第12話
「これ……めちゃくちゃ強いんじゃねえのか? 四つのステータスが100%上がるって、倍になるってことだよな」
あまりのスキルに正吾が戸惑っていると、お茶を飲んでいたニーズへッグが話しかけてくる。
『八坂よ。我はしばし休む。あとで食事を取るからな。用意しておけ』
「え?」
正吾が振り返ると、ニーズへッグの背後に空間の裂け目が生まれ、その中に入っていった。
完全に姿を消すと、空間の裂け目も消滅する。なにもなくなったローテーブルを、正吾は凝視するしかなかった。
「正吾様、あのドラゴンはどうされました?」
「よく分からねえが、どっかにいっちまった。まあ、あとから戻ってくるとは言ってたけど」
「そうですか。では、これからどうしますか? またあのガチャガチャから魔獣を出して、強くなるのを続けますか?」
エリゼに問われ、正吾はガチャBOXに視線を移す。あの中に入っているカプセルはあと一つ。
レベルを上げるには少なすぎる。もう充分と思い、正吾は頭を振った。
「いや、これで帰ろうと思う。それなりに強くなったし、敵が複数で来ても、簡単には負けないだろう」
「分かりました。では、私も一緒に行きます」
エリゼが当たり前のように言ったので、正吾はどうしたものかと頭を悩ます。
「いや、一緒に来るっつっても、男の一人暮らしだからよ。アパートも狭いし」
「大丈夫です。多少ではありますが家事の心得はありますし、なにより正吾様をガランドにお連れせねばなりません。一緒に来ていただくまでは、お側から離れる訳にはいきません」
「しかしだな……」
困惑する正吾を
「まいったな。本気で俺を異世界に連れてくつもりか……そんなところ、絶対生きたくねえのに」
正吾は溜息を漏らしつつ、ふとガチャを見る。あの中にはあと一つカプセルが入っている。
今のうちに出しておくか。と考えた正吾は財布から500円玉を取り出し、ガチャの元まで行く。投入口に500円を入れてから、ガチャガチャとつまみを回した。
コロコロと出てきたカプセルを、正吾は手に取って目の前に持ってくる。
カプセルに書かれた文字を見て、思わず息を飲む。『UR』と書かれていたのだ。
「これ……ウルトラ・レアってことだよな?」
正吾はしばし考えたあと、なにも見なかったことにし、カプセルをリュックの奥に突っ込んだ。
◇◇◇
車でアパートに帰ったあとは、奇妙な同居生活が始まった。
台所ではエリゼがエプロンをし、料理を作っている。調味料や冷蔵庫、電子レンジの使い方をあっと言う間に覚え、正吾が買ってきた食材で故郷の味を再現すると意気込んでいた。
嫁さんもいないのに、若い外国の少女が自分の家で料理を作っていることに、正吾は違和感しか覚えなかった。
コップに入ったお茶を飲みながら、チラチラと台所を見てしまう。
そして、それ以上に奇妙なのは――
『うむ、この肉は……なかなかにいける』
ムシャムシャとレンチンしたハンバーグを食べているのは、SSRとして出てきたニーズヘッグだ。本当に家まで来て、食事にありついている。
この分だと、ずっと面倒を見なくてはいけないらしい。まあ、変なペットを飼ったと思えばなんとかなるか、と正吾は諦めることにした。
正吾は部屋の隅に置いてあるガチャBOXに目を移す。
四つん這いでガチャの前まで行き、液晶画面をタップする。自分のステータスを表示した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
八坂正吾(30)
Lv20 ・アクティブスキル
HP 114/114 【剛腕】【空牙】【空中歩法】【猛毒付与】
MP 180/180 【疾走】【跳躍】【爆炎操作】【石化防御】
STR 51 【邪眼】【水中呼吸】【雷撃操作】
TGS 27 【水流操作】【竜気解放】
AGL 30 ・パッシブスキル
RSC 28 【俊敏・極】【怪力・極】
【NextLevel 745】 【再生・極】【頑強・小】【頑強・中】
【魔力増強・小】
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「レベル20……全体の数値もかなり高くなってるな」
このステータスを【竜気解放】でさらに倍にできるんだ。怪物男みたいなヤツらが来ても、絶対に叩きのめせるな。
正吾は自信を深め、テーブルに戻る。ほどなくしてエリゼが料理を運んできた。
見たこのない料理がテーブルに並ぶ。ホワイトシチューのようなものもあれば、野菜炒め物のような料理もある。見た目と味がまったく違うものの、使っている食材や調味料は普通の物なので、口に合わないということはない。
いや、むしろうまい! 正吾は久しぶりに食べた手料理を口に掻き込み、ガツガツと豪快に食べた。
「お口には合いますか? 正吾様」
「ああ、うまい! エリゼは料理がうまいんだな。感心したぜ」
「そんな……本当に大したものは作れないんですよ」
謙遜するエリゼを横目に、正吾は大皿の料理を平らげた。
同じようにハンバーグを完食したニーズヘッグは小さなゲップを吐き、満足そうにエリゼを見る。
『女、この肉の塊は良かったぞ。我の食料の調達は
「はい、お任せ下さい。ニーズヘッグ様」
『うむ』
ニーズヘッグは膨らんだ腹を揺らし、テーブルの上で体の向きを変える。頭の先でゆらりと空間が揺れた。
また時空の歪みが出現する。正吾は後ろから声をかけた。
