第15話

 正吾が巨漢の魔族と戦っていた時、ニーズヘッグも魔族と向かい合っていた。

 ローブを着た魔族は杖をかざし、炎の魔法を放ってくる。しかし、ニーズヘッグの強力なバリアを打ち破ることはできない。

 宙に浮く竜王は、深い溜息をつく。


『くだらん攻撃だ。貴様、アンデッド種の魔族か』

『言葉が分かるのか? 知能の低い、竜種の分際でなまいきな』


 魔族の言葉に、ニーズヘッグは憤りを覚えた。


『ふん、小賢しいアンデッドの分際で、我を嘲笑するなど……。よかろう、しばしの間、貴様と遊んでやる』


 ニーズヘッグが口から熱線を放つ。ローブの魔族の腹を突き抜けるが、それほどダメージを受けた様子はない。


『愚かな竜よ! 私を滅ぼすことなど不可能。お前が滅ぶだけだ!』


 魔族が杖をかざすと、正面に巨大な火球が生まれる。その火球はゆっくりとニーズヘッグに迫った。

 ローブの魔族が『これで終わりだ!』と叫んだ瞬間、火球は一気に速度を上げる。

 バリアにぶつかり、大きく燃え上がるが、ニーズヘッグはなんの反応もしなかった。メラメラと渦巻く炎を見つめるだけだ。


『これが貴様の最大魔力か? まあ、雑魚ならこんなものか』


 竜はバサリと羽ばたくと、より高く舞い上がった。ニーズヘッグは空からローブの魔族を見下ろす。


『見せてやろう。上位の存在が、いかなる魔法を使うのかを』


 ニーズヘッグがバサリバサリと羽ばたくと、周囲にいくつもの赤い火球が生まれる。その数は十個。

 

『行け、の者を捕らえよ』


 竜王の言葉に応じるように、火球から炎の蛇が生まれ、空を蛇行して進む。魔族の周囲を回り出した。


『な、なんだ? これは!?』


 見たことのない魔法に、ローブを着た魔族は怯え、杖を無造作に振る。杖を炎の蛇の頭に当てても、蛇に影響を与えることはできない。

 蛇は魔族を捕らえ、上下左右に泳ぎ出す。魔族の周囲に生まれたのは、炎の蛇で作られた『丸い檻』だ。

 魔族が檻に触れると、炎が燃え上がり手がただれた。


『ひっ! なんて魔法を……』

『しばらくそこで大人しくしておれ。貴様を倒すのは、我ではない』


 ニーズヘッグはローブの魔族に興味をなくし、正吾の戦いへと目を向けた。


 ◇◇◇


 同刻――エリゼは細身の魔族と剣を交えていた。

 相手の剣を弾き、後ろに下がったエリゼは唇を噛む。神具である二つの指輪。その力を解放して劇的に身体能力を上げていたが、それも限界が近い。


 ――このままじゃ、いずれ負けてしまう。


 エリゼが肩で息をしていると、細身の魔族は剣の切っ先を向けてきた。


『どうしました? 苦しそうですね。もう諦めたほうがいいと思いますが』

「誰が諦めるものですか!」


 エリゼは足に力を込め、正眼に構えた剣に魔力を流す。剣を中心に風が渦巻き、竜巻のような形になる。

 地面を蹴って突っ込んだエリゼ。細身の魔族も剣を引き、迎え撃つ格好だ。

 二人の剣がぶつかった瞬間――剣に巻き付いていた風は弾け、爆風となって魔族に襲いかかる。


『おおっと』


 魔族は後ろに飛び、風の影響を避ける。


『人間にしては凄いですね。ここまで自由自在に風魔法を使うのは大したものです。よほどの鍛錬を積んだのでしょう』

「あなたに褒められても、嬉しくないわ」


 エリゼは肩で息をしながら皮肉を込めて言う。もう魔力は尽きかけていた。

 長くはもたない、そう思った時、細身の魔族は残酷な笑みを漏らす。


『素晴らしい戦いを見せてくれた君に敬意を表して、私も得意な魔法を見せてあげましょう。魔族の中でも使える者が少ない魔法――』


 魔族が剣をまっすぐに伸ばすと、地面にあった影から、


『これが『闇』の力……ダークバインドです』


 影から手のようなものが伸び、エリゼに襲いかかる。顔を引きつらせ、必死に飛び退くが、影の手は異様な速さで迫ってきた。


 ――初めて見る! これが闇の魔法なの!? 


