3% バルガー山脈(8)



『......進化...した......のか?』



俺は、分からなかった。

その状況も、敵のことも、ここから何をすればいいのかさえ......わからなかった。

白い大蛇は真っ直ぐ俺を見ていた。その風貌は奇抜で、爬虫類というよりも寄生虫のような不気味さと、幾何学のような神聖さを兼ね備えている。

顔に目はなく、まるで洞窟に特化した生き物のようだ。

ホライモリが脳裏に浮かんだが、こいつはそんなに優しいもんじゃない。

全身は鋭い鱗に覆われ、それまで個体の集まりでしかなかった群れは、今では完全な個体として君臨している。



ピロっ!!


【ディアス種 脅威度 不明〜不明】


バルガーディアス 脅威度 不明

 Lグロウディアス 脅威度 不明



魔物図鑑の一つが埋まった。僅か二つの項目しかない種族だが、その内容はあまりにも濃いものとなった。

ダメージの蓄積が進化条件なのか?あるいは、生き残った奴がその道を辿るのか?



『......分からねぇ』



他にどんなスキルが隠されているのかも、次に何をするのかも...!!

現に敵は、それまで使わなかった魔法を使った。それが次のメインウェポンというのなら、俺は更に苦戦を強いられることになる。



『くっそ...!!もうさっきと同じ戦法は使えねぇってか!?』



頼みの綱のステージウェポンも尽きた。

俺の対抗手段であった岩の槍も、今では新たな舞台の足場となっている。第二ラウンドの幕開けだ。嘘だろ?



「キィィィィィィァァァァァァァ...!!」



奴の甲高い、鳴き声を浴びる。

不協和音を奏でるバイオリンのような不快感と不気味さに、俺は本能的に戦慄する。



「ノ...ノーア......ア...アア...アリュマ.........?」



空洞音のような間延びと徐々に上がる音量は、レルを恐怖に陥れるには十分だった。

体をガクガクと震わせながら、震える声でそういった。

俺も同じ気持ちだった......コイツはヤバい。

カパ......目の前で敵は大きく口を開いた。その中はやはり空洞で、暗闇が広がっていた。

内臓とかあるんだろうか?そう思うほどに空っぽだ。

最大まで開いた。



ブゥゥンッ!!



奴の口の中に現れたのは見慣れない文字だった。

いや!それは一度見覚えがある!最序盤、俺を追いかけてきたおっさんが放ってきた魔法!!その魔法陣と同じだ。同じ展開の仕方だ!!

六角形に収まった謎の文字がテンプレートをなぞるように綺麗に刻まれていった。

それが完成すると、次に六角形の中に刻まれた文字が変形しながら外に出ていった。

それは煌めく光の粒のような模様だった。

最後に六角形の辺に、小さな三角形が三つ現れる。

......さっぱり意味が分からんが、なんかヤバそうなのは分かる!!



『ヴィィィィ...!!レルのいる方向はマズイ!!』



俺は必死にその場を離れる。コイツの登場時の魔法と同じなら恐らく、直線上に放つ、大きな光の魔法だろう。



『あぁぁ!!絶対ぶっといレーザービームが来りゅぅぅぅぅ!!』



つまりはそういうことだ!!

魔法陣は動く俺を追いかける。正確には奴の首、頭が俺を狙って動いている!!

ビュンッ...!!右の目が眩んだ!!

それは暗闇を食いちぎって迫ってくる!!

飛ぶ位置を予測したような当て方、偏差撃ち!?

急停止なんかできない!!



『一か八か......曲がれぇぇぇぇ!!』



俺は羽を停止させ、瞬時に急降下を狙う!

滑空した刹那...!光線が俺の頭上を掠め取った!!こ、怖っ...!!

ガラッ!!光は天井の岩に当たって消え散った。その衝撃で崩れた岩が俺を襲う!!

ヴィィィィ!!再び羽を震わせると、右に左に舵をとって避ける。

バチッ...チリッ...細かい破片が羽に当たる。

カツン...カツン...と、殻に当たる音が響く。

ダメージはない。

まだ、飛べる...!!

