3% バルガー山脈(4)
中層へ戻ってきた。
俺はイマチュニア、バルガーヴェスパニアの蛹が落ちていたところに戻ってきた。
あることが気になっていたからだ。
ブゥゥゥゥゥゥと羽音を立て、マップ埋めも兼ねてその周辺を探索する。
不規則に聳え立つ岩の柱の間を抜け、暗闇の中を自由に行き来する。
滴る水滴が俺の横を落ちていった。地面には湧き水が静かに流れ、その小さな音が空洞に響いていた。輪郭のない残響だ。
俺の予想が正しければ、案外近い範囲で目当てのそれがある筈だった。
ブゥゥゥゥゥゥゥ...!!
ブゥゥゥゥゥゥゥン...!!
ブゥゥゥゥゥゥゥ...!!
ビィィィィィィィ...!!
パキッとした輪郭の残響が、遠くから俺の体毛を揺さぶった。
少し遠くの柱と柱の間には、やけにボコボコした違和感のある巨大なコブがある。
よくみると幾つかの穴が空いており、そこからは見覚えのある白黒模様の蜂と、見覚えの無い黒く煌めく蜂のような魔物たちが忙しなく出入りを繰り返していた。
ああそうだ、奴らの巣を見つけた。
やはり、そんなに遠くない場所にそれがあった。
ぴろん!
【バルガーヴェスパニア ランクC】
【バルガーヴェスパニアナイツ 脅威度B】
【バルガーヴェスパニアナイツ 脅威度A】
目の前にいる敵は二種類。
今入っているバルガーヴェスパニアはいわゆる働きバチの役割で、ヴェスパニアナイツは巣を守る近衛兵ということだろう。
バルガーヴェスパニアナイツはそれまで存在した白いラインが消え、代わりに夜空のようにキラキラと光る白が散らばっていた。
美しいモノには棘?いや針がある。可愛いモノにも然りだな。
そして、さらなる問題はコイツだ。
ぴろ!
【バルガーヴェスパニアクイーン 脅威度 不明】
意外にも女王蜂が強いパターンだ。
現実的に考えればデカイだけで、そこまで強くないし攻撃性も少ない。
まぁ、ゲームならそんなこともないか。
女王は表には出ていない。当然ながら巣の中で籠城しており、姿までは見えなかった。
『数が厄介だな』
ピロロロロロロッ!!と、巣に近づくに連れて、律儀に全て表示するSEが忙しい。
そこは一括で一回でいいんじゃねぇ?とも思ったが、面白いのでこのままでいいな。
【バルガーヴェスパニア ランクC】
【バルガーヴェスパニア ランクC】
【バルガーヴェスパニア ランクC】
【バルガーヴェスパニア ランクC】
【バルガーヴェスパニア ランクC】
【バルガーヴェスパニア ランクC】
【バルガーヴェスパニア ランクC】
【バルガーヴェスパニア ランクC】
【バルガーヴェスパニア ランクC】
【バルガーヴェスパニア ランクC】
【バルガーヴェスパニア ランクC】
【バルガーヴェスパニア ランクC】
【バルガーヴェスパニア ランクC】
【バルガーヴェスパニア ランクC】
--
【バルガーヴェスパニアナイツ 脅威度B】
【バルガーヴェスパニアナイツ 脅威度B】
【バルガーヴェスパニアナイツ 脅威度A】
これで1小隊の塊だろう。
1セット14匹の通常種と、それをまとめる3匹のナイツ達。
『それが......ざっと20セットは見えるな』
稀にはぐれが出るが、基本視界の範囲内での単独行動だ。
どこまで離れても、大抵はヴェスパニアナイツが監視している。
『脅威度Aの奴がリーダーって感じか』
働きバチのバルガーヴェスパニアを、ナイツが統率本能で支配し、それを女王蜂が支配する。
女王蜂の支配レベルは相当高いらしく、当然のように俺もそれに惹かれていた。
『上司の命令を無視するみたいな感覚だな......なんか』
うるせぇ!!クソ上司!!
そのマインドを持って、女王蜂とナイツのコントロールからは何とか抜け出せる。少しでも気を抜こうものなら、たちまち俺も働き蜂の仲間入りだ。
働き蜂だけを相手にするなら、七匹でも何でも大したことはもうない。
『しかしナイツ!お前はダメだ!』
アイツが一匹いるだけで統率の質が桁違いのレベルだった。
上級職が初心者パーティーに入って指示している状態だ。立ち回りにまるで迷いがない。
そんな状態だから俺は今、かなーり遠くから彼らの行動を観察している。
因みにナイツの一匹に捕捉されているが、ただの怠け蜂だと思われているらしい。
『あー怖!!一発殴ったらバレる......』
無理に攻略する必要はないが、俺はどうしてもこの巣の奥に用事があった。
どんな用事かというと、下層と上層へ向かう、丁度いい岐路に巣を作ってやがるんだ。
俺はその先に用事がある!
