ドアマットなんてやってる場合じゃない
そうこうして、《エンドレス・ソウル》の世界に転生してから十年……俺は前田さんに文句を言いたい気持ちでいっぱいだった。
確かにあの神様、約束通り俺を人間として転生させてくれた。見てくれだって、別に悪くないと思うし、持病もない。じゃあ、生まれた家庭が貧しいのかと言われれば、それも違う。何しろ、俺はとある国の貴族……それも公爵家の息子、ジード・アレイスターとして生まれたからな。
じゃあ何で文句が言いたいのかって話なんだろうが……全ての原因は、今世の父親であるヘンリー・アレイスターにある。
「今日から私と真実の愛で結ばれたチェルシーと、彼女との間に生まれた息子、ディアドルをこの館に住まわせることにした。貴様は邪魔だから離れで大人しく過ごしていろ!」
「そういう事だから、ごめんなさいねぇ? でも私とヘンリーの間に割って入ってきたのはアンタの母親なんだし、こうなるのも当然よねぇ?」
「お前が僕の弟か? だった今日から兄である僕のいう事は何でも聞けよ! 僕は将来この家を継ぐ人間なんだから偉いんだぞ! 分かったか!?」
いきなり帰ってくるなり滅茶苦茶な事を言っている父と、それに追従する頭の悪そうな発言をしている女と、俺と同い年くらいの子供。
……察しの良い奴なら、この場を見れば事情はあらかた分かると思うけど、事の経緯を簡単に説明すると、大体こんな感じだ。
①父と母上は互いに断るに断り切れなかった政略結婚。
②父には婚前から付き合ってる平民の女がいて、その女と結婚したかったけど反対され、そこに割り込んできた母上の事を毛嫌いしている。
③とりあえず義務的に子供(俺のこと)を作ったけど、父はそれっきり家には帰らずに愛人とその子供を囲むために用意した別宅に入り浸る。
④邪魔な母上と、愛人との結婚に反対していた先代当主である祖父が亡くなったのを見計らい、愛人と子供を連れて帰ってきた。
⑤散々ほったらかしにして冷遇してきた息子は邪魔だから、古い離れに追いやろうとしている。
うぅーんっ。端的に言ってクソである。
(少なくとも、大人のやる事じゃない……マジでドン引きなんだけど)
いくら互いに愛のない政略結婚だからって、そこまでやるか?
しかもただ追い出すんじゃなくて離れに閉じ込めようとしている時点で、幼い子供を追い出すことで傷つけられる世間体を守ろうとしているっていう企みが透けて見えるっていうか。
貴族なんて言うのは、面子を大事にする生き物だからな。平民と結婚した挙句、亡くなった前妻との間に生まれた子供を捨てたとなると、外聞が悪すぎる。
「当然、タダで住まわせてもらえるなんて思うな! 衣食住を保証してやるからには下働きに従事しろ! もし逆らえばどんな目に遭うか分かっているだろうな!?」
「そうよねぇ! ただ貴族の女から生まれたってだけで、本来私たちが享受するはずだった豪華な屋敷での裕福な生活を満喫できたんだから、そのくらいはしてもらわないと!」
「だったら僕、コイツを剣やスキルの練習相手にしたい! 僕、将来は世界一強い戦士になるのが夢なんだ!」
挙句の果てには虐待する気満々な台詞のオンパレード。親子三人、ここまでゲスいといっそ清々しいくらいだ。
正直、これが正真正銘ただの十歳児なら絶望するしかなかったと思う。そのままドアマットコース確定だろう……が、こちとら二度目の人生を好きに生きると決めた転生者。ただの子供じゃない。ドアマット期間なんて無駄な時間を過ごす気はサラサラないのである。
「はっ。バッカじゃねぇの?」
鼻で嗤いながら吐き捨てるようにそう言うと、父やチェルシー、ディアドルは一瞬呆けたような間抜け面を晒すが、すぐに顔を真っ赤にして怒り出した。
「な、何だと……? 今なんと言った!?」
「バカじゃねぇのって言ったんだよ。耳クソ溜まり過ぎて聞こえないのか? それとも頭が悪すぎて俺の言っていることの意味が理解できないのか? この無責任不倫二股上等の脳みそおが屑な自己陶酔自己中野郎」
この十年で、両親の間にあった事はあらかた聞いているし、貴族としての身分に縛られて自由な恋愛ができなかったことには同情するが、そこからの行動がクズ過ぎるのだ、この男は。
「そもそもさぁ、自分が今までどれだけダサいことしてるか自覚ある? 政略結婚が嫌だからって母上に冷たく当たって、かと思えば子作りだけはしっかりやって、挙句に『俺は真実の愛を貫く』なんてほざいて母上も、まだ胎児だった俺の事も捨ててさ」
