5% 崩落国家プラセル(4)

再び夜空が昼になった。

再び視界が白に染まろうとしていた。



「間に合え!!」



背後に強いエネルギーの塊が降り注いだのを感じる。

体がビリビリとヒリつくような、感じることのない感覚に包まれていく。

意識が白濁とする。

夢か現実か分からない。そんな浮き足だった感覚が俺を襲った。

視界の端が段々と白くなっていくのを感じる。



「しっかりしろ......俺!!」



意識が戻る。

視界が鮮明になる。

再び夜が訪れた。



「危ねぇ!!なんとか逃げ切った!!」



攻撃の範囲から外れた。

この攻撃にそもそもダメージは無かった。

その代わり、何かが奪われていくような感覚があった。それが何かは分からない。

誰かが遠く離れていくような感覚。

何か大事なものを失っていく感覚。

何者だったかを忘れる感覚。

そんな、恐ろしい感覚だ。



「強力な精神汚染系の攻撃だろ......この感じ」



ゲームのキャラが混乱して仲間を攻撃する感覚ってこんな感じなんだろうな。



「あぁぁぁぁ!!生還!!正確にはHP0だけど〜」



残るMPは1132/630Pだ。まだ慌てるような時間じゃない。



【パンパカパーン!!】



ファンファーレが鳴った。

鳴ってくれなきゃ俺は本気でしょげる。

それくらいの危険となんかヤバそうな事態を乗り越えたんだ。崩落の騎士だって決して楽な敵じゃ無かった!!



【まさに前人未到の地!崩落国家プラセルの遺物を入手することに成功しましたよぉぉぉぉ!!ふぅぅ!間一髪ですねぇ〜】



特典はないの?報酬は?結構頑張っだよ?



「え、それだけ?」



それだけだった。



「だから何なんだよぉぉぉ!!」



夜空向かって俺は叫んだ。草原でその声は障害なく澄み渡る。ちゃんと声が出る......出るんだ。



「これが報酬......か。まぁ、十分だな」



ここに俺が来るのは早かったのだろう。

多分俺が見た要素はほんの一部で、確実に何かが隠されていたのは確かだった。

謎も解けてなければ、あの奈落の下も結局見ていない。動きそうな壁に意味深に転がる鎧の骸たち。

図書室に残されたメモにはなにが書いてあったのだろう?誰に宛てたものだろう?



「ラスボス後のエンドコンテンツかもなぁ......ここ」



そう考えるとあの光の柱は制限時間ってことだったんだろう。あるいはそのステージでやってはいけない禁忌を侵したとかな?

崩落の騎士の存在が今回はそのスイッチだったんだろう.......ちょっと迂闊だったか?

はぁぁぁぁ、ちょっと、しばらく休憩したい気分だ。

俺は鞘に収まる剣を引き抜いてみる。



ピロ!


【崩落の剣 ランクA】...装備時に発動。動作時のMPの消費を50%カットする。また、魔力を消費してこの剣の耐久値を回復する。

ATK+120P。MP+300P。耐久値3000。



なるほど、これはいいものだ〜。

コイツさえ手に持てば、俺は実質二倍動くことができるようになるってわけだ。

ああ、素敵な効果だぁ〜。

確かに持っている時とそうじゃない時でステータスが変動する。

素で515PあるATKが635Pまで上昇するし、MPの上限も630Pから930Pまで上昇と、かなり強い。

耐久値3000がいまいち強いのか分からないが、ダイヤのピッケルくらいに頑丈そうな値はしている。強そう。



「さて!今こそ引き継いだスキルを確認しますかね!」



さっき大雑把に確認しちまったけどもう一度眺めておこう。



ぴろっ!!


【崩落の騎士 ランクA】


≪ステータス≫


HP 0/1200

MP 630+300

ATK 815(515)+120

DFE 420(120)

MDF 370

SPD 415(115)


