第4話
正吾はよろめき、後ろに下がる。
狼狽えている間にガルーダは滑空してきた。フライパンの防御が間に合わず、魔物の体当たりを顔面に受ける。
あまりの衝撃に飛ばされ、棚にぶつかった。派手に転倒すると、大きな音が鳴り、棚の上にあったものが落ちてくる。
正吾は泡を食いながらも、なんとか立ち上がる。
左の頬を触ると、ダラダラと血が流れ落ちていた。
目の前で羽ばたくガルーダは、空中に浮かんだまま両手の爪を
「なんなんだ……レアのモンスターって、こんなに強ええのか!?」
強くなっているはずの自分が圧倒されている。アンコモンとは
羽をはばたかせていたガルーダは、一気に加速して突っ込んできた。「くっ!」と奥歯を噛み、フライパンを構える。
ガルーダはまたしても空中を蹴り、進行方向を変えた。
フライパンをかわして突っ込んでくるガルーダに、正吾は足がもつれ、そのまま尻もちをついた。
おかげでガルーダの攻撃は避けられたが、怖すぎて手が震える。
ふと見ればガルーダは倉庫の壁に激突していた。コンクリートの破片がパラパラと落ちている。
何事もなかったかのように再び羽ばたくガルーダ。
強すぎる。こんな危険なヤツを出すべきじゃなかった。
正吾は震える手でフライパンを握りしめ、ガルーダの動きを注意深く観察する。
――どうする? 逃げるべきか? だが、ヤツの異常なスピードから逃げ切れるとは思えない。
八方塞がりとなり、冷や汗を流す正吾。ここまできたら、やるしかない! と覚悟を決め、フライパンを振りかぶる。
ガルーダが飛んできた。空中で何度も蹴り、ジグザグに空を飛ぶ。
――俺もモンスターを倒して強くなったんだ! こんなヤツ、一匹ぐらい!!
正吾はわずかに腰を落とし、相手の動きに反応する。
「【剛腕】! 【疾走】!!」
二つのスキルを同時に発動した。猛スピードでガルーダの下を掻い潜り、敵の後ろを取る。方向転換しようとしたガルーダだが、一瞬、隙ができた。
正吾はフライパンを横に薙ぐ。
ガコンッと大きな音が鳴り、ガールダが弾け飛んでいった。床にぶつかり、壁にぶつかり、また床に落ちる。
剛腕で筋力を上げた渾身の一撃。さすがに効いているはずだ。
だが、ガルーダはすぐに態勢を立て直し、空中に飛び立つ。ジグザグに空を駆け、一気に間合いを詰めてきた。
「なんてタフな野郎だ!!」
ガルーダの速度がさらに上がる。ギアを一段上げたようだ。
四方八方から鋭い刃で斬りつけてくる。正吾もAGL(俊敏性)が高くなっているため、相手の動きを見切り、何度もかわす。
しかし、全てを避けるのは不可能だ。
腕、足、腹、肩、顔に頭。次々に切り傷が増えていき、血が噴き出す。
「くそっ!」
思い切りフライパンを振るが、空を切るだけでガルーダには当たらない。
空中を旋回したガルーダは、一旦バサリと羽ばたくと、まっすぐ下降して突っ込んできた。空気を何度も蹴り、どんどん加速してくる。
今度はかわす気はないようだ。
正吾は「野郎!」と叫んでフライパンを構え、防御態勢に入る。
最大限に加速したガルーダは、胸の前にかかげたフライパンの底面に衝突した。
爆発したような音が鳴り、正吾は吹っ飛ばされる。後ろの棚にぶつかり、ゴロゴロと転がって壁にもぶつかる。
「いってええ、なんだ……今の攻撃は……」
頭を抱えながら起き上がる正吾だが、空を滑空してくるガルーダに気づく。
喉元に向かって突っ込んできた。正吾は頭を横に倒し、なんとか攻撃をかわそうとする。
「ぐっ……くっそ!」
直撃はなんとか避けたものの、首を切られた。手で押さえるが、血がポタポタと腕を伝い、床に落ちる。
――危ない、もうちょっとで頸動脈を切られるところだった。
TGS(体の強靭さ)の数値を上げたことと、スキル【頑強・小】のおかげで助かったんだ。二つがなかったら、きっと死んでる。
正吾は足に力を入れ、立ち上がって空を睨らむ。
ガルーダはバサリ、バサリと羽ばたき、こちらを見下ろしている。格下の相手だと思ってバカにしているんだろう。
――あいつを倒すには、意表をついた攻撃しかない!
