モンスターガチャを拾ったオッサン、30歳から無双する。

温泉カピバラ

第1話

「なんだ、こりゃ?」


 公民館の横にある燃えないゴミ置き場。八坂正吾やさかしょうごが壊れた扇風機を捨てに来たところ、変わった物が置かれていた。

 ショッピングモールやデパートによくあるガチャガチャだ。

 ガシャポン、あるいはトイカプセルとも呼ばれているカプセルの自販機で、店舗にあるものより一回り小さい。

 正吾は扇風機を下に置き、ガチャBOXをマジマジと見つめる。

 白い外観が少し汚れているものの、特に壊れている様子はない。


「誰が捨てたんだ? こんなもん。つーか、家庭ごみと一緒に捨てていいのか?」


 正吾は不信に思い、ガチャBOXを持ち上げて振ってみる。するとカシャカシャと音がなった。まだカプセルは入っているようだ。

 持って帰ろうか。正吾はそう思ったが、ゴミとはいえ勝手に持っていくのは良くないと聞いたことがある。

 しかし、このまま置いておけば廃棄されるのは確実。

 正吾は「まあ、いいか。ゴミだし」と、結局持っていくことにした。

 白いガチャBOXを抱えて歩くのは目立ってしょうがないが、すでに周囲は暗く、街灯も灯っている。

 人の姿もないため、見られる心配はないだろう。

 正吾はガチャBOXを肩に担ぎ、夜道をテクテクと歩く。アパートの階段をのぼり、自分の部屋の扉を開けて中に入った。

 靴を脱ぎ散らかして玄関を上がり、流し台の前にガチャを置く。


「汚ったねえな。取りあえずくか」


 雑巾を水でぬらして固く絞り、下に置いたガチャBOXをゴシゴシと拭いていく。汚れは簡単に落ちた。

 改めて見れば、これが少し変わったガチャであることが分かる。デパートなどにあるガチャは側面が透明で、中にあるカプセルが確認できる。

 しかし、これは全体が白いプラスチックで覆われ、中を見ることができない。

 そして正面には『モンスターガチャ』の表記があり、カプセルのイラストが描かれていた。やはり、どこかの施設に置かれていた物だろう。

 イラストの下にはスマホよりやや大きな液晶モニターが横向きに付いている。

 タッチしても反応がないため、壊れているみたいだ。


「最近のガチャってこんな感じなのか? 買うことがないから、よく分からん」


 正吾は困惑しながらも、モニターの下にあるの部分に目を移す。よく見かける普通のつまみだ。硬貨

 その上には硬貨の投入口があるが、正吾は「ん?」と声を出して覗き込む。


「100円玉の大きさじゃねえな……500円か?」


 金を入れたあと取り出せるか心配だったが、最悪壊せばいいだろうと思い、正吾は回してみることにした。

 テーブルの上に置いてあった財布を手に取り、小銭入れのチャックを開ける。中を確認すると、500円玉が一枚だけ入っていた。

 運がいいと思いつつ、500円玉を取り出してガチャの投入口に入れる。

 ピタリとはまった。やはり500円で回すガチャのようだ。つまみを右に回す。

 ガシャガシャと音を鳴らしながら三度回すと、下にある『口』の部分から、カプセルが落ちてきた。

 正吾はそのカプセルを手に取り、目の前まで持ってくる。

 下半分が灰色で、上半分がスモークがかっている球体。中は見えないが、サイズは通常のカプセルよりちょっと大きいぐらいか。

 よく見ればカプセルの下半分、灰色の部分に『UC』と書いてあった。なにかの略だろうか? 