この世界では一夫多妻制が法律として敷かれてるけど、それはあくまでも妻となる相手を尊重した上での話。正室である母に対する一連の話を聞いて、祖父や使用人、果てには領民たちが呆れ果てたのは有名な話だ。
「その上、次期領主としての仕事も何もかも放り出して愛人囲って遊び惚けて、お爺様や家臣たちがどれだけアンタに失望したか分かってる? 反抗期のガキかよ。良い歳して恥ずかしい」
まぁこれに関しては、なんだかんだで父に遊ぶ金を出し続けた祖父のせいでもあるんだけどな。祖母を早くに亡くして男手一人で育ててきた、たった一人の肉親だし、甘く接してしまう気持ちは分からんでもないが、それでも叱る時はちゃんと叱らないと駄目だと思う。
おかげでこんなに見てて痛々しいオッサンが出来上がってしまったじゃないか。
「さ、さっきから黙って聞いていれば…‥‥! 子供のくせに! それが親に向かって言うセリフか!?」
「なーにが親だ! そんなセリフはな、一度でも親らしいことをしてから言え!」
なんで血が繋がっているだけの、今日初めて会ったばかりの非常識なオッサンに敬意なんぞ払わなければならないのか。身の程を知ってほしい。
「な、なんて口の悪い……! あの女は、一体どんな教育をしてきたんだ!? どこまでも使えない女め!」
「おっと、母上を悪く言うのは止めてもらおう。あの人は俺の事を愛情かけて育ててくれたんだ」
夫からも冷遇され、経済的な理由から実家も頼らせてくれない、おまけに病弱で気弱……そんな状況下でも、母上は俺の事をそれはそれは大切にしてくれたのを、俺は最初から最後まで見てきたんだ。
体の弱さが祟って五年も前に亡くなってしまったけど、最後まで俺の事を案じていた母上の事を、育児放棄を続けてきた父がどうこう言う資格はない。
「い、いずれにせよ! 父が死んで私が当主になったからには、貴様をどうしようと私の勝手だ! これまでの無礼の報いは必ず――――」
「はたして、それはどうでしょうか?」
父の言葉に被せるように、理知的な雰囲気を感じさせる声が響く。
その声がした方を振り向いてみると、そこには如何にも頭がよさそうな感じがする、眼鏡を掛けた中年の男が部屋に入ってきていた。
「な、何だお前は!? いきなり公爵家の館に入って来て、無礼だろう!?」
「申し遅れました。私、クイントス王国執政官のケビン・ルールセンと申します。本日は王国政府の意向を貴方にお伝えするため、ジード・アレイスター様にご招待されました」
「し、執政官だと!?」
執政官というのを簡単に説明すると、俺たちが住んでいるこの国……クイントス王国の政治全般を王家の方針に従って取り仕切る政治家で、時に王家の代理人として動くこともある、国内屈指の重役だ。権力的には公爵相手でもへりくだる必要が無いくらいの。
頭の悪い父でも執政官が相手となると分が悪いと思ったのか、今にも噛みつかんばかりだった勢いがなくなる。そんな父を尻目に、俺はルールセン執政官の後ろに隠れた。
「先日亡くなられた先代アレイスター公爵は、息子である貴方の行いに対して『領主としての能力が無いのではないか』と危惧しておりまして、かねてより王国政府とご自身の死後についてご相談しておりました。政府としましても、十年にも及ぶ長期間職務を放棄してきた貴方に領地を任せることに大変不安を感じておりまして……話し合いの結果、貴方が爵位を継ぐのは保留という形に落ち着きました」
「な、何だとぉっ!?」
「え? え? 何? どういうことパパ?」
「つまり……貴方は公爵になれないってこと!?」
ディアドルは何が起こっているのか理解できずに目を白黒させ、父とチェルシーは思っていたのと違う展開が繰り広げられているのに目を瞠る。
その絶望は容易に想像できた。何しろこれから公爵になって人生イージーモードって息巻いてたところに、それをいきなり取り上げられるんだ。そんなの誰だって愕然とする。
「ふ、ふざけるな! 私は先代の唯一の実子だぞ! いくら王国政府だからって、貴族の家督相続に口出しする権利はないはずだ!」
「確かに、現行法では爵位の継承は血縁が重視され、政府と言えども干渉することはできませんが、それはあくまでも原則。後継者候補となる人物に次期領主としての実績が無ければ干渉することも、場合によっては爵位を剥奪し、領地を返還させることも可能です」
父が正当性を訴える言葉も呆気なく論破されてしまう。ルールセン執政官が言ったとおり、それがこの国の法律である以上どうすることもできないし、何よりも父には王家や政府に逆らうだけの気概はないようで、がっくりと項垂れている。
