5% 崩落国家プラセル(3)



『だめだ......動けねぇ』



胸部と胴体を繋ぐ節が潰れている。どうやらそこから切断されたらしい。

バキャッ!!反射的に針を出し続ける胴体に、崩落の騎士は剣を突き立てる。

胴体はピクリともしなくなった。

ジワ......と薄黄色い透明な液体が胴体から滲み出る。

カチャ...カチャ...胴体に刺した剣を抜くと、崩落の騎士は頭と胸部と羽だけになった俺の元に、ゆっくりと歩き出した。

動けない。動かせなかった。

羽や脚がピクピクと反射して動くだけで、体を起こすようなことは出来ない。力が入らなかった。



『どうして動けた?俺の方が速いのは確実だったはずだろ?』



悔しさや苛立ちよりも、何故?その感情が勝った。

今回は素直に俺の負けだが、その謎が解決しなきゃ再戦だって難しい。

カチャ......崩落の騎士の脚が目に映る。

チャッ、剣を構える音がする。その音はかろうじて聞こえる。



『ふぅー!さすがにこの光景は恐ろしいな』



もう間もなく首が飛ぶ。そう想像をすると、人の体でもないのにその感情が湧き上がってきた。

この器から出ていくこともできたが、それでは情けない。あれ.........何も起きない?



『なんだ......?まだか?』



カラン...カラ...カラ......目の前で剣が落ちた。

乾いた金属音が静かになった部屋で鳴る。



『な?何がどうなってるんだ?』



最後に左の複眼が映した光景は、青い光を失った崩落の騎士の姿だった。

まるで抜け殻になったような生気のなさと、脅威を感じない静けさに俺は動揺を隠せなかった。

俺は......勝ったのか?いや、引き分けか?



『全くなんだよ、人が覚悟決めて待ってたってのに』



内心安心しているのは内緒だ。

処刑寸前に無罪放免で解放されたような緊張感を感じる。蜂の肉体は動かなくなったけど。



『なんでだ?傷もないよな?え?俺が死んだから?いや関係ねぇだろ』



ふわっと久しぶりにアルマとして降臨する。

夕日はいよいよ幕を閉じようと、夜を増した赤がこの部屋を薄暗く照らしていた。その中に青白い光が、ポツンと明るく漂った。

ふわふわと周囲を飛んで色々と観察するが、崩落の騎士はやはり動かない。



『一応......試しに入ってみる?』



ふわっとその中に潜るように入った。



ピロッ!!


【崩落の騎士 ランクA】


≪ステータス≫


HP 1200

MP 630

ATK 515

DFE 120

MDF 370

SPD 115



なんと、ステータスが表示された!

でも驚いたのはそこじゃない。



『えぇ!?ランクA!?このステータスでランクA!?う、嘘だろ?コイツ......やっぱりここの雑魚敵なのかよ!!』



俺がそれまで戦った中ではあり得ない数値だった。なのにAランク。

え?もしかしてランクによるステータスの差って、俺が想像してる以上に幅があるのか?

だとしたらランクAのヴェスパニアナイツの強さは......厳選しておけば良がっだ!!



『でもあそこに転がってた奴全部Bだったもん!それよりスキル!スキルが気になる!!』



ピロッ!!


≪固有スキル プロトタイプ≫


【属性付与】...MPを消費して発動。武器に属性を付与する。


【属性会心】...敵の弱点属性への攻撃倍率が1.25倍追加される。


【ウェポンマスター】...全ての武器が扱える。


【魔術外装】...HPをMPに変換することができる。また、動作にMPを使用する。


【魔術武具】...MPを消費して武具を生成する。


【防壁の刻印】...受けるダメージをMPが肩代わりする。


【復元の刻印】...MPを消費して傷を修復する。


≪ユニークスキル 崩落の騎士≫


【影脚】...ジャスト回避時にSPDが1秒間だけ500P上昇する。


【崩落の残滓】...HPとMPが同時に0になった場合に発動する。60秒間、全ての攻撃を上限なしで1回だけ無効化する。このスキルは連続で発動しない。


【魔力のランタン】...HPが0になってもMPが残っている限り死なない。


【約束の証】...効果なし。



な、なんだぁこのキッショいスキル構成と数は!?最高か?

