4% コボルトキングダムへようこそ!(2)
「あ!アリュマ!もう大丈夫なの?」
「ああ!大丈夫だ」
レルと合流した。隣にはコボルト族の女の子もいる。
レルの妹か?そう思ったが顔は似ていない。
服装はラフな格好で、大きな白濁色の布を右腋から左腋に、胸を覆うように巻いてあり、腰ほどで絞られた布は紐で固定するように絞められていた。
その服装はコボルト族の普段着の一つで、白い布を固定する留め具は色とりどりに煌めいていた。
サンダルのような靴をはき、青白い綺麗な素足が露わになっている。
夏のビーチで走ってそうなくらいに瑞々しい格好だった。
「すごい!それ、どうやってやってるの!?」
「そうだな......魔法みたいなもんだ」
「うわぁ...僕、魔法って初めて見たよ!」
「まぁ......MP、魔力がもうないから、回復するまで喋れないけどな?」
レルが驚いた顔で俺の流した文字を見ていた。そのことを理解したように、大きく頷いてくれた。
≪浮遊糸≫で最大3MP、糸に魔力を流すので最大2MPほど消費している。つまり、一回の文字の表示で最大5MPがなくなる。
最大と言ったのは文字数でそれが上下するという意味だ。
文字列が長いほど糸も多く使い、流す量も当然大きくなる。だから、かなり淡白な返事をするしかないんだ。
丁寧に喋ってたらMPが枯れる...!
というのも、ヴェスパニアナイツの最大MPは79...たったの79Pだ!大体15回文字を表示するだけでMPが枯れるって計算。
MP 12/79
ああ、もう、この通りってわけ。
長いやつで2回、短い文章でも後6回しか表示できない。
レルに軽くそのことを伝えると、なるべくジェスチャーで会話をするようにしてくれた。
俺たちは下るように街を見て回った。
山の斜面に建てられたような地形のこの国には、大きく二種類の道があるようだ。
一つはその山を大きく曲がるように降る道で、その道の脇には多くの店が並び、コボルトたちが数多く行き交っている。
もう一つは山をまっすぐ降るような坂道で、路地裏や小道のような役割を持っていた。その先には大抵民家がある。
「この子はルルファ!ぼくの妹みたいな子だよ」
「あ、あの......ルルファ...です」
紹介されたコボルトの少女ルルファ。
彼女はレルの濃い青色の髪とは違い、鮮やかな青い、サラサラした髪を持っていた。
彼女の左右で結ばれたおさげが、肩の辺りでユラユラと揺れていた。後ろ髪は短くまとまっている。
やはりというか童顔で、顔が全体的に小さくまとまっていた。
「ルルファ!?ど、どうしたの?」
レルが呆気に取られたような声で反応した。
この子は普段、コボルトの大人に対してもこんな言葉遣いはしないのだろう。
あるいは、俺の翻訳のせいか?
正直な話、この世界の言語に丁寧語や敬語のような概念があるのかは不明。何となくの雰囲気でそう訳しているだけだ。
「なんでもない!だいじょうぶだから」
「ルルファ?変だよ?ええと、具合が悪いの?」
「なんでもないの!」
俺にはそれが伝わった。ああそうだ、彼女がちょっと不機嫌にレルにそう返す姿を見てな?
二人ともそういう年頃なんだろう。いわゆる思春期ってやつだ。
そういう意味では、ある意味ルルファの方が成長しているとも言えるけど......はは、若いなぁ。
「だといいけど......ねぇ!アリュマ!ルルファのおじいちゃんと何を話したの?」
「長老のことか?」
「うん!」
「あ!わ、私も......気になる......ります!」
「はは、いつも通りで構わないぞ?」
俺がそう告げると、ルルファの緊張して強張った表情が途端に柔らかくなった。
俺の見た目が魔物だから怖かったのかな?そういう意味ではレルは慣れてそうだからな。
「そうだなぁ...言葉、コボルトの伝説、あとは崩れた城の話......ぐらいかな?」
「崩れた城...プラセルのこと?」
レルがすかさずそう言った。どうやら何か知っているらしい。お伽話的な?