なんでこうも現実の蜂然り、ゲームの蜂然り、ピンポイントで嫌な箇所へ巣をおきやがる!!
もっと人通りのない森の中とかに作ってくれると助かるが、それは人の都合というものだ。でもお前らも巣に近づいたら攻撃してくるだろ!?だからせめて家に作るのはやめてくれ!!お互いに損だ!!
ゲームでそれを再現するのは......開発の嫌がらせだろぉ?
『しっかし...どうするか......』
ターゲットフォーカスで何匹かにタゲをつけてみる。
同時に追跡出来る最大数は三匹で、範囲内に入ると自動的に捕捉してくれる。
既にザトウヌシや闘鬼バルカ、例の冒険者たちやムカデの親玉はその範囲から外れており、今はマップ上から消えていた。
また範囲内に入れば自動で捕捉してくれるって仕組みだ。便利。
それでわかったことだが、どうやら巣の周辺まではナイツが統率し、そこから先は働き蜂だけで行動するらしい。そして14匹から更に分岐して、俺が戦った7匹と7匹の形態へ移行するのだろうな。
【パンパカパーン!!】
ファンファーレが鳴った。
この感じだとターゲットフォーカスの熟練度か?初のレベルアップといった所だな!!
【ターゲットフォーカスのレベルがⅡに上がりましたよぉ〜!!レベルⅢを目指してこの調子ですよぉ〜!!】
んん!?一気に捕捉できる範囲が拡大したぞ!!
今いる中層を基準に、上下の範囲は大体上層から下層までの範囲索敵が可能!
左右の範囲はザトウヌシのいたボス部屋から、コボルトキングダム跡地程度までで、渓谷のあった場所には届かない。
体感としてはそこまでだが、ここから渓谷までは割と距離があるらしい。
『レベルⅢを目指す?それがレベル上限なのか?次は追跡範囲...このダンジョン全体とか?』
あり得なくはないが、役に立つかは不明な能力だった。
あまり関係はないが、ゲーム開発をした人は分かる小ネタを一つ話そう。
大抵こういうスキルの範囲はスフィア、球状で設定することが多い。理由は単純で、複雑な地形に合わせて設定する必要がないので楽なんだ。
恐らくこのスキルも同じで、俺がいる場所を中心に、球体の透明な判定が生成されている。そして、レベルが上がる毎にその半径が拡大しているってことだろう。
さて!そろそろそんな現実逃避の話はやめにして、どうやってこの巣の先を越えるか考えようか?
『自然体で近づいていけば大丈夫説』
俺はその適当なノリで巣に近づいていく。
大丈夫、問題ない筈だ。この脳内マップに敵のマーカー機能もなければ、警戒度を色で示してくれる機能もないが、恐らくは中立だろう。
俺から攻撃しない限りは特に問題ないと信じたい。
ブゥゥゥゥゥゥ...!!
羽音と羽音が重なり、共鳴するように音が強くなっていく。
同胞が俺の横を通り過ぎて巣の中に入っていく。今のところ、特に怪しまれてはいない。
AIの中からプレイヤーを探すゲームのように、俺は周辺の仲間たちが取りそうな行動を取った。例えば巣に止まってチョコチョコと無意味に歩いてみたり、くしくしと触覚や手脚、大顎を手入れしてみたりする。
奴らの巣は岩肌にこびりつくように、トックリ蜂の巣のような土?を素材にしていた。
『ごめん訂正。コレ、殻で作ってるな...』
どうやらコイツら、あのムカデのカッテェ殻を剥いで、岩と土と唾液をブレンドして巣材にしているらしい。
よーく観察すると、あのキモい模様がいっぱい敷き詰められていた。
うん!そんなに観察したくない!
『さて...どうやって攻略しようか...』
通りすぎることも可能だ。しかし、不意打ちをするチャンスでもあった。
警戒されていない今のうちに、ミニダンジョンと言えるこいつらの巣の中を確認しておきたい。
こそこそと這いずって、こっそり巣の中に忍び込もうとした時だった。
ズズズズズズズズッ...!!
