閑話のような時間②

・読者の皆様への深いお詫び

先日は誠に申し訳ございませんでした! 18時にもう一度投稿すると宣言しておきながら、投稿するためにパソコンの前でスタンバってたらそのまま寝落ちしてしまうというとんでもないポカをやらかす始末。楽しみにしてくださった読者の皆様には、深くお詫びいたします。

今日こそ、今日こそは18時にもう一話投稿いたします。先日は本当に申し訳ありませんでした!


 ―――――――




「ぐわああああああああああああああああああああっ!?」


 平穏な昼下がりの町中で、あまりの事に俺は叫んだ。

 正直、こうなるんじゃないかと予感はあったんだ。でも『さすがに心配し過ぎだ』と楽観視し過ぎた。その結果がこれだ。

 時間はどうやっても巻き戻らない。もうどうしようもない現実に、俺はただ叫ぶことしかできないのだ。


「辛ぇえええええええええええっ! ていうか痛ぇえええええええええええっ!」

「…………?」


 口の中でビリビリと痺れるような猛烈な辛さが暴れまわる。水をがぶ飲みしても全然収まらないし!

 とても食べ物を口にしたとは思えない感覚を味わい、悶絶する俺の正面に座っているベルは不思議そうにこちらを見ながらも、スプーンを一切止めることなく口に運んでいた。


(舐めてた……! 激辛系の店を舐めてたっ! まさかこんなに辛いなんて……!)


 激辛専門店大焦熱地獄・アレイスター支店。ダンジョン攻略の準備中、俺たちが偶然見つけた店の名前である。

 日頃の感謝を込めてベルの好きそうな店を見つけ、入ったところまでは良かった。しかし店のドアを潜ると同時に漂ってきた、中華料理店みたいな食欲をそそる香りと、それだけでは誤魔化しきれない刺激臭を嗅いだ時点で、何かおかしいと思っていた。


(それでも一度入店した手前、注文もせずに出るのはどうかと思って席に着いたけど……)


 問題は言わずもがな、出てきた料理にある。

 注文の際、俺とベルは一番人気っていう料理を注文し、客の好みで辛さを調整できるっていうから、俺は一番辛くないのを、ベルは一番辛いのを注文した。

 そして出てきたのは大きくカットされた具材がゴロゴロ入ったスープ料理と、スライスされた丸パン。この地方では非常にポピュラーな組み合わせだ。


(でも赤かった……スープの色が、なんか赤かった……!)


 一番辛くないように調整を頼んだのに、俺の前に置かれた料理は全体的に赤かったのだ。

 もしや注文を取り違えたかと思いもしたけど、ベルの前に置かれた、辛さ以外は同じであるはず料理が赤黒い色をしているのを見て、注文の取り違いはされていないのだと認めざるを得なかった。

 しかし俺は基本、食べ物は残さない主義だ。意を決してスープを掬い、口を運んで……今に至る。


(一番辛くないのでコレ……!? 嘘だろ……!?)


 味自体は美味いと思う。色んな具材と香辛料が絶妙に絡み合った、複雑な旨味みたいなのを感じた。

 だがそれ以上にただただ辛い……! こんな辛いのが当たり前のように出てくる店が、今こうして営業できていることが信じられないくらいだ。

 しかもアレイスター支店・・だと……!? 馬鹿な……!? これと同じ店がチェーン展開されているというのか……!?


「ベ、ベル……お前やたらとハイペースで食べてるけど、辛くないの……?」

「…………刺激的」


 そう言いながら、赤黒いスープを完食するベル。

 俺はただ戦慄した。マジかよ……この女の舌は狂ってるとでもいうのか……!? そもそも湯気が目に当たるだけでもなんか痛いんだが……!?

 それでも出されたものを残すのは気が引ける……俺は自分の主義を自分で恨みながら、辛みを紛らわすパンや水をお代わりしまくって何とか完食することができた。


「な……なんか腹が熱い……」


 多分辛み成分が凄すぎて、胃壁が悲鳴を上げてるんだろう。腹を中心に全身へ熱が伝わってきているようで、体温が上がって汗をかいてしまう。

 俺は胃を労わるように腹を擦りながら、ベルを連れて会計へ向かうと、店主と思われる禿げ頭で大柄な筋肉ムキムキの男がやってきた。


「大した嬢ちゃんだ……涼しい顔してウチの店の最高レベルの辛みを完食するなんてよ」


 なんかやたらと雰囲気のあるオッサンだ。見るからにこう、客の食い方とか注文の仕方にいちいち口を挟んできそうな、昔ながらの古典的な『頑固なラーメン屋の店主』って感じの、偏見に満ちたイメージが頭に浮かんでくる。

