第20話
正吾は剣を引き、二度前方を斬りつける。炎を纏った【空牙】が二体のオークを斬り裂き、爆発して地に沈める。
残ったオークは怒り狂ったように向かってきた。正吾は踵を返し、背を向けて走り出す。オークたちはこぞって追いかけてきた。
――よしよし、そのままついてこい!
オークの群れを、村はずれの木に誘導する。あそこにはエリゼが待機している。
「エリゼ! 援護を頼む!!」
「はい!」
木の陰から飛び出したエリゼは、剣を軽やかに何度も振る。正吾が横っ飛びでかわすと、発生した"風の刃"が三体のオークに直撃した。
絶叫したオークたちは、顔や腹を押さえてうずくまる。
態勢を立て直した正吾は剣を構え、そのまま突っ込む。戸惑っているオークの腹に剣を突き刺した。
「ぶううううううっ!!」
オークは叫びながら後ろに下がる。正吾は剣を抜き、左足で思い切り蹴り飛ばす。
転倒したオークは、悶えたあと動かなくなった。正吾とエリゼは同時に動き出す。エリゼは風の魔法を使い、オークたちを翻弄する。
正吾は混乱するオークの合間を抜けて、敵の首を斬り裂く。
「まだまだ!!」
炎を灯した大剣が、オークの肩口を斬りつける。傷口が燃え上がり、爆発してオークを絶命させた。
エリゼも負けていない。鮮やかに薙いだ細身の剣が、オークの首を断つ。返す剣でもう一体のオークを斬りつけた。
さらに風を纏った剣で斬り、五メートル以上吹っ飛ばす。
目の前の敵を倒したエリゼは正吾を援護するため、いくつもの"風の刃"を生み出した。風の刃に斬りつけられ、防御態勢を取ったオークたち。
正吾はその隙を見逃さず、容赦なく大剣を叩き込む。
手前にいたオークの頭を割り、後ろにいたオークの腹を斬りつけた。【雷撃操作】のスキルを使い雷撃を流す。オークは絶叫し、煙を上げて後ろに倒れる。
三体目のオークが怯んだ瞬間――正吾は剣の切っ先を相手に向け、そのまま突っ込む。
「おおおおおおおおおおおおお!!」
剣は相手の腹に突き刺さり、貫通する。電流を注ぎ込み、体当たりして転倒させた。悶え苦しむオークから剣を引き抜き、最後のオークに剣を向け、キッと睨んだ。
一番後ろにいたオーク。他の個体より一回りほど大きい。こいつがボスか。
「エリゼ! 俺が先行するから、援護を頼む」
「分かりました!」
オークは一際大きい棍棒を構えつつ、ジリ、ジリ、と後退する。正吾は逃がすまいと前に出た。
走ってくる正吾に対し、オークは棍棒を引き、横に薙いだ。当たればただでは済まないだろう。
だが、正吾に当てるにはスピードが遅すぎた。
正吾は【跳躍】のスキルで飛び上がり、楽々相手の攻撃をかわす。オークは驚いて空を見上げるが、正吾の後ろにいたエリゼはその隙に剣を振るう。
「はあっ!」
オークの顔や胸に"風の刃"が当たり、肉を引き裂いて血が飛び散る。オークはフラついて後ろに下がった。
だが、そこには着地した正吾がいる。
「おらあっ!!」
振り抜いた剣がオークの顔を斬る。大量の血が噴き出し、オークは悲鳴を上げた。追撃するため剣を引いた正吾は、地面を蹴って一気に突っ込む。
オークの喉に剣を突き刺し、そのまま引き抜いた。
喉を押さえていたオークは両膝を折り、うつ伏せに倒れる。まったく動かなくなったのを確認し、正吾とエリゼは剣を収めた。
「取りあえず倒せたな。思ったより多かったんで焦ったけど」
「そうですね。でも、正吾様は二十体のオークを簡単に倒しました。本当に強くなってると思います」
「エリゼに助けてもらったからだ。俺だけじゃ、もっと時間がかかってるよ」
正吾は苦笑しつつ、大きなオークの前でしゃがみ込む。
「こいつら、メダル持ってねえかな。ガチャに入るか試してみたいんだが……」
正吾がオークが身につける革鎧や衣服をまさぐっていると、エリゼが頭を振る。
「残念ですが、その程度の個体では、メダルは持っていないでしょう」
「え? そうなのか?」
「はい。メダルを持つのは、魔族の中でも高位の存在。かなり強い魔族しか持っていないんです」
「てことは、メダルって魔族にとっての勲章みたいなもんなのかな」
「そうかもしれません。もっとも、詳しいことはよく分かっていませんが」
正吾は苦々しい顔になった。だとすると、魔族のメダルは簡単に手に入らない。
ガチャを回すのはかなり先になりそうだ。正吾が顔を上げると、集落の一角に倒れている死体が目に入る。
エリゼと供に見に行くと、若い二十代くらいの男性だった。無残にも腕が引きちぎられている。恐らくオークに食われたんだろう。
家の中なども覗くが、やはり死体しか見つからない。
集落にいた人間は全員殺されていた。男も女も、子供も老人も関係ない。等しく殺され、
「ガランドの端にある集落や町では、このような被害が広がっています。私も魔導騎士団の遠征で村々を回ったことがありますが、同じような光景が広がっていました」
