5% 崩落国家プラセル(2)

敵の名は崩落の騎士。脅威度は不明。

勝てるかどうかも怪しいレベルの敵だが、なぜか崩落の騎士は剣を掲げたまま動かない。



『崩落の騎士はようすをうかがっている...てか?』



まさにゲームでいうこんな状態だ。

先手を打つか?いや、まだ待とう。まずは敵の分析から入ろうか。

敵は剣をかざすのみで動かない。目を逸らしてみるが不動...どうやらホラーゲームにありがちな敵ではないらしい。



『脅威度不明ってのが怖いな......確実に何か武器を持ってる』



それがこれまでの経験則だった。

闘鬼バルカに始まりザトウヌシ、ムカデの親玉にグロウディアス、そしてコイツだ。

少なくともグロウディアスと同格、あるいはそれ以上のレベルだと思っておいたほうがいいだろう。

そもそも、なぜここに一人だけ動く奴が配置されているのかも不明だし、雑魚的がいないからこの場所がどんなレベルのダンジョンなのかも分からないんだよ。



『好戦的な性格じゃない......か。生身の人が入ってるとも思えないし、ゴーレムか?』



大丈夫、後ろの扉は閉められていない。退路はある。それに、上の筒から飛んで逃げることも可能だ。

残存体力は389P、魔力は79Pで全快。

使えそうな新しいスキルは特になし。

羽は良好、針は先端が折れたまま...!!



『使えるのは......顎か』



最悪、針は牽制に使える。

先端が折れて刺せないだけで、剣を受けるだけの幅は残されていた。

裏側に回る。奴はそのまま動かない。



『動く条件があるのか?』



敵の背後を取った。



『......チャンス!ビィィィィィィィ...!!』



羽音を立てて勢いよく迫ると、大顎をガパっと開いた!敵は動かない。

俺は奴の首を切断するイメージで迫った。

しかし突然、俺の目の前にそれは現れた。

青い閃光の太刀筋...!?

俺の攻撃を流すような動きだった。

崩落の騎士は既に剣を振り下ろしている!!



『速っ...!?』



ガチッッ!!俺は顎を閉じた。

その太刀筋を閉じた大顎で受け止める!!

キリキリと顎の表面が削れる感触が振動を通して伝わってきた。

敵は青白い光を放ち、やはり俺の目の前まで迫っていた。

速い、速すぎる。

敵は右手で構えた剣を持って振り向き、その剣を両手に持って振り下ろしていたのだ。

その動作の中で俺は、顎を閉じるのが限界だった。奴のSPDは少なくとも俺の倍はあるってことになる。



『俺のSPDは185...その倍か、つまり!俺が一回動く時間で、こいつは二回動くってことか!?』



俺はその攻撃を受け止めたまま敵を見据える。青い光が兜から溢れていた。



『やべっ...押し負ける......うらぁぁ!!』



ギリリッ!!金属が削れるような音と感触、俺は敵の力に押し負ける前にその力を横に逃した。

敵の攻撃の後隙をつく!

例え二回行動でも攻撃の反動は無視できないはずだ!ゲームならなおさら!

俺は体勢を崩した奴の右腕を狙う!!

その時間は間違いなく俺のターンのはずだった。

ブゥン......その音は突如として鳴った。



『......盾!?』



俺の目の前に現れたのは青白い盾。

右手に持っていた剣はいつの間にか左手に移っていた。

敵はその盾を悠々と構えると、迫る俺を跳ね除けるようにパリィした!!



≪...-0...≫



ダメージはない。しかし、俺は体勢を大きく崩された。

左から崩れていく。俺の腹部が右側から上部に現れていく。



『左が来る!!』



状況を把握する余裕はない。次の攻撃を予測するしか、俺が生き残る方法は残されていなかった。

敵の攻撃のコンボ。それは左手の剣から繰り出される攻撃だ。

俺の腹部を両断する剣。

俺の腹部を突き刺す剣。

いずれの狙いも腹部だろう。

俺ならそこを狙う。

体勢を整える時間はなかった。

敵は予備動作を終えて動き出している。それは、青い一閃を纏った突き...!!

