第13話

「そうか……長期で日本を離れるのか。理由は教えてくれないのか?」

「すいません、社長。一身上の都合としか、今は言えません」


 会議室。テーブルを挟んで向かい合う真中に、正吾は真剣な眼差しを向ける。世話になっている職場の社長だ。

 嘘もいいかげんなことも言いたくない。

 

「八坂は現場監督としてバリバリ働いてくれていたからな。正直、失うのは痛いよ」

「申し訳ない、社長。勝手なことを言って」

 

 真中はふぅーと息を吐き、正吾の目を見た。


「分かった。取りあえず休職扱いにしておこう。働けるようになったら、また戻ってくればいい」

「いいんですか? 社長」

「構わんさ。今は人で不足で、八坂ほど経験のある人材はなかなか入らないからな。まあ、気長に待つさ」


 はっはっはと笑みを零す社長に、正吾は感謝しかなかった。


「ありがとうございます、社長」


 深々と頭を下げ、正吾は席を立った。会社にいた同僚にも挨拶し、休職することを告げる。

 仲の良かった連中からは、なんで休職するんだ。と聞かれたが、言葉を濁した。

 詳しく説明するのは、さすがに無理だ。

 一通り挨拶を済ませ、会社を出ようとした時、どこからともなく衝撃音が聞こえてきた。


「ん? なんだ?」


 正吾は眉をひそめ、会社の入口に向かって走る。外に出ると、異様な光景が目に飛び込んできた。

 会社の門扉が打ち破られ、地面に転がっている。

 その前を歩く、三つの人影。一人は空中に浮いている。正吾はそれが何者かすぐに検討がついた。


「あいつらが魔族の襲撃者か!!」


 後ろから、慌てて真中が走ってくる。


「ど、どうした!? なにがあったんだ?」

「社長! すぐに逃げてくれ、あいつらは危険すぎる!」

「え!? それはどういう……」


 社長が訝しんだ時、ローブを着た魔族が杖を振り、光る玉を放った。正吾は咄嗟に社長の襟首を掴み、横に飛ぶ。

 建物が爆発し、玄関口が木っ端微塵に破壊される。

 床に突っ伏した正吾は顔を上げ、辺りを見回した。至るところで火の手が上がっているが、幸い、怪我人はいないようだ。


「おい! 社長を連れて逃げろ。俺があいつらを抑えておく!」


 仕事仲間にそう言い残し、正吾は飛び出した。社員たちは困惑していたが、ここにいては危険だとすぐに理解する。

 全員で協力して気を失っている社長に肩を貸し、その場を離れた。

 正吾は避難する社員を一瞥いちべつし、三人の魔族に向かって走る。


 ――武器はない。この状態で戦えるか? いや、やるしかないんだ! 


