覚醒進化
そのまま俺たちは灼熱の遺跡内を進んで行き、ダンジョンの最深部の前までやってきた。
今俺たちがいる通路の奥側に見えるのは、大きなパイプオルガンのようなものが置かれている、扉のない開けた大部屋……天井には赤い光が差し込むステンドグラスが張られた大聖堂だ。
更によくよく目を凝らしてみれば、その大聖堂の真ん中には、全身甲冑らしきものが鎮座している。
(フレアナイト……ボス部屋の外から見える格好は、ゲームの時と同じだな)
俺はベルの【夢見の花霞】を活用し、ここまで温存していたMPを使って【竜腕】を発動し、アイテムを使ってMPを回復させておく。
これでフレアナイト戦における準備は完了……あとは奴の行動が俺の知識通りであるかどうかがカギだな。
「よし、行くぞ」
「…………(コクリ)」
俺とベルは同時に大聖堂へと足を踏み込むと同時に、フレアナイトは甲冑の奥に隠された目を赤く輝かせながら立ち上がる。
マグマドラゴンと同じく、一定範囲まで近づいた段階で戦闘形態に入るタイプのボスだ。全体的に炎を思わせるような意匠が散りばめられた剣や盾、鎧を装備した騎士は、侵入者である俺たちを真っ直ぐに見据えると、走って向かってくる。
(だが移動速度は遅い……ゲーム通りだ!)
重装甲が仇になっているのか、少なくともフレアナイトの移動速度は、今の俺の敏捷値でも走れば簡単に引き離せる程度だ。当然、スピードに特化したベルに追いつける道理はない。
「戦い方は手筈通り! ボーンデビルの時と同じで、相手を俺と挟む感じで立ち回れ!」
俺からの指示を受けたベルは即座にフレアナイトの背後に回り込もうとする。それを見たフレアナイトは当然のようにベルに視線を向け、俺への注意が散漫になるが、その瞬間を狙って俺は竜化した腕で床の石材を抉り剥がし、割れた石をフレアナイトに向けて投擲する。
フレアナイトに対して勢いよくぶつかった石は砕け散るが、当のフレアナイトは答えた様子が全く見られず、どこか苛立ったような視線を俺に向けたかと思えば、俺に向かって走り出した。
(よし、俺にタゲが向いた……今だ、ベル!)
結果として、ベルに背を向けたのはフレアナイトにとって悪手だろう。
すかさずベルはフレアナイトの背後に向かって、黄色い電気の球体を放つスキル、【スタンボルト】を発動し、それをぶつける。
ベルが唯一持つ直接攻撃系のスキルだが、【スタンボルト】はそもそも威力が非常に低く、魔力値の低いベルが使ってもフレアナイトにダメージなんて与えられない。
(しかし、麻痺状態にすることは可能だ)
そうすれば移動速度だけでなく、攻撃速度もダウンする。
と言っても、ボスモンスターは状態異常耐性があるから、雑魚モンスターみたいに一発で状態異常とかにはなり難いんだが、それでも回数を重ねればいずれ麻痺状態にできるわけだが……俺たちの本命はそこではない。
(こっちの狙いは遠距離攻撃を駆使し、俺とベルとで交互にタゲを引き付け合って、フレアナイトから距離を置き続ける事)
こうやって距離を取り続ける戦法なら敵を毒状態にするのが最善なのだが、生憎とフレアナイトは毒状態にならないし、仮に毒状態にできてもその方法はベルが【毒の剣】を発動して近接戦を仕掛けるしかないんだが、移動速度は遅いくせに攻撃速度自体は尋常じゃなく速いフレアナイトを相手に近接戦を仕掛けるのは悪手だ。
では俺たちの行動に何の意味があるのか……その答えは、奴自身が行動で示してくれた。
「……きたっ!」
このように俺とベルで交互に攻撃してタゲを取り合うのを繰り返していると、思うように距離を詰められないフレアナイトは、苛立ったように上空高くまで跳躍すると、手に持っている大剣に炎を灯した。
あれは敵が距離を取ってばかりで一向に近寄ってこない時にフレアナイトが使う、超広範囲攻撃だ。重力落下速度を乗せた、炎を纏う剣を勢い良く地面に突き刺すことで、大聖堂全体に及ぶ、灼熱と衝撃波を炸裂させる。
(だがそれこそが狙い目だ)
あの全体攻撃を使う時、フレアナイトは必ず大きく跳躍する。
それを知っていた俺はすかさず、天高く舞い上がったフレアナイトの真下に潜り込み、そこで【エウロスの波動弾】を発動する。
俺の真上に巨大なエネルギー弾が生み出された、その直後。エネルギー弾が凄まじい音と衝撃をまき散らしながら大爆発し、フレアナイトは全身から煙を放ちながら吹き飛ばされて、地面に直撃した。
(これが【エウロスの波動弾】の基本的な使い方だ……!)
このスキルは発動時、発動者の真上にエネルギー弾を生成するという特徴があるのだが、その生成速度自体は中々に速いのだ。
しかも弾速にさえ目を瞑れたエネルギー弾自体が大きくて当てやすくなっているし、少なくとも空を自由に飛べずに重力に従って落ちてくる奴が相手なら、ほぼ百パーセント命中させられる。
言うなれば、自分の上にいる奴に向かって使う対空技なのだ。
(おかげでフレアナイトにも大ダメージを与えられたしな)
いくら高耐久とはいえ、超火力のロマン砲スキルをモロに食らえば、フレアナイトもタダでは済まない。
しかもMPを消費した状態で大ダメージを与えたことで、【ドラゴンハート】の効果が発動。俺のMPを全回復させることに成功した。
(いいぞ、このまま追撃を――――っ?)
