略?」

「そう。良いスキルが手に入って算段が立ったからな」


 俺の提案に対して首を傾げるベルに、俺は根拠を口にする。


「前々から目当てだったスキル、【炎王結界】は《煉獄の大聖堂》と呼ばれるダンジョンを踏破することで手に入るんだけど、そのボスを今なら倒せると思うんだよ」


《煉獄の大聖堂》は溶岩が流れる通路があちこちにある遺跡みたいな感じのダンジョンだ。

 そこに出てくる敵は炎属性に由来するモンスターばかりで、それはボスも例外ではない。 


「フレアナイト……それが《煉獄の大聖堂》に出てくるボスの名前だ」


《エンドレス・ソウル》では存在が明言されつつも登場しないキャラクターが多数存在し、その内の一人が炎王と呼ばれる何者かだ。

 その炎王に仕える騎士がフレアナイトなわけだが、特徴としては典型的な鈍足アタッカーという点が挙げられる。

 火力は高く、非常にダフネス。代わりにスピードは大したことが無い……四年前に俺が弱点を突いて倒したマグマドラゴンに通じるものがあるが、ナイトと呼ばれるだけあって

、外見は全身甲冑で大剣と大盾を構えた鎧騎士のような見た目だ。


「生半可な攻撃じゃまともにダメージを与えられないし、接近戦が得意だから、長期戦にもつれ込んで集中力が途切れたところに一撃食らえば死ぬから攻略を見送ってたんだけど、今日目出度く【竜腕】以外にもフレアナイトに対しても有効打を与えられるスキルを手に入れたからな」


 俺にしても、ベルにしても、どちらも近接戦主体だからな。頑丈で火力が高い敵を相手に長期戦はやりたくなかったが、【エウロスの波動弾】は【竜腕】以上の火力を出せるスキル。【ドラゴンハート】と併用すれば、フレアナイトが相手でも短期決着を狙えると踏んだわけだ。


「ようやく……ようやくこの時が来た……!」


【竜腕】に【瞬迅雷光】、【ドラゴンハート】に【エウロスの波動弾】、そして【炎王結界】……これらを揃えることで、これまで待ち望んでいたロマン砲ビルドの原型は完成する。

 その為の最後のピースを手に入れるための算段が整い、ウキウキしている俺に、ベルはジーッと視線を集中させながら一言呟く。


「…………何か、変」

「……ん? え? 俺のこと? 俺の事が変って?」

「…………(コクリ)」


 心外ではある……しかし、否定もし切れない。

 

「それは仕方ない……俺は今日まで、ロマン砲ビルドを完成させるために戦ってきたからな。その原型が出来上がろうとしているんだから、今回の攻略には文字通り命を懸けてもいいくらいだ」

「…………命?」

「あぁ。失敗したら死んでもいい……今の俺は、そのくらいの情熱で燃え上がっている」


 もちろん、簡単に死ぬつもりはないけどな……そう口に出そうとしたら、ベルが俺の服の裾を掴んできた。


「ベル? どうした?」


 戦闘時を除けば基本的に、ベルは自分から人に触れることはしない。少なくとも、俺が確認してきた限りでは今回が初めてだ。

 しかしそれ以上に不思議な事に、行動を起こしたベル自身が、俺の服の裾を掴んだ自分の手を不思議そうに見ていたという事である。


「…………??」


 パッと俺の服から手を放し、自分の手をマジマジと見つめるベル。

 結局、彼女は自分の行動を言語化することができず、今日一日は終始自分の手を不思議そうに眺めていた。



 

――――――――――

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