第7話

 ケルベロスを倒してもレベルは上がらなかったが、スキル【火炎操作】を獲得した。MPを10消費することによって、拳や持っている武器に炎を灯し、戦っている相手に引火させるというものだ。

 かなり強そうだ。と正吾は気を良くする。すぐに二つ目の『レア・カプセル』を手に取った。庭の真ん中で開くと、ドスンッと重々しい音と供になにかが落ちる。

 数歩下がってを見れば、ゴツゴツした人型のモンスター。今まで出てきたものに比べて、少し大きいか?

 正吾は下に落ちた紙を拾い上げる。


『レア 魔岩ゴーレム』


 見た目はかなり硬そうだが、動きは緩慢。こんな敵は恐れるに値しない。

 思いっきり蹴飛ばすと、二歩、三歩と後ろに下がった。倒れない頑強さを持っているようだ。


「それでも――」


 正吾はメリケンを付けた拳で何度もゴーレムを殴りつけ、踏み潰し、蹴りを入れる。敵も腕を振り回してくるが、遅すぎて当たることはない。

 一方的な攻撃。レアなだけに、どれだけ攻撃してもなかなか死ななかったが、最後は砕け散り、煙になって消えた。


「ハァ、ハァ……やっと死にやがった。結構、時間がかかったな」


 正吾は額の汗をぬぐい、ガチャBOXの前に行く。液晶画面にレベルアップを告げる文章が並んでいた。

 レベルが1上がり、スキル【頑強・中】を獲得したようだ。これもパッシブ・スキルのため、MPを消費せずにTGS(頑強さ)を上げてくれる。

 それもあり、レベルアップで手に入れたスキルポイントの『5』は全てTGSに割り振った。


「これで怪我もしにくくなるだろう」


 正吾が自分の腕や体を眺めていると、エリゼが声をかけてくる。


「お見事です、正吾様。小さいとはいえ凶暴な魔獣を次々に倒すなんて」

「まあな、慣れちまえばこんなもんさ」


 正吾は自慢気にふふんと笑った。


「それにしても……あんた、暑くねえのか? そんな格好して」


 エリゼはずっと鎧を着て、マントを羽織っていた。もう五月の終わり、山の中とはいえ、だいぶ気温も上がっている。


「大丈夫です。私は風を自由に操れますから、いつでも涼しく過ごせます」

「へー、そいつは便利なこった」


 正吾は脇に置いてあったリュックを掴み、中に入っているカプセルを取り出す。


「それが……最後の魔獣ですか?」


 エリゼに問われ、正吾は「いや」と首を振る。


「まだガチャの中にはカプセルが入ってるんだけどよ。十個まとめて出してから、出てこなくなっちまったんだ」


 正吾はもう一度ガチャに500円を入れて回そうとするが、やはり動かなかった。 

 壊れてしまったのか。あるいは、このSRのモンスターを倒さない限り、次のカプセルは出せないのか……なんにしても、このカプセルは開けるしかなさそうだ。


「でもな……相当強いだろうし……えらい目に遭うんじゃねえかな」


 手に持ったカプセルを見てぶつぶつ言っていると、エリゼが心配そうに声をかけてくる。


「その魔獣は、そんなに強いのですか?」

「ああ、間違いなく強い。今まで戦ったモンスターの中じゃ、ダントツだろう」

「そんなに……」


 エリゼも深刻な顔をした時、少し離れた場所。木々の合間から音が聞こえた。

 二人は慌ててそちらに目をやる。まさか、魔族ってヤツがもう来たのか? エリゼもそう思ったようで、木々の合間を緊張した面持ちで睨む。

 二人は息を飲んだが、そこにいたのは魔族ではなかった。


「ありゃ……熊だな」

「熊? 魔獣のようなものですか?」

「魔獣じゃねえが、この辺りによく出る危険な生き物だ」


 正吾は熊に向かってテクテクと歩いていく。今まで見たことはなかったが、周辺に熊がいることは知っていた。

 近くに行けばより大きさがハッキリと分かる。それほど大きくはない。

 ツキノワグマってヤツだろう。熊は怯えたように後ろに下がったが、すぐに獰猛な牙を覗かせ、息を荒げて向かってきた。

 正吾は臆することなく、アッパーカットを繰り出す。

 まともに食らった熊は五メートル以上舞い上がり、地面に叩きつけられた。これには熊も驚いたようで、キョロキョロと辺りを見回したあと、すぐさま逃げ出した。


「おお~熊も一発で撃退できるのか……ここまで強くなりゃ、SRのカプセルでもいけそうだな」


 正吾は家の前まで戻り、もう一度カプセルを手に取る。


「これからこいつと戦ってくる。あそこの倉庫に入るから、近づくんじゃねえぞ」

「正吾様。よければ私も一緒に戦いましょうか? 多少なりともお力になれると思いますが」


 不安そうな表情をするエリゼ。情けない姿は見せられない。


「いや、大丈夫だ。これぐらい、全然大したことねえよ」


 正吾はハッハッハと笑い、リュックとカプセルを持って倉庫の扉を開けた。

 中に入って扉を閉め、リュックを床に置く。メリケン・ナイフを取り出し、手にめた状態でカプセルを掴む。

 倉庫の中央まで歩き、カプセルの蓋を開けると、床になにかが落ちた。正吾は後ろに飛び退き、メリケン・ナイフを構える。

 床に落ちたのは黒くて丸い球体だ。今までのモンスターとは明らかに違う。

 球体は黒い煙を噴き上げた。

 正吾は口を押さえつつ、床に落ちた紙に視線を移す。


『スーパーレア 暗黒騎士』


 煙の中から現れたのは、黒い甲冑を着込み、黒い馬に乗った騎士。長いランスを持ち、こちらを睨んでいる。

 今まで見たモンスターより二回り大きく、凄まじいプレッシャーを放っている。

 こいつは恐ろしく強い。正吾は両拳を構え、相手の出方をうかがう。

 次の瞬間――騎士の姿が消えた。

 

