第6話
都心にある路地裏。そこにパリパリとプラズマが走り、空間に歪みが生じる。
黒い裂け目から現れたのは、浅黒い肌をした大柄な男。しかし、普通の人間ではない。額から二本の角が生え、目は真っ赤に染まっている。
革鎧を身に纏い、薄汚れたマントを羽織る。背中に大剣を携えた男は、辺りを見回したあと、ゆっくりと路地を歩き出す。
背後にあった空間の歪みは徐々に消えた。
男は気にすることなく歩み続け、少しばかり広い道に出る。すると、そこにはスマホを片手に歩く若い男がいた。
金髪でグラサンを掛けた若い男は、目の前にいる大男に気づくと顔をしかめて立ち止まった。
「え? ああ、なんかすぐ前に汚え格好のオッサンがいんだよ。こっち睨んでくっからよ。ちょっと、後で掛け直す」
男は電話を切り、大男を睨みつける。
「おう、オッサン! ちょっと図体がデカいからってなに睨んで――」
大男は金髪男の頭を掴み、そのまま壁に叩きつけた。金髪男の頭からは血が溢れ出し、足先は痙攣している。
大男が手を離すと、金髪男の体は力なく地面に転がった。
何事もなかったかのように通りを歩く大男。人の多い通りに近づくと、大男は左手に嵌めたブレスレットにそっと触れる。
大男の体は透明になり始め、しばらくすると完全に見えなくなった。
大きな通りを歩いても、気に留める者は誰もいない。大男はわずかに感じる魔力を目指し、大股で歩き出した。
◇◇◇
「――つまり、あんたは俺たちが住む世界じゃない。別の世界から来たってことか?」
「はい、ラクロスと呼ばれる世界から来ました。その世界にあるガランド王国が私の住まう場所です」
正吾とエリゼは祖父の家の縁側に座り、二人で話をしていた。正吾は腕を組み、眉間にしわを寄せる。
「で、その世界が魔族に支配されてピンチだと」
「そうです。人が治める国が次々と魔族に滅ぼされ、ガランド王国も滅亡の危機に立たされました。魔族の力は絶大です。そこで、国の神官であるマウ・ライオリッチは、信仰している女神イシスに助けを求めました。その声に応え、女神イシスが与えてくれたのが"神の恩寵"です」
「あれのことか?」
正吾は庭先に置いてあるガチャを指さす。エリゼは「はい」と頷く。
「神殿に女神が降臨し、黄金の光を私たちに授けてくれました。しかし、そのことを察知した魔族の軍勢が神殿を襲ってきました。もし、"神の恩寵"が奪われれば、人類の希望が失われてしまいます。神官のライオリッチは神具の指輪を使い、異世界の門を開いて"恩寵"を魔族の手から遠ざけました」
そこまで話して、エリゼはふぅと溜息をつく。
「襲ってきた魔族はなんとか退けることができましたが、"恩寵"の行方は分からなくなってしまいました。そこで、私が異世界に行き、"恩寵"を探す任を受けたのです」
正吾はガシガシと頭を掻いた。とても言っていることが信じられない。
異世界から来たと言うのも厨二病的だが、神から与えられた恩寵がガチャガチャはさすがにないだろう。
なにかの設定を貫く、コスプレ女なのか? とも思ったが、【空牙】を使って攻撃してきたのだ。普通の人間でないことは間違いない。
「まあ、突っ込みどころは色々あるが、仮にあんたの話が本当だとしてもだ。なんでその"恩寵"はこの世界のガチャの形になってんだ? そっちの世界にもガチャガチャがあんのか?」
エリゼは眉を八の字に変え、困った表情を見せた。
「その"ガチャ"というのがどういう物が、私には分かりませんが、元々"恩寵"は形のない光でした。こちらに来たことによって、この世界の人々に馴染みのある形になったのかもしれません」
正吾は「う~ん」と唸る。そんなことがあるのか、としか言いようがない。
「そんで、あのガチャがあれば、魔族ってのに勝てんのか?」
「はい、女神が与えてくれた"恩寵"は、特定の戦士を極限まで強くするものです。使いこなすことができれば、魔族の軍勢にも対抗することができるでしょう」
正吾は「なるほどな」と思い、ガチャを見つめた。小さなモンスターを倒し続ければ、確かに強くなる。
これが神の恩寵だと言われれば、確かにそうだな。と納得するしかない。
「正吾様!」
エリゼに真剣な眼差しを向けられ、正吾はドキッとして姿勢を正す。
「どうか、ガランド王国を救うため。いえ、王国だけでなく、全世界を救うために、お力をお貸し下さい!」
「ええ~」
めんどくさいことになったと、正吾はボリボリと頭を掻いた。確かに、強くなれるガチャには心を奪われ、何度大怪我をしてもモンスターを倒すことに固執した。
しかし、誰かと戦おうと思っていた訳じゃない。
まして、別世界を救うための大規模な戦いをするなど、まったく望んでいない。
「それ、なんとかならねえか? 俺はあんたたちのために戦う気はねえんだ。やっぱり、ガチャは返すからよ。帰ってくれねえか?」
頭を掻きながらエリゼに頼むが、エリゼはフルフルと首を横に振った。
「残念ですが、すでに遅いと思います」
「遅い? なにがだ?」
エリゼは申し訳なさそうな表情をする。
「私が住む世界……ラクロスから、魔族がこの世界に来ています」
「え? 魔族が来てる!?」
