第19話
黒い空間の中に入った正吾は、強い風を受けて目をすがめる。
しばらく耐えていると、ふっと風が収まった。正吾は顔を上げて前を見る。
広がっていたのはどこまでも続く草原、抜けるような青空。遠くに見える山々は霞んで見える。
空には大きな鳥が飛び、一キロほど先には長い川も流れていた。
正吾は「おお~」と感嘆の声を漏らす。
都会の公園から、一気にこんな場所に来てしまった。人里からはかなり離れているようだが、自然が豊かで美しいところだ。
「すいません。正吾様、もっと王都に近い場所に来たかったんですが、この"神具"は正確な位置を指定できないものですから……」
「いや、いいよ。無事にこっちの世界に来れたんだから。まあ、慌てず気長に歩いて行こうぜ」
「はい」
二人で歩きだそうとした時、肩に担いでいたガチャBOXが震え出す。
正吾は「なんだ?」と思い、眉根を寄せるが、ガチャBOXは激しく揺れ、持っていられなくなる。
「なんだ? なんだ一体!?」
正吾は慌ててガチャを地面に置き、後ろに下がった。ガチャはガタガタ揺れ続け、三分ほどで静かになった。
正吾とエリゼはそろそろとガチャBOXに近づく。
「正吾様、なにが起きたんでしょうか?」
「俺にも分からねえ。こんなことは初めてだ」
正吾がガチャBOXの正面に回ると、明らかな変化に気づいた。ガチャのパッケージイラストが変わっていたのだ。
「なんだこれ? セカンド・シーズン?」
ガチャBOXの正面には『モンスターガチャ セカンド・シーズン【神々と悪魔】』と書かれている。
なんのことか分からず、正吾は眉根を寄せる。
恐る恐るガチャを持ち上げ、上下に振ってみた。すると、ガチャッガチャッと音が鳴る。中身が入っている。それも満杯だ!
「使い切ったはずなのに……補充されてる」
「また使えるということですか?」
不思議そうに尋ねてくるエリゼだったが、正吾自身、なにが起きているのかさっぱり分からなかった。また使えるかどうかは、試してみるしかない。
正吾はガチャBOXを地面に置き、担いでいたリュックの中から財布を取り出す。
小銭入れから500円玉を出し、ガチャの投入口に入れる。
「あれ?」
「どうしました? 正吾様?」
「いや、今まで入ってた500円が入らないんだ。なんでだ?」
よく見れば、投入口がやや小さくなっていた。そのせいで500円玉が入らないのだ。
「別の硬貨じゃないといけないのか……だとしたら、なにを入れればいいんだ?」
正吾が思い悩んでいると、エリゼが話しかけてくる。
「ひょっとして、この世界の硬貨が必要なんじゃないでしょうか? 『神の恩寵』はその世界に合わせて形を変えます。だとしたら、こちらの世界の物を対価にすると考えたほうが、自然ではないでしょうか」
「なるほど、確かにそうだな。エリゼはこの世界の金を持ってるか?」
「少々お待ち下さい。正吾様」
エリゼは甲冑の合間から、小さな布袋を取り出す。
「もしもの時に備えて、金銭を忍ばせていました。もっとも、向こうの世界では使えませんが」
エリゼは袋の中から、何枚かの硬貨を出した。金貨が一枚、銀貨が一枚、銅貨が三枚だ。
「一枚づつ試してみましょう」
エリゼに
「ダメだな。全部、ちょっとだけ大きい。他にはないのか? エリゼ」
「そうですね。別の硬貨もあることはありますが……恐らく銅貨と同じくらいの大きさです。入らないかと」
「そうか、無理か」
正吾は頭を悩ます。500円玉も入らず、この国の硬貨も入らないなら、ガチャを回すことはできない。
せっかく、ガチャの中身が補充されたのに……。
そう思っていた時、エリゼがなにかに気づいたかのように「あ!」と声を上げる。
「どうした? なにかあるのか?」
「いえ……ひょっとしたら魔族が使う硬貨かもしれません」
「魔族?」
「魔族の中には、硬貨というか、メダルを持つ者がいるんです。比較的強く、階級が高い魔族に限られますが……」
「どんなメダルなんだ?」
「そうですね。実物を見たことは一度だけあるんですけど」
エリゼはガチャの投入口を覗き込む。
「大きさは、金貨や銀貨よりやや小さいぐらい。それに、悪魔の顔のような模様がありました。丁度こんな感じの――」
そう言ってエリゼが指し示したのは、投入口の前に描かれた模様だ。以前、こんな模様はなかったはずだ。それが描かれているということは……。
「間違いないか? エリゼ」
「断言はできませんが、可能性は高いかと」
正吾は「そうか」とだけ答え、リュックを背負い、ガチャBOXを肩に担ぐ。
「まあ、あれこれ考えてても仕方ねえ。取りあえず先に進もう。そこで魔族が出てきたらぶっ倒して、メダルが入るか試そうぜ」
「そうですね。分かりました」
二人は丘を下り、果てしなく続く平原を進んでいった。
