第11話

「やりましたね、正吾様! 魔獣はあと二匹です!」

「お、おう……」


 正吾は一日休むことにし、翌日に最後のSRカプセルを開けた。

 出てきたのは『スーパーレア ゴブリンキング』。かなりパワーの強いモンスターではあったが、今の正吾に取っては役不足。一撃のもとに瞬殺し、経験値を得た。


「レベルが1上がったか……これでレベル20。獲得したスキルは【怪力・大】か、これはいいな」


 【怪力】のパッシブスキルも小・中・大が揃った。スキルは統合され、効果が上がる【怪力・極】になった。

 スキルポイントの『10』はSTRに5、TGSに2、AGLに2、RSCに1を振り分けた。

 大剣をヒュンヒュンと軽く振る。腕力が相当上がっていることに、正吾はニンマリと笑みを浮かべる。


「かなり強くなりましたね、正吾様。魔力が上がったのがハッキリ分かります! あとは最後の魔獣だけです!」

「あ、ああ……そうなんだけど」


 嬉しそうに喜ぶエリゼを前に、SSRのカプセルは開けたくないとはなかなか言えない。正吾はリュックの中から最後のカプセルを取り出し、小さく溜息をつく。

 途轍もなく嫌な予感しかしない。

 このSSRと書かれたカプセル。今までのどのカプセルより、異様な雰囲気を漂わせている。正吾の本能が、開けるな。と叫んでいるようだ。

 かと言ってキラキラと目を輝かせるエリゼに、怖いから戦いたくないなどと、情けないことを言う訳にもいかない。 

 正吾はカプセルと剣を持ち、母屋の隣にある倉庫に向かう。

 本当に危なくなったら扉を閉めて逃げる。それしかない、と思い正吾は倉庫の扉の前に立つ。

 後ろにいたエリゼは真剣な眼差しを向けてくる。


「今回は特に危ねえからな。絶対に中に入ってくんなよ!」

「分かりました。ご武運を」


 エリゼに背を向け、倉庫の中に入って扉を閉める。改めてカプセルを見ると、自分の手が震えていることに気づく。

 やはり怖がっている。カプセルに対し、本能が拒否感を示しているのだ。

 正吾は頭を振って雑念を払い、気を取り直してカプセルの蓋を取る。黒く丸い玉が倉庫内を転がり、中ほどで煙を上げる。

 今までよりも、煙の量が多い気がする。

 煙の中、空中に現れたのは大きなシルエット。翼を広げ、尻尾をなびかせ、鎌首を持ち上げる。

 間違いなくドラゴンだ。前に出てきたリヴァイアサンより大きい。全長は50センチはあるか?

 正吾は腰を落とし、大剣を構えた。

 目の前にいるのは黒いドラゴン。悠然と羽ばたきながら、こちらを見つめている。

 正吾は【豪腕】を発動し、【爆炎操作】で剣に炎を灯す。ジリジリと間合いを詰めていくと、嫌な空気が辺りにただよう。


『どこだ、ここは……? 我はなぜこんなところにいる?』

「え!?」


 ドラゴンがしゃべり出した!? 正吾は後ろに下がった。しゃべるモンスター? そんなのがいるのか?

 SSRだから……上位のモンスターには知能があるってことか。

 正吾は剣を引き、一気に駆け出した。こいつは危険だ。すぐに倒さないと!

 剣が当たる刹那――ドラゴンはチラリと正吾を見た。


『なんだ? この虫けらは』


 剣がなにかにぶつかってドラゴンに届かない。炎が爆発し、正吾は吹っ飛ばされて扉の近くまで転がってしまう。

 すぐに上体を起こして前を見る。ドラゴンはまったく動いていなかった。

 粉塵が舞う中、ドラゴンが透明な球体に囲まれていることが分かる。


 ――バリア!? 自分の身を守る壁のようなものが作れるのか?


