3% バルガー山脈(5)
バルガーディアスが崩した岩壁の中に入った。
『うーん......おかしいぞ?』
その奥には左右に伸びる長い通路があった。
表面はトンネルのように綺麗に整っており、ここが人の手で掘られた通路だと示していた。
壁際には管理されていない燭台と松明が並んでいる。長いこと使われていない通路のようだ。
『なんでマップに映らない......?』
俺がさっきから困っている理由だ。
この場所が人工的に作られた通路とする証拠の一つでもあるが、表示としては壁の中にいる。
この通路の地形も、その先の状態もよく分からない。
考えられるのは隠し通路......つまり!ヒミツの通路の存在が確立されたということになる!!しかし、それだと進捗度にどうして反映されないのかが分からない。
何かしらの実績なり、ボーナスがあってもいいと思うのだが......?
『それとも、強制イベントで発生する通路的な場所か?』
秘密の通路といえど開発はそれを知らせるヒントを用意しているものだ。
それこそあからさまな色の壁やNPCとの会話、クエストの派生からイベントで通れるようになる正規ルートなど。
それがないといつまでも見つけることができず、プレイヤーに不必要なストレスを与えることになりかねない。
よっぽどどうでもいい要素なら、やり込みとして残す方法もあるけどな。
『今回はイベントで開通のパターンってことか......こういう要素もあるんだな』
そういうことだ。つまり、これは正規ルートで、隠し要素とかではないということだろう。
マップに映らない場所もあるということを教えるチュートリアルって訳だ。
目の前に広がる左右の分岐。俺はその分岐を右に進んだ。右方向は緩やかな下り坂で、このまま進めば下層に降りられると考えた訳だ。
その先が分からないので羽音を立てず、遅いが脚をシャコシャコと動かして進む。しばらく先に進んでいくと、更に妙なものが通路の隅に転がっていた。それは剣や砕けた鎧の破片だった。
新しい?いや、錆びきって風化しているってことは大分古いものだろう。
『足跡......?』
更に先へ進むと、比較的小さな足跡らしいモノが大量に付いている。
人がいる?もしかしたら出口近く?徒歩5分物件??
『だとしたら高そうな物件だな』
足跡は俺が向かっている方向に続いていた。
何のためにこんな長い通路を作ったのか?
一歩一歩と先へ進む度、歩みは更に急ぐように前に前にと踊り出す。
『あーーー!!ワクワクするぞ!!』
コレだよぉ!こういうメタ的視点のない謎!!
このゲームに広がる、世界の歴史を紐解くこの感覚!!
パズルゲーで間接的に歴史を紐解く?
あちこち歩いて痕跡集め?
違うんだよ!!
既にその歴史には列記とした答えが隠されていて、誰だって辿り着ければその瞬間に答えが手に入る状態にあるんだよ!!
たまたま入ったダンジョンに答えが置いてあっても、それが答えだと理解できなければ、それが答えだったと理解する旅がそこから始まるんだ。その逆だってあり得るし、それが謎を解くってものだろ?
ゲームのシステムはそれを補助する一つの要素でしかない。それがガイドラインになるなんてあってはならないんだ!!
それこそがオープンワールドってものだろ?
『俺の予想が正しいなら、あれがあるはず』
俺はその先に待っているものを既に知っていた。パズルのピースは既に登場している。
そんなに難しい答えじゃない。序盤に答えっぽい要素は出ている。
荒々しい削りの横穴を通り抜けていく。
面白いことに、まるでそこまで開通することを計算したかのように一本道だ。
その一本道にはボコボコとした跡が残り、あの大蛇が這って進んだ痕跡が残されていた。まだ......新しい。
『この先から来たのか?』
やはりマップは機能しない。いつ例の大蛇、バルガーディアスが襲って来てもいいように静かな移動を続ける。
コレを掘った連中は、この場所の危険度を知っていた。俺が未だに興奮しているのは、この横穴を掘った連中の正体とかじゃない。
『俺の予想が合ってれば、この先にコボルトキングダムが待っているはずだ』
それが俺の予想だった。
コボルトキングダムの跡地を覚えているか?渓谷の近くの大きな空洞だ。
崩れた泥の塊で溢れていたあの場所、それがコボルトキングダム跡地だった。
この世界のコボルトがどんな種族なのかは不明だが、おそらく人型で、あの泥の塊は彼らの居住区だったものだろう。
ある程度の知性を持った魔物...?亜人種...?となるわけで、この通路を掘って新しい土地を目指せる知性も頷けるというわけだ。
問題は別にあって、仮に彼らが”何かしらの原因“で移動を余儀なくされたのであれば、それがなんだったのかがまだ分からないってところだな。
あの大蛇も関係することなのだろうか?
