5% 崩落国家プラセル(1)


ぴろッ!!


【崩落国家プラセル】



脳内に表示されたその文字が、到着を伝えた。

俺の目の前には大きな瓦礫と、城だったものの面影が映っていた。

見た目はイメージしている城とは程遠く、堅牢だった城壁は崩れ落ち、門も無く、周囲には無数の円状の柱のようなものが大地に埋もれている。

その廃墟の中央部、遠くからかろうじて見える大きな筒の塔が崩れた断面を見せていた。

その中は目を凝らしてみても何もない。

俺は恐らくは正面の門だったものがある場所まで来た。特に魔物の反応もなければ、その気配すら感じない。



『不気味だな......本当に何者も近づかない場所なのか』



城壁は無数の円柱が突き刺さっている異様な構造だった。その間には何も隔たりもなく、別の構造物の瓦礫で埋まっていた。門に関しても外れたはずの扉が見当たらない。

壊された?あるいは持っていかれた?

そんな考えがよぎるが、それはまずないだろう。なぜなら、この廃墟は俺が想像していたよりも遥かに、いやもっと、何百倍も大きな構造物だったからだ。



『全貌が見えねぇ......』



その言葉の通り、城壁の隙間から見える程度では何も見えない規模のステージだった。

一応俺は近くに来てからは飛ぶのを控えて移動している。遅いが仕方がない。ステルス優先!



『くっそ、視点が低いせいで目の前の瓦礫一つで何も見えんぞぉ!!』



おまけに複眼の解像度の悪さもあった。全体的にモザイクがかかっている視界だ。

とりあえず一周してみた。既に日が落ちようとしている。

周囲には崩れた筒状の建物?の残骸が散らばっていた。正確なサイズは測り知れないが、大体一つ一つがタワマンサイズの大きさだ。あとは城壁の柱と瓦礫がその間にコロコロと落ちてるような感じだな。



『よし、とりあえず入ってみるか』



異様な場所なのは事実だったが、特に危険な空気は感じなかった。

俺は堂々と正面からトコトコと足を踏み入れる。入ってすぐに感じた違和感があった。



『本当に......この世界の建物か?いや、この世界の世界観ぜんぜん分かってないけどさ?』



それは、この廃墟の構造から感じたものだった。

圧倒的な異世界感とかじゃない、まるで工場のような現代を思わせる光景に、俺はそう感じた。

コボルトキングダムに慣れたせいか?いや、違う、間違いなく......ここは国なんかじゃない。

見える限りではインフラがなかった。

家の跡も、城下町も、照明すら存在しない。

道と、建物、それに橋をかけるような筒が伸びているだけで、それ以外はない。

これは......都市か工場地帯に似た光景だ。



『これは......鎧なのか?』



周囲には鎧のようなものが散乱としていた。

動く気配も、中に何かがいる気配もない。その鎧は朽ち果てたように、胸に大きな穴があるものや、腕や脚のない鎧、頭の無い鎧があった。

そのいずれにも中身はない。

鎧にも種類があって、魔女のような見た目のやつや、オーソドックスな鎧のやつもある。

魔女の鎧は細かく見ると装飾や色が違っているけど、オーソドックスなやつは全て統一されたデザインだ。



『......怖いな』



異様な光景だった。まるで魔女と騎士が戦ったようにも見えるが、誰も死んでいない。中身がないのだからな。



『いや、はは!骨が風化しただけだわ』



と、思ったが撤回だ。この感じだとここは相当古い。

骨は処理しなけりゃ割とすぐに朽ちるから、数百、数千年と経てばこうもなる。

どうやら放置されてるっぽいしな?

鎧から目を逸らす、すると、次は崩れて重なった筒状の瓦礫が目に入った。そこまで歩くと、さらに煙突のようなその中に進んだ。

しかし......何もない。

その中は、土管のような空洞だった。



『ん...?何だこれ?文字?壁画?』



その側面を見ると、何やら文字が刻まれていた。

これはさっき覚えた文字じゃないぞ?いや、これが古代文字ってやつか!?

その文字はびっしりと壁を埋めていたが、解読不可能。予想すらつかない。

魔法陣に描かれた文字にちょっと似ているが、俺が知ってる魔法陣とも似つかない。

その文字が筒の中に、一定の間隔で刻まれている。

筒の中を通り切った。何もない。



『ふぅん......おもしろい、謎解きか?』



こういう静かなダンジョンでは、何かしら重要ななにかが配置されたり、遺されていたりする。それを見つけられれば、俺のミッションは一先ず達成だ!