 正吾はふと床に落ちている紙を見た。そこにモンスターの名が書かれている。


『ダブルスーパーレア 竜王ニーズヘッグ』


 ニーズヘッグは鎌首を持ち上げ、口から熱線を吐き出す。正吾が死に物狂いでかわすと、熱線は鉄の扉を突き破った。

 それを見た正吾は、ゴクリと生唾を飲み込む。


 ――こいつは違う! 今までのモンスターとは次元が違う!!


 正吾が振り返ると、ニーズヘッグはまた鎌首を持ち上げていた。熱線がくる。正吾は慌てて逃げ出し、扉の外に出た。

 扉を閉め、エリゼに向かって「逃げろ!」と叫ぶ。

 走り出した瞬間、背後の扉が爆発した。正吾は吹っ飛び、地面をゴロゴロと転がる。熱線ではない!? 爆発するような火炎も吐き出せるのか? 

 倉庫は炎に包まれ、燃え上がる。


「あ……がっ……」


 なんとか立ち上がり、剣を持ったまま後ろを振り返る。漆黒のドラゴンは、倉庫の外に出ていた。悠然と空に浮かび、こちらを見下ろしている。

 途轍もないプレッシャーを感じる。

 殺される。このモンスターは、襲ってきた怪物男より遙かに強い。

 今の自分が相手にするような存在じゃないんだ。


「正吾様!」


 エリゼが不安そうに声をかけてきた。まだ、逃げていなかったのか、と正吾は唇を噛む。このままでは二人とも殺されてしまう。

 どうすれば――


『我に剣を向けてくる愚か者がいるとは……己の分を教えてやろう』


 ニーズへッグはまた鎌首を持ち上げた。熱線か爆発的な火炎がくる。

 正吾は両膝をつき、大剣を地面に置いた。


「ちょっと待った!!」

『うん?』


 ドラゴンは口に炎を溜めるのをやめ、顔をこちらに向けてきた。会話ができるなら、わざわざ戦う必要はない。

 正吾は恥も外聞もなく懇願する。


「話し合おう! 戦うのはやめだ。話し合って問題を解決しようぜ」


 自分でもなにを言っているのか分からなかったが、まともに戦えば確実に殺される。ここはなんとか穏便に済ませないと。


「正吾様、これはどういう……」

「エリゼも剣を置け! 絶対に戦うな」

「わ、分かりました」


 エリゼは鞘に収めた剣を腰から取り外し、地面に置いた。二人で戦う意思がないことを示す。

 ニーズヘッグをそんな二人を交互に見て、どうすべきか迷っているようだ。


『ふむ、戦う気はないか。しかし、貴様が襲ってきたのは事実。話し合う余地などないように思えるがな』


 重々しく聞こえる声に、正吾は思わず息を飲んだ。言葉を間違えれば、一瞬で殺されてしまう。

 ここは慎重に答えなければ。


「ニーズヘッグ! 俺もビックリしたんだ。あんたが突然現れたから、敵だと思って攻撃しちまった。それは悪いと思ってるが、あんただと知ってたら攻撃なんてしてねえよ」


 黒いドラゴンは正吾をジッと見つめ、『ふむ』と視線を外す。


『つまり、我と戦う気はなかったと、そういいたいのか?』

「そ、そうだ。戦う気なんてねえ! 俺じゃアンタに勝てねえからな」

『賢明な判断だ。では、なにゆえこのような状況になったのか、説明しろ人間。その間は生きることを許してやろう』


 正吾とエリゼは顔を見交わし、取りあえず直近の危機を回避したことに安堵する。


 ◇◇◇


 正吾とニーズヘッグは、母屋の居間で向かい合っていた。正吾は座布団の上に正座し、ドラゴンは対面にあるテーブルの端に座っていた。

 お茶を持ったエリゼが、いそいそとやってくる。


「粗茶でございます」

『うむ』


 ニーズへッグの前に湯飲みに入ったお茶を置き、エリゼは一礼して下がった。

 ドラゴンは湯飲みの中に顔を突っ込み、お茶を飲む。まったく見たことのない光景に、正吾はどうしていいか分からず、ただ見つめていた。


