第2話

「は?」


 正吾は目を丸くする。液晶画面に『レベルが上がる』などの文言が並んだからではない。

 


「なんで俺の名前が……個人情報なんて登録してねえぞ!?」


 画面にはタッチをうながすアイコンが表示されていた。正吾は恐る恐る手を伸ばし、アイコンに触れる。すぐに別の画面が出た。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


 八坂正吾(30)

 Lv4               ・アクティブスキル 

 HP  24/24 +15      【剛腕】

 MP   0/ 0 +30

 STR 21

 TGS  8

 AGL  7

 RSC  5

 【NextLevel 43】


 スキルポイントを+15を獲得 振り分けて下さい


――――――――――――――――――――――――――――――――――


 正吾は戦慄した。名前の横にある(30)は年齢に違いない。

 実際、正吾は今年30になっていた。しかし、それがなぜ拾ってきた玩具に登録されているんだ?

 正吾は言い知れない恐怖を感じた。

 このガチャはなにかのゲームなのか?

 正吾は大人になってからあまりゲームをやらないため、その手の知識にはうとい。だが、オンラインで遊ぶゲームがあることは知っている。

 このスマホみたいな画面がWi-Fiを通じてネットに接続されているのか?


 ――部屋にWi-Fi用の機器はある。そこから俺の個人情報を引き出して画面に表示したんじゃ……。よく分からないが、きっとそうだ。


 正吾は改めて画面に目を向けた。

 HPの部分を押せば、詳細情報の画面に飛ぶ。


『HP  生命力・体力・持久力と関係があり、数値がゼロになると死亡する』


 やはりゲームに出てくるステータスのようだ。正吾は他の表記も確認した。


『MP  魔力値  魔法・スキルを使用する際に消費する』

『STR 筋力の強さを表す』

『TGS 体の強靭さ  皮膚や骨、内臓などの強度を表す』

『AGL 俊敏性  反応速度 回避率や命中率に関係する』

『RSC 回復力  怪我や病気を治す早さに関係する』


 正吾は片眉を上げる。


「う~ん……ゲームっぽいが、なんだか違うな。TGSとRSCとかってあったか? それとも俺が知らねえだけか?」


 さらに【剛腕】と書かれた部分をタップする。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


『MPを10消費。五分間、STRを30%向上させることができる』


――――――――――――――――――――――――――――――――――


「これはゲームっぽいな。ステータスを見る限り、俺自身をパワーアップさせるってことか?」


 正吾はボサボサの頭を掻き、もう一度ガチャの液晶画面を見る。スキルポイントと書かれたところに目が留まった。

 どうやらHPとMP以外のステータスに割り振れるようだ。


「このポイントを割り振ったらどうなんだ? なにか変わるのか?」


 STRの右横に『+』の表記がある。これでスキルポイントを配分するらしい。

 取りあえず試してみようと思ったが、どれに割り振ったらいいか分からない。正吾は色々考えた挙句、RSCを上げることにした。

 現実の自分はボロボロになっているだけに、ゲームのキャラぐらいは元気になってほしい。そんな思いを込めてRSCの横にある『+』の表記を押してみる。

 『+』を押す度にRSCが6、7、8と上がっていく。正吾は15ポイントを全てをRSCに割り振った。


「ああ、こんなことしてる場合じゃなかった。洗濯や食事の準備をしないと……体は痛いが、我慢するしかねえな」


 正吾は松葉杖をつきながら家事をこなす。

 30歳、独身の辛いところだが、嘆いても仕方がない。痛みに耐え、風呂に入ってから寝床についた。

 しばらくこんな生活が続くのかと思うと、正吾は暗い気持ちになる。

 悶々とした不安を抱えるものの、疲れからくる眠気には勝てず、正吾はいつの間にか眠りに落ちた。


 ◇◇◇


 翌朝、窓から差し込む明かりで目が覚める。

 枕の横に置かれたスマホを見れば、まだ朝の7時前だ。正吾は上半身を起こし、ベッドから降りようとする。

 その時、明らかな異変に気づく。


「あれ? あんまり痛くねえぞ」


 あれほど痛かった右手と両足に痛みを感じない。いや、まったく感じない訳ではないが、かなり軽減されている。

 昨日の今日で治るような怪我ではないのに。

 困惑した正吾は、もう一度病院で診てもらうことにした。

 松葉杖を肩に担ぎながら歩いて病院に行くと、昨日診てくれた医師が驚いた表情を見せる。すぐにレントゲン撮影をし、改めて怪我の具合を確認した。


「いやはや、信じられませんな」


 高齢の男性医師が、アゴを撫でながらレントゲン写真を眺める。対面に座る正吾も写真を見るが、昨日確認した写真とは違っていた。


「複雑骨折していた右手の骨も繋がり始めてますし、足の骨折も一部完治してます。ここまで回復が早い人は初めて見ましたよ」


 医師は感心したように頷く。正吾は戸惑うものの、心当たりはあった。


 ――やっぱり、あのガチャか?