「なっ!?」


 目をしばたき、周囲を見渡すが暗黒騎士はどこにもいない。目で追えない速度。嫌な汗が頬を伝う。


「くそっ、どこに……」


 そう呟いた瞬間、正吾の左足から血が噴き出す。いつの間にか攻撃されていた。

 正吾は顔を歪め、視線を走らせる。

 すると、二メートルほど前に暗黒騎士がたたずんでいた。

 ランスから血が滴っている。想像以上に速く、強い。TGSを上げ、【頑強・中】によって体の防御力は上がってる。

 それなのに正吾の肉体を易々と貫いた。


「全力で行かないと……殺される!」


 スキル【豪腕】を発動、【毒性付与】でメリケン・ナイフに毒属性を付けた。

 さらに【疾走】で相手との距離を詰める。

 やれることは全てやった。これで互角以上に――そう思った刹那、暗黒騎士は目の前にいた。

 慌てて防御しようとするが、暗黒騎士のランスが前に出した腕を貫く。

 正吾は「ぐっ!」と唸り、痛みを我慢して後ろに下がった。一旦、床に着地した騎士は、再び馬ごと跳躍する。

 正吾の腹に体当たりすると、そのままクルクルと回転し、後方に着地した。

 正吾は踏鞴を踏んで棚にぶつかり、派手に倒れて頭を打った。


「うぅ……痛えええ」


 正吾は頭を抱えて立ち上がる。

 なるほど、そういうことか。と思い、目を見開いて相手を睨む。

 速さだけじゃなく、パワーも半端じゃない。こいつは無傷で勝てるような相手じゃない。肉を切らせて骨を断つぐらいの覚悟がないと、絶対に勝てない!

 正吾は足を肩幅に開き、メリケン・ナイフを逆手に構えた。

 速度で勝てないのなら、相手の攻撃を受けてから反撃するしかない。

 目の前にいた暗黒騎士がまた消える。どこからくる? また足か? などと考えていた時、腹に衝撃が走る。

 見れば暗黒騎士がランスで腹を突き刺していた。正吾は歯を食いしばる。


「上等だ!!」


 空中で一瞬、動きを止めた騎士を、正吾はガシリと両手で掴む。瞬間――スキルを発動した。


「【火炎操作】!!」


 手から炎が噴き上がり、暗黒騎士を激しく包む。騎士は正吾の右手を長いランスで貫いた。

 手を思わず離すが、無傷では逃がさない!

 左の拳で正拳突きを放ち、暗黒騎士を吹っ飛ばす。五メートル以上飛んでいった騎士は、壁に激しくぶつかり、床に落ちた。

 火は消えておらず、燃え続けている。簡単には消えない効果があるのだろう。

 騎士は火が付いたまま走り出した。また、突っ込んでくるつもりだ。だが、燃えている分、さっきより動きが見やすい。

 倉庫内を大きく回り、まっすぐに突っ込んでくる。

 正吾は受けてやる! と仁王立ちで迎え撃つ。両者がぶつかり合う刹那、正吾はスキルを発動した。


「【石化防御】!!」


 正吾の全身が薄い石に覆われる。MPを10消費して使えるスキル。

 全身を覆った石は暗黒騎士の一撃を受け、ヒビ割れ砕け散った。だが、正吾自身にランスは通らない。

 正吾は左の拳を握り込み、正拳突きを放った。空中でバランスを崩していた暗黒騎士は、避けることができず、まともに受けてしまう。 

 弾け飛んだ騎士は床に衝突し、そのまま壁まで転がっていく。

 立てないでいる騎士の元に、正吾は【疾走】を使って迫る。

 ヨロヨロと起き上がろうとする騎士を、正吾は全力で蹴り飛ばした。黒い騎士は床を跳ねて、壁にぶつかる。

 起き上がれないでいる騎士に、間を置かずに飛びかかった。

 右の拳に炎を灯し、上から殴りつける。

 騎士はなにもできず、炎に巻かれ床を転がる。


「どうだ! くそったれが!!」


 相当ダメージを受け手いるはずなのに、それでも立ち上がってくる。正吾は構えを取って、相手の動きを注意深く眺めた。

 次が最後の一撃になる。覚悟を決めて相手を睨んだ瞬間――

 暗黒騎士は飛びかかってきた。相手の攻撃を左腕で防ぐ。スピアは深々と腕に突き刺さったが、そのおかげで騎士の動きが止まる。

 正吾は右手でメリケン・ナイフを振り上げ、騎士の胸に突き立てた。毒が効くかどうかは分からないが、大ダメージになったのは間違いない。

 馬に乗ったままの騎士は力なく床に落ち、ふらふらと彷徨さまようように歩く。

 正吾は下段蹴りで相手を弾き飛ばした。

 壁の近くまで転がった騎士は動かなくなり、体から煙が上がる。


「なんとか……勝った……」


 フラつきながら倉庫を出ると、エリゼが驚いた表情を見せる。


「正吾様、すごい血が……」

 

 確かに見た目はボロボロだろう。正吾は仰向けに寝転がり、目を閉じて大きく息を吸う。少し離れた場所から、ピロリロリンと軽い音が鳴っている。

 ガチャBOXが、レベルアップを知らせていた。

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