 エリゼは相手と距離を取り、剣を向けた。闇魔法は上位の魔法。風魔法で対抗するのは難しいだろう。エリゼは慎重に男と対峙する。

 魔族が剣を振るうと、再び影の手が襲いかかってきた。

 エリゼは駆け出し、男の周囲を回る。

 剣を何度も振り、"風の刃"を放つ。しかし、男は前方に闇を出現させ、風の刃を防いでしまう。 

 エリゼはギリッと奥歯を噛み、今度は竜巻を発生させた。

 竜巻は徐々に大きくなり、男に向かっていく。

 だが男は涼しい顔のまま、その場にたたずむ。 剣を軽く振ると、影の手が伸び、竜巻の中に巻き込まれていく。

 竜巻はすぐに弱まり、あっと言う間に雲散してしまった。

 あの影には、魔法を弱める力があるの? エリゼはたじろぎ、数歩後ろに下がった。男は駆け出して、一気に間合いを詰めてくる。

 風の魔法で迎え撃とうとするが、地面から影の手が無数に伸びてきた。


「くっ!」

 

 なんとか避けようとするも、伸びてくる『手』をかわし切れない。エリゼは手足を掴まれ、身動きが取れなくなる。

 男は薄笑いを浮かべ、近づいてきた。


『ここまでのようですね。少々手こずりましたが、まあ、所詮は人間。私たち魔族には勝てないと分かったでしょう』


 エリゼはキッと魔族の男を睨む。


「人間はいずれ魔族を滅ぼす! あなたたちは負ける。必ず負けるわ!!」

『ふっふっふ、気の強いお嬢さんだ。自分の愚かさを教えてから殺すべきですかね。まずは右腕から切り落としましょうか?』


 男が持つ剣の切っ先がエリゼの腕に触れる。エリゼは動くことができず、唇を噛み、目を閉じることしかできない。

 魔族の男が下卑た笑みを浮かべ、エリゼの腕を斬ろうとした時、後ろから声がかかった。


「誰の腕を切り落とすって?」


 魔族の男は慌てて振り返ったが、すでに遅かった。長い剣が振り下ろされ、自分の右腕が切り落とされる。


『ぎゃああああああああああ!!』


 魔族の男は腕を押さえ、後ろに下がる。男が睨む先には、剣を振り下ろした大柄の男が立っていた。


「正吾様!」


 エリゼを拘束していた影の手は消えて、自由に動けるようになったエリゼは正吾の元へと歩み寄る。


「大丈夫だったか? エリゼ」

「はい! 正吾様も大きな魔族は倒したのですか?」


 正吾はチラッと後ろを振り向く。顔を押さえ、悶え苦しむ巨漢の魔族。完全に倒せてはいないが、エリゼが危険だと察した正吾はこちらを優先した。


「まだ決着はついてねえ! まあ、こいつもろともぶっ倒してやるさ」


 細身の魔族は怒りの表情を浮かべ、地面に落ちた右腕から剣をもぎ取る。


『おのれ人間! よくも私の腕を!!』


 地面を蹴り、突っ込んでくる男。

 剣を振るうと、地面から影のような『手』が伸びてくる。

 正吾は驚いて目を見張る。かなりの速さで『手』は襲いかかって来たが、速さでは正吾のほうが上だった。 

 影の手を次々とかわし、自分の持った剣を相手の体に当てる。

 そのまま剣を振り抜く。斬るのではなく、魔族を力づくで吹っ飛ばした。叫びながら後ろに飛んでいく男は、巨漢の魔族に激突する。

 衝撃で二体の魔族はよろけ、バランスを崩す。その隙に正吾は駆け出した。