 松葉杖を病院に返却し、帰宅した正吾は部屋の隅に向かう。そこに置かれたガチャBOXの前でドカリと座り、胡坐あぐらを掻いた。

 無精髭を撫でつつ、ガチャを睨む。


 ――まさか……こいつは、本当にゲームみたいに人の力を上げるのか? 


 もし、そうなら、これが不思議な効果を持っているなら試してみたい。正吾は財布から500円玉を取り出し、投入口に入れる。

 何度も回し、出てきたのは五つのカプセル。


「アンコモンが四つと、レアが一つか。コモンが出ないってことは、最初から入ってねえのか?」


 よく分からなかったが、まあ、いいか。と思考を放棄する。


「こいつのことを調べてみねえと」


 正吾はカプセルを持ち上げ、色々な角度から眺める。怪我は簡単に治らないだろうと思い、有給休暇は三週間取っていた。

 その有給の期間を利用すればいい。

 どうやって調べるかは、もう決めていた。


 ◇◇◇


 三日後――八王子の山の中に、正吾の姿があった。

 途中までは車で来たが、山道に入り、車では進めなくなってしまう。正吾は大きなリュックを背負い、ガチャBOXを肩に担ぎながら山を登っていく。

 この先に目的の場所があった。

 一時間ほど歩くと、一軒のボロい母屋と大きな倉庫が見えてくる。

 正吾の祖父が住んでいた家。祖父が死んだ際、父親が相続した不動産だが、使われることなく、放置されていた。

 今では完全に、あばら家と化している。

 子供の頃は何度か来たな、と思い出に浸りつつ、正吾は倉庫の扉を開けた。

 ほこりっぽいが、中は広々としており、壁や扉などはしっかりした造りになっている。上部にいくつも窓があるため、電灯がなくてもそこそこ明るかった。

 母屋の隣にこんな倉庫があるのは、祖父が様々な調度品を集めていたからだ。

 そんな調度品を、父親は相続したあと、早々に売り払った。

 ここに残っているのは、古い棚や空き箱ぐらい。正吾はそれらのガラクタを倉庫の端に寄せ、スペースを作った。


「よし、これでいいだろう」


 ほこりまみれになった手をパンパンと叩き、外に置いていたリュックを持ってくる。

 中から取り出したのは、五つのカプセルだ。

 正吾はカプセルを調べるにあたり、誰にも邪魔されず、人目につかず、壊れてもいい場所として、この倉庫を選んだ。

 ここなら思う存分、戦うことができる。

 まずは『UC』と書かれたカプセルを手に取る。


「こいつの中に入ってるのは、玩具おもちゃなんかじゃねえ。本当のモンスター。小さいが、正真正銘の怪物だ」


 正吾は今日に備え、色々な物を買っていた。丈夫な登山用のブーツに、肘当て、膝当て。耐切創手袋たいせっそうてぶくろに工事用ヘルメット。メリケンサック二つに、金属バットとフライパンまで。

