第23話

 翌朝――ブランの誘いを受け、正吾とエリゼは城壁の上にいた。

 かなりの高さがある場所で、遠くの平原まで見渡すことができる。


「いい眺めだな。もっとも、あの目障りな集団がいなければの話だけど……」


 正吾は手でひさしを作り、遠くの丘を見る。そこには魔族の軍勢がひしめいていた。一万という数が大袈裟でないことが分かる。


「あの軍勢は、早々に襲ってくるかもしれません。我々が想定したより遙かに早く、魔族は準備を整えたようです」


 ブランが苦々しい表情でつぶやく。

 今、城壁の上にいるのは正吾とエリゼ、ブランと腹心の部下の二名。計五人で平原を眺めていた。

 予定より状況が悪化し、ブランは改めて正吾とエリゼに意見を求める。


「本当に、助力していただけますか? エリゼ殿。今なら相手に気づかれないよう、二人を逃がすこともできますが……」


 ブランいわく、馬車のように目立ったものでなければ、街の外へ続く通路を進めるらしい。逃げるだけなら可能なようだ。


「正吾様、どうしたしますか?」


 エリゼは遠慮気味に聞いてくる。エリゼなりに気をつかっているのだろう。

 確かに、正吾には直接関係のない戦いだ。それでも――と正吾は思う。


「乗りかかった船だ。ここで見捨てて行くのは気が引けるしな。やれるだけ、全力でやってやろうぜ!」

「はい!」


 エリゼは明るい声で答える。やはり仲間を見捨てたくはないのだろう。


「かたじけない。正吾殿、エリゼ殿、この恩は一生忘れませんぞ!」


 深々と頭を下げるブランに、正吾は「任せとけって」と声をかける。ブランは戦闘準備のため城壁を下りていった。

 正吾とエリゼは、改めて平原を見渡す。


「とはいえ……こんな大規模な軍勢に、俺たちがどれだけ役に立つか」

「そうですね。こちらが1500人、あちらが一万ですから……私たちが百、二百の魔族を倒しても、焼け石に水にしかなりません」


 エリゼは冷静に状況を分析する。正吾も同じように思った。

 作戦を練ったとしても、なんとかなる戦力差には見えない。正吾は腕を組み、眉間にしわを寄せて唸り声を上げる。

 その時、後ろから声が聞こえた。


『ほお、かなりの数が集まっているな』

「わあっ! ビックリした! やめろって、親父。突然現れるの!」


 正吾とエリゼの後ろに、ニーズヘッグがぷかぷかと浮かんでいた。音もなく忍び寄るのはやめてほしい。

 正吾の苦情も気にすることなく、ニーズへッグはおもしろそうに丘の上を眺めていた。

 

『今度はあの者たちと戦うのか』

「ああ、そうだよ親父。成り行きでそうなっちまった。あいつらをぶちのめさねえと、目的の場所まで行けねえようだ」

『楽しそうではないか。まあ、がんばれ。我は応援しておるぞ』

「手伝ってくれねえのか!?」

『八坂よ。あれはお前の敵であろう。ならば自分で戦わねば意味がない』

「まあ、そりゃそうなんだけど……」


 意気消沈した正吾だったが、あることを思いついて顔を上げる。


「そうだ! 親父、エリゼを眷属にってできねえのか!?」


 突然の提案に、エリゼが驚いた表情を浮かべる。


「正吾様……私が、ニーズヘッグ様の眷属になるのですか?」

「いや、だってよ。親父の眷属になれば【竜気解放】のスキルが使えるようになるんだぜ。この戦いではめちゃくちゃ役に立つぞ!」

「それは……確かに」

「親父、どうだ? 可能なのか?」


 正吾に問われたニーズヘッグは『うむ』としばし考え込む。


『我が眷属になれば、【竜気解放】のスキルは使えるようになる。その女は魔力も高そうだ。問題はなかろう。しかし、よいのか? 我が眷属になるということは、人間のことわりから外れるということ。其方そなたはそれでも構わぬか?』


 ニーズヘッグに問われ、エリゼは真剣に顔になる。


「いや、親父……その話、俺の時もしてくれよ」


 正吾は不満気に言ったが、ニーズヘッグは無視してエリゼの回答を待つ。


「構いません! この危機を脱する力をいただけるなら、私はニーズヘッグ様の眷属となります!」


 力強く言ったエリゼに対し、ニーズヘッグは『ふむ』と満足そうに頷く。


『分かった。では契約を結ぼうぞ! その場で動かず、意識を集中せよ』


 すぐに変化が起きる。エリゼの足元に丸い光の陣が現れる。光がエリゼの全身を包み込み、しばらくすると消えてしまった。

 正吾が受けた儀式とまったく同じだ。


『これで契約は成った。今より其方は我の眷属だ。誇り高く敵と戦うがよい』

「はい! ありがとうございます!!」

 

 エリゼは自分の両手を見つめている。本当にスキルが使えるようになったようだ。

 

「これで、少しは戦えるかもしれねえな」


 エリゼが「そうですね。がんばります!」と答える。

 それでも相手は一万の軍勢だ。簡単にはいかねえだろうな、と正吾が思った時――ぞわりと背中に悪寒が走った。

 バッと振り返ると、そこにはフードを被った小さな人影がある。魔王サタンだ。


「ビックリするな! 親父みたいに驚かせるなって!!」


 文句を言う正吾に対し、サタンは『普通に出てきただけだ』と冷静に返す。


『八坂……貴様、新しい魔獣を倒したな』

「あ、ああ、倒したけど……」


 正吾が肯定するやいなや、サタンは手の平を向けてきた。


『ダークソウル』


 サタンの手から黒い霧が溢れ、正吾の体を覆っていく。すると、三つの透明な玉が正吾の体から抜けていき、サタンの周囲に集まる。


『フフ……悪くないな。やはり、お前はいい魔獣の魂を引き寄せるようだ』


 ご満悦のサタンの前に、三体のモンスターが形を成す。【アイアンゴーレム】に【クラーケン】、【べヒーモス】だ。

 やはり、全身にモヤがかかったようにボヤけている。

 実態というより、幽体なのだろうか?