「実はね!僕たち......知ってるんだ」
すると、レルはコソコソと声を抑えて話し始めた。
なんだ?なんだ!?ここから新しいイベントに分岐するのか!?
「な、なにをだ?」
「そこにいる光の神のことだよ」
「見たのか?」
「ううん、でもね......ルルファと」
レルは言葉を切って少し躊躇うと、ルルファの顔を見る。
「えっと、話してもいいよ?きっと守護者さまは怒らないよ〜」
「そうだね!えっとね、前にこっそり二人で門の入り口、この洞窟の外まで抜け出したんだ」
いや、大胆だな!?
「それでね、たしかに遠くにボロボロの城があったんだ!それに、あのグロウディアスが小さく思えるような大きな光が...!!」
「レル...!」
「むぐぐぅ!?」
ルルファが突然レルの口を両手で押さえた。
俺たちの近くに兵士のような、二人のコボルトが通りかかろうとしていた。
その大人のコボルトは少し訝しげにレルとルルファを見る。俺たちが通り過ぎようとした瞬間、その大人が手を伸ばして声をかけてきた。
「ここにいたのかレル!あんなこといってすまなかったな......お前の言う通りだったよ......」
「リンドとロンドもあんな態度だけど、不器用なだけで反省はしてるんだ」
二人は入れ替わるようにそう語った。
「大丈夫、わかってるよ!」
「ああ!でも、抜け出すのはもうやめろよ?今回だって、運が悪かったら......わかるだろ?」
「ああ、まぁ!一応な?そういって聞くようなやつじゃ無いだろうけど、隊長に怒られるのも、お前たちだけじゃないんだからな〜?」
「ははは......うん、気をつけるね!」
レルがそういうと、二人はまた話をしながらどこかの路地に消えていった。
「あ...危なかった」
「危なかったね〜」
「「また怒られるかと思った......」」
レルとルルファは顔を見合わせてそういった。
気づくと街並みが変わってきた。岩と土のレンガで作られた家々が、商店街から一番のような雰囲気を放ちだしていた。
バザー?そんな印象だ。
人通りも多く、賑わっている。お金の概念もどうやら無いらしく、欲しければ好きに持っていけば?みたいな感じだった。
それについて二人に聞いてみる。
「お金...?」
「人が使ってる丸い金属じゃないの?」
「ああ!アレ?あはは!そんなものここにはないよ?」
「いらないよね〜」
レルとルルファが交互に笑いながら答える。
どうやら、物物交換でもないらしい。
確かに物資は限られているが、洞窟内で手に入る資材はほぼ無限。だから別に必要な人が必要な分だけ持っていけば?みたいな感じなのだろう。
食料なんかも好きに持っていって調理して食えば?みたいな感じだな。
『その調理すら人に頼めるのか......』
その現場を丁度目撃する。
どうやら自分の仕事を一つ決めたら、それだけやってれば必要な資材や食料なんかのインフラは無料!ただし自分の仕事も無料で行うって感じの社会性のようだ。まぁ、こんな小さな国で金銭のやり取りなんかしても仕方がないもんな。
給料が少ないから警備やめまーす!それで自滅してたらもう笑うしかない。
彼らは、彼ら一族にとって必要な仕事をしている。そこに競争や野心は必要ないのだろう。
俺たちは市場の中を進んでいく。すると、店先にいた一人の大人が声をかけてきた。
大人といっても相変わらずの童顔種族で、見た目は十代後半にしか見えなかった。上に灰色の布を巻き、下はゆったりとしたパンツを身につけている。
これは、男のコボルトに多い服装だ。
「おう!レルにルル!今日もデートか?」
「え!?う、うん」
「今日は守護者さまも一緒なんだ〜」
ルルファが明るくそういうと、俺に両手を広げて合図した。
「あんたが噂の守護者さまか!いや!感謝するよ!いくら俺たちには勇敢な兵士がいるとはいっても、あんな化け物と戦えば......無事じゃ済まないからな」
「ねぇ、せっかくだから!アリュマはなにか必要なものとかある?」
「ああ!確かにそうだ!必要あれば好きなものを持っていってくれ!ちょっと俺はまだ用があるから先に失礼するぜ?」
「うん!ありがとう!」
「うん、またね〜」
レルとルルファが手を振って見送った。普段からこんな平和が続いているんだろう。
再びなだらかな下り坂を進む。
俺はレルに勧められるままに、キョロキョロと置いてあるものを見て回った。
ピロッ!