この筒の意味を解読する前に、とりあえず入れる場所は入っておこう!!

どうやら初見殺しはないらしい。

少し緊張をほぐして先に進む。



『ここ、入れるな......』



俺は中央部の塔の下まで来ていた。かなりの距離だ。

その下の重要そうな建物、その入り口を塞ぐ瓦礫の隙間が空いていた。この体ならなんとか入れそうだ。

中から覗くのは小綺麗なエントランスだった。

奥には洋館のように、左右に伸びる白い階段が見えている。それ以外は見えない。



『.........入ろう』



ゲームオーバー覚悟で中に入ると、正面の階段以外にも左右に伸びる通路があった。

それだけでなく、階段下に伸びる通路、階段上、その左右にも通路が伸びている。



『......怖いな』



さっきからその静かな恐怖と感覚を覚えていた。

魔物が、敵が一匹たりとも見当たらない。

BGMが消えた街のように、エンカウントが消えたダンジョンのように、それまであったはずの要素が突然消えるのは流石に怖い。

物音一つしないこの場所は、まるで現実から切り取られたと錯覚する。

そんな怖さだ。とりあえず右に進もう。



『.........城?これが国の城なのか?』



部屋がなかった。壁だ。

どこまで行っても壁が続いていた。使用人の部屋もなければ、生活に必要な設備すらなかった。

ここは、まさにゲームの中の建物のようだった。いや!それよりも酷い!!



『動きそうな壁はあるんだけどなぁ』



それまでで四つ、そんな壁を見つけている。

カツカツとその壁を叩くが、何も反応しない。

試しに軽く魔力を込めるが、反応しない。

開けるギミックがどこかにあるのか?

それとも本当にただの装飾か?

さらに廊下の奥を目指す。



『円状になってるのか?』



窓がないから分かりにくいが、どうやらこの通路は円状になっているらしい。

僅かに埋まった脳内マップがそれを教えてくれた。

通路は飾り気が無いわけでもなく、無数の溝が掘られている。しかし、文字では無い。

さらに進んでいくと、何かある...!!



『...って、一周しただけかよ』



エントランスに帰ってきたらしい。



『収穫なしか!?いや!まだ上がある!!』



左右に伸びる階段上がっていくと、再び左右に伸びる通路と、目の前に広がる大きな扉が目に入った。



『開いてる......?』



その扉は、既に開けられていた。

奥には玉座の間と言わんばかりの空間が伸びていた。何もない。

玉座も、絨毯のようなカーペットも、旗も、そこには何もなかった。

唯一、中央には円形のダンスフロアのようなステージがある。赤い。なぜかその場所だけ赤く照らされていた。



『......何かいる』



何かが、ダンスフロアの中央で静かに佇んでいた。それが何かは分からない。赤い光がそれを照らすが、シルエットは黒くぼやけている。



『......ここのボスか』



反射的にそう呟いた。俺はその先に進むのをやめると、左を向く。

先に探索だ。脳内マップは全くといっていいほどに埋まっていない。1%未満だ。

俺はその通路を進んだ。どうせ一階と同じように戻るんだろう?

頭の中にあのシルエットが何度も浮かぶ。

気になる...!

気になる...!

気になる...!

しかし、その予想を裏切ってどこかに出た。

そこは、足場のない書斎だった。



『ははは!図書館みたいな広さだな......天井まで本でみっちりだけど、どうやってそこまで行くんだよ』



床は落ちた本で埋まり、天井まで伸びる本棚へ辿り着くための足場はなかった。

二つの意味で足場がない。



『羽がなかったら届かないなぁこれは』



設計ミスを疑う。ここは円状の柱が中央に一本だけ入った筒状の建物で、円状に本が並んでいた。

床の所々に机が用意されており、その上には本や紙が散乱としていた。

最近までここで何か作業をしていたような空気を感じるが、確かに本は朽ちていた。



『ここにも鎧があるのか』



その鎧は項垂れるように動かない。恐らく、ここで何か作業をしていた時に襲われたのだろう。しかし、外傷もない。

その鎧の手の先には金属製のペンのようなものが握られていた。

紙には何やら手書きの文字が書かれている。



『読めまぜん!!』



俺はそこに書かれた文字を眺めると、その周囲を見渡した。

俺がこの文字から分かることは一つだけ。



『......何を伝えたかったんだ?』



そう、この鎧の主が何かを伝えたがっていたということだ。それが誰に対してなのかも一切不明だけどな?

