3% バルガー山脈(6)
レルは俺を放す勢いで走っていく。何やら急いだ様子だった。
『ちょっ......速いって!!』
まるで案内役のNPCのように追いつけない!
念のために≪ターゲットフォーカス≫で注目しておく。
レベルがⅡに上がった特典なのか、今は最大で同時に五体までの追尾が可能だった。
壁の中で白い点が移動している。
レルはまだ俺の姿が怖いのか、俺が近づくとビクッと反射的に体を震わせるが、すぐに笑顔になる。
「ルェル!」
振り返ってそういうと、元気よく壁に向かって指を指した。
『ちょっ!どこに行くんだ!?』
レルは突然指を指した壁に消えて見えなくなった。急いでそこまで歩いて行くと、その謎が解ける。
不自然な横穴が空いている。
前に続くルートは変わらず綺麗に整地されていたが、この横穴のルートは無理やり崩して進んだような荒い道だった。
バルガーディアスの這いずった跡が奥に消えていた。奴はこの先から来たらしい。
「ルェル!ルールー!!」
そこに入ると入り組んだ空間に出た。ここからはマップが使えるようで、どうやらまだ先があるらしい。魔物の気配はない。
≪ターゲットフォーカス≫でレルを確認すると、無数の柱の奥にいた。
何層かの段になっていて、レルはそれを慣れた手つきでひょいひょいと登っていた。
奥まで登り切ると、くるっと振り返ると急かしてくる。
急いで!!そんな意味だと感じ取る。
『面倒だな......飛ぶか!!ブゥゥゥゥゥゥゥ...!!』
こういう時こそ羽を使おう!!
俺が羽音を立てると、レルは再びビクッと体を震わせ、驚いた様子でそれを見ていた。
しかしそれも一瞬で、次には俺が飛んでいる姿にどうやら喜んでいるようで、ピョンピョンと飛び跳ねている。
本来なら小さな子供が、そこそこヤバい魔物に追いかけられて絶対絶命的な状況下にしか見えないよな。
ブゥゥゥゥゥゥ...!と飛んでレルの元まで辿り着くと、彼はひょいっと更に奥の段差を登って通路に向かっていった。
慌ててレルの元へ駆けつける。
『な、なんだこれ......川?いや、地底湖か?』
その先は更に巨大な空洞になっており、地下水が合流して無数の川のような形状になっていた。
天井には鍾乳石のような、大きな石柱が無数に生えていた。ポタポタと水が滴っている。
ザァァァッ!!という轟音が右から聞こえる。右を向くと滝のように、天井に空いた穴から激しく水が流れ出していた。
レルは点在する足場をピョンピョンと渡って奥に向かっていた。
ブゥゥゥゥゥゥ!!俺もそれに続いて奥に向かう。
大きな柱を越えた先に、開けた足場があった。その中央には、ゲームでよくある、意味ありげなオブジェクトのように置かれた大蛇の抜け殻があった。
『バルガーディアスの抜け殻......なのか?』
そのガラスの彫像のようなオブジェクトは、レルの松明を反射してキラキラと光っている。
レルはそれに指をさし、何かを伝えようとしていた。
もしかして!ここで何やらコソコソしていたのは、こいつの抜け殻を集めて綺麗に飾ったから見てくれとか!?
『レルが作ったのか?』
ビィィィとホバーをして体勢を固定すると、前脚でチョンチョンとレルを指し、その後に抜け殻を指した。
その意味を理解したのか、レルはぶんぶんと大袈裟に首を振った。
「ア...?ノ...ノーア!ノーア!グロウディアス!ミュタ...ミュタ......!!」
ミュタは多分、恐ろしいとか脅威とかそんな意味なんだろうな。ノーアは否定系か?コボルトというか、現地民はアイツをグロウディアスって呼んでるのか。
何となくだが分かるな?しかし驚いた。確かによく見れば六角形の鱗に目の膜といい、完全にバルガーディアスの体そのものだ。
さっきの奴じゃない......もっとデカイ!
『そうか...大分古いな』
飛ぶのをやめてそいつの近くに降り立った。近くに寄ると分かるが、所々に土埃が積もっている。
カンカンと慎重につつく。崩れはしない。そもそも継ぎ目が確認できない。本当に抜け殻なのか?
『......死骸なのか?』
だとしても、これだけ時間が経っていれば中身はスカスカだろう。実質的な抜け殻だ。
案外、こいつらの巣が近くにあるのかもしれないな?
それで......コレが一体何だっていうんだ?