 まぁ実際は俺たちの食い方とかに文句なんて一切言わずに黙々と作業をしてたんだけど、そんな店主がベルの事を認めるようなことを口にしながら、ポケットから鎖付きのメダルのようなものを取り出した。


「嬢ちゃんならこの《大焦熱地獄》名誉会員の証であるメダリオンを手にする資格がある。これを系列店で見せれば、会員限定メニューを食えるようになるだろう。これからも辛さの神髄を忘れず、真の旨辛さを求める道を突き進むといい」

「…………(コクリ)」


 名誉会員証であるメダルを大事そうにポーチへ仕舞うベル。彼女は一体どこへ向かおうとしているのか……俺は若干不安を抱きながら店を出ると、気を取り直して次は本屋へと向かった。

 公爵邸の蔵書室にあるのは古い本が多いからな。新作の多い本屋の品揃えを見れば、ベルにとっても刺激になるだろう。

 そんな事を考えながら、ベルを本屋に連れて行っている道中、ある三人組が俺たちの横を通り過ぎていった。


「お父さん、お母さん! 早く早く!」

「もう、急かさないの」


 はしゃぐ子供を優しく窘める母親、それを温かく見守っているという、どこにでもありふれた仲の良い家族だ。

 そんな名も知らぬ一家が通り過ぎていくのを、隣を歩くベルが視線で追いかけているのに気が付く。これは気になるものを見つけた時の反応だと、経験則から判断した俺はベルに話しかけた。


「どうした? 今の家族の事が気になるのか?」

「…………家族…………本で見た。あれが…………」


 そう呟くと、ベルは俺に人形のような鉄面皮を向けて口を開く。


「…………どの本にも書いてた。家族は良いものだって…………でも私は父親の事をよく知らない…………母様の事も、もうあんまり思い出せない」

「……だから家族の良さっていうのが分からない?」

「…………ん」


 頷くベルを見て、俺は『そりゃそうだよな』って素直に思った。コイツのこれまでの境遇を考えれば当たり前だ。


「…………ねぇ。どうして家族が良いものなの?」


 能面のような無表情をしたベルから向けられたのは、本当の無知からくる、あまりに無垢な質問だった。

 悲しわけでも皮肉を言っているわけでもない。ベルにとって本当に分からないから聞いているだけなんだろう。


「さて……どうかな? 俺もよく分からない」


 と言っても、俺自身ベルの疑問に対する答えを持ち合わせていなかった。

 前世の両親は早くに亡くなって、今世の母上には良くしてもらったけどやっぱり早くに亡くなって、唯一残った血縁者である父はあんなだし。

 俺自身、家族の何たるかを理解するには、家族と接する時間があまりに少なすぎた。


「ただまぁ、これはあくまで俺の持論なんだけど……本当に大事なのは誰と一緒に居たいかを感じる事じゃないの?」


 少なくとも俺は、血縁者だから一緒に居たいと感じるなんてのは誤りだと思う。血が繋がっていてもいなくても、嫌いな奴は嫌いだし、好きな奴は好きだ。


「家族だとか友達だとか恋人だとか、そういうのは結局形式上のもの……ラベルみたいなもんなんだよ。一緒に居る相手の事をどう思うかは形式によって違うけど、その本質はどれも同じ。自分自身で接して、自分自身が好きだと思える奴と一緒に過ごして、同じ体験をする……それが〝良い〟んじゃないのか?」


 一人でいる時間も大切だとは思うけど、誰かと一緒に居る時間も得難いものだ。

 ゲームやってる時とかも、周囲を巻き込むロマン砲ビルドばっかり使ってて他のプレイヤーたちからパーティを組むのを嫌がられることが多かった。ロマン砲ビルドで遊びたい俺はそれでも満足してたけど、他のプレイヤーたちが和気藹々と遊んでいるのを見て、ちょっと羨ましく思ったのも確かだし。 


「ま、俺もよく分からんけど。こういうのは人によって解釈が変わるから、正解がない話だし」

「…………何それ?」

「自分で色々経験して、自分の足で色んな奴に会って、自分の頭で色々考えてから、自分だけの答えを見つけろってこと。本に書いてたことや、他人から聞いたことが絶対だと思わないことだ」

「…………よく分からない」

「今はそれでもいいさ。とにかく悩め。悩んだ分だけ、自分の結論に重みが増すから……っと、ちょい待った。本屋に行く前にギルドに立ち寄らせてくれ。新しい依頼を出したい」


 俺は本屋に向かう道中にある冒険者ギルドの扉を開ける。

 そんな俺の背中に、ベルが何を思い、何を考えながら視線を送っているのか、この時の俺は気が付いていなかった。



――――――――――

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