【石 ランクF】...どこにでもある石。
【石 ランクF】...どこにでもある石。
【石 ランクF】...どこにでもある石。
【石 ランクE】...どこにでもある石。少し質がいい。
【磨かれた石 ランクD】...綺麗に磨かれた石。
【コボルトの剣 ランクD】...コボルトの職人が打った剣。刃こぼれしにくい。
ATK+15P。耐久値50。
【コボルトの小刀 ランクE】...コボルトの職人が打った小刀。刃こぼれしにくい。
ATK+5P。耐久値30。
【コボルトのつるはし ランクE】...コボルトの職人が打ったつるはし。刃こぼれしにくい。
ATK+8P。耐久値100。
通りかかった台の上に置かれていた小物たち。俺がそれに近づくと、例のSEと共にそれが脳内で表示された。
ハピラータ......いや、驚いた!
手に取ると更に鮮明な情報が表示される。次々と現れるその詳細なテキストに俺は感動を覚えていた。
『なんだ!≪鑑定≫のスキル持ってるんじゃーん』
思わず顎を鳴らす。ファンファーレはならないから元々持っていたスキルらしい。
多分だけど≪ターゲットフォーカス≫の能力の一部だろう。俺が知らないだけで、実は他のスキルにも隠れた効果があるかもしれない。
特に必要なものは現状なかったので、手に持ったそれを置いた。荷物になるだけだからな。
俺たちはそのまま煉瓦の橋の下をくぐり抜けると、次は香ばしい匂いが漂って来た。
「ワスミは何か食べる?」
レルが聞いた。俺は返答に困った。
どれ、一つ試しに食べてみようじゃないか!この世界の料理とやらを!!
「レルと一緒のものでいい」
「分かった!ルルファは?」
「えっとね〜......キノコシチュ〜!」
実際にはキノコシチューなんて料理はない。俺が都合よく翻訳しただけだ。
カロカロボウル。これがこの世界でのキノコシチューの意味になる。
カロカロがキノコ科を指しており、ボウルは鍋の意味になる。だから、正確にはキノコ鍋だな。
「はい、ワスミ」
レルがカロカロボウルこと、キノコシチューを差し出した。俺は前足でカチっと掴むと、ペロペロと舌ですするように飲んでみる。
「どう?食べられそうかな?」
「ペロペロ」
「アリュマ?」
「......ごちそうさま」
驚いたことに味を感じた。普通に美味かった。久しぶりの食事にぺろりと完食してしまった。
『え、HPが回復した!?』
それ以上に驚いたのがその事実だった。
さっきまでHPは364Pだったが、389Pまで回復していた。こいつはHPを25Pも回復する効果があるらしい。すごい、すごいぞ!?
『HPって回復するんだな』
そういうことか...!?俺は愕然とした。
食い物やアイテムでHPが回復する感じはゲームさながら、肉体を維持したいならムカデでも何でも、食うしか方法はないってことだった。いや、無理だ。
確かにリアルでも食うと体力回復した感じになるのは分かるけどさぁ?