全体的にMPを重点にした戦闘スタイルで、MPって感じだな。

ダメージを出せるスキルが≪属性会心≫だけなのと、MPを回復する手段がないのが惜しいが、俺には関係ない。

足りないなら足せばいいからな。

次の受肉先にスキルの互換性があればの話だけど。



「あー、こいつは戦闘中、ギリギリMPが切れて動かなくなったのか......んで、俺がやられた理由は≪影脚≫が原因って訳ね。そういやアイツ、もんな!納得だわ!」



外にいたのは既に魔力が枯渇した個体だろう。




「ってかあれ?声が出るぞ?あーあーテステステス......声が出る!!」



その発見に俺は思わず両手を上げてポーズする。

この声は本来の俺のものではなく、別の若い男の声だった。恐らく、この鎧の元の使用者の声だろう。

透き通るように爽やかな声質だが、鎧に反響しているのかぼんやりと響いていた。



「うぉー!久しぶりに人の形になったぞ!!やった!!受肉したぁ!!肉ねぇけど!!」



相変わらず顔はないが、嬉しくてステージを踊りながら走り回る。動く度にガチャガチャとうるさい音が空間を満たした。

普通に羽音レベルでデメリットじゃないか?この音のうるささ。



「あ、MPが減った。なるほど、この動くたびにMPを消費するデメリットは、俺が動かしても変わらないんだな」



大体五歩で1MPが減る。腕を動かしても何をしても同じように減るから、恐らく車のガソリンみたいな感じで消費されているっぽいな。

ある程度使ったら残量メーターが一つ下がるみたいな感じ。それのMP番だ。



「まぁ、HPは好きにMPに変換できるっぽいし、満タンの状態で変換したらどうなるんだろうな?」



HPを回復する手段限られているからやりたくないが、気になるのは仕方がない。

MPが限界値を超えて回復するならそれは最高だろう?やってみる価値はある!!



「試しに今減った1P......」


≪...-1...≫


「お!HPが減ってMPが回復した!じゃぁ、次はこのままもう1P......」


≪...-1...≫


「おお!ソシャゲのスタミナみたいになったぞ!?」



俺のMP表記は631/630になっていた。

どうやらってことになるらしい。

もしかしたら、これが青い光を出していた理由なのか?とすれば、生前の崩落の騎士はわざとHPをMPにして死んだのか?いや、≪魔力のランタン≫の効果でMPが残っていれば死なないはず......どういうことだ?



「まぁなんでもいいや!とりあえずお外に出ましょー」



今からバルガー山脈に戻るのが楽しみだった。これならあの強敵ともある程度戦える。



「引き継いだスキルは......」



俺はステータスの確認をしながらルンルン気分で階段に向かっていた。

階段の近くに置いておいた本を回収すると、右足が階段の一段目を踏んだ。

ゴゴゴゴゴ......その瞬間目の前で音が鳴った。それは、だった。



「は?ちょ!!」



ガチャガチャと急いでそこへ向かう。しかし、階段の終わり、奈落に続く穴が俺の足を止めた。

羽がない!?忘れていた...俺はもう飛べないんだった!!

ジャンプして届く距離感でもない。



「ふ、≪浮遊糸≫...!!」



引き継いだスキルの一つだった。しかし、手の先からふわふわと漂う糸はあまりにも弱々しく、触れるだけで千切れてしまう。

この鎧は想像以上に重かった。

ドンッ......扉は堅く閉ざされてしまった。いや、どういう罠?



「あそこから出るしかねぇのか」



俺はステージの中央に戻って天井を見上げた。すっかり陽が落ちて暗くなった空が見える。



「星がキラキラと煌めいてきれ......ん?」



星かと思って見ていたが、明らかにそれは動いていた。

無数の光る何かが、このステージを起点に上空を埋め尽くす勢いで広がっていった。

ォォォォォォォォォ......その瞬間、唸り声のような音が空間を埋めた。魔物の気配はない。



「なんか、ヤバい?いや!!やばい!!」



それは地震が起きた時のような心境だった。段々と唸る音が大きくなっていく。その音を例えるならサイレンのようだった。

不協和音が大きく、大きくなっていく。

脳裏によぎる御伽噺。

思い出したレルの話。

その話がもしも事実だったら、今からここに来るのは間違いなくヤバい何かだ!!