「なあ、ニーズヘッグ。眷属になったんだ。ニーズヘッグって呼ぶのもなんだから、呼び方を変えようと思ってんだけど、あんたのこと、なんて呼べばいい?」
『呼び方などなんでもよい。敬意を込めて呼べ』
「敬意を込めてって言われても……じゃあ、親父ってのはどうだ? 家族の意味もあるし、ボス的な意味もあるぞ」
ニーズヘッグは視線を下に落としてしばし考えるが、すぐに目線を上げた。
『よかろう。一族の長という意味だな。今後は『親父』と呼ぶがいい』
それだけ言い残し、ニーズヘッグは黒い裂け目に入って姿を消した。どこでも好きに現れ、好きに消える。便利なスキルだな、と正吾は感心する。
夕食を終え、皿を片付けたエリゼがテーブルを挟んで対面に座る。
「正吾様、この先のことを話しましょう。ここはいずれ魔族の襲撃に遭うでしょう。私たちの国に来ていただければ、仲間も大勢います。正吾様を守れますし、一緒に戦うこともできます。ここに留まるより、遙かに有益だと思います」
語気を強めて話すエリゼ。かなり本気で説得にきている。正吾はどうしたものか、と頭を掻く。
「確かにそのほうがいいかもしれねえが、俺には仕事もあるし、このアパートも放っておく訳にもいかねえ。そんな簡単には決められねえよ。悪いけどな」
「そうですか……正吾様がそうおっしゃるなら、仕方ありません。お気持ちが変わるまで、私はお側に仕えるのみです」
話は終わり、正吾はリビングに布団を敷く。エリゼにはここで寝てもらうしかない。
あまり綺麗とは言い難い予備の布団なので、明日ちゃんとしたのを買いにいこう、と正吾は考えていた。
「今日のところはここで寝てくれ」
「ありがとうございます」
エリゼは甲冑を脱いでいたものの、薄手の服を着ていた。恐らく、ずっと着ている肌着のようなものだろう。
――あれも洗濯しなきゃな。そのためには替えの服を用意しないと。
正吾は明日調達しなきゃいけない物を頭に思い浮かべながら、エリゼに「おやすみ」と声をかけ、寝床に着いた。
◇◇◇
翌日はエリゼに留守番をしてもらい、寝具店や服屋を回った。ほしい物を買い、車の後部座席に積み込む。
食料も買おうと大型のショッピングセンターに入った時、ふと足を止める。
――もし、今、魔族に襲われたら、ここにいる連中も巻き添えを食っちまうよな。やっぱりエリゼの言う通り、向こうの世界に行くべきなんだろうか?
正吾は頭を悩ませるが、再び歩き出した。
――行くにしても準備は必要だ。今はやれることをやるしかねえ。
一通り買い物を終え、正吾は自宅へと戻った。
◇◇◇
「え!? 一緒に来てくれるんですか? 私の国へ!」
「いや、すぐじゃねえぞ! 色々やらなきゃいけねえことがあるし、簡単には決められねえけど……一応、考えてはいる」
エリゼは満面の笑みで正吾の前に駆け寄り、膝をついて正吾の手を取る。
「ありがとうございます! 大変嬉しいです。私は正吾様が準備できるまでお待ちしておりますので、心残りがないよう、しっかりご準備下さい!」
「あ、ああ……ありがとう。そうするよ」
翌日――正吾は自分が働く会社に行くことにした。有給休暇はまだ残っているが、社長に会って話をしなきゃいけない。
長期の休職になるか退職になるか分からないが、黙って途轍もなく遠い国に行く訳にはいかない。
車を出し、務めている建設会社に向かった。
◇◇◇
「おお、八坂じゃないか! 大丈夫か!? 大怪我だったんだろ?」
建設会社『真中組』の真中社長が笑顔で近づいてくる。相変わらずでっぷりしたお腹を揺らし、七三に分けた黒髪がテカテカと光っている。
正吾の肩を叩き、体をマジマジと見てくる。
「もう治ったのか? なんだか元気そうに見えるが」
「ええ、もう大丈夫ですよ。骨にヒビが入ってましたけどね、今は完全にくっついてますから」
正吾は自分の胸をバンバンと叩く。その様子を見て真中は「おお、さすが八坂。体の頑丈さは社員で一番だな」と笑う。
「それで、今日はどうした? まだ休暇中やろ」
「ええ、ちょっと話がありまして……」
真中はなにかを感じたのか、「分かった。会議室に行こう」と開いている部屋に
◇◇◇
同時刻――東京の上空に、三つの黒い点が広がる。点はどんどん大きくなり、空間の裂け目となった。
その中から現れたのは、三体の魔族。
一体は古びたローブを着た老人のような姿。もう一体は三メートルを超す巨漢。頭に大きな角を生やし、体は筋肉の鎧に覆われている。最後の一体は細身の男。
ローブを着た魔族以外は、そのまま道路に落下する。
巨漢の男は路面を粉砕し、細身の男は軽やかに下り立った。道路網は寸断され、辺りはパニックに
車のクラクションが鳴り響く中、巨漢の男はドスン、ドスンと道なりに歩く。
その隣を細身の男が歩き、後ろからは浮遊するローブの老人がついてくる。
『強い魔力を感じる……近くにいるようじゃ』
老人のような魔族が話すと、細身の男も同意するように頷く。
『別の場所にも魔力がありますよ。どちらに向かうのが正解でしょうか』
その言葉に対し、巨漢の魔族が口を開く。
『行くなら、より強い魔力だ。我々の為すべきことを忘れるな』
三人はパニックになる周囲を無視し、目的の地へ向かう。正吾が勤務する建設会社『真中組』へと。
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