『コボルトキングダムの脅威......か』
まぁ、あくまでも予想だ。普通に例の冒険者たちが作った通路って可能性もある。
それもこれも、先に進んで確認すれば早いだろう。
しばらく先へ進むと、少し先に暖色の小さな灯りが画質の悪い俺の視界に入った。
因みにだがこの器、蜂の視界は蜘蛛とはまた大違いで、おそらく赤とか橙の色が全て黄色に映り、後は緑と真っ青な世界が全体的に広がっている。
暗くても普通に見え、濃淡がかなりはっきりした視界だ。
目の前の光も暖色だが黄色く、視力が悪いからか、ピントのズレた街灯のようにぼんやりと揺れていた。
ササッ!何かが通路に落ちている鎧の陰に隠れた。それまで灯っていた光が消え、周囲が再び完全な暗闇となる。
トコトコと六本の脚を上手く操り、そこへ向かう。
その陰に近づいた瞬間!
「ルェ...ルェルア!デームァ...!!ルルゥアァノ!!」
例の謎の言語が通路に響いた。
まだ幼い男の子の声だ。
カチ!カチ!と短剣で叩かれる俺、それを容易に耐えるかってぇ殻。
まじでダメージが0以下でしかない。
『せめて刺せよ!!』
その適当な乱打に思わずそういってしまう。しかし声は出ない。大顎がカチカチと鳴る音だけが小さく出るだけだった。
堅いものには一点突破!強力な一撃を比較的柔らかい弱点部井に突き刺し、一発KOを狙うのが定石だ。
そう上手くはいかないのがこの世界。
カラン...俺の大顎の音に驚いたのか、その子は短剣を落としてしまった。慌てふためく姿が映る。
『俺のことが見えてない......のか?』
どうやらそうらしい。洞窟に暮らしているからといって、暗いところでも見える訳じゃないようだ。
生物でも土に潜ってると目が退化することが多いから、案外元々の視力が弱い種族なのかもしれないな。
そんなことはどうでもいい!俺の予想は正しかった!!
『コボルトキングダムは、この先にある...!!』
その証拠がこの子だ。この様子だと、普段は少なくともこの位置までは魔物が来ないのだろう。あるいは近くに大人がいないのを見るに、隠れてここまで来た可能性もある。
さては、悪い子だな〜?
ピロッ!
【コボルトキッズ 脅威度 なし】
ピロっ!!
≪魔物図鑑≫
【コボルト種 脅威度???〜???】
コボルトキッズ 脅威度なし
L??? 脅威度???
L??? 脅威度???
L??? 脅威度???
L??? 脅威度???
L??? 脅威度???
L??? 脅威度???
L??? 脅威度???
L??? 脅威度???
L??? 脅威度???
L??? 脅威度???
L??? 脅威度???
L??? 脅威度???
L??? 脅威度???
L??? 脅威度???
L??? 脅威度???
L??? 脅威度???
L??? 脅威度???
??? 脅威度???
驚いた......亜人種も魔物図鑑に載るのか。
ということは......?いやいや!流石にそんな酷いことはできない。
俺がコボルトキングダムの脅威になってどうする!!その選択肢もあるんだろうが、それは何周もして飽きた時の遊びだろ?
『まずは正規ルートで遊ぶか』
第一にだな?俺の、いや...ゲームでのイメージに反して、この世界のコボルトはあまりにも可愛い顔をし過ぎている!!