『これで配下となった魔獣は七体か……そろそろどこかで力を試したいが……ん?』


 サタンは遙か先の丘に目を向ける。


『おお、丁度良いところに雑魚が並んでいるではないか。私の配下たちの腕試しくらいにはなるだろう』


 正吾は「え!?」と振り返る。サタンが見ているのは、丘に集まった一万の魔族だ。


「まさか、サタン。あんた、あの魔族と戦ってくれるのか!?」

『私が戦うのではない。配下の力を試すだけだ』

「いや、どっちでもいいよ! 戦ってくれるならありがたい。あそこにいる魔族の数をなるべく減らしてくれ!」

『私は誰の言うことも聞かん。私がやりたいようにやるだけだ』

「ああ、それで充分だ。親父はどうする? サタンはやる気満々みたいだけど……」


 正吾が尋ねると、ニーズヘッグは不機嫌そうな声を漏らす。


『ふんっ! こやつと張り合う気はないが、ただ見ているだけというのもつまらん。我が真の強者は誰かということを教えてやろう』


 正吾とエリゼは顔を見交わす。この危機を突破する可能性が、今、ハッキリと見えてきた。


 ◇◇◇


 エリゼはブランと話をし、まず正吾たちが先行して魔族と戦うと告げる。

 ブランは懸念を示したが、エリゼが強く押したため渋々承諾した。決戦は相手が攻めてきた瞬間、サタンとニーズヘッグが前に出て、そのあとに正吾とエリゼが追随することで合意する。

 城壁の上に二体のモンスターを残し、正吾たちは門の内側で待機した。


「本当に大丈夫ですか、エリゼ殿。あの軍勢に二人で立ち向かうなど、自殺行為にも等しいですぞ」


 後ろに控えていたブランが心配そうに聞いてくる。正吾は「大丈夫っすよ。俺たち二人だけじゃないんで」と軽く答えるが、到底納得はしていない。

 それから数時間――決戦の時はいきなり訪れる。

 正午過ぎに魔族の先鋒が動き始めた。正吾とエリゼは門の外に出て状況を確認する。

 雪崩れ込んでくるのは二千ほどの魔族。軍勢の五分の一とはいえ、丘から猛スピードで下ってくる集団は迫力だけで圧倒される。

 正吾は城壁を見上げる。サタンとニーズヘッグが空に飛び立っていた。


 ――始まる。あの二人が本気になったら、どんな戦いになっちまうんだ!?


 正吾はゴクリと喉を鳴らし、最強のモンスターの動向を注視した。


 ◇◇◇


 城壁の上、サタンは平原を見下ろしていた。向かってくる魔族は二千ほどか。大した数ではないが、こちらの配下はまだまだ少ない。


『さて、どれくらい戦えるか……』


 サタンを両手を前にかざす。周囲に七つの玉が現れ、ゆっくりと平地に落ちていく。

 地面についた玉は弾け、中から小さな魔獣が出現する。サタンは手の平を魔獣に向けた。黒い魔力が揺蕩たゆたい、小さな魔獣に流れ込んでいく。

 すると、すぐに変化が起きた。

 魔獣たちは体を震わせ、それぞれ大声を上げる。小さかった魔獣がどんどん大きくなり、

 暗黒騎士は人間大となり、宙に浮いたリヴァイアサンは三十メートル以上の大きさとなる。ゴブリンキングは二メートル五十の巨躯の体。リッチも人間と変わらぬ身の丈でぷかぷかと空を進む。

 アイアンゴーレムは二十メートルを超える巨人だ。

 ベヒーモスも負けず劣らずの大きさを誇る魔獣。だが、もっとも驚異的な大きさになったのはクラーケンだ。

 全長五十メートルを超え、野太い触手が当たりを這い回る。

 雪崩れ込んできた魔族の軍勢は、突如目の前に現れた化け物どもに驚嘆する。足を止める者もいれば、叫びながら突っ込んでくる者もいる。

 ゴブリンの群れに飛び込んだのは暗黒騎士だ。あまりの速さに対応できる魔族はいない。駆け回る暗黒騎士は、ランスを振るって数多のゴブリンをほふっていく。

 わずか十秒の間に、二十匹のゴブリンが地に沈んだ。暗黒騎士が足を止めることはない。騎馬は大地を蹴り、オークの群れにも突っ込む。

 ランスで貫いたオークを投げ捨て、別のオークの頭を突き刺す。

 馬に蹴り飛ばされたオークも絶命し、さらに群れの中を駆け回る。相手の攻撃など、当たりもしなかった。

 疾風迅雷の動きで駆け回り、暗黒騎士は二百以上の敵を、ものの一分で駆逐した。

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