 ――取りあえず開けてみるか。


 正吾は手に力を込め、カプセルの接合部を回す。パカッとカプセルが開くと、中からなにかが飛び出してきた。それと一緒に小さな紙もひらひらと落ちてくる。


「ん?」


 正吾は紙ではなく、床に落ちたに視線を奪われる。

 とても小さなフィギュアに見えたが、動いていた。爬虫類などの生き物が入っていたのか? と考えたが、そうではない。

 15センチほどの大きさで、棍棒のような物を持っている。

 肌は緑色で、体は筋骨隆々。正吾は、に見覚えがあった。

 ゲームなどでもよく見かける『ゴブリン』。やや大きい気もするが、そのゴブリンが棍棒を構え、鋭い目でこちらを睨んでくる。


「なんだぁ? この玩具おもちゃ。今はこんなのがあるのか?」


 最近の技術は進んでいるな。と思っていると、ゴブリンは猛然と突っ込んできた。小さいので大した速度ではないが、かなりの迫力だ。


「よくできてやがる。これで500円なら安いかもしれ……」


 正吾が呑気に眺めていると、ゴブリンは足の前で立ち止まり、大きな棍棒を振りかぶった。そのまま左足の親指目掛けて落としてくる。

 なにも考えずに見ていた正吾の足に、激痛走る。


「痛てえええええっ!!!」


 左足を一歩引き、ダイニングテーブルに腰を打ちつける。

 なにが起きた? 訳が分からなかった正吾は自分の左足を見る。すると白い靴下が赤く染まっていた。

 親指の部分から出血しているのだ。

 視線を床に移せば、ゴブリンが棍棒を振り上げ、また向かってくる。


「いや、ちょっと待て! なんなんだ、こいつ!?」


 正吾は左足を上げ、ピョンピョンと飛び跳ねながら逃げようとする。

 ゴブリンは走り回り、足を狙って棍棒を振り回す。ギリギリのところで飛び退き、これをかわした。

 正吾は信じられない気持ちになる。

 こんな危ないおもちゃが売られてるのか? 訴えられてもおかしくないレベルだ。   

 そんなことを思うものの、このガチャは捨てられていたのを持ってきたもの。文句を言うこともできない。

 正吾は左足を下ろし、窓際に向かって走る。ゴブリンは追いかけてきた。

 ここまで来ると、この小さな人形フィギュアは恐怖でしかない。どこまでも追いかけてきて、危ない棍棒を振り回す。

 最悪の玩具だ。正吾は頭に血が上り、本棚から厚めの本を取り出して放り投げる。

 二冊、三冊と本は床に落ちるが、ゴブリンは棍棒を振って本を打ち払う。自分より大きい本なのに、と正吾は驚愕した。


「ホントに玩具おもちゃなのか!? ヤバすぎるだろ!」

 

 ゴブリンは止まることなく、また突っ込んでくる。

 慌てた正吾はバランスを崩し、少しよろけてしまった。ゴブリンはその隙を見逃さず、今度は右足のくるぶしに一撃をくれる。


「ぎゃあっ!?」


 激痛が脳天を突き抜ける。骨が折れたんじゃないのか!? そう思うのも束の間、ゴブリンは棍棒を振り上げ、右足の小指に叩きつける。


「はうあぁぁ!!」


 あまりの痛さに立っていられなくなり、正吾は豪快に転倒した。テーブルの脚に頭をぶつけ、もんどりうって床を転げ回る。


 ――なんだ? なんで俺はこんな目にあってるんだ!?

 

