1% チュートリアル(2)


今、俺は最大の危機を迎えようとしていた。

というのも、!!



「ミュタ!ルゥルァ!!」



チュートリアル......ともいかないな!?

おっさんたちは謎の言語を仲間に向かって言い放つと、一斉にその視線が俺に向く。

あの後暫く様子を見ていたが、どうやらあのアルマ達は別個体?ではあるようだ。つまり、消されてすぐにリスポーンというわけでもないらしい。

ほんの僅かに光り方や色、大きさが異なるので頑張れば見分けられる。

何が言いたいかっていうと、ここでやられるとどうなるのかさっぱり不明ってことだ!



『やっべぇ!殺気だった顔でこっち来てる!!』



たまにリスポーンした同じアルマが、またアイツらの攻撃を交わせずに煙のように消えていくところを見るのだが......。

これは、これは仮説だが、



『巡りの森ってそういう意味!?無限ループって怖くね??』



それを今試してもいいが、正直これがゲームなのかの確信がない。

奴らは、俺を追いかけてくる敵は、AIにしては妙に優れ過ぎている。

今は見失った俺を探すべく、茂みを剣で掻き分けながら進んでいた。その動きはまさに人で、泥にぬかるむ仕草や、暗がりから木の根に脚を取られる姿もある。

ブゥンという鈍い音と、近くで潜んでいただろう魔物たちの交戦による騒音。

どうやら奴ら、手当たり次第に襲いかかってきた魔物を狩りながら俺を探しているようだ。つまり、そこそこレベルの高いおっさんってことだろう。

どんなアルゴリズムを組めばこんなリアルになるんだ?

視覚、聴覚、仲間との合図といった連携に、その魔物の特性や弱点を知っている動き。

もしかして、これが最先端の敵AIなのか?



『とりあえず......隠れとくか......』



情報がないうちはリスクを犯す必要はない。

残機制?能力の低下?それとも、オートセーブ地点に戻る?ゼロからやり直しって可能性もあるな?

どんなペナルティがあるか分かったもんじゃない!

不必要で不安定なリスクは事故以外回避するに限る。

しばらく闇雲に走る...?いや、走るように浮く!!

右には木。

左にも木。

雑木林の木々の間をすいすいとレースのように駆け抜けていく。

オートマップがガンガン埋まっていく感覚で、ないはずの脳内が満たされていった。

展開された脳内マップに表示される、俺が進む先の情報。

一面は......どうやらまだ森だ!!



『あ......』



僅かな坂道。少し先には、さっき俺に襲いかかってきた蜘蛛の魔物、

恐らくあの聖職隊にやられたのだろう。可哀想に。

ブゥンッ!!

俺がそれを手を伸ばすように追いかけようとすると、その鈍い音と共に背後から光が迫ってくる!!



『あぶっ!!あぶね!!なんだ!?』



聖魔法みたいな光の弾がビュンビュンと俺の前を抜けて行き、木々に激しくぶつかると霧散した。

木を倒すほどの威力ではないのか、あるいは物理的な干渉ではないのか、木は表面が僅かに焦げたようになっただけだった。

ブゥン!ブゥン!!その音は止まない。

流れ弾じゃない。間違いなくそれは俺を狙って放たれた明確な攻撃だ!!索敵もザルじゃねぇ!!




『ほっ!よっ!!はは!薄いなぁ!!』



俺はその全てを軽々と回避する。視界は大体広角レンズ程度だが、音でどこに放たれたかが判断できる。

FPSやホラーゲームでステレオの音や遅延のない環境が重要なのがよく分かる。よく聴かないと、ろくに敵の居場所も把握出来ないからな。

さて、突如として始まった弾幕ゲームは、俺が知っているどのゲームの弾幕よりも薄かった。

攻撃も自機狙いではあるが、特に際立った偏差撃ちもなく、単純だ。いやらしいホーミング性能もない。

ただ、残機×1(仮)では頼りない!遊ぶこともままならない!!ここはありがたく!フロートスタルタスの器を頂くとしようか!

しかし、一つ問題がある。

実は、既に俺はコイツの器を求めて全力で追いかけているのだ!じゃぁ、なぜまだ器に入れていないのか?

答えは簡単だ。



『転がるな!!まて!!坂道の角度キツすぎるだろっ!!』



おむすびコロリンといえばいいのか?

文字通りその死骸は転がっていた。山の斜面を木と木に揉まれがら谷に向かって落ちていた。

パチンコ台の如く、弾かれた球が釘と釘に当たりながらゴールを目指す様は実に面白いが、それを追いかけている俺は必死だ。

その、やけに丸いフォルムのフロートスタルタスは転がりやすく、転がるたびに!木に当たる度に!ボロボロになっていく!!



