ロマン砲狂いの変化


 あれからしばらく経ち、俺たちは《煉獄の大聖堂》へとやって来ていた。

 その内部は俺の知識通り、粘度の低い溶岩が流れる、さながらマグマの用水路とでも言うべき道がいくつも張り巡らされ、人の侵入を阻害している。

 

「あっつ……これは想像以上の暑さだな……」


 前世を含めて、溶岩が流れる傍を歩くなんて初めての事だ。

 漂ってくる熱量はかなりのもの。人が通れる場所も相当熱くなっているのか、地面を踏む度に足裏から熱が伝ってきているのが分かる。


「ベル、そっちは大丈夫か?」

「…………(コクリ)」


 心配になって振り返ってみると、ベルは相変わらず涼しい顔をしていたが、顔や首筋に汗が伝っているのが分かる。

 本人がどう思っていようと、体は正直だ。この暑さの中、対策なしで突き進めば、ボスの元に辿り着くより先にこっちがダウンするだろう。


(こういうところは、ゲームとはやっぱり違うな)


 リアリティが売りな《エンドレス・ソウル》だが、そこはあくまでもゲーム。プレイヤーのストレス調整のため、寒暑に関連する影響は一切なかった。

 しかしこの世界だとそうはいかない。熱い寒いだけではなく、気圧の違いや食料の対策が冒険には必要不可欠なのだ。

 だからこそ、俺はこの事態を想定して準備をしてきた。


「そろそろ水分補給をしよう。【氷精の水薬】を」

「…………ん」


 指示を受けたベルは、自分の腰に巻いているポーチから青白い液体で満たされた瓶を取り出す。

【氷精の水薬】……名前から大体察せられると思うが、飲むことで水分補給と共に、服用した人間の体温を一定時間下げ続けることができるポーションだ。

 主に砂漠や溶岩地帯、亜熱帯で活動する時に用いられ、夏場になると一般人も使うから、《煉獄の大聖堂》を攻略する為にいくつか購入しておいたのである。


「といっても、性能には個人差があるらしいから、溶岩の熱に当てられた体温の急激な上昇を感じられたら、すぐに飲むように。じゃないと熱中症で倒れるから」

「…………(コクリ)」


 そう話しながら、自分のポーチから取り出した【氷精の水薬】を飲み干す。

 ひとまず、これで暑さ対策はどうにかなったが……問題はまだある。


「……ベル、止まれ」


 曲がり角を見つけ、壁際から進行方向上を確認すると、背中が燃えている巨大トカゲのような見た目をしたモンスターが数体、石でできた通路の上も、マグマの用水路の中も関係なく、自由に歩き回っていた。

 溶岩地帯特有のモンスターの一種だ。この手のモンスターは溶岩に足を漬けて自由に歩き回ることができる。


(普通に戦えば多分勝てると思うが、場所が良くない)


 通路両側に横幅広いマグマ溜まりがあるが、俺たち人間が歩ける場所は真ん中の細い一本道だけだ。

 一気に通り抜けるにしろ、戦うにしろ、あんな細い道の上で数多くのもモンスターたちを相手にするのは不利すぎる。

 ……しかし正攻法だけがダンジョン攻略ではない。今の俺たちには満足な遠距離攻撃手段はないが、それでもこういうやり方がある。


「ベル、【夢見の花霞】だ」


 俺がそう指示を出すと、スキルを発動させたベルの手元に紫色の大きな蕾が具現化し、それが一気に満開へと咲き誇ると、大量の霞が噴き出す。

 視界を埋め尽くすほどの霞はモンスターたちがたむろしている方へと雪崩れ込むと、霞を吸ったモンスターたちは次々と倒れて眠り始めた。


(よし……この世界でも【夢見の花霞】の力は絶大だな)


 広範囲にわたって相手を睡眠状態にするスキル、【夢見の花霞】。

 こういう厄介な場所に密集している雑魚敵を対処するのに非常に有用で、対人戦でも強力なすきるでもある。

 消費MPは高めで、ボスモンスターは睡眠状態にならないので使いどころは限定的ではあるが、それでもダンジョン攻略の道中が楽になる、パーティに一人使い手がいれば困らないと、ゲームでも高い評価を受けてきたスキルだ。