大きく旋回してグロウディアスの背後を取ろうと試みる。

そんなことをしても意味がないことは分かっているが、それくらいしか出来ることも無かった。

それほどまでに絶望的な状況にある。

レルは......いない!?いや、反応はある。奥の空洞に逃げ込んだらしい。脳内マップの黒いエリアに、白い点が動き回っているのが分かる。

とりあえず大丈夫そうだ。



『魔力切れを狙うか......?どうやって蜂で倒すっていうんだよこのバケモン!!』



まるで序盤の装備でラスボスに挑むような絶望感だが、なんとかするしかない。

少なくとも、なんとかなれー!!でなんとかなる相手でないことは確かだった。

立ち込める土埃に紛れ、俺は天井に張り付いて姿を眩ました。

敵は俺の姿を確認できず、右往左往と俺がいた場所を動いている。

とりあえず、今ある武器を急いで確認しよう。



ピロ!


【バルガーヴィスパニアナイツ ランクB】


≪ステータス≫


HP 524/524

MP 79/79

ATK 342

DFE 162

MDF 277

SPD 185


≪固有スキル アルマ≫


【憑依】...アルマのスキル。肉体を器とする。

【不死】...アルマのスキル。物理的干渉と死を無効にする。


≪ユニークスキル 攻略者≫


【オートマップ (攻略者)】...一度歩いた場所を自動で記録する。

【ターゲットフォーカスLv.Ⅱ (攻略者)】...ロックオンした獲物を一定範囲追尾する。


≪固有スキル スタルタス≫


【壁歩】...僅かな時間壁が歩ける。


≪ユニークスキル フローター≫


【浮遊糸】... MPを消費し、僅かな時間空中を漂う特殊な糸を生成する。

【根性】...HPを消費し、スキルの限界値を僅かな時間超えることが出来る。


≪固有スキル ペンドピード≫


【多足】...脚部の痛覚を無効化する。また、HPを消費して自己再生を行う。

【鋭い猛毒牙】...牙の攻撃に猛毒を付与する。また、牙での攻撃時に相手に追加のダメージを与える。


≪固有スキル ローリーポーリー≫


【収納】...持てるアイテムが増える。


≪固有スキル ヴェスパニアナイツ≫


【毒針】...突属性の攻撃に毒を付与する。

【統率本能】...熟練度が上がるほどに支配力が上昇する。

【本能解放】...HPが30%以下になると発動。ATK、DFE、SPDが大幅に上昇する。

【羽音】...飛行時、敵に気づかれやすくなる。



ぐあぁぁぁぁ!?なんだこの情報量は...!!どの種族に属するスキルなのかを判別できるのは便利だけど!今は統合してくれ!!



『ぐっちゃぐちゃで分かりにくい!!』



もう全部ユニークスキル≪吸収≫とか、≪アルマ≫とか、≪引き継ぎ≫とかにしてくれないか!?呼称は正直、なんでもいい!!

俺がそう強く念じると、脳内に青く表示されていたた文字が変形していく。



ピロッ!!


≪ユニークスキル アルマ≫


【憑依】...アルマのスキル。肉体を器とする。


【不死】...アルマのスキル。物理的干渉と死を無効にする。


【オートマップ (攻略者)】...一度歩いた場所を自動で記録する。


【ターゲットフォーカスLv.Ⅱ (攻略者)】...ロックオンした獲物を一定範囲追尾する。


【壁歩】...僅かな時間壁が歩ける。


【浮遊糸】... MPを消費し、僅かな時間空中を漂う特殊な糸を生成する。


【根性】...HPを消費し、スキルの限界値を僅かな時間超えることが出来る。


【多足】...脚部の痛覚を無効化する。また、HPを消費して自己再生を行う。


【鋭い猛毒牙】...牙の攻撃に猛毒を付与する。また、牙での攻撃時に相手に追加のダメージを与える。


【収納】...持てるアイテムが増える。


【毒針】...突属性の攻撃に毒を付与する。


【統率本能】...熟練度が上がるほどに支配力が上昇する。


【本能解放】...HPが30%以下になると発動。ATK、DFE、SPDが大幅に上昇する。


【羽音】...飛行時、敵に気づかれやすくなる。



大分スッキリした。

それまで引き継いだスキルを確認するような危機に陥らなかったからな。丁度いい機会だ。



『え?フロートスタルタスのスキルまだ全部引き継いでる??≪浮遊糸≫って......え?俺、今は蜂なんだけど??』



ユニークスキルは引き継ぎやすい傾向が早速出たかぁ!?