ふふ、あははははは!!よく見たら羽の傷まで治ってるし......いや、流石にそれは無理があるだろ。
「ぷはぁ...おいしかった〜!」
ルルファがそういった。俺たちは腹ごしらえを済まし、また歩いていく。
上を見上げると紐で吊るされた洗濯物が隙間風で優しくたなびいていた。
二人はこれから何をして時間を潰すかを話し合っていた。俺をどこかに連れて行こうかなんて案も上がっていたが、流れては次、次へと話題が変わる。
個人的にはもう少し体力を回復するためにシチューを飲んでおきたいが......どうやらタイミングを失ったみたいだ。
「到着!」
「降りきった〜!」
俺たちは既に一番下まで来ていた。既にあの飲食街は遥か上だ。とりあえず、コボルトキングダムの施設をまとめてみよう。
・北門、南門、東門、西門
・鍛冶屋
・雑貨屋
・飲食街
・居住区
・長老の家?役所的な場所
・訓練所
・照明など、インフラ系の施設
・学校的な場所
・キノコ畑?
・布を作る施設?
これらが主な要素だな。
北門はグロウディアスと戦ったところに繋がっていて、今は塞がっているらしい。
南門からは、例の崩れた城の廃墟が待っている。
東門は俺が通って来た通路に繋がっているらしく、西門は不明だ。
こういう時は現地民に聞くのが早い。
「レル、西門を抜けた先は何があるんだ?」
「うん?えっとね、バルガー山脈の大渓谷まで繋がっているらしいけど......鉱石を取りに行ったりするくらいかなぁ」
レルがそう返した。バルガー山脈の大渓谷。俺がボコボコにされたヤバい場所だな。
「あ、あと!」
「ん?何かあるのか!?」
「抜け出しやすいよ!」
「そ、そうか......分かった、ありがとう」
「あ、あの、守護者さまはこれからどうする...の〜?」
ルルファがたどたどしく聞いてきた。
「そうだな、そもプラセルが気になるな」
「もういっちゃうの?」
「ああ、そろそろ行こうと思う」
「ねぇ!...その」レルが言いかけた。
「プラセルから戻ってきたら、私たちにもお話聞かせてくれますか?」
「え!ちょっと...今僕が......」
「にへへ!ルルファが一番乗りでした〜」
「ああ、いいぞ」
適当な約束じゃない。その崩落国家とやらを見たらもう一度ここに帰ってくるつもりだ。まだ探索したいとこも、因縁の戦いもお預けの状態だからな。それに、一応は彼らがこの地を去るまでは近くにいるつもりだ。
「「やった!」」
二人は息ピッタリに歓喜の声を上げた。
「じゃぁまた後で!」
「約束だからね!」
「ああ、行ってくる......それと、俺の名前はワスミだ」
「うん!ワスミ...覚えたよ!」
俺は門番に視線を向けて軽いやりとりをした。彼らは俺に軽く礼をすると、仲間にコンタクトを取る。
ギィィィ!!その直後、木の杭と金属で出来た重々しい門が、軋みながら上へ、上へと登っていく。
「助かるよ、ありがとう」
「こちらこそ!お気をつけて」
俺がそのことに礼をすると、コボルトの若い兵士がそう返した。奥ではレルとルルファが手を振って見送ってくれている。
淡い光が奥から差し込む。
深夜、俺がこの世界に来てから半日、既に日は登りきっていた。
その淡い光に誘われるまま、俺は羽音を立てて勢いよく向かっていく。
『ブゥゥゥゥゥゥゥン......!!』
羽は綺麗に治っていた。針も少しだけ治り、使い古したアイスピック程度には刺さると思う。
暗闇に慣れた目が眩む。
だんだんと辺りが見えてくると、そこは青々とした草が生い茂る平原だった。
『あれが次の目的地か』
読み込まれていない背景のように朧げなシルエットが、平原の奥に見えていた。
それは、原型のほとんどが崩された廃城だった。
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