 特に《煉獄の大聖堂》みたいな、足場が最悪の中でモンスターが襲い掛かってくるダンジョンではかなり重宝される。


「よくやった。ほれ」


 俺はMP回復のクリスタルをベルに投げ渡し、意気揚々と細い通路を通る。

 すっかりと眠り込んだモンスターたちは起きる気配がない。今の内に通路を抜けるのがベストだろう……そう思って歩いていると、後ろから何かが壊れ、崩れるような音がした。

 振り替えると、そこにはバランスを崩し、マグマの方へと倒れ込もうとしているベルの姿があって――――。


「……っぶねぇえっ!」


 俺は咄嗟に腕を伸ばしてベルの腕を掴み、狭い通路の上で必死に足を踏ん張らせながら、ベルの体をこちらに向かって引き寄せる。

 あ……危なかったぁ……! クソ暑いダンジョンの中にいるはずなのに、全身の血の気が一気に引いて寒く感じたぞ……心臓もバクバク鳴ってるし。


「ど、どうやら通路の一部が脆くなってたみたいだな」


 見てみれば、ベルのすぐ足元部分が崩れている。

 ダンジョンの壁や床といった部分は、壊れても時間経過で修復されるが、時たま修復の最中に冒険者が足を踏み入れ、まだ脆くなっている部分を踏んで崩れて怪我をするという事故が起こるらしい。

 

(《煉獄の大聖堂》でそれが起こるとか、シャレにならねぇ……)


 マグマにダイブなんてすれば、よっぽど耐久値と炎耐性を上げないと問答無用で即死だ。

 今回は助けられたけど、次からはこういう事故が起こることも念頭に置いて攻略を進めないとな。


(それはそうと……こんな時でもベルの鉄面皮は剥がれないな)


 相変わらずの鉄面皮で俺の事を真っ直ぐに見るベルの顔は、いつもと変わらず涼しいものだった。

 今まさに自分が死にかけてたというのに、一切表情を変えないベルを見て、俺は危機感を覚える。このままではいつの日か、ベルは危険を顧みずに命を落とすのではないかと。

 だったらこれは良い機会だと思い、俺はベルの目を真っ直ぐに見ながら口を開く。


「ベル、この際ハッキリと指示しておく。もしこれから先の戦いで、自分が死ぬと判断したら、俺の事は構わずに逃げろ」


 特にボスから逃げ切るのは生半可のことではないが、スピード特化のビルドを組んでいるベルならそれも可能だろう。 


(生死のやり取りである戦いに、俺の私情で巻き込んでおいてどの口がって感じではあるがな)


 最初は同情から殺しづらくなって、生かす理由を見つけてからは、ほぼ完全に利用するつもりだった。そうじゃないと、割に合わないからな。


(それでも、これだけ一緒に居れば情も移る)


 ロマン砲ビルドを完成させるために、俺自身が命を懸けるのは別にいい。それが俺自身の決断だからな。

 でもベルの場合はただ俺の事情に巻き込まれているだけ。彼女に感情や判断能力が無いのを良いことに利用してるだけだ……けれど、これまでベルと積み重ねてきた時間を考えると、それはちょっと違うんじゃないかと思えるようになってきた。

 世界の滅亡とか、俺の命を狙った何某とかの事を考えると、ベルを手放せないのは変わらないけど、何もパーティを組んで一緒に戦う事ばかりが正解じゃない。他のやり方も考慮するべきだろう。


「元々、俺が自分の事情に巻き込んでるだけだから気にするな。自分の命を守るために逃げるのは悪い事じゃないし、俺もお前を責めない。だからベルは自分の命を大切にすることを覚えろ。分かったな?」


 そう言って念を押す俺だったけど……この時のベルは、いつもみたいに頷かなかった。

 ただ何を考えているのか分からない、子供みたいな純粋な目で俺の事をジッと見つめながら、決して頷こうとしなかったのだ。



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