フロートスタルタスのスキルは二つ!!

一つは≪浮遊糸≫で、もう一つは≪根性≫だ!!

前者はその名前の通りに空中でふわふわと浮く糸を生成するスキルだった。しかし、これは蜘蛛の肉体ありきのスキルのはず......俺は好奇心で、試しにそれを使ってみる。



『あ......出る!!出るぞ!?』



なんと!尻からではなく、前脚の先からふわふわと青白い糸が生まれた!?

確かに説明文を読んでも、MPを消費して糸を生成するって書いてあるから大丈夫らしい。でも今は要らない。羽がある。

どちらかといえば粘着糸が欲しかった所だ。



『他に...なんか......なんかないのか!?』



しかし、そのことごとくが現状を打破するに値するスキルでは無かった。

煙が晴れてきた。もう時間がない。

≪根性≫と≪本能解放≫が僅かに役に立ちそうな空気感を出しているが、ステータスが上昇したところで......いや、もう、これしかないのか??

周囲を見渡す。やはり、使えそうなものもない。天井の槍は抜かれ、一面に広がる平らなステージと、その空間を支えるだけが残されていた。

完全に煙が晴れる。俺はコソコソと僅かな段差に身を寄せて隠れる。

グロウディアスはズルズル音を立てて移動を続けていた。

未だに俺を探しているようだ。よほど強い恨みをかったらしい。当然か。



『最悪、HPを減らして賭けに出るしかないか?他にはないのか?くっそ不親切なステージ設計め!使えそうなギミックは光らせておいてくれ!!』



ブゥゥン!!その不気味な音が鳴り渡る。

ブゥッ!!急いで俺はその場を離れた。



『罠...!!』



敵は、グロウディアスは俺を見つけてなんかいなかった。

俺がその音に反応して動くことを学習し、奴は虚空にそれを発動した。

グルン!!激しい羽音のする方へ鎌首を持ち上げると、あらためて奴は俺に魔法の照準を合わせた。

魔法が完成するまでの僅かな猶予、俺はなるべく奴から距離を取る。

間合いをミスれば、一撃で消し炭だ。

奴は大きく口を開ける!!

完成した魔法陣が堂々と現れた。

ビュン......突然の閃光に目が眩む。

問題ない!!俺は近くの柱に飛んで身を隠す!!

ドゴンッ!!という音と共に岩の柱に着弾する光線!!

バチバチバチッ!!雷が落ちたような衝撃が俺の体毛を揺らした。



『もってくれ......柱ァ!!』



しかし!!ドゴッ......ガラッ!!そんな思いも虚しく、目の前で崩される岩の盾。

次の瞬間には、その柱が支えていた地盤諸共崩れ落ち、辺り一体に岩石が落とされた。

俺の心配は要らない。射線上にあった柱が崩されただけだ。

ザァァァァ...!!崩れ落ちた天井からは地下水が激しく流れ出し、新たな滝が生まれていた。

俺はその滝の近くに身を隠す。

風圧が凄まじい。近くに寄るとそのまま下まで持っていかれそうな勢いだ。



『柱が俺を守ってくれるのは一度っきりか......まぁ、十分だ』



俺は次に身を隠す柱を探した。

根本的な解決には全くならないが、何もせず消し飛ばされるよりはマシだ。

ヴィィィィッッ!!ザァァァァ!!

滝の音が俺の羽音をかき消してくれる。それでもグロウディアスは俺を見つけ出し、奴の鎌首が俺の移動に合わせて動くのが見える。



ビュンッ!!


『んなっ!?いつのまに...!?』



柱にたどり着く直前!再び視界を埋め尽くす眩い光が俺を襲った。

目の前まで迫る一閃。

魔法の展開音がない事実に困惑するが、すぐにそれが俺の見落としだと気づく。

俺の羽音が奴に聞こえていないということは、その逆もあるってことだ。

奴はとっくに次の準備をしていた!!

ブゥッ...!!俺は再び羽を停止させて滑空するようにそれを避ける!!

頭上を再び掠め取る一撃。

なんとか回避成功だ!!俺は安心してそのままの惰性で柱に隠れようとした。しかし、敵はそれを許さない!!