光が剣先をなぞるように反射した。その直後、風を切る音と衝撃波が俺を襲った。



キンッ...!!



鋭い音は俺の尻先で鳴った。針と剣先は見事に重なり拮抗する。

俺は、折れた針でそれを受け止めていた。



『覚えときな、パリィは盾だけじゃねぇんだよ!!』



俺は、その一閃を更にパリィする...!!

敵はその反動に体勢を崩した。

俺はその勢いを利用して、大地を蹴るように体勢を戻す。

攻撃のチャンスだった。しかし、あえて俺は追撃を棒に振るった。それは、ある一点に気を取られたからだった。



『今度は盾が消えた!?』



敵の右手に現れていた盾はいつのまにか消えていた。俺は周囲を警戒した。



『隠してある訳じゃないのか?』



それがどこから現れ、どこに消えたのか定かではなかった。

俺は再びそれが現れることを恐れた。

崩落の騎士は崩れた体勢を取り戻す。そして、ゆっくりと剣を右手に持ち直すと、左手を剣にかざした。何をしているんだ...?

俺がそう思って見ていた瞬間......夕焼けのような赤が俺の視界を奪った!!

ブォウ...!!そんな音が赤と共に鳴る。



『炎...!?属性付与か!?』



瞬時にその能力を評価する。



『ははははは!面白い......!!』



俺の目の前に青白い剣は燃えていた。赤く、赤く、燃えていた。

うへへ、そんなことも出来るのね〜この世界。



『なるほどな、コイツはスキル系の敵か!!』



それはゲームの敵を作る時に作る大まかな属性だった。

分かりやすい例だと闘鬼バルカだ。アイツはどうみてもパワー系の属性で、攻撃力やそれに有利なスキルを持っていたりする。

グロウディアスが魔法系で、ムカデの親玉はスピード系だろう。ザトウヌシは少し異様なタイプで、恐らくは手数の多さが売りのボスだと思う。いわゆる召喚系って奴だ。

その中で、コイツはスキル系のボスだと暫定する。

スキル系......それはその名前の通りで、俺と全く同じタイプの敵ということだ。

純粋なスキルの効果と数を武器に戦うタイプの敵ってことさ。



『じゃぁ......俺めっちゃ不利じゃん』



当然同じタイプの武器を持つ場合、スキルの質や数、使い方で勝敗が決まると言っても過言ではない。

コイツに俺はステータスで劣っている。

だからこそスキルの質と量が勝利の鍵を握っていた訳だが、その鍵束を敵に握られてた場合、俺はどうすればいい??

カチャ...カチャ...敵はゆっくりと、鎧を鳴らしながら近づいてくる。

右手の剣を外に向け、一歩、一歩と間合いがつまっていく。移動は遅い。



『最悪......一発受ける覚悟はいるな。とりあえず、ダメージが入るかだけ確認したい』



その間合いに入らないように様子を伺う。

あまり距離は開けない。敵が遠距離攻撃の手段を持っている可能性を見落とすことはしない。

ガチャッ...!!



『うおっ!来るか...!?』



敵の攻撃。勢いのある踏み込みと突き刺し!からの振り上げ!俺は体を捻るように避ける。

空振った赤い炎が、踊り子の振袖のように舞っていた。

敵の剣は大きく自身の背後まで抜けた。その攻撃の隙を見せるが、俺はまだ攻撃はしない。

俺はそのまま、まわり込むように奴との間合いを詰めた。その瞬間、崩落の騎士はその剣を空中で逆手に持って踏み込む!

そう!まだ敵のターンは終わっていない!!



『払い切りが来る...!!』



再び敵は右脚から踏み込み、走り出し、切りかかる!!

右から左に払われる太刀筋。その狙いは胴体と胸を繋ぐ細い節。

迫る攻撃に俺は、その場で前転をするように動いた。胴体は奥へ、上に動き、剣先は俺を捉えることなくすり抜ける。



『今度は俺の番だ』



剣が俺の前を過ぎようとしていた。

そんなことはさせない...!!