◇◇◇
半日ほど歩き続けていると、遠くに小さな集落が見えてきた。村と言うにはやや小さいような気はするが、人がいるなら休むこともできるだろう。
「人がいそうだな。取りあえず行ってみるか」
「はい。ガランドの国民は温厚な人たちばかりですから、きっと暖かく迎えてくれると思います」
正吾はそうならいいけど、と思いつつ、足を前に進める。
集落がハッキリと見えてくると、明らかな異変に気づいた。村から煙りが上がり、人影が見えない。
「おい……あの村、なんかおかしくないか?」
「ええ、確かに普通ではありません。ひょっとすると、魔族に襲われているのかも」
二人は緊張した面持ちで村に近づく。国が魔族に襲われているという話は以前から聞いていたが、まさかこんなに早く現場に出くわすとは思っていなかった。
正吾とエリゼは、村の近くにある木の陰から周囲を見渡す。
やはり、魔族の襲撃に間違いないようだ。
人の姿は見えない。代わりに緑色の大きな怪物がいる。頭はスキンヘッドで、鋭いキバが覗く。
半裸ででっぷりとした体型。棍棒を肩に担ぎ、村の中をうろうろしていた。
「オーク族ですね。動きは遅いですが、かなり強い腕力を持つ魔族です。普通の人々では、到底太刀打ちできないでしょう」
「前に倒した怪物男より強いか?」
「いえ、オーガ族よりは劣ると思います。ただ個体によっては強い者もいるので、絶対とは言えませんが……」
「そうか」
正吾はリュックに
「正吾様! 私も行きます」
「いや、敵がどれぐらいいるか分からねえ。もし大勢いて不利だと思ったら逃げてくるから、ここで援護してほしい」
「分かりました。では、待機しますので、気をつけて下さい」
正吾は「おう」と応え、足早に村に向かう。オークどもはまだ気づいていない。正吾は走り出し、一気に距離を詰める。
村はずれにいた一体のオークが目を向けてきた。
唸り声を上げ、こちらに走ってくる。
身長は百七十センチぐらいか。腹は出ているが、腕力は強そうだ。
スキルの【豪腕】を発動して突っ込む。相手は棍棒を振り上げてきた。正吾も大剣を振りかぶりる。
オークの動きは思ったより遅い。正吾が放った斬撃は相手の喉元を斬り裂いた。
藻掻きながら倒れたオークを一瞥し、正吾は走り出す。
村にいたオークは異変に気づき、次々に姿を現した。思っていたより多い。見える範囲だけでも、二十体以上はいる。
一旦、止まろうかと思った正吾だが、オークの足元に転がっている死体を見てやめた。
人間の死体だ。オークたちは村人を殺し、その体を
向かってきたオークに剣を振り抜く。剣閃は二体の首を斬り、一撃で絶命させる。
正吾は止まらない。次にきたオークに対し、振り上げた剣を全力で振り下ろす。
オークは棍棒で防ごうとしたが、その棍棒ごと頭を叩き潰した。オークはふらつき、後ろに倒れる。
唸り声を上げて向かってくる三体のオーク。一体は前蹴りで吹っ飛ばし、もう一体は剣で顔面を斬りつける。血だらけになってよろめくオークを無視し、棍棒で殴りかかってきたオークの攻撃を剣で防いだ。
力尽くで押し返し、怯んだところを剣で突き刺す。悲鳴を上げた相手を蹴って突き飛ばし、剣を構える。
オークはまだまだいた。さすがに多いな、と思いつつ、辺りを見回す。
完全に囲まれていた。一定以上の知能はあるということか。
明らかに不利だが、正吾に引く気はなかった。【爆炎操作】で剣に炎を灯す。棍棒や剣を振り上げ、向かってこようとするオークに狙いを定める。
「喰らえ! 【空牙】!!」
炎を纏った風の斬撃が、三体のオークに向かって飛んでいく。それぞれに直撃し、爆発して炎上。三体は炎に巻かれて藻掻き苦しみ、地面に倒れた。
さらに後ろから襲いかかってくるオークに対しても、正吾はすぐに反応する。
相手が棍棒を振り下ろす前に剣を横に薙いだ。剣はオークの腹に直撃し、爆発して吹っ飛ばす。
オークは痛みで悶えていたが、次第に動かなくなった。圧倒的に正吾のほうが強い。
だが、オークは怯まない。四方から突っ込み、正吾を袋叩きにしようとする。
「囲んだ気になってんじゃねえ!!」
正吾は【跳躍】のスキルを使い、包囲網の上を飛び越えた。着地するやいなや、振り返って近くにいるオークを斬りつける。
オークは悲鳴を上げ、後ろに下がった。
正吾は踏み込み、そのオークの腹に剣を突き刺す。これには耐えられず、オークは倒れて動かなくなった。
正吾はゆっくりと剣を引き抜き、眼前にいる十体以上のオークを睨む。
「死にたいヤツはかかってこい。もっとも、逃げ出しても追いかけるけどな」
ニッと笑った正吾に対し、オークたちは一斉に襲いかかった。
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