『あぁぁぁ!?つ、追尾してくりゅぅぅぅぅ!!』



奴は首を動かして俺を追った。それまでの単発で終わる魔法とは異なり、それは持続時間があった!!

やばい!やばいやばいやばい!!

ヴィィィィィィィィィィッ!!

俺は慌ててアクセルを全開にする。

奴の首を動かす速度と俺の全速力は同等!!

羽にかかる!光がかかる!!

だ、ダメだ!!追いつかれる!!



≪...-5...≫

≪...-5...≫



俺の脳内にその数字が浮かぶ。

俺は.........まだ飛んでいる!!否!羽音はターボする!!

ヴァヴィィィィィィィィィィ!!

その限界を超えた音は、俺に一時的なブーストを与えてくれた!!

羽が焼き切れるような熱さを感じる。



『こ、根性ぉぉぉ!!!!』



そう!さっき使えそうといったフロートスタルタスのスキル、≪根性≫...!!

使用している間ダメージを受け続ける代わりに、スキルの限界を超えて動く効果だ!!

≪羽音≫はヴェスパニアのスキルだ。

ああ...つまり!!限界を超えた≪羽音≫のスキルは!!俺の全速力を超えて動けることを意味しているのだ!!

デメリットとしてはいつも以上にうるさい。敵に確実にバレる!!以上!!

ドゴンッ!!俺を追いかけていた光線が柱に重なる。

なんとか回避することに成功した!!

羽の付け根が筋肉痛になったように痛い。

痛覚は感じないはずだが、久しぶりにその感覚を味わっている。やだ〜。

バキッ......!!柱に大きな亀裂が入った。しかし、それ以上は何も起こらない。

奴の......攻撃ターンが終わったようだ。



『こっわ!!落盤に巻き込まれ......』



急いでその場を離れながら、俺はそれを思いつく。



『この落盤...利用できないか!?いや、できる!!』



残りHPは514/524P。柱は残り二本。

目の前で今にも崩れかけているこの柱は、カウントしていない。そう長くは保たないはずだ。

ヴィィィィ!!次の柱に目掛けて俺は飛び込む。

ブゥゥン...奴は魔法陣を展開し、現れた俺を再び捕捉した。



『ああ!それでいい!!』



不確かな戦略だが、この空間ごと奴を生き埋めにするしか方法はない!!

敵の魔法が完成するほどに、暗闇が徐々に青白く包まれていく。

そして、ビュンッ...!!それは再び俺を追いかけるべく放たれた。


≪...-5...≫

≪...-5...≫

≪...-5...≫

≪...-5...≫

≪...-5...≫

≪...-5...≫

≪...-5...≫

≪...-5...≫


ヴァヴゥィィィィィィィィィィ!!

柱にはまだ辿り着かない!!

ゴリゴリとスリップダメージを受けるHP。

504、494、484、474.....10を刻むように体力が減っていく!!目に見えて減っている!!

まだ...辿り着かない!!



『ビームが終わった...!?いや!なんかくる......なんか、準備してやがる!!』



柱まであと百メートル程度。

奴は既に新しく魔法陣を構えていた。それは、それまでとは異なる形状をしていた。

ぼやけた視界でなんとか読み取ろうとするが......あぁ!!無理だ!!

とりあえず、一目散に柱の影に逃げる!!逃げる!!逃げる!!逃げたい!!

ブィンッ!!それが完成した。

ビュン......ビュンビュンビュン!!



『球!?光弾か!!』



俺と同じサイズの光の球が、何発もその魔法陣から、奴の口の中から一斉に放たれる!!

一発!二発!三発!手持ち花火のようにランダムに放たれたそれが、俺の行手を見事に遮った!!

ヴヴィッ!!ブイィッ!!ヴィィィィ!!



『急停止!旋回!ホバリング!からの急降下ぁぁぁぁぁ!!』



巧みな羽捌きでそれらを避ける!避ける!



『さ、避け切ったぁぁぁ!!』



ダァン!ダンダン!!と柱に当たる光の弾は激しく柱を崩し、揺らした。それは巡りの森で遭遇した、あの聖職隊のおっさんが放ったものとは遥かに威力が異なっていた。

柱は大きく削り取られ、細く残るのみだった。



『俺......丸見えじゃん!?やべ...やべ...!!」



慌てて飛び出す。まだ流石に次はな......にぃ!?