「ミュタ!グロウディアス ルールァ マア!リーム マア!ノーア...ノーア...ア!ノーア!!」
再びレルがいる場所まで戻ると、彼はやはり何かを伝えようとジェスチャーを交えてそう話した。
『なるほど......さっぱり分からんぞ...?』
両手を上下させ、ジェスチャーで待て待てと合図する。
レルはうんうんと頷いて待ってくれた。
とりあえず状況を確認しよう。そもそも何を伝えたいのかが不明だからな。
予想できる範囲で簡単にニュアンスだけ解読しよう!恐らくだがこんな感じだ。
ミュタ=脅威?恐ろしい?敵?
ア=僕?私?一人称?
ルア=君?あなた?二人称?
マア=文脈的に三人称か?
ルールァ=???
リーム=???
ノーア=否定?
ルェル=呼びかけ?
直訳するとこんな感じになった。
「脅威!グロウディアス ルールァ みんな!リーム みんな!違う!違う!僕!違う!」
これでもまだ......よく分からないな。
そもそも、なんでこんな抜け殻を異様に恐れているんだ?
改めてそれを見上げる。所々が苔むした年代物で、鑑定に出したら良い値札がつきそうな置き物だった。
例のぴろぉっ!とかいう、間抜けな名前の表示もない。つまり、こいつは魔物判定じゃないってことだ。
『やっぱり、近くに巣があるのか?』
そう思って俺は、地面にたくさんニョロニョロと、バルガーディアスが集まる空間を描いた。
レルは首を傾げている。意味が伝わらなかったらしい。
更に追加でそれが空間から飛び出す様子も描いてみたが、やっぱり納得のいかない表情で、「ノーア!ノーア!!」と首を振った。
『えぇー??どういうことだってばよ』
俺が困った様子でまごまごしていると、今度はレルが短剣を使って何かを描き出した。俺から見て右から、左へと絵が流れて行く。
ガリガリと、無我夢中でレルは描き込んでいった。俺はそれを順番に解読していく。
1 バルガーディアスの絵。
2 バルガーディアスと大きな槍の絵。
3 壊された無数の四角の絵。
4 ゴツゴツした鎧の絵。
5 レルと誰かと四角の絵。
6 この場所と邪悪そうな何かの絵。
7 この場所に斜線を引いた絵。
8 バルガーディアスの抜け殻の絵。
9 それを誰かに伝えるレルの絵。
10 レルが怒られる絵。
11 俺?小さな丸と鎧の絵。
12 レルが喜んでいる絵。
13 大きな丸い円の絵。
その広間はさながら遺跡かと思うような、壁画ならぬ床画で溢れかえった。
あーなんだろう。小学校とかの体育で退屈だった時に書いていた落書きを思い出すな。
最後まで描き切ったレルは俺を見て、自信満々にフンスと息を吐いた。しかし、当の俺はよく理解出来ていない。
唯一分かったのは、この場所にある抜け殻を大人に伝えて、怒られて、この場所に入れなくなったということだけだ。
『ん?十一番目の鎧が俺なんだとしたら、四つ目の絵に描いてある奴は......誰だ?』
俺は鳥肌が立つ感覚に襲われる。
これがレルの体験談だとしたら、俺以外に自我のあるアルマが存在するってことになる。
あるいはこれが今から起こる話なら、この鎧はどっちとも俺ということになるが......どうなんだ?
そのことを詳しく聞こうと、その絵をトントンと叩いてみる。
「......?」
しかし伝わらない!!言語の壁が厚すぎる!!
この世界の数字すら文字にできない俺を笑ってくれ......はははは。
仕方がないので首を傾けてみる。今は蜂に似た魔物の体だからな!蜘蛛と違ってそれも可能だ!
「...!!ノータ!!」
すると意味が伝わったのか、更に詳しく描いてくれた。下の方に大きく描かれて出てきたのは、ダンゴムシみたいな格好の鎧だった。シュッ、シュッ、その周囲に集中線が描き足された。
『いや、ごめん......全然分からん』
再びそれをトントンと叩いて首を傾けてみる。すると、今度は絵を描かずに俺に向かって指を差し、「アリュマァ!」というと、再びそのダンゴムシを指さして「アリュマァ!」と、屈託のない笑顔でそういった。
『なるほど?ああ、やっぱり俺以外にいるのか......?』
いや?冷静に考えれば分かることだ。レルはその存在を知っているから、俺に対して友好的なんだろ?