また滑空してきた。
カッと目を見開き、ガルーダを見据えた。
「喰らえ! 【空牙】!!」
振り下ろした手刀が『風の刃』を発生させ、ガルーダの片翼を切り裂いた。
飛行能力を失い、錐もみ状に落ちてきたガルーダ。正吾はフライパンを両手で持ち上げ、振りかぶって狙いをつける。
「これで終わりだ!」
振り下ろしたフライパンがガルーダを捉える。ガンッと硬い音が鳴り、床に怪物が叩きつけられる。まだ起きようとするガルーダを、正吾は容赦なく蹴り上げた。
倉庫の壁まで転がっていき、激しく体を打ちつける。
それでも飛び上がる小さな怪物。頑丈さが半端ではない。
正吾はフライパンを投げ捨て、【疾走】で距離を詰める。こいつは自由に飛ばせてはならない。
まだ、うまく飛べないガルーダに対し、正吾は右の拳を引いた。
「どりゃあっ!!」
正拳突きが炸裂する。ガルーダは壁に叩きつけられたが、その壁を蹴り、また飛び上がろうとした。正吾も攻撃の手を緩めるつもりはない。
「せいやっ!」
学生時代以来の回し蹴り。左足がガルーダに直撃した。かなりの距離を吹っ飛び、床を転がる。さすがに効いただろう。
だが、それでもまだ動き、立ち上がろうとしている。
そっちがその気なら、何度でもぶちのめすのみ! 正吾は【疾走】を使い、距離を一気に詰め、飛び立つ前に踏み潰す。何度も何度も何度も。
相手がピクリとも動かなくなるまで。十回以上踏みつけたところで、ガルーダの体から煙が出てきた。
やっと終わったようだ。
踵を返し、ふらつきながら倉庫を出る。外に置いていたガチャBOXが軽快な音を鳴らす。
レベルが上がっていた。しゃがんで液晶画面を覗くと、いつもの文字が並ぶ。
『経験値を307獲得。レベルアップしました。八坂正吾 レベルが8から10に上がります。スキル【空中歩法】を獲得しました』
文章を見て、正吾は顔をしかめる。
「レベルが上がりにくくなってやがる。あんなに強いヤツを倒して、たった2しか上がらねえのか」
やや不満は残るものの、取りあえず獲得したスキルポイント『10』を割り振ることにした。怪我の程度が酷いので、RSC(回復力)に『2』を、STR(筋力)、TGS(頑強さ)に『4』づつ割り振る。
「うぅ……体中が痛てえ」
正吾は一旦、山を下りることにした。体につけられた傷が深いことと、食料や飲料が乏しくなってきたためだ。
今回、モンスターを倒すことでレベルアップし、強くなることは証明された。
このまま戦い続ければ、最強にまで上り詰められるかもしれない。また来よう、と思い、正吾は荷物をまとめ、祖父の家をあとにした。
◇◇◇
「君、また来たの? よく怪我をするねえ」
高齢な医者が呆れた顔になる。近所の病院に足を運び、怪我の具合を診てもらっていた。確かに、こんな短期間で怪我をしまくるヤツは珍しいだろう。
「まあ、薬を出しておくから、お大事にね」
「あざっす」
包帯だらけになった腕を一瞥し、正吾は歩いてアパートに帰る。
サンダルを脱いで玄関を上がると、リビングに置いてあるガチャBOXの前で
「さて、もう少しカプセルを出すか」
ガチャを振った感じからすると、中には多分、20個から30個ほど入っているだろう。30枚もあれば全部出せるはずだ。
「取りあえず10個ほど出すか」
バッグを開け、500円玉を手に取る。ガチャの投入口に金を入れ、つまみを三度回した。受け取り口にカプセルが落ちてくる。
それを十回続けた。目の前に並ぶ十個のカプセル。
「アンコモンが7個、レアが2個、スーパーレア(SR)が一個か」
SRは初めて出てきた。恐ろしく強いモンスターに違いない。今の自分ではきっと勝てないだろう。だが――
「アンコモンのモンスターを倒して『スキル』を増やしてけば、強いヤツでも絶対、倒せるはずだ」
正吾はカプセルを全部出そうと考えた。
500円玉を投入口に入れてつまみを回す。正吾は「あん?」と首をかしげた。
「回らねえな。なんでだ? 壊れたのか?」
何度やってもつまみが回らない。中身はまだ入っている。十個までしか出せないなんてルールでもあるのか?
よく分からなかったが、「まあ、いいか」とカプセルに視線を移す。
とにかく、こいつらを一匹づつ倒していかないと。アンコモンが七つもあるなら、それなりに強くなれるだろう。
とは言え、アパートで戦うのは危なすぎる。
正吾は傷が治り次第、また祖父の家に行こうと心に決めた。
◇◇◇
日が沈み、夜の
都心にあるビルの屋上に、時空の裂け目が現われる。黒く歪んだ空間から出てきたのは、銀色の甲冑と白いマントに身を包んだ少女。
長い金色の髪をなびかせ、屋上の
眼下には夜とは思えないほどの眩い光が広がり、見たことのない高層の建造物が
現実離れした美しさを持つ少女は、その光景に感嘆の声を漏らす。
「これが外の世界……なんて美しいの」
背後にあった空間の歪が徐々に閉じていく。少女は空間の歪をチラリと見たあと、左手の指輪に視線を落とす。
長い時間、この場所に留まることはできない。
指輪の魔力が尽きれば元の世界に帰れなくなるし、なによりヤツらがやってくる。
「早く見つけなければ……"神の恩寵"を」
少女は
風によって髪とマントが激しく揺れる。少女は確信していた。わずかではあるが、微弱な魔力を感じる。
この魔力を辿れば、必ず見つかるはずだ。
自分たちの世界を救う、希望の光が。
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