第16話
ローブを着た魔族アーマインは歯噛みしていた。
周囲は炎が渦巻き、完全な牢獄と化している。これほどの魔法……魔族の間でも使い手は少ない。
アーマインは目の前に浮かぶ竜を睨む。
見たことのない魔獣。自分たちの住まう世界にも竜種はいるが、これほど小さく、これほど強力な力を持った竜は存在しない。
悠然と宙に浮かびながら、こちらを見ている。
いつでも殺せるはずなのに、一切手を出してこようとしない。なんのつもりだ?
『おのれ!!』
アーマインは手を伸ばし、炎の牢獄を破壊しようとする。だが、バチンッと弾かれ、手が燃えてしまう。
アーマインは顔を歪め、唸り声を上げた。同じ炎の使い手なのに、ここまでの力の差があるのか? このままではどうすることもできない。
アーマインが苦々しい顔をした時、ふっと炎の牢獄が消えた。
竜はバサリバサリと羽ばたき、後ろに下がる。
なんだ? どうしたんだ? 訳が分からなかった。突然、黒い竜は炎の拘束を解除した。かと言って止めを刺す気配もないようだ。
アーマインは戸惑いながら周囲を見渡す。次の瞬間――突っ込んでくる人影に気づいた。
「ありがとよ! 親父!!」
◇◇◇
あと一体。そう考えた正吾は、ニーズヘッグとローブを着た魔族の元へと走る。
正吾の存在に気づいたニーズヘッグは魔族の拘束を解き、後ろに下がった。あとはお前がやれと言っているのだ。正吾はニッと笑う。
「ありがとよ! 親父!!」
ローブの魔族に向かって突っ込む。相手は驚いていて、迎撃が間に合っていない。
正吾は敵の顔面に正拳を打ち込んだ。【水流操作】によって水を纏った拳――水は派手に弾け、辺りに飛散する。
魔族は吹っ飛び、十メートル以上転がっていった。
あの魔族は炎で攻撃してくる。対抗するなら【水】の力は有効なはずだ。
正吾は踏み込み、剣を横に薙いでローブの魔族に斬り込む。確実に斬撃は入ったが、あまり手応えを感じない。
「なんだ!?」
魔族はニヤリと笑い、後ろに飛ぶ。態勢を立て直してこちらを睨んだ。
『ふん、人間のガキが調子に乗るな! わしは【斬撃無効】のスキルを持つんじゃ! 倒したいなら、魔法で勝負してこい!!』
「ええ~嘘だろ?」
斬撃が効かない? そんな魔族がいるのか? 信じられなかったが、実際に正吾の剣を受けても平然としている。
魔法で倒すしかねえのか。そう思うものの、魔力はもう余裕がない。
――短期で決着をつけるしかねえな。
正吾は剣を投げ捨て、両の拳に『水』の魔力を宿す。
腰を落とし、一気に駆け出した。魔族は両手をかかげ、自分の周囲に無数の火球を作り出す。『ハッ!』と叫んだ瞬間――火球は弧を描いて飛んできた。
正吾は炎をかわし前に出るが、数発の火球は避けられない。
水を纏った拳を叩きつけ、相殺して突き進む。
だが、炎は弾けて広がり、体を焼いていく。それでも歯を食いしばり、相手に突っ込む。ローブの魔族は迫ってくる正吾を見て顔を引きつらせた。
「今度こそ、ぶちのめす!!」
炎を放とうとする魔族に近づき、正吾は顔面に拳を入れた。水が飛び散り、水圧で魔族が吹っ飛ぶ。
地面に転がった魔族は、顔を歪めて正吾を睨んだ。
「まだまだ! こっからだぜ!!」
正吾は足に水の魔力を流し、ローブの魔族を蹴り上げた。魔族は『ぎゃっ』と小さな悲鳴を口にし、ゴロゴロと転がっていく。
やはり、魔法を纏った打撃は効くようだ。だったら畳みかけるまで!