俺はそのまま一回転した。太い胴体が上に持ち上がる。

俺はその勢いを針に乗せ、ハンマーのように思いっきり振り下ろした!!

剣の腹に針が乗る!!

キッィン!!

剣と剣が拮抗したような甲高い金属音。

崩落の騎士は剣を放す隙もなくバランスを崩し、膝を付く寸前だった。



『トドメのコマンドは今!!』



俺は噛みついた。断頭台のギロチンの如く、崩落の騎士の首目掛けて顎を締めた!!しかし、その直後に違和感を感じ取る。



『ダメージの表示がでない...!?』



俺は静かに距離を取った。何かがおかしい。

確かにコイツはゴーレムだ。首を落としたところで倒せる相手ではないだろう。だとしても!!ダメージが0も入らないのは違う!!

それが問題だった。



『攻撃判定になっていない?』



崩落の騎士がゆっくりと立ち上がった。

俺に首を噛み切られた素振りもなく、悠々とした動きで青白い細身の剣を構え直した。

ジュゥ......炎属性のエンチャントが切れる音。

俺は再び身を引いて様子をみる。考える。



『どういうことだ?攻撃が入らない?部位によってあるのか?』



やはり一筋縄ではいかない。

ゴーレムといえば文字を消して倒すとか、コアを砕いて倒すとかが定石だと思うが、奴にそんな要素はない!

青い光を纏っているだけだ。

何か弱点がある?いや、ゲームのボスような露骨な弱点は見当たらない。そりゃそうだ。

少なくともゴリ押しで勝てる相手じゃないもはこの戦闘で分かった。



『PvPでもしてる気分だな』



運営が中に入って戦ってるとかないよな?

崩落の騎士は固まっている。剣を構えたまま、動くことなくステージの際で俺を待つ。



『俺の動きに連動している?』



ブゥゥゥゥとホバー状態で横に移動する。



『いや、違うな......』



俺が背後に回っても奴は動かない。

何かある。必ずこの状況には何か意味があるはずだ。なんだ?なんなんだ?



『魔法しか効かないとかはやめてくれよ?』



その場合は詰み。グロウディアスに乗り込むしか方法はないが、あの巨体じゃ外に出られる穴がない。多分ギッチギチに詰まって終わる。

とりあえずダメージを与えないと話にならない訳だが、仮にダメージを無効にするスキルを奴が持っている場合、その効果の種類は計り知れない。



『一定回数無効、一定ダメージ無効、不利属性以外は無効、物理無効、魔法無効......マイナーチェンジも数えてたらこんなのキリが無いぞ!?』



一瞬で思いつくだけでもそれだけある。絶望的過ぎるだろ。



『諦めるか......いや、もう少し戦わせてくれ!なんか引っかかるんだよ』



勝てない...その本能的な絶望感は感じない。

本能はどこかグロウディアスのような希望を感じている......なぜ?



『こういうときはとりあえず攻撃しまくるしかねぇ!!それでダメなら諦める!!』



考えるフェーズは終わりだ。

ここからはダメージ覚悟でテンポ良く戦う。

ブゥゥゥゥゥゥゥ!!

急降下して奴の間合いへ入った。当然それには反応する。崩落の騎士は振り向く勢いのまま、払い切りを繰り出した!



『よっと!!』



俺は揺れるように動いて難なくかわす。

続くターンは敵。崩落の騎士は回避先に置いたような突き刺しを繰り出す!

チィン!それを針で叩くように流した。

ターンは俺の手に渡る。

開く大顎、回避の勢いに乗って敵の背後に回る。



『!!』



目の前には剣先!逆手に持った剣。

腕を引く自然な流れのまま攻撃が迫る!!