「そうか」
国が酷いことになっているとエリゼから聞いていた。ぼんやりと想像することしかできなかったが、実際にこの目で見ると吐き気がするほど
異世界の出来事とはいえ、こんな惨状を放っておくことはできない。
「正吾様、ここに留まるのは危険かもしれません」
「ん? なんでだ?」
「オークの群れがこれだけとは思えません。オーク族は数百から、多ければ数千の数で行動します。ここにいたのは、群れの一部に過ぎないはずです」
正吾は辺りを見回し、頭をガシガシと掻く。
「じゃあ、ここの死体を埋葬することもできねえな。このままにしておくのは、ちょっと気が引けるが……」
「仕方ありません。王都に戻ることができれば、この状況を報告することができます。そうなれば、死体を埋葬するための人員を送ることもできるでしょう」
正吾はエリゼの話に納得し、集落を離れることにした。
近くの丘に上がった正吾は後ろを振り返り、集落に目を移す。こんな酷い光景はもう見たくない。
自分がこの世界に来た意味を、正吾は改めて噛みしめた。
◇◇◇
正吾たちが戦っていた集落から十キロほど離れた場所。木々が立ち並ぶ森の奥に、オークの集団があった。
その一角に、岩を背にし、あぐらをかいて酒を
周りのオークたちは人の村から奪い取った食料や、人間の体の一部を喰らっている。どのオークも笑い合い、楽しそうに鳴き声を上げていた。
そんな集団に、馬に乗ったオークが近づいてくる。馬から飛び降りたオークは、慌てた様子で大柄のオークに駆け寄る。
「あぶぅ、あぐぐぅうう!」
ほとんど唸り声にしか聞こえない言葉に、大柄のオークは反応する。
「なに……仲間が死んでるだと? 本当なのか?」
報告しにきたオークは唸り声を上げながら、ブンブンと大きく頷く。大柄のオークは酒を入れていた杯を投げ捨て、ゆっくりと立ち上がった。
岩に立てかけてあった巨大な斧に手を伸ばす。
「どうやら敵が現れたようだ。どうせ調子に乗った人間だろう。我らに牙を剥けばどうなるか、教えてやらねばなるまい。行くぞ同胞たち!!」
オークキングの言葉に、仲間たちは雄叫びを上げる。
木に繋いでいた馬に乗り、手綱を引く。馬はいななき、歩み始めた。
百を超える群れを率い、オークキングは同胞を殺した敵――正吾たちの元へと向かった。
◇◇◇
一日中歩き続けた正吾とエリゼだったが、人里に辿り着くことはできなかった。
すっかり日は沈み、夜の
「すげえな。俺のいた世界じゃ、こんなに綺麗に星は見えねえぞ」
「そうですね。確かに綺麗ですが、私は見慣れているので、それほど驚きはしません」
「まあ、そりゃそうか」
正吾たちは歩くのをやめ、野営することにした。もっとも、一夜を過ごす準備などなく、地べたに直で寝るしかないが。
正吾とエリザは大きな岩を見つけ、その側で腰を下ろした。
「私が見張りに立ちます。正吾様はお休み下さい」
「エリゼも休まねえと。交代で見張りをしようぜ」
「ですが……」
強めに言わないとエリゼは納得しないと思った正吾は、「最初は俺が見張りをする」と強引に決めた。
エリゼは渋々納得し、「では、少しだけ」と大岩の
布団も毛布もない状況だ。まともに眠れはしないだろうが、体を休めるだけでもしておかないと。
正吾は大岩に背を預け、体育座りの格好で空を見上げる。
天の川をより美しくしたような、星々の川が広がっていた。本当に綺麗だ、と目を細め、頭を空っぽにして眺める。
こんな綺麗な星の下で、血で血を洗う戦いが繰り広げられている。
それは自分が住む世界でも同じだ。
正吾はなんとも言えない気持ちで空を眺め続けた。それから数十分経った頃、違和感を覚えて地上に目を戻す。
感じる。ピリピリと肌を刺すようなプレッシャー。間違いなく敵の気配だ。
「正吾様」
「エリゼも気づいたか。どんどん近づいてきてるな」
「はい、私もそう思います。恐らく、先ほど殺したオークの群れではないでしょうか?」
正吾は黙ったまま頷き、傍らに置いてあった剣を掴む。立ち上がって数歩歩き、周囲を見渡す。
正面からだ。かなりの数が向かってきている。少しづつ地響きが聞こえてきた。
暗くて視認できないが、もう近くまできている。すぐにでも逃げるべきか? しかし、相手が迫ってくるスピードは思いのほか速い。
「オークは足が遅いはずなのに……馬にでも乗ってんのか?」
正吾の予想は当たっていた。最初に現れたオークは馬に乗っていた。次々に現れるオークも騎乗している。
その数は十騎。恐らく騎馬に乗ったオークだけが先行してきたのだろう。
正吾は先頭にいるオークに目を留めた。
大きな斧を肩に乗せ、屈強な体つきをしている。他のオークとは、明らかに雰囲気が違っていた。
「こいつは……強そうだな」
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