好きな物探し
《アウロラの霊廟》の攻略を決めてから早一ヶ月。俺とベルは攻略に向けての準備……主に連携に関する訓練に励んでいた。
これまで指南役を依頼してきた冒険者たち曰く、戦闘に関する連携となると、実際に共に戦う仲間が揃わなければ訓練する意味がないらしい。こういうのは理屈ではなく、当人同士の阿吽の呼吸……感覚で覚えるところが大きいんだとか。
そんなわけで、これまで行っていた訓練に加え、新たに俺とベルの連携訓練もするようになったわけだ。
「ベル。これからは本当に追い込まれた時以外に【赤霧の死神】を発動させるな」
しかしここにきて問題が浮上した。【赤霧の死神】を軸にした吸血鬼ビルドは、リアルでやるには危険すぎるのだ。
ゲームでは能力上昇の対価に継続的なHPの持続的な減少というデメリットがあったが、この世界では対価としているのは生命力という目に見えないもの。
だからHP管理なんて事もできないし、【吸血の双刃】で失った生命力を回復できると言っても、決して穴のない戦法なんかじゃない。
(実際、吸血鬼ビルドは攻撃を防がれ続けることに弱い)
体力が回復する武器を持っていようが、相手にダメージを与えられなければ意味がない。俺がやったみたいに拘束されたり、防具でガチガチに固めた敵を相手にすれば【赤霧の死神】はただ生命力を失うだけのスキルに成り下がってしまう。
(それに……恐らくこの世界で吸血鬼ビルドを組むのは、ゲームの時以上に危険だ)
単に一度死ねば終わりの現実だから……という訳じゃない。この世界ではゲームにはなかった、現実であるからこその危険があり、それが吸血鬼ビルドを欠点をより大きくし、【竜腕】こそが最強の武器であるという俺の持論をより確かなものにしている。
(吸血鬼ビルドは遅かれ早かれいつか絶対に破綻する戦い方だ。方向転換は早い方がいい)
幸いというべきか、火力重視のロマン砲ビルドを組んでいる俺が共に戦うなら、別にベルが火力に拘る必要はない。敏捷を突き詰めるだけなら、もっと効率のいいスキルもあるのだ。
「一人で戦う訳じゃない。パーティを組む以上、ただ敵にダメージを与えるのだけが戦いじゃないはずだ」
「…………(コクリ)」
俺のもっともらしい言葉に頷くベル……だが、俺自身の本音はもっと別のところにある。
(高火力高速アタッカーがパーティメンバーに居たら、俺がロマン砲スキルをぶちかます余地が無くなっちゃうじゃん)
重ねて言うが、俺はロマン砲でド派手に敵を吹き飛ばす快感を得たくて冒険者になるのだ。なのにパーティメンバーがロマン砲をブチ当てるべき相手を全て倒してしまったら本末転倒もいいところである。
(敵を一切倒さないのも困りものだが……パーティメンバーには俺のサポートに徹してもらい、
凄い我がままを言っている自覚はある。しかし俺にとっては決して譲れない一線でもあるのだ。
……もちろん、口にしたことは嘘じゃない。下手な戦い方をしてベルが悪戯に命の危険に晒されるのは避けたい。だからこそ、【赤霧の死神】を極力使わないように言い含めたのだ。
本来こんなこと、俺が一々言わなくてもいいはずなんだが……一体どこの誰がこんな危険なビルドをベルに組ませたのか。
「その代わりに、【赤霧の死神】に代わるスキルタブレットや装備品を買いに行こう」
ゲームで恐れられたビルドがリアルな戦闘では使えないといっても、訓練自体は順調だ。そして俺には金がある。代替えのスキルなり装備なり、金の力で揃えてしまえばいいのだ。
もちろん、店で買えるようなスキルや装備に大したものは置いてはいないが、塵も積もれば山となるもの。特にスキルというのは会得すればするだけ得するものなのだ。
=====
そんなわけで、訓練を一通り終わらせた俺とベルは、街へ買い物へと繰り出していたのだが、傍から見れば二人で出歩いているようには見られないだろう。
その理由は、街に繰り出すにあたってベルには【隠者の暗幕】を装備させているからだ。
「不便を掛けて悪いな。人がいる場所を歩かせるのには不便を掛けるが、必要な事だから何とか対応してくれ」
「…………」
俺の目にもベルの姿が見えないが、よく耳を澄ませてみれば、俺の後ろをついて来ているような足音がするし、布が擦れるような音が聞こえたから首を縦に振ったんだろうが……事情を知らない人間からすれば、今の俺は何もないところに話しかけてるヤバい奴に見えかねないな。
(でも仕方ない……今ベルが屋外で姿を晒すのは避けたいし)
俺の命を狙ってベルを差し向けた奴がいると思われる現状、当のベルが人目に触れすぎるのはリスクがデカい。屋内ならいざ知らず、屋外では誰が見ているか分からないし、ベルが生きて俺の元にいると知られたら、どんな行動に出られるのか予測不可能だからだ。
(そういう意味でも、早く独り立ちして冒険者になりたいな)
単純な戦闘力を身に付ければ自分の身に迫る危険を排除できるし、冒険者として各地を転々とすれば居場所を特定されにくくなる。
前田さんが言っていた世界の危機の事もあるから、ベルは手元に置いておきたいし、何があっても対処できる実力と環境を手に入れない限りは、ベルには不便をかけ続けるのは心苦しいところだ。
周りから見えない分、人とぶつかる可能性が高くなるから、下手に人混みを歩かせられないし。
(問題を確実に解消するためにも、準備はより念入りにしないと)
指針を明確にした俺はベルを連れて、スキルタブレットを扱ってる店や、装備品を扱っている店を巡ったんだけど、《赤霧の死神》の代わりとなるスキルや装備をいくつか手に入れることに成功した。
自身の敏捷性を上げる自己強化系スキルである【風精纏い】。