ガチッ!!大顎のギザギザした所で剣を挟む。

ギギギギギ...!!剣から鈍い音が鳴る。



『折れろっ!』



全体重とテコでへし折ろうと試みるが、



『か、硬ぇ!!絶対折れねぇわ!!』



無理!!拮抗状態は長く続かなかった。崩落の騎士が左手を何やら剣に伸ばしている。



『やっべ!!』



ボォゥ!!目の前で再び燃える剣に、慌てて投げ出すように払い除けた。



『や、やるじゃねぇか!!普通にビビったぞ』



というか、ぜんぜん攻撃ができていないじゃないか!!

俺はそんな狩ゲー特有の焦りを感じ出していた。時間制限は特に無いはずだが、何もできずにただ過ぎている状況に焦っている。

HPゲージの前にダメージソース!手数が少な過ぎる。ただただ消耗しているだけだろこれ。



『どうしよ〜攻略法わかんな〜い』



幼児退行しても教えてくれる大人はいない。ははは、何やってんだ俺。

そんなことお構いなしに続く敵のターン。

再び燃える剣を構え、一歩ずつ間合いを詰める。待てよ...!?



『そうじゃん!俺、遠距離攻撃出来るじゃん!!』



俺は階段に戻ると、置いておいた本を一冊手に取った。そして、高く上に飛ぶと、敵の頭上からそれを投げ付けた!!

重厚感のある参考書サイズの本が、勢いよく敵の頭の上目掛けて落ちていく!!



『これでいける!!』



そう思っていたが、次の瞬間にその本は音も無く真っ二つに裁断された。

ブォォォと、二つになった本が敵の両脇で呆気なく絶命する音が聞こえる。燃え尽きた灰色が奴の周囲に舞い散った。無念。



『うわぁぁぁ!!そこで裁断する奴はいねぇだろぉ!!普通は端を斬るだろヘタクソ!!』



せめてクソみたいなチャットを飛ばす。

冷静に考えて剣で本を裁断する奴はいないし、燃えてるから綺麗に裁断しても意味がない。全部灰になった。

崩落の騎士は何事もなかったかのように立ち振る舞う。余裕かよお前。



『遠距離は......無理だな!魔法とか使ってもなんか跳ね返してきそう......分かったよ』



腹を括った。

もういい!ここで一度俺は死ぬ!

ブゥゥゥゥゥゥゥ!!狂った勢いで背後に迫る。それからの流れはさっきと同じだ。

奴は振り向き様に払い切る。キンッ!!俺はそれを適当にパリィする。



≪...-10...≫



炎が針から胴体に延焼する。一瞬だが香ばしい匂いがしそうなダメージを負った。

もう知るかよ、構うもんか!!



『学習済みだ!!』



大きく左に体勢を崩す奴に俺は近づいた。

ガチッ!!問答無用で頭に噛みついた!!

パキ......鎧が硬ぇ!!鎧もバカ硬いじゃん!!

欠けた顎の先を見て一瞬怯むが、もう今更だ!

奴が体勢を戻そうと動くが、そうはさせるかよ!!俺は六本の脚で意地でも奴の四肢を拘束する。

ガチャガチャと俺のバインドから抜け出そうともがく戦士。そんなことお構いなしにスルメのようにガジガジと、何度も、何度も、何度も、何度も、しつこく同じ場所を齧り続ける俺!!



『齧る齧る齧る齧る齧る齧る齧る齧る』



ガチンッ!ガチンッ!齧るたびに硬い音が鳴り響く。ダメージ表記はない。いやそんなことはどうでもいい!

思考すらも齧る齧る齧る齧る齧る齧る!!

バキョッ!!その間抜けた音で俺は我に帰った。



『あれ?砕けた?』



気づくと、目の前で崩落の騎士の兜の面が砕けていた。

目の前に現れたのは人の姿でも空洞でもない、青白い光が俺を覗いていた。

ドンッ!!その一瞬の気の緩みを崩落の騎士は見逃さなかった。俺の脚の檻から抜け出すと、強く俺の胸部を押して離れる。

ガチャ...カチャ...カチャ...再び剣を持ち、何事もなかったような顔で寄ってくる。

パキパキパキ......奴の頭部から氷が割れるような音がした。



『な......はぁ!?』



その音の正体に俺は恐怖、いや、呆れていた。



『おまっ!!お前も自己再生持ちかよ!!』



そう、その音の正体は砕いた兜が端から修復されていく音だったのだ。

膝から崩れ落ちる勢いの落胆を感じる。

そこから俺は、ある最悪のケースを想定してしまった。



『あなた倒せない敵ですか?』



思わずそう呟くほどの最悪だった。

負けイベント以外に倒せない敵がいるゲームがある。それは、自身がそのルールを上回る無敵状態になるとか、そいつの能力を吸収してシステム的に消すとか、場外に弾き出して奈落に落とす......とか。



