第3話

「う……うぅ……」


 正吾は片目を開いた。ずっと寝ていたのか? なんとか上半身を起こし、ポケットからスマホを取り出して時間を確認する。

 午後十二時、日付は翌日になっていた。


「丸一日寝てたのか……くそ」


 正吾は片膝をついて立ち上がった。若干ふらつくものの、体についた傷はほとんど治っていた。

 やはり、ステータスの『RSC』が相当効いているようだ。

 傷は治ったが、腹が減って力が出ない。正吾はリュックから携帯食とペットボトルを取り出す。

 血が足りない、肉が足りない。バクバクと携帯食を喰い漁り、ペットボトルの水を喉に流し込む。勢いよく飲んだせいで少しむせたが、これでエネルギーは万全だ。

 正吾は自分の腕を見る。心なしか、筋肉に張りがあるように感じた。


「やっぱり、『STR』にポイントを割り振った効果が出てるのか。だったら、このガチャを通じて、どこまでも強くなれるってことだよな」


 かつては最強の空手家を目指し、日々練習に打ち込んでいた。一番強くなりたいと思うのは、男の本能かもしれない。

 しかし、正吾は現実を突きつけられた。

 高校生時代、空手の全国大会に出るも、初戦で敗退。結局、正吾に勝った対戦相手がその大会で優勝した。

 上には上がいる。正吾は現実に耐え切れず、空手から離れてしまった。

 今も心から消えない後悔。もっと続けていれば、また違った結果になったかもしれないのに。

 その後は熱くなれるものに巡り合わないまま、気づけば三十になっていた。

 だが、目の前にあるこのガチャは、正吾をかつてないほど熱くさせる。


 ――こいつがゲームのように人を強くする代物なら、それを利用しない手はねえ!


 正吾は倉庫の扉を閉め、『UC』と書かれたカプセルを手に取った。

 中央まで歩くと、カプセルをパカッと開けて、一歩後ろに下がる。床に落ちた紙を見下ろす。


『アンコモン ワーウルフ』


 見れば二足歩行の狼が、こちらを睨み、爪を研いでいる。

 正吾は左手にメリケンサック、右手にフライパンを持ち、戦闘準備は万端。負ける気もなければ、時間をかける気もなかった。


「行くぞ! 【疾走】――」


 MPを3消費することで、一足の速さを上げるスキル。あっと言う間にワーウルフとの距離をなくしたが、勢い余って通りすぎてしまった。

 ワーウルフはこちらに体を向け、屈んで睨みつけてくる。

 正吾は再び 【疾走】を発動。今度こそ、と意気込み、敵の真正面まで行く。

 ワーウルフは反応できず、固まったままだ。


「おおおおおおおっ!!」


 正吾は全力で敵を蹴り飛ばした。ワーウルフは棚に当たってから床を跳ねる。

 床に倒れ、起き上がろうとしない。正吾は走って近づき、フライパンを何度も何度も叩きつけた。

 油断はしない。小さいが、こいつらは異常な生命力を持っている。

 その考えは間違っていなかった。フライパンを振り上げた瞬間、ワーウルフは横に飛び退き、床を蹴って襲いかかってきた。

 今までなら驚いて仰け反ったかもしれないが、正吾は冷静に状況を判断する。

 左手でワーウルフを掴み、そのまま床に叩きつけた。怪物は衝撃で動けない様子だ。正吾はメリケンサックを嵌めた左手を握り込み、ワーウルフを殴った。一発では終わらない。何度も何度も何度も。

 やがて小さな怪物は煙となり、徐々に消えていった。


「うっし、今回は無傷で勝ったぞ!」


 相手が飛びかかってきた時に対応できたのは、俊敏性に関係ある『AGL』の数値を上げておいたからかもしれない。

 ガチャBOXを確認すれば、レベルが1上がっていた。

 正吾はポイントを、まだ割り振ったことのない『TGS』に全て入れた。体の頑強さを上げるらしいので、より怪我をしにくくなるかもしれない。

 そして獲得したスキルは【俊敏・小】だ。初めてのパッシブスキルで、MPを使う必要がないらしい。

 効果は『AGLの値が10%上がる』だ。

 正吾は「次、次!」と気合を入れ、もう一つカプセルを開けた。

 出てきたのは『アンコモン レッドスライム』。赤い"グミ"のようなモンスターで、踏み潰してもなかなか死なない。

 フライパンや金属バットで殴っても同様だった。


「こいつ、頑丈だな」

 

 切る物を持ってくれば良かった。と後悔するも、後の祭り。四苦八苦しながら一時間以上かかってなんとか倒した。

 経験値は入ってきたものの、レベルアップはなし。

 獲得したスキルは【頑強・小】。これもパッシブスキルで、効果は『TGSの値が10%上がる』だった。


「あと二つ……全部倒しておくか」


 正吾はカプセルを手に取り、蓋を開けた。ボトリッと落ちたモンスターは、ゲームなどで見た覚えがある。

 ひらひらと床に落ちた紙を見下ろす。


『アンコモン ミノタウロス』


 大きな斧を持ち、牛の頭をした怪物。体は筋骨隆々で、いかにも強そうだ。だが、所詮は小さな生き物。

 体格差があり過ぎる自分に、かなうはずがない。

 突っ込んでくるミノタウロスに対し、正吾も走り出す。

 相手が斧を振り上げた瞬間、「なめんな!!」と思いっ切り蹴り上げた。ミノタウロスは吹っ飛び、倉庫の壁に激突した。

 渾身の一撃。もう倒しただろうと思ったが、怪物はまだ起き上がろうとする。


「しつこい奴だ」


 正吾は床に置いてある金属バットを持ち上げ、振りかぶって前に出る。

 その時、なにかが頬の横を通った。正吾は動きをピタリと止め、恐る恐る自分の頬に触れる。バックリと切れ、血が滴っていた。なにが起きた? 