俺はそこに落ちていた本を一冊、慎重に手に持った。

太陽光が届かない場所だからか、その本はかろうじて原型を留めていた。しかし、それでも積み重なった歴史に、それは端からパラパラと朽ち始めた。

中を慎重に開く。すると、中央に文字が小さく書かれていた。それすら読めない。

もう一枚ページをめくるが、中は白紙だ。

さらにページをめくるが、やはり白紙だ。



『インクが消えちゃったか?いや、最初のページはちゃんと書いてあったし......自由帳みたいな感じか?』



いっそパラパラと雑に見てみる。どのページも白紙だった。



『うーん......やっぱり落書きする本だこれ』



俺はその横の紙を見る。そっちには何かが書かれていた。



『6人の......人と鍵穴?これが、この鎧が伝えたかったことなのか?』



そこには六人の人型が、中央の鍵穴のような模様に両手を掲げる絵が描かれていた。

右手と左手には何か、それぞれ異なる模様が描かれていたが、やっぱり不明。

その周囲に文字も書かれていたが、俺には読めなかった。くやじい!!



『持ち運びは......無理だな』



その薄汚れた紙切れを持とうとするが、パリッと破れてしまった。

俺はそっとそれを元の場所に戻す。

辺りを見てもそれ以外に鎧はなかった。気になる手がかりも残されていない。

俺はその辺の本棚にある本を一冊手に取った。

モニター越しのゲームと違って、ダイブ型のゲームはこういう細かい要素まで探索できるのが面白いんだよな。

パラパラと朽ちながらページが動く。

白紙、白紙、白紙。

どこを見てもインクのない薄汚れたページに戦慄する。



『な、なんなんだ』



俺はその本を落とす。埃が辺りに散った。



『ない、ない、ない......ない......どこにも文字が、書かれてない?』



俺はそれをよく見たが、どこにも何か仕掛けがあるようには見えない。

レモン汁で文字を書いて火で炙るみたいな芸当も思いついたが、近くに火なんてない。

せいぜい火花散らすのが限界。



『魔力......そうだ!魔力を流そう!!』



俺はページに手を当てて流すイメージをした。すると、目の前に青く淡く光る文字がクニャクニャと現れる。



『よし!!正解だ!!』



しかし、問題はそれだけじゃなかった。



『やっばりよべぇない!!おでにこの文字はよべぇない!!』



本に魔力を流すギミックは解き明かしたが、どうやらこの時代の、この世界の言語を解き明かすことが先のようだ。

というわけで大人しく諦める。



『と思ったか!?さっきの紙は無理でも、本はちゃんと持っていくぞ!!』



今持っているこの本と、鎧の近くに落ちていた本を含めて何冊かを前脚に抱える。

実質四本の脚で先に進むことを余儀なくされたが、まぁいい。最悪置いていけばいいからな、なんか......いつでも入って来れそうだし。



『ここはこれで行き止まりか』



ゲームなら黒い空間でその先の部屋がわかるが、このマップは完全なベタ塗りだ。

その先が行き止まりだろうが、空洞だろうが、お構いなしに黒いんだよ。

本を抱えてエントランスへ戻る。やはり、中央のダンスフロアに何かが佇んでいた。



『さっきから一切の動きがないのがかなり不気味だな』



そこに一旦本を置くと、今度は右の通路へ文字通り脚を伸ばす。しかし、その先には小部屋が一つあるだけで、行き止まりになっていた。

周囲を見渡す。その空間には何も仕掛けもない。

一つ挙げるとすれば、床に円状の模様が刻まれているだけだった。不自然だがただの装飾だろう。

前脚で叩いても、魔力を込めても、やっぱり何も反応しない。上を見上げると何か窪みがある。暗闇でも見える目で良かった〜。



『......登ってみるか』



壁にくっつくと、そのまま登る。

羽を使うこともできるが、割と狭くて飛びにくいんだよこの部屋。

体感で二階ほど上がったところでその窪みが見えた。

先が続いている。どうやら通路のようだ。

俺がいる位置の奥に一つ部屋が見えていた。左側には文字が刻まれた円形の通路がある。しかし、向こう側に渡る足場のようなものはない。

この通路が外から見えていた筒状の橋の部分だろう。



『.........この分だと他の筒も同じような感じか』



何のための構造物かは不明だが、その奥にも何かが見える。

とりあえず筒の先はスルーして、真っ直ぐに見える奥に向かうとするか。



『なんなんだこの場所......本当に気味が悪いな』



これが生身の体なら今すぐ撤退していただろう。それくらいにこの場所は不自然だ。

心霊スポットに軽い気持ちで来たような、そんな後味の悪さを感じる。

海外の都市伝説にあったよな?何もない空間がただただ広がってるってやつ。今の俺の抱く感情はそれに近い。



『なんで敵すら......住み着いてもおかしくないだろ?』



その正体がわからなかった。

コボルトの長老がいう、光の神とやらの元凶も...!!