『このステージ、奈落が端にあるな?』



つまり、そういうことだ。



『ヤダヤダヤダ!欲しいもん!俺コイツに入ってガシャンガシャン走りたい!』



駄々をこねても仕方がない。今の俺に倒す手段はもう、これしかないんだ!!

奴はまるで、背後に迫ってパリィで落として下さい!そう言わんばかりに端に寄っていた。寄るな〜!散れ〜!

そんなふざけたことを思っていた時だった。



ブゥン...!!



その聞き覚えのある音に、俺は急いで崩落の騎士をロックオンし直した。だが、遅かった。

奴は、右手に青い槍を持っていた。



『槍...?まさか!!』



俺がそれを察する前に奴は投げた!青い尾を引いて迫る鋭さに俺は......反応が遅れる。



≪...-186...≫



ブチブチブチ!!脳裏に浮かぶダメージの数字と共に、葉脈のような羽の繊維が断ち切れる感触に襲われた。

髪が切れるようなもんで、感覚はなかった。

左前羽に大きな穴が開く。その直後、ガクッと左に躓くようによろめいた。

ブブブブ......全力で羽を動かすが、上手く風に乗れずに

もう、まともに高度も稼げなくなった。

HPは残り193/524P。最大HPの30%以下で発動する≪本能解放≫は157Pから!



『あと36P......根性でHP調整はできるけど......』



HPが削れれば削れるほどに意識が薄まっていく感覚に襲われる。

徹夜でのゲーム中、睡魔にリアルHPを吸われて徐々にキャラの操作がノロマになるあの感覚に近い。

HPが減って元気のなるあの現象は多分、深夜テンションのようなバグだ。コイツのスキルも多分それ。



ブゥン!!



崩落の騎士は俺の目の前で再び槍を生成した。

何もない空中から取り出すようにさりげなくそれを引き抜くと、俺を狙うように左手に持って構える。



『やってやるよ!!どうせまともに飛べない体なんだからなぁ!!』



大きな踏み込みと共に放たれた槍!!

ヴァゥィィィィィィィ...!!弾ける空気の層の音。羽がそれを掴む感覚を覚える。


≪...-5...≫


羽を動かす筋肉が熱く熱く迸った!

≪根性≫が発動し、羽音が部屋中に、夏の蝉のように喧しく響き渡る。

煽り散らすような音と共に、俺はその槍に立ち向かうように急降下した。


≪...-5...≫


一秒、二秒、三秒が経った。

目の前に迫った槍が俺を貫かんと進む。

ブィィ......その直後に俺は≪根性≫を切って飛ぶのをやめた。

俺の右の目がそれを見ていた。青い槍が俺の右の前翅と後翅の間を、見事にすり抜けていくこの神技を!!


≪...-5...≫


ヴァィィィィィィ!!槍が過ぎ、羽は再び空気を掴み出す。

見たかこの偉業を!見たかこの技術を!お前は蜂さんを舐めすぎなんだよ!!


≪...-5...≫


まだ舞える!まだ飛べる!!

左の翅の付け根が燃え上がるように痛い。

奴は再び槍を構える素振りをする。それを発動する音なんかない。

この部屋の音は俺の羽音で十分だ。しかし、その興奮を鎮める光景が俺を待っていた。



『連投...!?』



それは崩落の騎士の背後に現れた、だった。

バラバラと現れた槍は、空中で青い粒子を放出しながらふわふわと浮いていた。



『面白ぇ!!一本でも当ててみろよ!!』



音もなく放たれた一本は、手に持っていた槍だった。


≪...-5...≫


迫る青い点。俺はその槍すらも同じように翅と翅の間に沿わせて回避した。


≪...-5...≫


敵はそれを見ると、静かに。そして、背後にある槍を二本両手に持って構えると、砂埃が舞う勢いで踏み込み投げる!投げる!