「ひとまず法に則り、アレイスター領は王国政府主導の元に統治。ヘンリー殿が正式に爵位を継いで再度領地運営を任せられるかどうかは、今後の監督指導結果次第となります。……もちろん、子供を虐待するような信頼に置けない人間に領地を任せられないので、悪しからず。我々はいつでも貴方の事を見ていますからね」
ようするに、とりあえず領地の運営は政府がやる。運営権と爵位が欲しければこちらの言う通りにしながら働け。虐待なんて犯罪行為をしたら問答無用で爵位と領地没収……という事だ。
これを聞いた父は唖然としながら「嘘だ……嘘だ……」とボソボソ呟くしかできない。
「なぜだ……なぜこんなことに――――」
その時、ふと俺と父の目が合い……俺はルールセン執政官の後ろに隠れたまま、父の事をニヤリと嘲笑う。
「き、貴様……! まさか、貴様が……!」
ご名答、この展開に持っていったのは俺の仕業だ。祖父の体調が年々悪くなっていくのを見て、何もせずに放置してたらドアマット展開に突入するのが目に見えてたから、対策を打たせてもらった。
元々、息子のせいで母上が不幸な結婚生活の中で死んだことに対して強い罪悪感を抱いてたからな。その罪悪感をあの手この手で刺激し、俺にとって最も都合の良い展開に持っていけるよう、働きかけてもらったのだ。さすがの祖父も、息子には愛想が尽きかけていたし。
「安心しろよ。真面目に頑張れば公爵になれるし、俺も爵位には興味ないから成人である十五歳を迎えたら独り立ちするからさ……それまでの間、子供を養育する義務を果たしてくれよ? ち・ち・う・え」
「~~~~~~っ! クソぉおっ!」
「あ、あなたっ!」
「待ってよパパぁ!」
思いっきり皮肉を込めて『父上』と呼んでやると、顔を憤怒に染めながら出ていった。その後をチェルシーとディアドルが追いかけていくのを見届けてから、俺は改めてルールセン執政官に頭を下げる。
「今日はありがとうございました。おかげで独り立ちするまでの生活は保障されそうです」
「お気になさらず。私は職責を果たしたまでの事……これからは私を含めた執政官数名や文官、騎士たちがこの領地に滞在いたしますので、また何かございましたら、いつでもご相談ください」
それはつまり、公爵家の私生活も監視するという事だ。そうなれば評価を落とすような散財もできないし、公爵家に戻った甲斐が無いだろうなぁ。
これから訪れる父たちの顛末を想像しながら、立ち去っていくルールセン執政官の背中を見送り、俺は懐から一枚のカードを取り出す。
ステータスカードと呼ばれる、人々が魔物の脅威に依然として晒されているこの世界では誰でも比較的簡単に手に入れられる魔導具であり、《エンドレス・ソウル》では戦闘システムの根幹をなす代物だ。
「独り立ちしてどうするか……それはもう決めてるんだよなぁ」
転生の神様である前田さんは言った……新しい人生を好きに、楽しく過ごしてもいいと。
だったら俺のやることは前世ではできなかったこと……作り物のVRではなく、現実のものとしてロマン砲ビルドを極めるしかない。
そりゃ最初の頃は物騒なファンタジー世界に転生するなんて嫌だったけど、フナ虫に転生することを天秤にかけられた以上、選択肢はなかったに等しいし、こうしてこの世界に転生した以上、もう開き直るしかないと思ったのだ。
(郷に入っては郷に従えってな……せっかくのファンタジー世界なんだし、スキル関連の目標を持った方が生き甲斐がある)
それに、この世界は法整備が進んだ国が多数あるとはいえ、傭兵や冒険者と言った戦闘を生業とした仕事の需要が超絶高い。そんな世界において、戦闘力とは学歴であり、資格であり、免許でもある……あればあるだけ、食い扶持を稼ぐのに有利なのだ。
一応、父を押しのけて俺が爵位を継ぐっていう展開も考えたけど、どうしてもモチベーションが上がらないしな。そういうのはやる気と能力がある奴がやらないと、大勢の人が不幸になるし。
(なんにせよ、独り立ちをする為の準備期間……その下地を手に入れることはできた)
そして原作である《エンドレス・ソウル》のエンディングから七百年経った今の時代だが……かつてネット対戦で千戦千勝を成し遂げた俺の原作知識を有効活用できるのは、既にある程度確認済みだ。
それらの情報を元に俺はこの世界で再びロマン砲ビルドを極め、あの時みたいな脳汁が噴き出る感覚をもう一度味わうのだ。
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