『それで小僧。お前を生かして、我になんの得がある? 答によっては助けてやらんこともない』

「あ~そうだな……」


 正吾は返答に困り、頭をボリボリと掻く。 どんな得があるかと聞かれても、すぐには思いつかない。正吾は腕を組み、う~んと唸り声を上げる。


『ないなら殺すまで』

「ある! あるあるある! ちょっと待ってくれ!」


 正吾は頭を捻る。なんとかしないと本当に殺される。このモンスターはそれだけの力がある。


「そうだ! あんたの食事とか、俺が用意するよ。家に一緒に住んでもいい。この家でもいいし、俺が住んでるアパートでもいいぞ! それでどうだ?」


 ニーズヘッグは『ううむ』と唸りながら考えているようだ。湯飲みのお茶をすすり、喉を潤したあと、天井を見上げる。


『確かに、従者は必要かもしれん。なぜこんな世界に来たのか分からんうえ、体が小さくなった理由も分からん。調べるためにはお前は役に立つかも……』

「そうそう! 俺は絶対役に立つ。信用してくれ」


 ごり押しでなんとかいけそうだ。正吾がそう思った時、ニーズヘッグがローテーブルの上を歩いてくる。


『名はなんと言う』

「え? 八坂正吾だ」


 目の前まで来たニーズヘッグは、正吾の顔をマジマジと見上げる。


『八坂よ。我の力になると言うのなら、我の眷属になるのだ』

「眷属? なんだそりゃ」


 正吾は怪訝な顔でドラゴンを見下ろす。


『眷属とは我の従者となり、一族の仲間になるということ。かつては多くの竜が我が眷属として仕えていたが、今はその繋がりを感じることができない。新たなる眷属が必要だ』

「まあ、仲間になれってんなら、別に断る理由もねえし。いいぜ、ニーズへッグ。あんたの眷属になる」


 正吾はこれで助かる。とあまり深く考えずに答えた。ニーズへッグは『分かった』と返し、天井を見上げた。

 なにかぶつぶつ唱えると、畳の上に"光の陣"が現れる。

 

「なんだ、こりゃ!?」

 

 複雑な紋様が書かれた光の陣。その上に座る正吾はどうしていいか分からず、キョロキョロと辺りを見回す。ここにいていいのか? 三十秒ほどすると光は弱まり、徐々に"陣"は消えていった。


『八坂よ。これで契約は終了した。お前は今日より我が眷属。従者として励むのだぞ』

「は、はあ……」


 よく分からないが、取りあえず助かったようだ。正吾はホッとし、胸を撫で下ろす。

 その時、居間の端に置かれていたガチャBOXから軽快な音が鳴る。レベルアップはしてないはずなのに、なんで鳴ったんだ? と正吾は不思議に思った。

 ニーズへッグは正吾に興味をなくし、のそのそとローテーブルの上を歩き、また湯飲みに顔を入れてお茶を飲んでいる。

 正吾は立ち上がり、ガチャBOXの元まで行く。

 液晶画面を覗き込むと、なにかが書かれていた。


『八坂正吾は【竜王ニーズヘッグ】の眷属となりました。以後、獲得する経験値の20%が自動的にニーズヘッグに入ります』


 正吾は眉間にしわを寄せ、文章に視線を走らせる。


「眷属になったら経験値の一部を持っていかれるのか。まあ、ガチャのカプセルもほとんど使ったからな。あんまり関係ないか」


 液晶画面にはまだ続きがあるようだった。正吾は画面をタップし、別の画面を表示する。


『眷属になったことにより、スキル【竜気解放】を覚えました』


「【竜気解放】? 倒してもないのにスキルが使えるようになったのか?」


 正吾は【竜気解放】の文字をタップしてみる。スキルの内容が表示された。


『竜気解放――MPを50を消費することにより、五分間、STR、TGS、AGL、RSCの四つのステータスを100%上昇させます』

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