エルフより長い垂れた耳に青い肌。そして大きなくりくりとしたまんまるの目に、少し尖った犬歯は八重歯のよう。
髪の毛がないのかと思えばそうでもなく、薄い紺?紫?のような、さらさらとしたショートヘアースタイルだ。
見た感じまだ10歳とかその程度の年齢じゃないだろうか?いや、まぁ、年齢による老化とかって種族でだいぶ違うだろうから当てにならんか。
カチカチと短剣を振っていた威勢も消え、今では涙目で、ブルブルと鎧の隙間に身を隠して震えていた。
『そんな幼気なこの子を噛み殺す...?ムリムリムリ!!......ど畜生だろそいつ』
俺の見た目は恐怖の対象でしかないのだろう。というかこの子にとってはどれもその対象だろうな。あのダンゴムシですら危うい。
目の前で小さく、さっきの謎の言語を繰り返し呟いていた。恐らく、この子のいうことはこうだろう。
「く...来るな!来ないでよ!」
とか
「な...なんで!?嫌だ...!!どうして!!」
こんな感じだろうな。
その子の震えは止まらず、光のない死んだ横目で俺から視線を逸さなかった。
驚いた。まだ諦めていないらしい。
流石に可哀想になってきたので正体を表すか?そうだ、俺の本性、アルマの姿さ。
ふわっ...と器から抜けると、周囲がほのかに白い光で照らされた。その光がコボルトの子の目に映ると、その目から途端に恐れが抜けた。
「アリュマ...?レーファァ......ハ、ハピラータ!!アハハ!!」
安心したのか笑いはじめてしまった。可愛いなぁ〜。しかし、すぐにハッとした顔になる。
この世界のアルマってどういう立ち位置なんだろうか?まぁ、あんだけ一方的に消されている種族だから攻撃的では無いんだろうな。
現に目の前のコボルトの子供は、だいぶ落ち着いた様子だった。
「ア レリュータ...レル!!ルアァ?」
すると突然自分を指さしてそういった。愛称はレル。そういいたいんだろうか?
恐らく俺の名前も聞いているんだろうな。蜂の器に戻ると、前脚で壁に俺の名前を書こうとする。
「レェフィート...?」
壁に手を当てて止まった俺に、コボルトの少年レルはそういった。
思い出せなかった。
自分の名前を、この世界に来る前の自分を、名前を、生活を、あいつの顔も、住んでいた街の名前さえ、何も、思い出せない。
「??」
固まる俺に、やはり不思議そうな顔で覗くレル。その不気味な状態に、少し表情に陰りが出る。
俺は俺で焦っていた。流石に、この状況はおかしいだろ?なんで思い出せない?
ここに来るまでの経緯は覚えている。
あいつといつも通りあの店に飲みに行った後のことだろ?ああ!!くそ!!顔がぼやけてやがる。
職場周辺の地形も記憶してる。でも、それがどの県にあって、どこにあったのかがわからない。どんな名前の会社だったかのが分からない。思い出せない。
その中で思い出せるのは、俺が攻略サイトの管理人だったことと、その記事の内容。そして、同じようにそれを管理する仲間がいたことだ。
仲間...仲間...いや、確かにいたはずなんだ。
「...ルェルト!アリュマ!」
その呼びかけにハッと我に帰る。ずっと壁に手を当てて固まっていたようだ。
指先を見ると、日本語でワ...と無意識に書いていた。ワタシは〇〇だ!と書こうとしてやめたらしい。
俺はそのコボルトの少年に“アリュマ”と命名されたみたいだ。
ゲームの最初に名前を決めるチュートリアルがあってもいいと思うが......勝手に決めろってことか?
あるいは......俺はあくまでこのゲームの主人公に憑依したプレイヤーで、その主人公の正体を探る的な展開も考えられるな?
なんにしても、今考えてもしょうがないことではある。
名前は後で適当に決めておこう。
レルはすくっと立ち上がると、再び松明に火を灯して先へ進んでいく......なんだ?
『バイバイとかそういうことか?』
「ルェールートー!!」
レルはぽんぽんと、両手で軽く胸を叩いて合図した。どうやらバイバイではないらしい。
独特なジェスチャーだったが、俺はその意味を理解した。
『付いて来いってことぉ?』
警戒解くの早くね!?まぁ、子供ってこういうもんか!
俺はトコトコと歩いてレルの元に向かった。
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