レルが見たという大きな光の柱も...!!

俺が見た限りじゃそんな大層な要素はない。

こんな場所はただの廃墟だ。なのになんだ?この不気味な感覚は!?



『落書きのない廃墟や心霊スポットみたいな恐怖に近いな......これは』



若干その空気を楽しんでいる自分もいた。

このステージの敵は、強いていうならあの中央で佇む幽霊のような何かだろう。

さて、奥の部屋に辿り着いたぞ?



『......はい!何もない〜』



本当に何もなかった。無駄に広いその空間に家具ひとつ置いていない。

ただ暗いだけだ。人がいた気配すらない。



『ガチガチッ!!宝箱すら置いてねぇのか!?だったら、この空間は何のためにあるんだよ?』



思わず、そんなことを叫ぶ代わりに顎を鳴らしてしまった。段々とこの場所の探索があまり意味のない行為だという事実に気づいてきた。

だって......なにもないんだもん!!

再び元の場所に戻ると、右を見る。確かにその先にも進めるが、その為には羽を使う必要があった。



『もういいや、先にあの幽霊に会いに行こう!そうしたらここが何かが少しは分かるだろ!!』



ひょいひょいと下に降りていく。

落下ダメージはないので安心だ。



『さぁ、行くか!』



俺は置いておいた本を持って先に進む。

一応持っておく。何かに使えるかもしれないからな!

異様に大きな扉を抜けた。閉まるギミックはない。

入ってみて気づいたが、この空間も異様な構造をしていた。

まず、手前から奥にかけて狭くなっていく、妙な階段が俺の行先に広がっていた。しかし、その階段まで行こうにもまたもや足場がない。

流石にこれ以上先に進むには、羽を使わざる得なかった。当然、その先に目的地である例の丸いステージがある。

周囲を見渡す。全体的にここは楕円形の空間みたいだ。

足元は暗闇で、ある程度の暗闇を見通すこの目ですら見えない。



『いや?なんかあるな......また筒か?いや、支柱だな』



暗闇に伸びる六本の支柱が、中央のステージを支えていた。

中央ステージも地下深くまで続いていた。階段の土台もそのまま下へと伸びている。

どこまで続いているのか気になるが、流石に今はやめておこう。順序ってやつをある程度守ったほうがゲームは楽しいんだ......分かった!!正直にいう!!



『流石に怖ぇよ!!この深淵は!!』



それ以外に目立つ要素はなかった。壁に彫られた溝が、中央のステージに伸びているくらいだが、特に重要そうではない。



『あの目立つ塔はここに繋がるのか』



赤い光の正体がわかった。

スポットライトを当てるように、天井から差し込んでいた光は、今にも沈もうとする日差しだった。

段々とその明かりが弱まっていくのが分かる。



『昼だったらこの暗闇も見えたかもな』



足元に広がる闇のことだ。また来よう。



『ブゥゥゥ!!今はあの正体を見る...!!』



いよいよ俺は羽音を立てて飛んだ。

辺りに残響が走る。ここに何かがいたなら、間違いなくそれは耳に入る大きさだ。

その正体が表示される前に、俺はその全身を見た。



『......鎧だ』



それは、普通の鎧だった。この場所で朽ちていた鎧と同じ見た目をしていた。

それは、堂々と佇んでいた。右手に剣の柄を持ち佇んでいた。

それは、俺を見上げることもせず、ただただ立ち尽くしていた。

その姿は、俺を畏怖させるには十分だった。



『明らかにヤバそうだな......』



それまでを考えれば雑魚的でしかない見た目だった。

道中に無数に転がっているたかが一体だ。

だけど、なんだろう......明らかな異様感が漂っていた。

それを言葉で表すならこう呼ぶだろう。



『歴戦の猛者.......あるいはここを守る守護者か』



中央の円に僅かに頭が入ったその時だ!!

ブワッ!と全身から青白い光を放ち、その鎧が静かに動き出す。そして、スラッと放たれた一筋の青白い剣を持つと、それを静かに俺に向けて構えた。



ピロッ!


【崩落の騎士 脅威度 不明】



緊張感のあるSEと共に表示された名は、俺を高揚させるには十分だった。

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