 正吾は現状が信じられず、まぶたをしばたかせながら床を見る。

 ドタドタとゴブリンが走ってきた。手を緩めず、自分を徹底的に痛めつけるつもりなんだ。正吾は恐怖で顔を歪め、右手を前に出してなんとか防ごうとする。

 ゴブリンは低い唸り声を上げ、何度も何度も棍棒を振るった。打ちつけられた右手はどんどん腫れあがり、赤黒く変色していく。

 このままでは殺される。正吾はカッと目を見開き、上半身を起こしてゴブリンを睨みつける。

 両手でゴブリンを掴んでから、膝を立て、なんとか立ち上がった。

 足の激痛が脳を焼く。しかし、そんなことに構ってはいられない。こいつをなんとかしないと。

 ゴブリンは指にガブリと噛みついた。「ううっ」と痛みに声が漏れる。

 それでも歯を食いしばり、ゴブリンを思いっ切り放り投げた。緑の小鬼は棚にぶつかり、派手な音を立てて床に落ちる。

 正吾はよろけそうになるのを踏ん張り、痛む足でリビングを走る。

 起き上がろうとするゴブリンの前で止まった正吾は、「この野郎!」と叫び、怒りを込めて蹴り飛ばした。

 足に激痛が走るも、怒りの感情でなんとか抑え込む。

 ゴブリンは床を跳ね、ゴロゴロと転がっていった。

 さすがに効いたようだが、まだ動こうとしている。正吾は床に落ちていた分厚い本を手に取り、フラつきながらゴブリンに近づく。

 怪我をしていない左手に持った本を振り上げ、上から叩きつけた。

 ゴブリンは「ぐえっ!」とくぐもった声を出したが、まだ生きている。正吾は何度も本を振り下ろし、トドメを刺す。

 なんの声もしなくなったところで本を上げると、突っ伏したゴブリンの体から煙が噴き出ていた。死んだということだろうか?

 肩で息をしながら眺めていると、やがてゴブリンは跡形もなく消えてしまった。

 正吾はくずおれるように座り込み、背中を壁につけて大きく息を吐く。

 なにがなんだか分からなかったが、変な玩具は壊すことができた。助かった。と心の底から安堵する。

 台所のほうから『ピロリロリ~ン』と音が鳴った気がするが、どうでもいい。

 正吾は這うようにリビングまで移動し、自分のスマホを手に取る。左手で操作し、なんとか119に電話をかける。


『はい、119番。こちら消防署です。火事ですか? 救急ですか?』

「怪我をして……動けそうにない。救急車を頼む』


 正吾は確信していた。確実に、手足の骨が折れていると。


 ◇◇◇


「あ~酷い目に遭ったぜ……」


 翌日の朝――正吾は松葉杖をついて部屋に戻って来た。病院では転倒したことにして診てもらったが、やはり骨が折れていた。右手に至っては複雑骨折だそうだ。

 リビングの椅子に腰かけ、松葉杖をテーブルに立てかける。


「今日、現場に行くのはムリだな。電話しないと」


 正吾は都内にある建設会社に勤めていたが、怪我をしたと上司に報告。数日間、休暇をもらうことにした。有給が残っていたのは不幸中の幸いだ。


「にしても――」


 正吾は流し台の前にあるガチャBOXを睨む。あれを拾ってきたせいで大変な目にあった。まさか、あんな訳の分からないものが出てくるとは。

 あれは玩具おもちゃなのか? それとも生物なのか? 答えは出ない。

 とにかく、燃えないゴミ捨て場に戻してこないと。

 正吾は松葉杖を手に取り、体を支えながら立ち上がる。ガチャBOXの元まで行こうとした時、床に落ちている"紙"に気づく。

 小さな正方形の紙。カプセルを開けた時に落ちたものか?

 正吾は左手を伸ばす。うまく屈めないのでかなり大変だったが、なんとか紙を拾い上げた。書かれている内容に眉を寄せる。


『アンコモン  ホブゴブリン』


 アンコモン……ゲームなんかでレアリティを表す言葉だな。と逡巡する。

 確か『コモン』『アンコモン』『レア』の順番で珍しくなっていくはずだ。それに、ゴブリンではなく、ホブゴブリンと書かれている。

 ゴブリンより、ちょっと珍しいということか。

 正吾はそのままガチャBOXの元まで歩き、改めてその外観を見る。

 どこにてもありそうな普通のガチャ。そう見える。

 眉を寄せながら眺めていると、ガチャに付いている液晶画面が、チカチカと光っていることに気づく。

「壊れてなかったのか」と思い、液晶画面を覗き込むと、そこには文字が浮かび上がっていた。


『経験値を86獲得。レベルアップしました。八坂正吾 レベルが1から4に上がります。スキル【剛腕】を獲得しました』

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