 正吾が近づいた時、真ん中にいた大柄の魔族が右手を上に上げる。背後の空間が裂け、

 巨漢の魔族が柄をガチりと掴むと、空間の裂け目から剣を引き抜く。

 怪物男が持っていた大剣より、長く、幅も広い剣。とんでもないデカさだ。その剣を思い切り振ってきた。

 切っ先が地面に衝突。コンクリートが割れ、正吾の目の前まで亀裂が走る。


「くっ! こいつ」


 正吾は飛び退き、亀裂に落ちるのを避けた。だが、すぐ横に細い剣を持った魔族が迫ってきた。人間のような白い衣服を着た男。髪は青く、肌は浅黒い。

 いつの間にか距離を詰められていた。

 振るわれた細い剣をなんとかかわし、正吾は態勢を立て直す。

 しかし、魔族の攻撃は終わらない。ローブを羽織った魔族は杖をかざし、火の玉を放ってくる。一つではなく三発同時に。

 正吾は全てかわすことができず、足元に着弾した"火球"の爆発によって吹っ飛ばされてしまう。


「がっ……くそ」


 とんでもない火力だ。

 倒れた正吾はなんとか起き上がり、三体の魔族を睨み付ける。間違いなく、以前戦った怪物男より強い。

 せめて武器があったら……そう思った時、離れた場所から声が聞こえてくる。


「正吾様!!」


 門の向こうから現れたのは、甲冑を着込んだエリゼだ。剣を抜き、こちらに向かい走ってくる。


「どうしてここに来たんだ!?」

「強い魔力を感じて……急ぎ駆けつけました。正吾様、援護します!」


 エリゼが来てくれたのは心強い。武器はないが、なんとかするしかない。

 正吾は覚悟を決め、三体の魔族と向かい合う。


「やるっきゃねえな。あいつらをぶちのめすから、力を貸してくれ!」

「はい!!」


 エリゼは持っていた剣を正眼に構える。正吾も拳を構えた。武器はなくとも、ぶん殴って倒すしかない。

 対面にいる魔族は一様に正吾を見ている。本当に俺を殺しにきたようだ。と正吾は顔をしかめた。

 最初に動いたのは線の細い魔族。凄まじい速さで地面を駆け、剣を下段に構えて突っ込んでくる。

 応じたのはエリゼだ。剣を脇に構え、走り出した。

 魔族とエリゼの剣がぶつかり合う。


「ここは私が!」

「お、おう」


 互いに振るった剣が衝撃音を鳴らし、会社の敷地内をところ狭しと走り回る。エリゼは剣や体に強力な"風"を纏い、魔族が振るう攻撃を跳ね返している。


 ――凄え! 俺と戦った時は、手を抜いてたってことか!? あれがエリゼの本気か? それとも……。


 エリゼの顔が不自然に歪む。かなり無理をしているのかもしれない。すぐに助けに行かないと――


『よそ見とは、いい度胸だな』


 振り返ると、大柄な魔族がすぐ後ろにいた。三メートルはあろう体躯。額からは二本の太い角が伸び、皮膚は赤みがかっている。

 めちゃくちゃ強そうだな、と正吾はたじろぎ、思わず後ろに下がった。

 巨漢の魔族は大剣を振り上げ、全力で振り下ろしてくる。


「うおっ!!」


 正吾は飛び上がってかわす。足元のコンクリートが粉々に砕け散る。

 後ろに着地した正吾が顔を上げると、巨漢の魔族は目の前にいた。恐ろしい速さで踏み込んできたのだ。

 大振りの大剣ならかわせる、と思っていた正吾だが、魔族は剣ではなく丸太のように太い腕を振るってきた。

 これは避けられない。正吾は腕をクロスに構え、防御姿勢を取る。

 だが、魔族の腕が当たった瞬間――あまりの衝撃で吹っ飛ばされる。

 二十メートル以上転がり、社屋にぶち当たった。

 壁を突き破り、部屋の中にある机に衝突する。「がはっ」と口から血を吐き出し、正吾は顔を歪めた。

 とんでもない力だ。なんとか立ち上がって外を見ると、今度は無数の火球が飛んできた。二十個以上はある火球の雨、正吾は顔が引きつるのを感じた。

 これは避けられない――

 咄嗟に【石化防御】を発動した。これで耐え切るしかない。着弾した火球は次々と爆発、社屋を派手に吹き飛ばす。

 粉塵が舞い、煙に覆われた建物内で、正吾は仁王立ちしていた。

 体を覆っていた石の鎧はボロボロと崩れ落ち、ほとんど剥がれている。

 だが、ダメージは通っていない。防御は間に合ったのだ。

 巨漢の魔族とローブを着た魔族がこちらに歩いてくる。

 二体とも恐ろしく強い。分かってはいたが、現実を突きつけられると、どうしても動揺してしまう。


 ――エリゼも長くはもたないだろう。早く決着をつけないと!


 正吾はスキル【豪腕】を発動、【疾走】も使って一気に駆ける。巨漢の魔族が大剣を振り上げるが、動きは大きく、隙がある。

 正吾は相手の腹に、正拳突きを叩き込んだ。渾身の一撃。

 巨漢の魔族はわずかによろめき、後ろに下がった。

 さらに攻撃をつなげる。左の下段蹴りを入れ、そのまま足を踏み込み、右の正拳突きを撃ち込む。手応えはあった。


「どうだ!!」


 正吾が見上げると、巨漢の魔族は何事もなかったかのように見下ろしてくる。


『それで終わりか? 人間』


 ゾクッと背筋に悪寒が走る。魔族は大剣を振るってきた。

 正吾はギリギリでかわすが、地面が爆発的に弾け、その衝撃で後ろに飛ばされてしまう。

 態勢を立て直そうとした刹那――ローブを着た魔族が火球を放ってくる。

 正吾の前で何度も爆発し、凄まじい炎が渦巻く。


「がああああああああああっ!」


 炎に巻かれた正吾は命からがら後ろに飛び、地面に転がって体に移った火を消そうとする。なんとか消えたが、体にダメージは入ってしまった。

 顔を歪めながら立ち上がり、二体の魔族を睨む。

 

 ――どっちかだけならなんとかなるかもしれねえが、両方を相手にするのは無理だ。このままじゃ殺される!


 正吾が絶望的な気分になった時、背後から気配を感じた。ハッとして振り返るが、誰もいない。

 戸惑って周囲を見渡すと、低い声が聞こえてきた。


『なんだ、騒々しい。我の眠りを妨げるのは誰だ?』


 再び後ろを振り向くと、空間が裂け、黒い亀裂が広がっていく。

 中から出てきたのは黒く禍々まがまがしいドラゴン。ニーズヘッグは不機嫌そうな表情で、羽ばたきながら出てきた。


「親父!」

『八坂よ。どうした? そんなボロボロになって……』


 ニーズヘッグは二体の魔族に目を向ける。魔族を交互に見つめると、ふぅーと息を吐いた。


『なんだ、あの者たちと戦っていたのか? それでその姿とは情けない。我が眷属にして、力まで授けてやったのに……』


 黒い竜はフルフルと頭を振り、顔を上げて魔族を睨み付ける。


『なぜ、我が眷属を襲うのかは知らんが、今、帰るなら見逃してやってもいいぞ』


 ニーズヘッグの言葉に、巨漢の魔族は鼻を鳴らす。


『なにを言ってるんだ。この小さな魔獣は? 己の矮小わいしょうさを分かっていないようだな』


 魔族は大剣を肩に乗せ、ゆっくりと向かってくる。正吾は腰を落とし、両拳を構えた。親父が出てきたところで、代わりに戦ってくれる訳じゃない。

 結局、自分が戦うしかないんだ。と正吾は臨戦態勢に入る。


『我が矮小だと?』


 怒気を含んだ声色。正吾が隣を見ると、ニーズヘッグから恐ろしいほどの殺意が漏れ出ていた。


「お、親父?」


 ガチャから出てくるモンスターは、全て正吾に向かってきた。それ以外の人を襲うことは一度もなかったし、そういうものだと思っていた。だが、違うのか?

 ニーズヘッグは体から莫大な魔力を放出し、鎌首を大きく持ち上げる。

 ニヤける巨躯の魔族に向かい、口から強烈な熱線を放った。

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