連続した二本の線が、俺に斜線を引くべく放たれた。

一本目が近づく。左の翅と翅を縫って槍が飛び抜ける。しかし、その先を予測したように動体を狙った二本目に、俺は動揺......するかばーか!!

空中で胴体を丸め、その難は難なく通り越した。



『蜂さんは針で刺すために胴体は丸まりやすいのだ!!はははははは!!』



仮に崩落の騎士が俺だったら、こんな挙動で回避された事実に絶望感と気持ち悪さを覚えるだろう。

そんな機転が効く脳みそが、一体お前のどこにあるんだってな?


≪...-5...≫


それでも槍は無数に残っている。

奴は一本だけ取り出すと、後は何もしなかった。



『構えない?いや!動いている!?』



またしても興奮鎮まる光景に襲われる。

空中に浮いていた槍が、静かに俺に矛先を向けたのだ!!そして!一本、二本、三本と発射されていく槍ぃ!?

初めからそうしろよ!!



『いや、勢いが控えめだな。狙いが変わる訳でもないのか』



それはだった。

数はあるが当たる数は不明、威力も抑えられた技ということになる。

だ。

つまり、俺に使うのはコスパが悪い攻撃ってこと。

しかし!実際、逃げ場はなかった。大きく左右に旋回する能力があれば良かったが、あいにくそんな便利な回避術は持っていない。

目の前に無数の青い点が迫っていた。星座のように美しい光景だったが、その実は残酷だ。

崩落の騎士はそれを悟ったのか、手に持っていた槍を構えることなく静かに佇んでいた。

学ばない。全く君は学ばない。


≪...-5...≫


言っただろう?あまり蜂さんを舐めるなと。

が入った。

その数字が意味すること、それは!!

ブゥゥゥゥゥゥゥ!!

一本目の槍が俺の右側を通過する。続けて二本目が俺の俺の目の前に迫っていた。

抜けた!!俺はと、その落下する勢いのままに大きく旋回する!!

三本、四本、五本目が壁を貫く光景をみる。

俺は、俺は奴の背後を、この状況で一瞬にして勝ち取ったのだ!!



ピロッ!!


≪ステータス≫


HP143/524

MP79/79

ATK642(342)

DFE462(162)

MDF277

SPD485(185)



≪本能解放≫は既に発動していた。

それはHPが30%以下の時、ATK、DFE、SPDが大幅に上昇する効果だった。

300P、それがこのスキルの上昇幅だ。

何かが変わった訳じゃない。それなのに力が湧き上がる感覚が気持ち悪い。

翅の動きが見えない。音は数を重ねて輪唱し、もはや床の砂埃を巻き上げていた。



『最!高!の気分だ!!はははははは!!』



奴の何倍もの速さで動けることが楽しくて仕方がなかった。

見てくれ!アイツはいま手に持った槍を構えようとしている。その間にも俺は距離を詰めることも、離れることだってできる余裕を持っていた。

放たれた槍を左に揺れて軽々と躱した。

崩落の騎士は再び剣を抜こうと手を鞘にかけるが遅い!遅い!遅すぎる!!

奴が一回行動する間に、俺は実質四回行動することができた。

鞘に伸ばした右手を噛み砕こうと俺は大顎を開けた!!

ガチンッ!!

しかし...噛み付いた先に腕はなかった。



≪...-206...≫



脳裏にその数字が浮かんだ。体が軽い。

突如バランスが崩れ、前に一回転する。

俺は翅が制御できずに地面に転がった。



『嘘......だろ?いつの間に?』



転がった俺の目に入った光景。それは、崩落の騎士が剣を振り切り、その足元に俺の胴体が落ちていたところだった。

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