しようとした……その時、俺は異変に気が付いて立ち止まる。
フレアナイトが持つ大盾の形が崩れ、左手に強烈な熱と光を纏い始めたのだ。そして大剣を両手持ちにすると、左手を起点として刀身全体に熱を放つ光が伝う。
「ま……さか……!?」
それを見た俺の中で、猛烈に嫌な予感が駆け巡る。
その予感が的中しているのを証明するかのように、フレアナイトの兜の後ろ側から、炎のように光り揺らめく赤い長髪が伸びてきた。
「コイツ……! 覚醒進化しやがった……!」
完全に姿が変わったフレアナイトを見て、俺は絶望と共に一人呟く。
覚醒進化……それは、俺が前世で何度か、ゲームの中で見たことがある光景。そしてこの世界でも知識として知っていた現象だ。
この現象を簡単に説明すると、ダンジョンボスがパワーアップするという、攻略する側からすれば堪ったものではないものである。
ボスにある程度ダメージを与えると、極々稀に発生するのだが、この現象はゲームでも数多くのプレイヤーたちを、この世界でも数多くの冒険者たちを絶望させてきた。
(不味い……! 俺の知識通りなら、フレアナイトは覚醒進化をすることで――――っ!?)
……と、俺の思考を中断させるかのように、とんでもないスピードで間合いを詰めてきたフレアナイトが、俺のすぐ傍で大剣を振りかぶっているのが見えた。
「がああああああああああっ!?」
咄嗟に竜化した腕を交差して防御体勢に移った瞬間、とんでもない衝撃が両腕に伝わり、俺は大きく吹き飛ばされてしまった。
フレアナイトは覚醒進化することで大盾を失って防御性能が下がった代わりに攻撃力が上昇……するだけならまだ良いのだが、一番ヤバいのはそこではない。
(鈍重という最大の弱点が……消えやがった……!)
覚醒進化したフレアナイトは、もはや典型的な重戦士ではない。超火力に超耐久、超スピードを兼ね備えた完全無欠の騎士になる。
今回の《煉獄の大聖堂》攻略は、フレアナイトが覚醒進化をしないことを前提に計画されていた、相手の弱点を突きながら有利に立ち回りながら倒すというものだったが、肝心の弱点が消えたことで計画は全てご破算。フレアナイトを倒せる算段を失ってしまった。
「……っ!? よせ、ベル!」
俺は思わず苦渋に顔を歪めながら猛スピードで向かってくるフレアナイトに対処しようとしていると、フレアナイトの背後からベルが【スタンボルト】で攻撃しようとしているのが見えた。
慌てて制止しようとしたがそれも間に合わず……瞬時にベルの方に振り返ったフレアナイトの大剣から、刃渡りを長くするように光の刃が伸び、それが信じられないスピードで振るわれてベルがいる場所を一閃する。
「ベルっ!」
フレアナイトのもう一つの弱点である、全体的な攻撃範囲の狭さも覚醒進化によってカバーされた結果生み出された攻撃だ。しかも敵の動きに対する感知力も格段に上がっていやがる……!
(……が、よかった……! 何とか無事だ……!)
両手に持っていた片刃剣を交差させることで何とか直撃を免れたのだろう……しかし、その代償は決して小さくなかった。
(【吸血の双刃】は……壊されたか……!)
ベルの両手に持っていた【吸血の双刃】の刀身が、二本まとめて溶断されているのを見て、『恐れていたことが起きた』と俺は思った。
以前俺は吸血鬼ビルドはこの世界では弱いと言ったが、その理由は何てことはない……基本的に装備品が壊されるようなことはなかったゲームとは違い、この世界はあくまでも現実。攻撃を受け続ければどんな武器や防具でも壊れるという、至極当然のものだ。
だからこそ、敵の生命力を吸収する武器に依存する吸血鬼ビルドは、この世界ではリスクが高すぎるとして、ベルに方針転換をさせたのである。
「ベル! お前は今すぐこのダンジョンを脱出しろ! いいなっ!?」
武器を失ってしまった以上、ベルを戦線に立たせられない……そう判断した俺はベルに指示を飛ばしながら、竜化した腕でフレアナイトに襲い掛かるが、両手で握られた大剣を盾に防がれ、鍔迫り合いのような状態になる。
……本当なら俺も逃げ出して態勢を整えたいところだが、それはできない。今のフレアナイトのスピードは明らかに俺より上。普通に逃げたって絶対に追いつかれる。
ならば【瞬迅雷光】を使えばいいのではないかという話ではあるが……。
(【瞬迅雷光】の制御は、まだモノに出来ていない……!)
俺はまだこのスキルを使いこなせていないのだ。
逃げるためには【瞬迅雷光】を使うのが必須だが、マグマ溜まりやマグマの用水路という致命的な障害物だらけのこのダンジョンを、制御し切れていない【瞬迅雷光】を使って走り抜けるのは自殺行為に等しい。
(結局、生き残るにはコイツを倒すしかないってわけか……!)
状況は絶望的。それでもやるしかないと腹を括った俺は、全力で両腕を振るうのだった。
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