正吾はさらに速度を上げて駆け抜ける。
右の拳に『水』を宿し、左の拳には『雷』の魔力を纏わせた。怯えた表情の魔族に迫り、左右の拳を叩きつける。
顔に肩に腹に胸に、拳がめり込んでいく。水で濡れた魔族の体は『雷撃』を通しやすく、効果的にダメージを与えていった。
『や、やめてくれ……』
仰向けに倒れた状態で懇願してくる魔族。そんな敵に対して、正吾は冷酷に言い放つ。
「俺の職場をめちゃくちゃにしやがって……許す訳ねえだろ!!」
足で魔族の腹を踏み潰し、そのまま『雷』を纏った拳で顔面を殴りつけた。魔族の頭はコンクリートにめり込む。
しばらく痙攣していた魔族だったが、次第に動かなくなった。
「やっと死にやがったか……」
正吾はハァ~と深い溜息をつく。三体の魔族と立て続けに戦ったが、こんなに体力と魔力を使うとは思っていなかった。
腰を叩いていると、後ろから「正吾様!」とエリゼが駆けつけてくる。
「やりましたね! 今回来た魔族は、それなりに強いほうです! 正吾様の力が本物だということは、これで証明されました」
「それなり……この強さで、それなりなのか?」
胃が痛くなってきた。正吾は苦笑いし、辺りを見回す。社屋が破壊されているが、燃えているは建物の一部に留まっている。
これなら業務に、それほどの支障はないだろう。それでも、自分のせいで迷惑をかけてしまったことに変わりはない。
社長や同僚たちに対して申し訳なく思う。
正吾は振り向き、倒れている魔族の死体に目をやった。すぐに警察が来るだろう。人ではないにしろ、こんな死体が転がっていたら大問題になる。
どうしたものか、と正吾が頭を掻いていると、後ろから声をかけられた。
『八坂よ。大した相手ではないとはいえ、全員を倒したこと、取りあえず褒めておこう。今後も我の眷属として、恥じることのない戦いをするのだぞ』
「あ、ああ……分かったよ親父、今回は助かった」
その時、正吾はハッと思いつく。
「そうだ、親父! あの魔族の死体って焼き尽くせないか? 親父が吐く火炎ならできるだろ!」
『うん? 死体だと』
ニーズヘッグは周囲を見渡し、魔族の死体に目を止める。
『死体を消し去るぐらい訳はないが……そんなもの、捨て置いても構わんだろ』
「いや、マズいんだって。死体があると色々問題になるんだ。頼む! なんとか灰にしてくれねえか? な、親父!」
正吾が手を合わせて頼み込むと、ニーズヘッグは『やれやれ』と息を吐く。
『注文の多い従者だ。今回だけだぞ。次は自分で焼き尽くせるようになれ!』
「ああ、分かったよ。恩に着る」
ニーズヘッグはバサリと羽ばたき、まずはローブの魔族の元に近づく。
倒れたまま、ピクリとも動かない魔族に向かって火炎を放射する。あっと言う間に魔族は炎に包まれ、燃え上がっていった。
凄まじい火力だ。さらに二体の魔族の元に向かい、口から強力な炎を吐き出す。
炎は体を焼き尽くし、離れた場所にあった頭部にも火を吹きかける。全てが燃え、灰になっていく。これなら警察が来ても問題になるまい。
正吾がホッと胸を撫で下ろしていた時、サイレンの音が聞こえてきた。
警察か消防か分からないが、ここにいるのはマズいだろう。
「親父、エリザ! さっさとここを離れようぜ。面倒に巻き込まれちまうからな」
エリゼは「はい!」と答え、ニーズヘッグは『我には関係ない』と空間に亀裂を作り、その中に入ってしまった。
やっぱり便利なスキルだな、と思いつつ、正吾はエリゼと供にその場を離れた。
◇◇◇
アパートに戻ってきた正吾は「疲れた~」と零して布団に寝転がる。
本当に疲れた。体力が尽きたのもしんどいが、MPがゼロになると精神的な疲れを感じるらしい。今後は考えて戦わないと。
そんなことを思いながら天井を見つめる。今回はなんとか相手を倒し、帰ってくることができたが、毎回うまくいくとは限らない。
「正吾様。夕食の準備をしますので、少々お待ち下さい」
エプロンを着けるエリザを見て、正吾はバッと上半身を起こす。
「エリザ、俺は決めたぞ。なるべく早く、お前の世界に行こうと思う」
「え!? 本当ですか!」
エリゼは目を見開き、驚いた表情をする。だが、すぐに笑顔となり、正吾の元に駆け寄って正座をする。
「遂に決めて頂いたんですね。とても嬉しいです。ありがとうございます!」
エリゼは正吾の手を取り、両手で握り締める。綺麗な女性に迫られ、正吾は顔を真っ赤にしてドギマギしてしまう。
「おう……まあ、このままじゃ、いろんなところに迷惑をかけるしな」
今度、あんな魔族が襲ってきたら、どれほど被害が出るか分からない。周りの迷惑を考えれば、エリゼの世界に行くのがベストだ。
「では、正吾様。いつ頃、
「そうだな。仕事はなんとかなったから、次はアパートの解約か。すぐにできるかどうか……あと、ここにある家具や荷物もどうにかしねえと」
すぐに帰って来れるならそのままでもいいが、エリゼの話を聞く限り、簡単にこの世界には戻ってこれそうにない。
満面の笑みを浮かべるエリゼ。正吾は頭を掻きながら尋ねる。
「なあ、エリゼ。俺がそっちの世界に行って、魔族と戦い、人間を勝利に導けばいいんだろ?」
「はい、その通りです」
「そうなれば俺はもう襲われなくなる訳だ。そうなるには、どれぐらいの時間がかかると思う?」
エリゼは頬に手を当て、小首をかしげる。
「うーん、そうですね。ハッキリとは分かりませんが、早くても数年はかかると思います」
「数年!?」
思わず声が裏返る。想像以上に長い時間がかかりそうだ。だとしたら、やっぱりアパートは解約しないと。
正吾は翌日から、本格的な準備に取りかかる。
不動産業者と話をし、アパートの契約を来月までとした。
その間の家賃を払うことで合意。あとは家にある荷物を片付ければ、異世界に行く準備は終わる。
家に帰り、売れる物と捨てる物に分ける。エリゼにも手伝ってもらい、なんとか部屋を空にしていく。
戻ってきた時、どうしようかとも考えたが「まあ、その時はその時か」と楽観的に捉え、片付けを続けた。
◇◇◇
ある程度処分が進み、エリゼと話し合って翌日、出発することを決めた。
今日がこの世界で過ごす最後の夜か、と思いながら布団に入る。
エリゼも眠りに就き、部屋は静寂に包まれる。ここ数週間で、色々なことがありすぎた。あの変なガチャを拾ったのが全ての始まり。それが良かったのかどうか、今はハッキリと分からない。
新しい世界に行って、初めて分かるのかもしれない。
正吾は微睡み、眠りに落ちていく。
その時、部屋でわずかな変化が起きていることに、正吾は気づかなかった。
押し入れの奥に仕舞っていた『UR』のカプセル。
そのカプセルに、小さなヒビが入り、徐々に広がっていた。
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