少し離れたところから聞こえた怪しい音。それと同時に、這いずるような地鳴りが巣を揺らした。
『地震!?いや違う、ムカデの親玉か?いや、また別だ!!』
俺はカサカサと動き、急いでその場を離れる。
何かがこちらに向かって近づいていた。
何か、何か巨大な......何かだ!!その何かはすまんが分からねぇ!!
ゴゴッォォォン!!
岩壁が崩れる激しい音が響く。
辺りに飛散する尖った岩の塊。
周囲を飛んでいたバルガーヴェスパニアたちが、その容赦のない勢いに叩き潰されていった。
『嘘だろ!?壁が崩れ...!?』
ピロっ!!
【バルガーディアス 脅威度 不明】
ピロッ!!
≪魔物図鑑≫
【ディアス種 ランク???〜???】
バルガーディアス 脅威度 不明
L??? 脅威度 ???
岩壁を荒々しく突き破って出てきたのは、オパールのような輝きを放つ......大蛇!?
当然のように脅威度は不明。
見た目はくすんだ鏡のような雫状の鱗を持ち、周囲を包むような静かな光源で反射した奴の体表は、淡く七色の輝きを放っていた。
ズルズルと重い音を立てて巣の下に近づく。
『ビームとか反射するタイプの敵だ...』
ビィィィィィ...!?ビィィィィィ...!!
しばらくして状況を理解したのか、周囲の蜂が一斉に羽音を立てて警戒し始めた!
待てお前ら!相手は≪脅威度不明≫の強敵だぞ!?逃げないと、俺たちは全滅しちまう!!とか思いつつも、こっそりと確実に距離を空ける卑怯な俺。
バゴッ!ドゴッ!!蛇は自身の身体を鞭のように振る舞った。そんな激しい殴打の音と共に、壁に叩きつけられていく俺の同胞たち。
『はははは、一撃かよ......』
それの攻防は圧巻だった。
蜂の針を一切受け付けない頑丈な鎧の鱗。
顔や目もガラスのような透明な鱗?膜?で覆われており、弱点らしい弱点はないように思える。
ガラスの鱗に傷自体はつくが、つくだけだった。その防御を突破するまでには至らないのだろう。
『マジかよ...!ナイツの統率が通用しない......』
完璧な統率で群がり動くバルガーヴェスパニア。しかし、それでも全く歯が立たなかった。
獲物が数で押してくるのなら、代わりに圧倒的な質量で応えようとでもいわんばかりの堂々で、荒らす!!散らす!!
蜂の散り際が妖艶に奴の鱗に反射する。美しい、あるいは恐ろしい、その双極を兼ねる魔物だった。だが、バルガーディアスには何かが欠けていた。
『脅威的だが、恐怖はないな』
そう、闘鬼バルカやザトウヌシといった強者たち。彼らから感じた、見下されるような威圧感と、恐怖をこの魔物からは感じなかった。
目の前の惨状を見るに、決してそんな余裕はないのだが。
『ナイツですら歯が立たないのかよ』
散らされ、スナック菓子のように次々と喰われるバルガーヴェスパニアの群れ。
ナイツも前線に向かい、総出で刺すが無駄!しかし彼らの統率本能は高い。それが効かないと分かると、比較的柔らかい部位を狙い、毒を蓄積させようと試みるがダメだった。
奴には、バルガーディアスという大蛇には、柔らかい部位など一つも存在しなかったのだ。彼らの武器の全てを持ってしても、傷一つ与えることは叶わない。
バキ...!!メリメリメリ...グシュ...ブシュッグシュ......!!
巣を守ることは出来なかった。
大蛇はその豪快な音を立てると、彼らの巣の一部を破壊した。そして、美味しそうに蜂の子を喰らった。
彼らも一部は諦めず、口内へ最後の足掻きをする。コレはいけるか!?
ペキ...!!
奴の淡く白い舌は、薄いガラスのように透き通っていた。
舌に突き刺さした針は、渇いた音と共に見事に折れると宙を舞った。
彼らは壊滅した......しかし、この状況は特に珍しくないらしい。
女王蜂は既に逃げていた。
時間稼ぎに過ぎなかったのだ。
周囲に転がっている死骸はせいぜい数十匹程度。この巨大なコロニーにとっては大した数ではなかった。
女王はほとんどの働き蜂とナイツを抱え、俺を置いて彼らと遠くへ逃げていた。
『だから蛹が通路に転がってたのか』
その彼らの手脚には、まもなく成長する蛹と幼虫を抱えていた。地面に抱えきれずに溢れた個体が、無力にも蠢いていた。
やはり勝てないことは想定内。本当にただの時間稼ぎ......ただ、それだけの使命だった。
その平穏を破壊した当人は、俺には目もくれずに落ちた幼虫と蛹を美味そうにパクパクと飲み込んでいった。
成虫は好みではないのか、今では一匹も手をつける様子はない。
満足したらしい。
ズズズズズズズズッ...!!