視界に飛び出す無数の光弾。まだ、まだ奴の攻撃は、終わってなどいなかった!!



『あっぶねぇ!!』



直前を通る攻撃。

激しい...!!激しい弾幕が奴を中心に展開される。

だめだ...楽しい...楽しすぎるぞぉぉ...!!

ダン!ダダン!!過ぎ去った弾が壁に当たり、激しい音と共に壁をも崩した。

左からパラパラと崩れる音が止まない。

ブヴィィィィィィィィィィ!!

空気を蹴る感覚を強く感じる。

まだ問題ない!この程度の弾幕なら、余裕で躱せる...!

右!左!上!次の柱はさっきよりも近い。

424、414、404......HPが削れていく。

何か、満たされていたものが欠けていく感覚に襲われる。

視界が......薄まっていく。



『やっばい!!』



右からそれが迫る。

壁のような弾幕が迫る。

回避不可能の厚み!!

これ以上は速くはならない!!

≪本能解放≫のスキルが発動する条件は最大HPの30%以下、そこまでは削れていない。



『間に合えぇぇぇ!!』



右の視界が白に覆われる。

羽先が光に覆われる。

熱い...全身が熱い!!

光の弾が俺を焼き尽くす...!!

その前に、俺は柱の影に入る!!

ダン!ダンダンダン!!

ブヴィィィィィィィィィィ!!

羽音は止まない。止まれない。

奴の弾幕は花火のフィナーレのように一面を覆い尽くした。

その場所から逃げる!!離れる!!

その時は近い!!

ドゴッ!!バゴッ!!奴の魔法が周囲の岩を容赦なく崩していく。その音が縦横無尽にボスステージで響き渡った。

そして...その時がきた...!!

ビシ!!その音が天井から鳴る。



『頼む......上手くいってくれ!!押し潰せぇぇぇぇぇ!!』



ドゴッ!!ドゴン!!

支えきれなくなった岩の天井が、雪崩のように敵に目掛けて落ちていく!!

積み木が崩れ落ちるような光景だった。

ザァァァァァ!!流れ出す滝が隙間を埋めるように全てを覆い、僅かな逃げ場さえも無くした!!

俺はこの空間の角に逃げると、それを眺める。

油断はしない。いつ、またあの魔法がこちらに飛んできてもおかしくはなかった。



『ダメージの表記は......なし。流石に距離が遠いか』



名前が表示される距離までしかダメージも表示されない。

あれは確実に1000、2000......いや3000!3000程度のダメージは出ている筈だ!!ワンチャンは十分ある!!

グロウディアスの最大体力は不明。

岩の雪崩が終わり、奴がいた辺りには大粒の岩の山が出来上がっていた。

ついにこの空間は水に溢れ、地底湖のような幻想的なステージへと変貌を遂げていた。

第三ラウンドは臨めない。

何も、もう何もここには残されてはいない。

目の前には崩れ去った後の柱だけ。

水を出し切った天井の大きな穴は、暗黒に包まれていた。

ブゥゥゥゥ......恐る恐る俺はその山に近づいた。傷だらけの羽でふらふらと左右に揺れながら飛んだ。

期待を裏切る音が鳴った。



ピロッ!


