第5話

 病院に行った翌日、正吾は都内にあるナイフの専門店に来ていた。

 銃刀法に引っかからないナイフが色々置いてある。店内を見回していると、グラサンを掛けた金髪の店員が話しかけてくる。


「お兄さん、どんなの探してるの?」

「ん? ああ、熊がいるような山に行くんで、護身用のナイフを……」

「それだったらナイフより、催涙スプレーの方がいいと思うけど、まあいいや。お兄さん、ガタイがいいから。熊でも倒しそうだし」


 店員は店の一角にあるショーケースを指差す。


「これなんかどう? お兄さんに似合うと思うけど」


 そこに並んでいたのは、メリケンサックと融合したようなナイフ。思わず「おお」と唸ってしまう。


「メリケン・ナイフ。ナイフの刃はそんなに長くないけど、メリケンと合わせて使えば、結構な武器になると思うよ。どう、いいっしょ?」


 確かにいいな、と思った正吾はメリケン・ナイフを二本購入した。

 食料など、その他に必要なものも準備し、車に詰め込む。怪我が完治した翌日には車を運転し、八王子の山に出発した。


 ◇◇◇


 祖父の家に到着し、正吾はう~んと両腕を伸ばす。


「晴れて良かったぜ。さっそくやるか」


 担いできたガチャBOXとリュックを地面に置き、屈伸運動をする。

 まずは獲得した能力【空中歩法】を試すことにした。街中では目立ってしょうがないし、部屋の中でも試せない。

 やるとしたらここしかないよな、と考えていた。

 ガルーダが使っていた技だ。うまくすれば、ちょっとぐらいは飛んだ気分が味わえるかもしれない。

 正吾は庭先で思いっきりジャンプした。【空中歩法】はMPを2消費することで、空中を一度だけ蹴ることができる、というもの。

 浮いた状態で足に力を込め、思い切り蹴る。


「おわっ!」


 うまくいかず、派手に転んでしまった。


「けっこう難しいな。もう一回……」


 何度か試すが、なかなかうまくいかない。

 しかも、MPを消費するだけでなく、かなり体力も使う。

 ハアハア言いながら繰り返すものの、なんとか一回飛び上がるのが精一杯。結局、ちょっと高く飛べる程度にしかならなかった。


「あ~ダメだ。やめ、やめ! 疲れる」


 正吾はリュックからペットボトルを取り出し、水をゴクゴクと飲んで一休みする。

 やることはまだまだあるんだ。こればっかりやってる訳にはいかない。正吾は気持ちを新たに、リュックの中からアンコモンのカプセルを取り出す。

 もう、この程度のモンスターで手こずることはないだろう。

 正吾は倉庫には入らず、家の前の庭でカプセルを開くことにした。

 元々、小さなモンスターを閉じ込めるために倉庫を選んだが、このモンスターは必ず襲いかかってくる。強ければ閉じ込めることも考えなきゃいけないが、アンコモンならその必要もない。

 正吾はカプセルを開き、中に入っているものを放る。

 ベタンと落ちたのは蜷局を巻く黒い蛇。足元に落ちた紙を確認する。


『アンコモン アンフィスバエナ』


「よく分かんねえモンスターだな。まあ、毒持ってるかもしれねえから、近づくのはやめるか」


 正吾は二本の『メリケン・ナイフ』を握り、鎌首を持ち上げる蛇と睨み合う。

 蛇は蛇行し、一気に迫ってきた。正吾は【疾走】を使い、蛇の後ろに回り込む。蛇が動きを止め、こちらを向いた瞬間――スキル【空牙】を放った。

 メリケン・ナイフから飛んでいった"風の刃"は、蛇の頭を一瞬で斬り落とす。


「おお……凄えじゃねえか!」


 刃物から繰り出された【空牙】の切れ味は、なかなかのものだ。

 レベルは上がらなかったものの、スキル【毒性付与】を獲得した。持っている武器に毒の効果を与えるらしい。

 けっこう役に立つんじゃないか?

 正吾はそのあとも、アンコモンのモンスターを次々と倒していく。

 ガーゴイルにグール、リザードマン、トロール、マンティコア、最後はウサギ型のモンスター・アルミラージが出てきた。

 どれも倒すのに苦労はしなかった。


 ――それだけ俺が強くなったってことか。


 獲得したスキルは【石化防御】【再生・小】【水中呼吸】【怪力・小】【毒性付与】【跳躍】の六つ。

 【毒性付与】が二つ出てきたことで、スキルが統合されるとガチャの液晶画面に書かれていた。


『毒性付与から"猛毒付与"にスキルが進化します』


 なんだか分からないが、より強くなったらしい。レベルも2だけ上がった。獲得した『10』ポイントは、STR(筋力)に3、TGS(頑強さ)に3、AGL(俊敏性)に3、RSC(回復力)に1ポイントと振り分けた。

 体に活力がみなぎってくる。腕をブルンブルンと回し、「よし! 次は『レア』のカプセルだ」と意気込んでいると、視界におかしなものが映った。

 こんな山の中には不釣り合いな、外国人の少女が歩いてくる。長い金髪で、銀の鎧にマントといった訳の分からない格好。

 コスプレか? と正吾はいぶかしむが、その少女以外、人は見当たらない。

 少女はまっすぐこちらに向かってくる。

 正吾の手前二メートルで止まると、碧眼の瞳で正吾を見つめる。


「え~あんた、誰だ? ここになにか用か?」と言ったところで、英語じゃないと分からないか。と思い直し、一度咳払いをする。


「あ~ホワッツ? ミー、どうしてヒァに、ア、カム……アンダスタン?」


 知ってる単語を並べてみるが、少女は無反応だ。冷たい視線に射貫かれ、正吾はどうしていいか分からず、頭をボリボリと掻く。

 すると、少女は口をわずかに動かした。


「あなたが……

「なんだ? 日本語がしゃべれるのか?」

 