この人型のダンゴムシは俺のことではなく、過去に存在したアルマ、あるいは今もコボルトキングダムにいるアルマ、そいつが入っている器のことだろう。
果たして、他のプレイヤーも俺と同様に自由に肉体を行き来きできるのか、あるいはその結果手に入れた、最高の器がダンゴムシなのかは不明だ。そもそもプレイヤーかすらも怪しい。
『それ、いつ頃の話なん?』
これをジェスチャーで伝えたい!!でも......どうすれば良い!?
くちゃくちゃと脚を動かして試行錯誤するが理解されず、時間の表現をどうすれば良いのか悩んだ......そうだ!!
『ちっくたっくちっくたっく......これでどうだ!?』
俺は脚で時計のモノマネをした。
仮にこの世界にも時計や時間の概念があるなら、これで伝わってくれると信じてみる!!
それか太陽か?最悪、俺はアルマの姿で太陽の動きを真似すれば良いのか?
「.........ノータ!!ノータ!!」
やったぁ!!レルは大きく首を振って笑ってくれた。
そして、その絵の横に何か文字を書き始めた。それは、模様のような文字で、とてもシンプルな記号だった。
右上から左下に落ちる斜線。その斜線が二本並んだ文字に、バツマークのような文字が二つ並んでいる。
『......200年?』
直感的にそう感じた。俺は確認するように文字を書き出した。
空白、二本の斜線の文字、空白が続き、最後にバツマーク。
それを俺は書くと、今度は空白のところをリズムよくトントンと叩いた。レルはそれを察したらしく、その中に足りない文字を急いで書き足していった。
1 斜線。
2 二本の斜線。
3 三角形。
4 又のような文字。
5 Lと7が上下にズレて並んだような文字。
6 逆三角。
7 まんま7のような文字。
8 今度はLと7で四角になってる文字。
9 砂時計のような文字。
0 最後にバツマーク。
待て待て待て!これが正しいなら、このゲームの世界の二百年前には、既に俺みたいなテストプレイヤーが存在していて、この世界で遊んでいたってことになるぞ!?
流石にゲーム内時間で二百年だよな?
一年がどんなもんか測りようがねぇけど!!
あるいはチャプター制か?いや、チャプター制だよな?じゃなきゃ......ヤバいって!!
『というか、この世界オンラインなのか!?それに......俺以外にもテストプレイヤーがいたのか!?』
安心するような、なんかガッカリするような感覚に襲われる。
仮に俺が何番目かのテストプレイヤーなら、もうすでに色々とイベントが終わった状況なんじゃないか?
現にレルの絵はその終わりを示しているようにも映った。何か大きなイベントが終わった後のようだ。
『まさか!コボルトキングダムの脅威イベント......もう終わってる!?』
え?じゃぁ、俺は今からコボルトキングダムに何をしにいくんだ?
ダンゴムシの同胞に挨拶?いや、二百年前の奴だぞ?流石にもういねぇだろ!!
レルとの出会いはなんだったんだ?いや、別に全ての出来事が俺にとっての喜劇である必要はないんだけど......じゃぁ、俺は今から後日談を聞きに行くのか?
『嘘だろぉぉ〜!?そりゃないぜぇ〜』
「フフ、アハハ!」
レルが笑った。どうやら、俺のテンションが露骨に上がったり下がったりしていたのが面白かったらしい。隣で腹を押さえて笑っていた。
『まっ!そんなこと考えても仕方がないか!』
まだそのダンゴムシのアルマがテストプレイヤーと決まったわけでもない。
もしかしたら重要なNPCってだけかもしれないし、設定や演出上存在するだけで事実的に俺しかいない可能性もある。
仮にそれが演出なら、まだこの先でイベントが発生する余地もある。
『それに、今は他の絵の意味を考える時だろ?』
そう!レルが描いた床の絵には、まだ俺の理解から外れたものがあった。
バルガーディアスの絵は分かる。その後に描かれた大きな槍がちょっとよく分からない。
この絵を見る限り、バルガーディアスがコボルトキングダムの脅威として現れ、大きな槍がそれを撃退した。
この大きな槍は俺とは別のプレイヤー......鎧のアルマによるもので、コボルト族の英雄となった!!
『それでなんとか助かったけど国はボロボロになった...ってオチか?だから移動した?』
その説は俺の中では濃厚な線だった。
コボルトキングダム跡地で崩れていたあの泥の建物、あれを見ればそうせざるを得なかったことが伝わってくる。
そこを棄却するほどに修復不可能な状態だったってことだ。
一度魔物に見つかった場所というのも大きいな。より安全な場所を求めて移動するのが自然な流れだろう。
そんな考察を広げている時だった。
チリーン......!
そんな、風鈴が鳴るような音が聞こえてきたのは。
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