 視線をミノタウロスに向ければ、斧を振り切ったまま止まっている。

 ? 正吾は一歩、二歩と下がる。こんな攻撃方法を持つヤツもいるのか。想像以上にヤバい!

 ミノタウロスは、斧を大きく振りかぶった。正吾は金属バットを投げ捨て、慌ててフライパンに飛びつく。

 敵が斧を振り切った刹那――ビュンッと空気を切り裂く音がした。

 フライパンを前にかざすと、カンッと甲高い音が鳴る。フライパンの底面を見れば、縦に伸びる鋭利な傷跡があった。


「ふざけた技を使いやがって!!」


 正吾は【疾走】を発動し、相手との距離を一気に詰めた。ミノタウロスも斧を振り上げるが、もう間に合わない。

 横に薙いだフライパンが、小さな怪物を吹っ飛ばす。

 床を二度跳ね、壁にぶつかったミノタウロス。立ち上がろうとするが、【疾走】を使う正吾のほうが速い。

 分厚い登山靴で上から踏み潰した。

 さらに足を上げ、何度も踏み潰す。これにはミノタウロスも耐えられず、煙となって消えていく。

 正吾はハァハァと肩で息をし、額の汗をぬぐう。

 倉庫の外に置いたガチャBOXから、ピロリロリンと軽快な音が鳴った。

 扉を開け、外に出た正吾は、ガチャBOXに付いている液晶画面を覗く。レベルが1上がっていた。

 スキルポイントは全て『AGL』に割り振り、俊敏性を上げる。

 獲得したスキルは【空牙】とある。MPを5消費して、空を飛ぶ"斬撃"を放てるらしい。威力は持っている武器やSTRに依存するようだ。


「けっこう強くなってきたな。これなら……いけるか?」


 正吾はチラリとリュックに目をやる。

 そこにあるのは、『R』と書かれたトイ・カプセル。アンコモンより強い『レア』のモンスター。

 かなり危険ではあるが、今の自分なら勝てる気がする。

 正吾は戦う前に、自分の能力を確認することにした。ガチャBOXの前で座り、液晶画面をタップする。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 八坂正吾(30)

 Lv8               ・アクティブスキル 

 HP  51/54          【剛腕】【空牙】

 MP  48/60          【疾走】

 STR 25

 TGS 13            ・パッシブスキル

 AGL 16             【俊敏・小】

 RSC 22             【頑強・小】

 【NextLevel 128】                            


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 スキル【空牙】を試すため、倉庫の外に出る。

 本来なら刃物の武器があったほうがいいのだろうが、持ってきてないので、で代用することにした。

 右手に意識を集中し、視線の先にある樹のみきに狙いをつける。


「これで出るか……? 取りあえずやってみるか」


 手刀を振り上げ、思いっ切り斜めに振り下ろした。周囲の風が揺らめき、なにかが樹に向かって飛んでいく。

 ドンッと重い音が鳴ると、葉っぱが上から落ちてくる。

 樹の幹に、長くまっすぐな傷が入っていた。


「おお……」


 思わず感嘆の声が漏れる。想像していた以上に凄い威力だ。

 剣や斧など、ちゃんとした武器で『技』を繰り出せば、もっと凄い威力になるかもしれない。


「これなら『レア』モンスターでも戦える! もっと強力な"スキル"を手に入れてやるぜ!」


 正吾はリュックからカプセルを取り出し、倉庫の中に入って扉を閉める。

 フライパンを手に取り、倉庫の中央まで歩く。フライパンを下に置き、ふぅーと息を吐いてからカプセルを開けた。

 なにか出てきたが、床には落ちず、


 ――空を飛ぶモンスターか!?


 正吾はフライパンを拾い上げ、油断なく空中を睨む。敵との距離に気をつけつつ、下に落ちた紙に目を向ける。


『レア ガルーダ』


 倉庫の中を飛び回る赤い魔物。鳥のようにも見えるが、そうではない。

 鳥の羽に鳥の頭、だけど体は人間のようだ。両手には鋭い爪が生えており、旋回してこちらに向かってくる。

 まずはフライパンで防御を――

 フライパンの底面を相手に向けると、そこ目掛けてガルーダは突っ込んできた。

 もの凄い速さで滑空してくる。フライパンに激突に激突した瞬間、あまりの衝撃で正吾は三歩後ろに下がった。

 ガルーダはフライパンを蹴り、また空中に飛び上がる。

 正吾は腰を落とし、次の攻撃に備える。ふと持っていたフライパンに目を移すと、底面の部分が思い切りへこんでいた。


「おいおい、嘘だろ!? なんだ、このパワー!」


 ガルーダは空中を旋回し、再び向かってきた。

 真一はフライパンを上げ、防御態勢を取った。だが、ガルーダは空中を蹴り、


「なっ!?」


 ぶつかってきたガルーダは、正吾の肩を深々と切り裂いた。

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