《アウロラの霊廟》


 ベルの感情を取り戻す作戦は、激辛系という意外なものによって功を奏する事となった。

 あの赤黒くて強い刺激臭すら発する辛さのソースと、明らかに中身に激辛系のトウガラシみたいなのを練り込んだだろって言いたくなるような赤いソーセージのホットドッグは、ベルの感情を呼び起こすくらいのインパクトがあったらしい。


(あれからというもの、ベルの食事には明らかに嗜好性が生まれたしな)


 意図的に辛いものを用意すれば、そちらに手を伸ばす回数が明らかに多いのだ。日々の食事に激辛料理を色々と献立に加えて観察したけど、あの激辛ホットドッグ以外にも反応して積極的に手を伸ばしていた。

 その反面、甘い物には手を伸ばさない……より正確には、スイーツ系には手を出そうとしないのだ。野菜スープみたいな仄かな甘みのある料理は食べるけど、甘みの強い菓子類には手を伸ばそうとしない。


(端的に言えば、激辛好きで、砂糖ありきの甘い菓子類が苦手ってことか)


 もしくは、今までロクなものを食べてこなかったから味覚が鈍くなっている可能性もあるが……これは本人にしか分からない感覚だから、俺が考えたところでできることは少ない。

 ただまぁ、ベルが自分の好きな物を見つけられたことは素直に嬉しい。この調子で自分の世界を広げていってほしいものだ。


「さて……準備はできたな」


 もちろん、ベルの事にだけかまけていたわけじゃない。《アウロラの霊廟》を攻略する準備だって抜かりはないのだ。

 飲んだり掛けたりすることで傷を癒せるポーションに、潰すことでMPを回復できるクリスタル。アンデッド系のモンスターに有効な攻撃系のアイテム各種。いざという時に逃げ隠れするためのアイテム各種。これらを腰にぶら下げられる程度の小さなポーチ……見た目よりも大量に入る、許容量上限のある道具袋に確認しながらしっかりと入れる。


(本当は、回復系のスキルを使えるのが最善なんだけどな)


 ゲームだったらHPを回復する場合、ボタン一つで即座に出来たけど、現実だとそうはいかない。

 道具袋からポーションを取り出し、蓋を開けて飲んだり掛けたりする時間は、実戦では致命的な隙を晒す羽目になる。そういう時に活躍するのがヒーラー……自身や味方の傷を癒せるスキルを持っている奴なんだが……。


(回復系のスキルは、総じて燃費が悪いんだよなぁ)


 戦略的な価値が高い分、MP消費量がロマン砲スキルと大差なく、実戦で使おうとしたら専用のビルドを組む必要がある。

 俺も【ドラゴンハート】を活用したロマン砲ビルドに何とか組み込めないかと模索してみた事があるけど、【ドラゴンハート】は敵に攻撃しなければならない事も相まって、どうにも兼ね合いが悪く断念した。

 

(やっぱりパーティを組むんなら欲しいよな……ヒーラー)


 ゲームでは役割的にパーティメンバーから『何もしていない』と叩かれやすかったり、やってることがかなり地味、ソロプレイでは何もできないといった理由から、プレイヤーたちからは不人気なヒーラーだけど、デスペナルティが文字通り死そのものであるこの世界ではかなり需要がある。

 生憎、今回は都合が付かなかったけど、いつかヒーラーも仲間にしたいものだ。


   =====


《アウロラの霊廟》はアレイスター公爵家の館から馬車で数日、町を三つほど跨いだ先にある。

 まさに古い遺跡といった内装をしていて、内部の至る所に青くて不気味な篝火が揺らめき続けている、いかにも幽霊が出そうな感じのダンジョンだ。

 

(ゲームの時も不気味に感じていたけど、生身だと一層不気味さが際立って感じられるな……)


 あちこちに骨が散乱してるし、どこからか吹いている隙間風が反響して呻き声のように聞こえるし、耳を澄ませば俺たちの動きと関係なくカチャカチャという変な音が微かに聞こえてくる……ホラーが苦手な奴なら、まともに歩けなくなるんじゃなかろうか。


「まぁ俺たちにはあまり関係のない話か」

「…………?」


 独り言を呟いた俺を不思議そうに見ながら、何もない地面を踏むかのように足元の風化した骨を足で砕いてスタスタ歩くベル。

 俺自身、ホラーが苦手ってわけじゃないし、ベルに至っては言わずもがなって感じだ。不気味には感じても、それが動きを阻害することはないだろう。

 

(問題は戦闘面……これまでベルとの連携訓練は実戦の中でも培ってきたが、アンデッドの相手は初めてになるな)