それと同様に装備者の敏捷を上げるアクセサリーの【雷妖のピアス】。
壁や天井を平らな地面のように駆け抜けることができる常時発動型のスキル、【曲芸走法】。
いずれもゲームでは序盤の方に入手できる、決して性能が高いと呼べるようなものではないが、あるとないとでは全然違う。少なくとも【風精纏い】と【雷妖のピアス】を併用すれば、スピードという面だけなら【赤霧の死神】を発動するのと大して変わりがないのだ。
(不要と思われたダンジョン産の報酬が売却されるようになった時代に転生できたのはデカいな)
今日手に入れた成果は本来、遠方のダンジョンに出向かわなければ得られないんだが、それが金で手に入る時代なのは効率的で非常に助かる。そのおかげで、俺も細々とした便利なスキルを幾つも手に入れてきたしな。
「さて、そろそろ良い時間だし、飯でも買って帰るか」
店頭に並んでいる品を吟味し、欲しい物はあらかた手に入れた後、俺たちは出来合いの料理をテイクアウトして、俺の部屋で食べることにした。
実を言えば、今回はテイクアウトできる料理を色々買って、ベルに食べさせるというのも目的でもある。
これは俺個人の持論でデータとかないんだけど、ベルまず楽しいことを体感させ、感情の起伏を促す必要があるんじゃないかと思った。そうすれば自分の中に欲求が生まれて、自発的な行動と判断をするようになるんじゃないのって。
(人間の共通の娯楽っていったら、美食だからな)
専門家でも何でもない俺の行動にどれほど効果があるかは分からない。しかし何も行動に移さないのも性に合わないから、こうやって毎日無理のない範囲で色々やってるわけである。
「という訳で、今日の飯はコレだ」
普段の食事は体作りの為のバランス重視で尖った味付けが無いから特に何の反応を示さないけど、今日は味重視の料理をいくつか取り揃えてみた。
砂糖をふんだんに使った甘い菓子類や脂と香辛料たっぷりの肉料理を初めに、魚料理も野菜料理も果物も色々と取りそろえ、俺の部屋の真ん中で広げると、ベルは何も考えていなさそうな顔で料理を眺めている。
「別にどれを食べてもいい。自分が食べたいと思ったのを好きなように食べろ」
この時、俺は敢えて『好きなように食べろ』としか言わなかった。
食べるように言わないと何も食べないからあえて口に出したっていうのもあるんだけど、ベルの嗜好を知りたいと思ったから。自分の判断力を失った彼女自身の好きな物を見つければ、俺の方でそれを準備できるようになるからな。
そんな思惑があって、買ってきた全て食事を半分こにしてベルに差し出すと、まずはケバブみたいな肉料理に手を付けた。
「それの味はどうだ? 町で一番人気らしいんだけど」
「…………普通」
モグモグと一切表情を変えないまま咀嚼し、飲み込んだ後に呟くベル。試しに俺も同じのを一口食べると、香辛料と肉の脂が調和してて、かなり美味いと感じられた。
……ま、まぁこのくらいは予想の範囲内だ。気を取り直してベルの様子を窺うと、今度は魚のタコスみたいなのに手を付ける。酸味のあるソースと揚げた魚がマッチしている、これまた人気の商品なんだけど……。
「その魚料理はどうだ? このソースが決め手になってて美味いと思うんだけど」
「…………普通」
「じゃ、じゃあこの果物のゼリーは? 全年齢に人気っていう触れ込みでなんだけど」
「…………普通」
「この野菜料理は? ヘルシーかつ美味いとお年寄りからも大評判!」
「…………普通」
て、手強い……! 何を食っても普通としか言わないなんて……もしかして感情だけでなく味覚も死んでるとか?
いや、まだだ……! こっちにはまだ、とっておきがある!
「だったらこれはどうだ! この町中の女性を虜にし、これを食べたくて遠方からやってくる女冒険者も多いと話題沸騰中の人気店のケーキだ! これを食えばさすがのベルも美味いと感じるだろ!」
「…………不味い」
「そうだろう、そうだろう! あまりの美味さに普通とは言えなくなって……不味いぃいいいいいいいいっ!?」
ようやく反応が変わったと思ったらまさかの不味い発言。女って甘いもの好きっていうのが一般共通じゃなかったの……?
自身の固定観念が木っ端みじんにされ、美食でベルの感情の起伏を促す作戦は失敗かと項垂れながら、俺はホットドッグみたいなのを掴んで口にすると――――。
「ぶはぁぁっ!? か、辛ぁっ!? な、何じゃこりゃあっ!?」
齧った瞬間に口の中に直撃する猛烈な辛さに思わず目を白黒させる。
何だこのホットドッグは!? ソースもやけに赤黒いし、真ん中のソーセージの断面もやけに赤いぞ!?
購入する時に辛いとは聞いていたけど、まさかここまで辛いなんて……!
「…………」
「べ、ベル!? それは食うのは止めた方が……」
そんな俺の反応など目に入っていないかのように、激辛ホットドッグを口に運ぶベル。
これにはさすがに『普通』か『不味い』のコメントが来ると思ったんだけど、当のベルは咀嚼しながらマジマジとホットドッグを眺めながら、一言。
「…………刺激的な味がする」
そう呟くベルの表情は相変わらず無表情だった……けれど、ほんの少し興味深そうに、それでいて雰囲気が明るいものに変化したようにみえた。
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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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