≪固有スキル ワスミ≫


【憑依】...アルマのスキル。肉体を器とする。


【不死】...アルマのスキル。物理的干渉と死を無効にする。


【オートマップ (攻略者)】...一度歩いた場所を自動で記録する。


【ターゲットフォーカスLv.Ⅱ (攻略者)】...ロックオンした獲物を一定範囲追尾する。


【壁歩】...僅かな時間壁が歩ける。


【浮遊糸】... MPを消費し、僅かな時間空中を漂う特殊な糸を生成する。


【根性】...HPを消費し、スキルの限界値を僅かな時間超えることが出来る。


【収納】...持てるアイテムが増える。


【本能解放】...HPが30%以下になると発動。ATK、DFE、SPDが大幅に上昇する。


【属性付与】...MPを消費して発動。武器に属性を付与する。


【属性会心】...敵の弱点属性への攻撃倍率が1.25倍追加される。


【ウェポンマスター】...全ての武器が扱える。


【魔術外装】...HPをMPに変換することができる。また、動作にMPを使用する。


【魔術武具】...MPを消費して武具を生成する。


【防壁の刻印】...受けるダメージをMPが肩代わりする。


【復元の刻印】...MPを消費して傷を修復する。


【影脚】...ジャスト回避時にSPDが1秒間だけ500P上昇する。


【崩落の残滓】...HPとMPが同時に0になった場合に発動する。60秒間、全ての攻撃を上限なしで1回だけ無効化する。このスキルは連続で発動しない。


【魔力のランタン】...HPが0になってもMPが残っている限り死なない。


【約束の証】...効果なし。



ほとんど崩落の騎士のスキルで埋まっていた。そう考えるとやっぱエンドコンテンツだわこの性能。

そんでやっぱしスキルは強い!!穴あき装備一式が地雷ってことがハッキリと証明されたな。



「この≪約束の証≫ってスキルだけ死んでるだよな......果たされちゃったか?」



ユニークスキルになっておきながら効果なしは流石に酷い。

もしかしたら特定の条件で発動する、隠しスキルみたいな能力かもしれないな?あるいは何かのギミックに使うスキルとか?



「まぁいいか!なんかスキルになってない能力とか全然あるっぽいし」



耐性とか弱点とか、まさにそんな感じで隠されてるからな。



「本......どうしようかなぁ」



左手に持った二冊の古い本。

今読んでもやはり何が書いてあるのか分からない。強い魔法に晒されたからか、全てのページに青く光る文字が浮き出ていた。



「だとしても読めない!!」



その一冊はメモ書きのようにびっしりと文字で埋められていた。その全てが分からない。悔しい。

挿絵のようなものが所々に描いてあるが、それもよく分からない。



「この世界の絵本とか小説とかでした〜って言われたら......ははは!怒るよ?」



多分違うから大丈夫。どちらかといえば汚い学生のノートって感じだからな。日記とかが妥当な考えだ。

もう一冊を開くも同じような感じ......ん?



「なんだこれ......」



その本の途中、一つの絵が俺の目を奪った。

大きな円に収まる大きな黒い何か。その黒い何かは、ムカデのような見た目をしていた。でも、それは俺の知るムカデの親玉、≪千の脚を持つ者≫の姿ではなかった。



「どこかにコイツがいるのか?」



あるいは、こいつが崩落国家プラセルに潜む真のボスなのかもしれない。

確かにここは円形のステージだった。その可能性はあるが、気配はない。

さらにペラペラとページを捲っていると、どこかから声がする。



「......ミ!」



それは聞き覚えのある声だった。



「レル?レル!?いるのか!?」


「......スミ!ワスミ!!近くにいるの!?」


「ああ!!ここだ!!......なんでレルがいるんだ?」



ヴェスパニアと違ってこの器は夜目が効かなかった。普通に暗いし何も見えん。

幸い今の俺は青白く光ってるから、レルの目からは目立つだろう。



「ワスミ!!ワスミ......だよね??」



ふしゃふしゃと草を踏みつけて現れたのは間違いなくレルの姿だった。

俺はゆっくりとしゃがんだ。レルを安心させたかった。

細い足と腕には小さな生傷が増え、痛々しく青白い肌は薄い赤で滲んでいた。

レルは疲れた顔でヨタヨタと俺に近づくと、少し怯えた声でそういった。



「ああ、俺だ!どうした?崩落国家を見に来た......って状況じゃないよな?」


「たぁ...助けて!!はぁ、みんな、みんな襲われたんだ!黒い奴が上から!!みんなが刺されて......うっ」



レルが気持ち悪そうに口を押さえる。それは酸欠だけが理由では無さそうだった。



「落ち着け......何が出たんだ?何があった?」


「黒い奴だよ!僕たちの国を覆うような魔物が出たんだ!!岩が崩れてきて......それで!!早く......みんなが.........ルルファが!!」


「レル!?」



レルは気を失い倒れる。それを両手で支えると、ゆっくりと立ち上がった。

あの光の柱と勘を頼りにここまで走ってきたのか?



『数十キロなんて距離じゃないぞ!?』



気を失っても止まらない過呼吸に、痙攣する全身がそれを伝えていた。

ガシャ、ガシャ、俺は何も考えずに走っていた。

その言葉だけで伝わった。何が出たのかを、何に襲われたのかを、その正体を俺は一度見ていたからだ。その姿が脳裏に浮かぶ。



「ザトウヌシ!!」



同時に思考は疑問で埋まった。どうやって奴が現れたのか?あの場所からどうやって移動したのか?分からない!!

分からない......この世界はずっとそうだった。

何もかもが分からないことだらけだ!!

ガチャガチャ!!左手で剣の柄に触れて走る。それだけで消費するMPは抑えられた。



「間に合ってくれ......!!」



ジャッ!!走る勢いを殺す。

俺はコボルトキングダムの入り口に戻ってきた。ついさっきその道を歩いて来たばかりだった。

洞窟の中の灯りが消えていた。燃料が切れている。

そこには人の気配も魔物の気配もない。

アァァァァ......キィィィィィィ......!!

その奥から聞こえる音は反響してぼやけていた。悲惨で、凄惨な、悲鳴のような金切声だった。

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死にゆく魔王に祝福を @ganogatari

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