 正吾はホッとし、苦笑いを浮かべる。

 ただでさえ女っ気のない職場で働いているんだ。金髪美女の扱いなど、分かる訳がない。

 日本語が通じなければ、完全にお手上げだった。


「そんで、あんたはなんでこんなところに来たんだ? 迷った……訳じゃねえよな?」


 少女はなにかブツブツいいなが、正吾の顔をマジマジと見つめる。

 どうしたんだ? と思っていると、少女は腰に下げていた剣を抜く。細く長い剣。柄の部分には美しい宝石がちりばめられていた。


「申し訳ありませんが、あなたの力……試させてもらいます」

「は?」


 少女は剣の切っ先を正吾に向け、一歩づつ近づいてくる。


「おいおい、なんなんだ!? 俺がなにしたってんだ?」


 困惑する正吾を尻目に、少女は走り出した。かなりの速さで突きを放つ。

 当たった、と少女が思った瞬間、目の前にいた正吾は忽然と姿を消した。


「え?」


 少女は驚き、剣を引いて辺りを見回す。すると、正吾は後ろに立っていた。


「突然、なんだ!? 危ねえじゃねえか!」


 少女は唇を噛み、また剣を引く。

 まだ、やめる気はないようだな、と思った正吾は「仕方ねえ」と両の拳を構える。どうしてもやめねえなら、実力で止めるまで! 

 正吾は少女の顔を睨み付けた。

 その時――少女は剣を正眼に構え、まぶたを閉じる。


「風よ。我が声に応えよ」


 少女の周りで空気が揺らめく。剣身に渦巻くように、風が集まってきた。

 少女が細い剣を振るうと、風の刃が襲いかかってくる。これは――正吾は高く飛び上がり、風の刃をかわす。


「空牙じゃねえか!? なんで、お前が使えるんだ?」


 正吾はドスンと地面に着地する。【跳躍】のスキルのおかげで、三メートル以上は飛ぶことができた。

 少女は剣を引き、さらに剣を振るう。

 今度は三つの風の刃を生み出し、不規則な軌道で迫ってくる。

 正吾は【疾走】で全ての刃をかわし、一気に少女に近づく。だが、少女は足元に風を集め、軽やかなステップで後ろに下がった。

 風を自由自在に操れるようだ。正吾はさらに速度を上げ、【疾走】を使って相手との距離を詰める。

 少女がが反応する前に、剣を持つ右腕と首を掴んだ。


「うっ……」

「わりいな。危ねえから剣は置いてもらうぞ」

 

 正吾が少女の腕を捻り上げる。剣が地面に落ち、少女は顔を歪めた。正吾がそっと少女の手を離すと、そのままくずおれ、膝をつく。


「なんで突然、襲いかかってきたんだ? 理由を言え、俺に恨みでもあるのか?」


 まったく心当たりはないが、どこかで恨みを買ったのかもしれない。

 そう思った正吾だったが、項垂うなだれていた少女はフルフルと首を振った。


「申し訳ありません。あなたが"神の恩寵"の継承者だと知り、どれほどの力があるのか試しました。ご無礼をお許し下さい」


 少女は立ち上がり、正吾の目の前で片膝をついた。


「私はガランド王国から来ました。エリゼと申します。"神の恩寵"の行方を捜すため、この世界に来た使者とお考え下さい」


 ガランド、王国? 正吾は頭をフル回転させたが、そんな国は聞いたことがない。学のなさがモロに出てしまう。


「あ~ちょっと知らねえ国だが、そこから来たんだな。で、俺がその神の……なんたらとなんの関係があんだ?」


 少女は顔を上げ、正吾の後ろを指さした。振り返ると、そこにあったのはガチャBOXだ。


「あ! もしかして、あれ、あんたのだったのか!?」

「あれは女神イシスが、ガランド王国に与えた『力』でした。しかし、不慮の事態におちいり、こちらの世界に来てしまったのです」

 

 話はさっぱり分からなかったが、要するに、この少女の国のものを勝手に使っちまったってことだ。それは怒らせても仕方がない。


「そうか、そいつはすまなかった。中に入ってたカプセルは十個以上、使っちまったが、残りは返すよ。悪かったな」


 ガチャを取りに行こうとした正吾を、金髪の少女は「いえ」と手で制して止めた。


「神の恩寵はあなたを選んだようです。なにより、恩寵の効力を受ける人間は一人だけ。あなたが受けた以上、他の者には使うことができないでしょう」

「え? そうなの?」


 なんだかマズいことになってきた。と正吾は冷や汗を流す。少女は立ち上がり、改めて正吾を見た。


「失礼ですが、お名前を教えて頂けますか?」

「え? ああ……俺は八坂正吾だ」 

「では、正吾様。私と一緒にガランド王国にお越し下さい。人類の命運をかけ、悪しき魔族と戦かってもらいたいのです!」


 真剣な眼差しの少女に気圧けおされつつ、正吾は――だからどこにある国だよ! と心の中で叫んだ。

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