 タイムリミットがきた【豪腕】と【竜気解放】を再び発動し、【疾走】で速度を上げる。相手の態勢が戻らない間に、剣の切っ先を二体の魔族に向けた。

 全力で剣を伸ばすと、重なり合う魔族の体を貫く。


『なっ!?』


 細身の魔族は目を見開き、眼前の正吾を見る。巨漢の魔族は手で顔を覆ったままうめき声を上げた。正吾は容赦なく、スキルを使う。


「喰らえ! 【電撃操作】!!」


 剣から稲光がほとばしり、貫いた二体の魔族を焼いていく。


『『があああああああああああああああああああああああああああああああ!!』』


 魔族は二体とも絶叫する。だが、これだけではこいつらは倒せない!

 正吾は剣を引き抜き、右回りで一回転して剣を振るう。【爆炎操作】で剣身に炎を灯し、全力で横に薙いだ。

 剣閃は細身の魔族の首を飛ばし、巨漢の腹を斬り裂く。間を置かずに爆発・炎上。細身の魔族は倒れ、巨漢は腹を押さえて悶え苦しむ。

 正吾はとどめを刺そうと前に出た。

 目の前にいる魔族は無残な姿を晒している。顔や首元は焼けただれ、腹も斬り裂かれている。全身に炎が移り、皮膚はボロボロ。

 それでも、徐々に再生している。恐ろしい敵だ。

 完全に息の根を止めない限り、こいつは何度でも襲ってくる。正吾は歯を食いしばり、覚悟を決めて剣を引く。


 ――全力で叩きのめすのみ!


 一気に駆け出し、燃えさかる剣を振るう。足を斬り爆発させ、腕を斬り爆発させ、胸を斬って爆発させる。

 怯んだところを頭に向かって斬り下ろす。 

 額に当たって爆発すると、角の一本が折れ、巨漢の魔族はよろめいて後退する。

 頭を押さえ、呻き声を上げていた。さすがに効いているようだ。正吾は燃えさかる剣を相手の腹に突き刺す。

 体の内部で爆発し、炎が飛散する。

 巨漢の魔族はとうとう膝を折り、うずくまった。それでも正吾は手を緩めない。

 剣から手を放し、顔面を蹴り上げた。さらに右の拳で殴りつける。

 そこからはラッシュだった。もはや空手の技を無視し、とにかく殴りつけた。

 左のアッパーに右のフック。相手の頭を掴み、膝蹴りも叩き込む。

 手足に炎を灯しているため、魔族の体はさらに燃え上がる。

 相手の上半身がグラリと揺れるが、まだ倒れるには至らない。正吾は左の回し蹴りを頭にぶちかまし、勢いそのままに右の後ろ回し蹴りを叩き込んだ。

 魔族の頭が跳ね飛ぶ。さずがに地面に倒れ、仰向けに寝転がった。

 それを見た正吾は、歩いて魔族に近づき、腹に刺さっている剣を引き抜く。

 魔族は動こうとしない。もう体力が残っていないのだろう。正吾は魔族の真上に立ち、剣の切っ先を下に向ける。


「これで終わりにしようぜ」


 ゼィゼィと、魔族の弱々しい息が聞こえてくる。正吾は力を込め、剣を魔族の喉に突き立てる。炎が溢れ、爆発した。

 頭部が体から離れ、五メートル先の道路に飛んでいった。

 正吾はフラつきながらも、なんとか踏ん張り、視線を会社敷地内の端に向ける。

 そこにはニーズヘッグに拘束されるローブの魔族がいた。

 剣を握る手に力を込める。


 ――残る魔族は、あと一体!!

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