 服も厚手の物を用意し、準備は万全だ。


「この前は油断して酷い目にあったが、今度はそうはいかねえからな!」


 すでに骨折は完治していた。有り得ないほどの回復スピードだが、これもガチャの力なのだろう。手袋をめた正吾は、カプセルを慎重に開ける。

 小さな影が飛び出し、同時に紙がひらりと落ちる。

 正吾は紙を拾い上げ、書かれている内容を見た。


『アンコモン オルトロス』


 目を向ければ、蔵の中央にいたのは二つの頭を持つ犬っころだ。

 青紫の毛並みをなびかせ、こちらを睨んで唸り声を上げている。

 正吾は「上等だ!」と微笑み、腰を落としてメリケンサックを装着した拳を顔の前で構えた。

 油断さえしなければ、こんなちっこいのに負けるはずがない。

 正吾の身長は185センチ、体重は80キロ。大柄なうえ、学生時代は空手をやっており、全国大会に出たこともある。

 当時より体は緩んでしまったが、それでも並みのオッサンより体力があるのは間違いない。すぅーと息を吸い、小さな犬を睨む。


「さあ、ぶっとばしてやるぜ!!」


 一歩踏み出した瞬間、双頭の犬は目の前にいた。


「は?」


 間の抜けた声が漏れ、顔に衝撃が走る。足がもつれ、後ろに倒れてしまった。顔をしかめながら頬に触ると、大量の血が付いている。

 ふと見れば、犬が口に咥えたなにかを、ペッと吐き出す。

 

 ――おいおい! 俺の頬の肉を、食いちぎったってことか?


 正吾はなんとか立ち上がり、犬をめつける。想像以上に速い。最初に戦ったホブゴブリンとは雲泥の差だ。

 だが、その分、パワーは劣っているだろう。

 正吾は頬の血を右手でぬぐい、再び構えを取った。

 犬は唸り声を上げ、駆けてくる。正吾も踏み込み、左の拳を振るった。瞬間――肩の肉がえぐり取られる。

 跳躍の速度が凄まじい。

 正吾は何度も殴りかかるが、その都度、腕や足、腹などに噛み傷が増えていく。


「ダメか! だったら……」


 リュックの横に置いてあった金属バットを手に取る。これならどうだ!? と辺り構わず振り回すも、やはり当たらない。

 ふくらはぎの肉を噛みちぎられたところで、正吾は膝を折る。

 全身血まみれになっていた。犬の口が小さいため、一つ一つの傷は浅く、大したことはない。しかし、積み重なれば話は違ってくる。

 かなり出血してしまった。これ以上はもたない。

 そう考えた正吾は、金属バットを手放し、リュックの横に置いてあるフライパンを手に取る。

 これも通じないようなら、倉庫の扉を閉めて逃げるしかない。

 そのためにここを戦いの場に選んだのだ。フライパンを握りしめた正吾は、唸り声を上げる双頭の犬を睨みつける。


「確か"スキル"が使えるんだよな!? 頼むぞ、【剛腕】――」


 スキル名を叫んだ途端、正吾の体に力がみなぎってくる。犬は床を蹴り、まっすぐ突っ込んできた。

 凄まじい速さだが、直進的で動きは読みやすい。


「当たれえええええええ!!」


 正吾が振るったフライパンは飛び上がった犬の体をとらえた。激しい衝突音が鳴り、犬は倉庫の壁まで吹っ飛ぶ。

 壁に激突して床に落ちた犬っころ。

 ピクピクと痙攣し、やがて煙になって消えていった。やはり、ホブゴブリンに比べて打たれ弱い。あるいは、【剛腕】で威力が上がったおかげか?

 どうでもいいか、と正吾はその場で座り込む。

 体中、血まみれになってしまったが、なんとか小さな怪物を倒せた。

 ホッと息を吐いてから、正吾は体に鞭打って立ち上がる。ゆっくり倉庫の外まで行くと、扉の前に置いていたガチャBOXを持ち上げる。

 倉庫の中に入り、ドカリと座ってから液晶画面を確認した。思った通り、画面にはレベルアップを知らせる文字があった。

 

『経験値を91獲得。レベルアップしました。八坂正吾 レベルが4から6に上がります。スキル【疾走】を獲得しました』


 画面をタップすると、レベルの上がったステータスが表示される。


――――――――――――――――――――――――――――――――


 八坂正吾(30)

 Lv6               ・アクティブスキル 

 HP  18/39 +10      【剛腕】

 MP  20/30 +20      【疾走】

 STR 21

 TGS  8

 AGL  7

 RSC 20

 【NextLevel 91】


 スキルポイントを+10を獲得 振り分けて下さい


――――――――――――――――――――――――――――――――――


 正吾は目を擦りながら、スキルポイントを振り分けていく。

 怪我を早く治したいので、RSCに2ポイント。筋力を示すSTRと俊敏性に関係あるAGLを、それぞれ4ポイントづつ分ける。

 これで少しは戦いやすくなるだろう。そう思った時、目が霞み始めた。


「ああ、ダメだ。限界だ……」


 出血しすぎた。正吾はゴロンと床に寝転がり、そのまま気を失った。

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