【グロウディアス 脅威度 S】



ダメージは確かに通っていた。

脅威度は不明からSになり、確かな弱体化を感じさせた。だが、もう、切り札はない。

手札を補充する山札もここにはなかった。



『ここまで......だな』



ガラガラ......岩の山が崩れ始めた。奴が、再び動き出した。

俺はただそれを眺めることしか出来なかった。



「キィィィィィィィィィィィィ」


『はぁ〜そんなに怒るなって!もうなんも残ってねぇよ』



あれだけの攻撃でも仕留められないなら、俺の攻撃は無意味だろう。

まぁ、試すだけ試してもいい。どうせ終わるならな?もう、逃げることもままならない体だ。

羽先は最後の攻撃で見事に欠けていた。

今はこれが全力の飛行だ。バランスを取るのも......正直難しい。

グロウディアスは鎌首を持ち上げて吼えた。

ブゥゥン!!俺の目の前で、大きく開いた口の中にそれが浮かび上がる。



『はぁー、俺が魔法とか使えたらなぁ〜?この魔法陣を暴発させてダメージ!みたいなことも出来たんだろうけどなぁ〜は〜あ〜情けな〜ははは!!』



この露骨な時間はきっとそういう意味だろう。ご丁寧に口の中に魔法陣があるのも怪しい。

相殺する、あるいは阻害する魔法を覚えていたらもっと楽に倒せる敵...というか、それが出来る器を用意してからこいって話だったんだろうな。



『ステージギミック戻るかなぁ?再ロードとかってあります?』



再戦する時はこの状態だと助かるな!とりあえず......大人しく今回は諦めましょうとも!



『レル...レルはちゃんと逃げ......ん?戻って来てる?いや、戻ってる!?』


「アルゥマッ!!......マァ!!ルェルマ!!」



その声の先を振り向く。同時に、俺の横を通過した一本の弓矢。

その矢は青く燃え、真っ直ぐに奴に、グロウディアスの口の中に放たれた!!

俺は、俺は体が無意識に動いていた。

今俺がやること、それは、奴の口をそのタイミングで閉じることだ!!

バチィィッ!!矢が届く!魔法陣が歪む!



『おらぁぁぁぁぁぁ!!』



ヴィィィィィィィィィィ!!

下から上に、強く上昇する!!

羽の限界はとうに超えていた。



『お前の下顎に...俺の全身で突進する!!』


「キィァァァ......!?」



ガチッ!!グロウディアスは強く口を閉ざさた。その直後、威嚇する声が止む。

バチィィンッ!!強い、強い光と破裂音が俺を覆った。

不発した魔法は奴の体を貫通し、青白い光が逃げ場を求めて暴走した。

そして、俺の目の前にその数字が現れた。



≪...-524...≫



光が奴から抜け出ると、奴は、グロウディアスは糸が切れたように崩れ落ちた。



「アルゥマ!!ディートゥールァ?」


『レル?......!!』



崖の上から俺を呼ぶコボルトの少年。

彼の周囲には、無数の武装した彼の仲間が集まっていた。



ピロッ!!


【コボルトキングダム 脅威度 なし】



槍を構えていた数人のコボルトが腕を下ろす。

弓を構えていた者も、杖を出していた者も次々に下ろしていく。

剣を抜いている者は鞘に仕舞うと、崖の下へ降りていった。そして、リーダーのような一際屈強そうなコボルトに何かコンタクトを取っていた。

そのリーダー格のコボルトは、その指揮をとった後にレルと話をしていた。



「レル、ルァ......アルゥマ...?」


「ノータ!ア ファリュート レピ ラート!ハピラ〜ト〜?」


「ロ、ロァ、ハピラータ」



多分、俺がアルマかどうかの確認だと思う。



『助かった〜!やったー!勝ったぞぉぉー!!』



俺は俺で勝利を味わっていた。両手を空中で振り上げて喜ぶ。



『まさか!まさか最後にレルが助けてくれる展開になるとは!!』



なるほどな〜救出しておくと、こういうイベントに派生するのか〜!今後も積極的に助けておくか。

ボロボロになった羽を休めるため、俺はレルの近くに寄っていく。その近くのコボルトたちは警戒を怠らないが、レルが振った手に、俺がぴょこぴょこと手を振りかえしたことでそれが弱まった。

グロウディアスの亡骸を見ると、どうやらコボルトの兵士たちが回収してくれるらしい。ロープを体に括り付け、運ぼうと試みていた。



「アルゥマ!マァ!ワ スゥ ムィ!!グルードテノ!」


『んあ?ふぁすぅみ??ぐるーどても??』



レルがリーダーに手を当ててそう言った。多分、紹介してくれてるんだろうけどよく分からん。

俺が首をことんことんと動かす様子を見て、二人が笑っていた。



「ルェル アルマ......ルア サロータ」



すると、腕を引いてこっちに来いというジェスチャーと共に、低い声で彼はそう言った。

どうやら、俺をコボルトキングダムに案内してくれるらしい。

破れた羽を休め、トコトコと案内されるがままに俺は、二人のコボルトの後をついていく。

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