「どうする!?どうしよ!?落ち着け俺!!出るんだここを!!足場はないのか?足場!!」



周囲をキョロキョロと見渡すが何もない。

奈落に壁に頼りない足場と階段だけだ。

上を見上げると光る何かは変貌遂げていた。

何か、何か模様が重なっている。



「レルの話がほんとうなら、極太のビームとか飛んでくるんじゃねぇのか!?やだやだ!せっかく受肉したのに!!スキル!スキルはないのか!?」



スキル一覧を瞬間で眺める.....あった!!



「これしかない!!≪魔術武具≫!!どう使う!?ええと、盾!盾!!」



俺は小ぶりな盾をイメージした。すると、ブゥン......音と共に目の前にイメージ通りの青白い光を放つ盾が現れた。



「できたぁ!!これをいっぱいだ!!並べろ並べろ!!」



ブゥン...ブゥン...俺はとにかく沢山の盾を用意した。感覚だが、消費したMPに応じて強度や顕現する時間が決まっているらしい。

その生成した盾たちを縦に、螺旋状に並べると、俺は!!その盾を蹴って空に走り出す!!



「間に合え間に合え!!」



バリン!!バリン!!と踏み込む度に盾が割れる音が鳴った。

当然MPは最低の1P。僅かな衝撃と時間で壊れるが、それでいい!!足場にさえなれば!!

段々と空が近づきてきた。

塔の壁には無数の絵のような、文字のような、模様のような線が上に伸びていた。

上空の大きな模様が徐々に鮮明になっていく。

人と同じ視界、色、画質に感動を覚えつつも、その光景に驚愕する。



「魔法陣......?」



俺は塔を登り切った。その頂上で、一番空に近いこの場所で、俺はそれを眺めていた。

そこには見たことのない六つの魔法陣が、花びらのように重なる光景だった。

まるで時計の機構のように複雑に絡み合うその姿は美しく、もういっそこのまま眺めていたいほどだ。

ブォォォォォォォォォ!!

しかしその音が示すように、もう間も無くそれは完成を迎えようとしていた。

時間がない...!!



「どうすんだよこの距離!!受けれても2回までだぞ!?」



魔法陣はこの国を覆う大きさだった。

物陰に隠れたとしても、規模からして無駄だと悟っていた。

バリン!バリン!バリン!

そうこうしている間にも俺は先を目指す。なるべく速く!外に出る!!



「だめだ!!来る...!!」



そう感じた瞬間、夜空が昼間のように明るく照らされた。

視界の全てが白になった。遠くに映る街とバルガー山脈の黒いシルエットが白に染まる。

何が起きたのか分からない。



≪...−1198...≫



一瞬、意識がなくなった。

そのダメージは俺がHPをMPに変換したものだった。

≪崩落の残滓≫の無敵化が発動する。そう、元々あった631PのMPはダメージを肩代わりして全て溶けていた。

今は1198/630がMPでありHPだ。

白い光は大地の奥底に吸い込まれるように消え、再び辺りは夜に包まれる。



「い!生きてる!?いや、HPはもう0だ...!!無茶が出来ねぇ!!」



ゾンビ状態になって空を走っていた。

何気に≪影脚≫と≪本能解放≫が発動し、俺はさっきよりも速く動けるようになっていた。

バリバリバリバリバリと連続する音が、まるでガラスの上を走っているように聞こえる。

俺の体から青い炎のような光が漂い始める。



「よし、ここから60秒でこのステージを突破する!!」



無敵化の権利は既になくなった。

一回目をHPとMPが0で重なる瞬間、その無敵の隙間を狙ってダメージを受けるつもりだったが、攻撃時間の判定が長くてダメだった。

ォォォォォォォォォォォォォォォォ!!

再び空に魔法陣が展開されていく。

この魔法が完成するのが約60秒後。

俺は青い尾を引いて空を駆ける。

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