奴は再び獲物を求めるような勢いで、さっきまで巣があった岩の柱と柱の間を通り抜けていく。
ガラガラと柱が奴と重なり崩れる音が周囲に鳴り渡った。
『なんか......とんでもねぇ場所だな......わかっちゃいたけども』
俺の中でだが、やはりここは序盤のダンジョンじゃない説が濃厚になってきた。
だけどもう、あんまり気にしないことにした。もう今更だろ。
ぴろ!
【バルガーヴィスパニアナイツ 脅威度A】
奴の仕留めた器があった。
叩きつけられて内部がぐちゃぐちゃに破壊されているのだろう。虫特有の反射もなく、ピクリとも動かない。
いくら堅い殻でもあのレベルの衝撃を殺すには至らないらしい。丁度、脳挫滅のように...中に入っても流石にこれは動かないだろうな。
『このレベルの器でも一撃......か』
俺は周辺を散策し、比較的傷の浅いナイツの器を選んで入る。
『まぁ、全部致命傷なんだけどね』
浅いといってもそのレベルの傷だ。
俺の思う大きな傷は、体が原型なく崩れてるとか、脚が取れてるとか、入ってもピクリとも動かないレベルの傷になる。
まぁ、中が少しグチャってなってるとか、少し外傷があるだけとか、栄養失調で死んだとか、そういうのはなぜか動く。
それが致命傷で死に至ったはずなのに、俺が入るとなぜか動くんだ。なんかゾンビみたいで怖いよな。
俺ってもしかして......ウィルス?
『どっちかといえば寄生虫じゃね?お!これ綺麗じゃん!』
大きな傷のないバルガーヴェスパニアナイツの死骸を見つけた。その肉体の中に、俺は寄生するように中に吸い込まれていった。
ぴろッ!!
【バルガーヴィスパニアナイツ ランクB】
≪ステータス≫
HP 524
MP 79
ATK 342
DFE 162
MDF 277
SPD 185
≪固有スキル ヴェスパニアナイツ≫
【毒針】...突属性の攻撃に毒を付与する。
【統率本能】...熟練度が上がるほどに支配力が上昇する。
【本能解放】...HPが30%以下になると発動。ATK、DFE、SPDが大幅に上昇する。
【羽音】...飛行時、敵に気づかれやすくなる。
スキルに大差は無かった。
強いていうなら≪獰猛化≫が強化されていた。
【本能解放】...HPが30%以下になると発動。ATK、DFE、SPDが大幅に上がる。
この大幅に上昇するが一体どれほど上昇するのかは不明だが、確実に50P以上だと期待できる。
流石に下位スキルより低い数値でDFEが付いただけは弱いだろう。というか、それは弱すぎる!!
『みなぎってきた!!』
完全な上位互換が幸運にも手に入ったこの喜び!脳汁が吹き出そうだ!!てか出てる!!
器も思っていた以上の損傷はなく、普通にHPも満タンだしMPもみなぎっていた。
ステータス全ての項目がそれまでの器の、実に二倍以上のステータスを誇っていた。
ヤツの手柄を横取りする形で癪ではあるが、何より俺の獲物を横取りしたことが許せない。
『MMOでそんなことやってみろ?晒すぞ?プレイヤーネーム!!』
今時、そんな乱暴な奴はいないと信じたい。後者の話だ。
今はコイツの器を恥もなく頂く...いや、借りるだ!
ヤツに一泡どころじゃねぇ、最期の泡ってやつを吹かせてやるよ!
『そんでもって器を貰う!』
フイっと左を見ると、アイツが開けた横穴があった。その反対には半壊した奴らの巣。
ゲームだと鬼の後を追うのが得策だが、この器では羽の音がうるさすぎる!!
地面を這ってステルスしようにも、奴のスピードに確実に負ける未来が想像できた。
『まっ!幻のモンスターみたいにそのうち遭遇するだろ!ははは!』
とりあえずその横穴を抜けてマッピングの続きをすることにした。
俺は、少し無理に笑った。
アイツは見た目は綺麗だったが、攻略は汚かった。なんなら食い方も汚かった。
ごり押しで通用しない敵の存在を、戦いのマナーってやつを早く、叩き込んでやりたいもんだな。
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