 そんな事を考えながら通路を進んでいると、カチャカチャという物音がすぐ近くまで迫ってきているのが分かった。

 それからすぐに俺たちの前に現れたのは、いずれも鉄製の武器を持った、青白い炎を全身に纏った骸骨たち……《エンドレス・ソウル》でもお馴染みのアンデッドモンスターだ。

 

(いきなり三体は、できれば勘弁してほしかったけどな)


 まずはお試しに一体ずつ相手にしたかったところだが、現実はそう簡単ではないと襲い掛かってくる骸骨たちは、人間の関節可動域を逸脱したかのような、あるいは壊れて暴走した玩具のような滅茶苦茶な動きで武器を振り回し、俺たちに襲い掛かってくる。

 死にゲーに登場する雑魚敵なだけあってか、アンデッドモンスターの攻撃は苛烈だ。攻撃力は高く、攻撃速度も速く、その剣筋は見切りにくい。

 しかも耐久力も移動速度も低くはないから、大勢の初心者たちがアンデッドモンスターに何度も負かされただろう。


(それに対し、【竜腕】は狭い通路では不向き)


 理由は単純に、巨大化した腕が壁や天井に引っ掛かるから。特に《アウロラの霊廟》みたいな狭い通路が多いダンジョンでは、リーチの長い近接攻撃は攻略に向かないとされている。


(だがそれはあくまでも並のプレイヤーの話。どんな武器もスキルも使いようだ……!)


 高速の連撃を繰り出しながら迫ってくるアンデッドモンスターたちに対し、俺は【竜腕】のスキルを発動し、それによって得た長いリーチを活かした正拳突きを繰り出した。

 狭い通路の中、迫ってくる巨大な拳を回避し切るだけのスペースはなく、繰り出していた斬撃ごと捻じ伏せられたアンデッドモンスターたちは纏めて吹き飛ばされて、壁に激突して砕け散る。


「あ……っ♡」


 攻撃を防ぐことも相殺することも叶わず、複数体の敵が纏めて吹き飛び、その体が砕かれる……それをやったのが俺だという事実に思わず快感の嬌声が漏れてしまった。

 リーチが長く、そして横幅も広い【竜腕】による直線的な攻撃は、こういった狭い通路でこそ真価を発揮する。

 何も振り回すだけが【竜腕】の使い方じゃない……威力を出し難い攻撃でも、魔力を上げた状態での【竜腕】なら一撃で敵を倒すだけの火力を出せるからな。リーチも長い分、敵の間合いの外から一方的に殴れるし。


(……っと。悦に浸ってる場合じゃないな)


 しかし、そんな俺の愉悦を邪魔するかのように、砕けた骸骨たちから青い火で覆われている、まるで人魂のような十センチほどの大きさの結晶体が現れ、砕けた骸骨たちが目に見えるくらいの速さで復元されていく。

 

(これがアンデッドモンスターの厄介なところだ)


 ただその身を砕いただけでは倒せない。奴らの内部にある核ともいえる結晶体を破壊しなければ、アンデッドモンスターは無限に復活するのだ。

 しかもアンデッドモンスターは総じて集団で襲い掛かってくることが多い。核を破壊する前に他のアンデッドに攻撃されるなんて事もザラにある……が、高速攻撃を得意とする仲間がいれば話は変わる。 


「…………」


 俺がアンデッドモンスターたちを吹き飛ばすと同時に、壁や天井を走り抜けて核の元へと迫ったベルが、両手に持った片刃剣を正確に、それでいて高速で振るう。

 真っ二つになった核からは青白い炎が消え、そのまま地面に落ちると音を立てて砕け散り、今にも立ち上がろうとしていた骸骨たちは再び崩れ落ちた。


「よーしっ! よくやった、ベル!」


 このように、アンデッドモンスターの対処は二人以上で役割分担するのが効率がいい。倒したアンデッドの核を破壊して止めを刺す仲間がいれば、対処は比較的簡単になるのだ。それを素早くこなせる奴がいればなおの事……核自体は結構脆くて破壊するのに火力もいらないしな。 


(俺がアンデッドの依り代になっている骨を完膚なきまで破壊して、露出した核をベルが素早く破壊する……この方針は間違いじゃなかったな)


 何しろ冒険者たちの間でもアンデッドと戦う時に行う主流の戦法だ。彼らが長年磨き、伝え広めてきたやり方に大きな間違いなどあるはずがない。

 初戦の成果に満足しながら、俺はベルを引き連れてさらに奥へと進むのだった。



――――――――――

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