正吾は驚いて目を見開く。エリゼは視線を落とし、話を続ける。
「魔族も私たちと同じ、異世界の扉を開く"神具"を持っています。"神の恩寵"がこちらに来たのを知っている以上、黙って見ているはずがありません」
正吾は頭を抱える。話を聞く限り、魔族というのは本物の化け物らしい。ガチャから出てくる小さなモンスターとは訳が違うのだろう。
そんなヤツらがこの世界に来てるなんて――
「そいつが、ここに来る可能性は……」
「高いと思います。私が微弱な魔力を辿ってここに来たのと同じように、魔族もこの場所を見つけるでしょう。そして、正吾様が"恩寵"に選ばれたことはすぐに理解するはずです」
「て、ことは……」
正吾は顔をしかめる。エリゼが次に言う言葉は容易に想像ができた。
「はい、戦うしかありません。逃げたとしても、どこまでも追ってきます」
「やっぱりか……」
はあ~と深い溜息をつく。社会人になって、まさか命がけの戦いに身を投じることになるとは。それでも襲ってくるというなら、戦うしかない。
山奥にいたのは良かったかもしれない。
人気のないここなら、他の人間に被害を及ぼすことはないだろう。
「その……ガチャガチャですか? それを使って、正吾様は強くなられたんですよね? まだ強くなることはできますか?」
「ん? ああ、カプセルは残ってるからな。強くなることはできるけど……」
エリゼは縁側から立ち上がり、強い視線を向けてくる。
「では、急いで力をつけて下さい! ここに来る敵は、私などより遙かに強いはずです」
「そんな急に言われても……」
正吾はチラリとリュックを見る。中に入っているカプセルは、『レア』二つと『スーパーレア』の一つ。どちらも相当強い。
心の準備もできていなにのに、と正吾は苦い顔になる。
「その魔族ってのは、そんなにすぐ来るもんなのか?」
「いつ来るかはハッキリ分かりませんが、魔力は感じます。確実にこの世界に来ています。早ければ、今日中に来てもおかしくはありません」
エリゼの強い言葉を聞き、正吾は「やれやれ」と腰を叩いて立ち上がる。
「分かったよ。そんな変な野郎に負ける訳にもいかねえからな。ガチャを使って、もっとレベルを上げる」
リュックの中から一つのカプセルを取り出し、広い庭の中央まで行く。正吾は振り返り、エリゼに視線を向けた。
「危ねえからな。近づくんじゃねえぞ」
「……分かりました」
カプセルを両手で握り、ゆっくりと開けた。跳ねるようになにかが飛び出す。
正吾はひらひらと落ちる紙をパシッとつかみ取った。五メートルほど先に降り立ったモンスターを睨みつつ、紙に視線を落とす。
『レア ケルベロス』
紙をクシャッと握り潰し、後ろに放り投げる。メリケン・ナイフを両手に嵌め、腰を落として構えを取った。
目の前にいるのは、三つの頭を持った黒い犬。前に戦った"オルトロス"の強化版のようなモンスターだ。
「来やがれ! ぶっ飛ばしてやる!!」
ケルベロスは唸り声を上げ、凄まじい速さで駆け出した。オルトロスと同じくらい速いが、正吾が慌てることはない。
【跳躍】で飛び上がり、【空中歩法】で空気を蹴る。空中を移動し、ケルベロスと離れた場所に着地する。
メリケン・ナイフを構え、【猛毒付与】を発動。これはMP10を消費して、持っている武器に5分間、毒性を付与するというものだ。
かなり役に立つスキルだな。と思い、正吾は自信を深める。
今度は正吾のほうから走り出す。
【疾走】で一気に距離を詰める。すると、ケルベロスは顔を上げ、三つの口から炎を吐き出した。
「おっ!?」
ちょっとビックリしたが、正吾は難なくかわし、右手に持ったナイフをケルベロスの体に突き刺した。
すぐに飛び退き、距離を取る。
毒ナイフが確実に刺さった。ケルベロスは少しよろめくも、唸り声を上げ、再び睨んでくる。
「さすがにすぐには死なねえか。まあいい!」
両者は同時に走り出す。ケルベロスは飛び上がり、三つの口から炎を放った。
正吾はそれを冷静にかわし、拳で殴りつける。黒い犬っころはふっ飛んで地面に叩きつけられた。
すぐに起き上がり、また走ってくる。
「【空牙】!」
正吾が振るったナイフから、風の刃が飛んでいく。向かってきていたケルベロスは避けられず、まともに【空牙】を喰らう。
血が飛び散り、よろめいて後ろに下がった。 【毒性付与】の効果は、【空牙】にも影響するらしい。
明らかにケルベロスの動きがおかしくなっている。フラついたまま、よだれを垂らして向かってくる。
正吾は駆け出し、ケルベロスの横っ腹を蹴り上げた。高々と舞い上がり、木に激しくぶつかって地面に落ちる。
よろめくケルベロスに、正吾はメリケンを嵌めた右拳で殴りつける。
黒い犬は口から血を吐き出し、ゴロゴロと転がって動かなくなった。打撃だけでなく、毒の効果もあったのだろう。
ケルベロスは体から煙を出し、やがて消えていった。
「レアのモンスターを簡単に倒せた……」
正吾は自分の両手をマジマジと見る。
「俺……すげえ強くなってる」
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