『おい!!早まるな!!ヤメロォ!!初めての器ぁぁ!!俺の肉体ぃぃ!!』



前にはボロボロスタルタス、真ん中で必死に追いかける俺、そして約5人ほどの聖職隊が俺を追いかけて後ろという、カオスな状態が生まれていた。

許せないのは流れ弾がスタルタスに当たって粉砕すること!それだけは絶対に避けなければならない!!



『お分かりいただけるかぁぁ!?この状況......!!』



俺にも当たらず、スタルタスの死骸にも当てず、その弾幕を避けていく。ああそうだよ!流れ弾誘導してんだよ!!全部。

問題は俺のゲームオーバーじゃなくて、スタルタスの死骸が朽ち果てるまでのチキンレースってわけだ!



『どこまで落ちていくんだよぉ!!』



増していく勢いに徐々に追いつけなくなってくる俺。こんな状態でも、どうやら速度の限度があるらしい。

必死に追いかけていると、スッ......スタルタスの死骸が消えた!?否!



『あ、穴ァ!?』



目の前に現れたのは穴。それも、かなりの大きさの穴だった。

勢い任せに穴に飛び込む。大丈夫、落下死とかもしないし、頑張れば戻れる!

月明かりが照らすその先にはスタルタス。

深海のように底は見えず、ただ暗闇と遠のいていく月明かり、距離を詰める俺と、土だらけのスタルタス。



「オーウァバ!......デームァ!!ノーア...バルカー!!」



悔しそうな怒号が既に遥か上の方で響き渡った。

ざまぁ!っと言いたいが煽りプレイは良くない。

とりあえず目の前のスタルタスの器が優先だな。そう思いスタルタスの死骸に目を向き直す。

そこには、何度も岩肌にぶつかり落ち、ボロボロがオンボロに進化する過程を歩んでいる姿があった。そして気づく。



『ん?これ、地面に着く前に入らないとまずくね?』



これは宜しくない!!

しまった...恐らく器には耐久値があるはずだ。それこそHPのようなステータスが!!

ローグライクの基本!武器や装備は使い捨て!!嫌なら修理しろ??



『待ってくれ!死骸をどう修理しろってんだ?』



とりあえず全速力?の下降で追いつこうとする。すると、壁が消えた!?どうやらどこか、空洞に出たらしい。

フロートスタルタスは壁にぶつかる回数が減り、俺の全速力を笑うように勢いを取り戻していった。

だが!!入る!!



『よし!入れたぞ!!』



空中で、俺は蜘蛛を得た。途端にのしかかる重力と肉体の重み。そして、下から上に流れる強い風の勢いを肌で感じていた。

あれ?これ、このままいったら、落下死してまたアルマじゃね?ヤダヤダヤダ!!



『マズイ!マズイ!マズイ!地面が見えて来たって!!水バケツ!水バケツで衝撃を......いや!そんなもんはねぇ!!どうする?どうする?どうする?冷静になれ。何か、なんか能力!そうだ、スキル!!スキルがある!!って、どうやって動かすんだよこの体!!あぁぁぁぁぁぁぁ!!』



影のような地面が僅かな光を反射して姿を見せた。段々と鮮明になって行く筈だが、月明かりが遠のいて、ますます距離感が分からなくなっていく。

蜘蛛の体の操作が分からずに、情けなくもがきながら落ちていく。

目測、およそ残り100メートル前後。



100...!


50...!


40...!



『ヤバいって!浮くよな!?そういえばコイツ浮くよな!?フロートって名前についてるもんな!?......どうやっで浮ぐんだよぉぉぉぉ!!』



30...!


20...!


10...!



『脚が動くぞ!脚!なんで八本もあるんだよ!!右と左が同時に動くって!!初心者が引くピアノじゃないんだからさぁ!?』


5...!


4...!


3...!


地面が今ではハッキリ......とまでは行かないが見える。月明かりが静かに岩肌を映す。


2...!


周りを見る余裕はないが、広い空間なのは感じ取れた。


1...!!



『あーダメだ。スキル発動しねぇわ。月が綺麗だなー』



0...!



その直後地面と激突する感覚が全身を襲う...筈だったのだが?

なぜか着地に成功した。浮いてなんかない。ままならない脚で綺麗に、ピタッと着地した。え、虫だから?いや、こんなデカい体だったら空気抵抗も威力軽減程度で役に立たないでしょ?

もしかして、重力がそんなに強くないのか?まぁ、なんにしてもだな。



『なんとかなっだっ!!』




あの一瞬でスキルを確認し、使用する?無理でしょ!!無理無理!!

チュートリアルじゃねぇしこれ!

待ってくれないし!待ってくれなかったし!!

攻略勢はそんな万能じゃない。結構負けるしやり直す。模索した結果、考えられる限りの最適解を出す。それが攻略ってもの。

気を取り直して体勢を整える。

体を動かす。

目を動かす。

カチカチと顎を鳴らす。

糸を出そうと尻に力を入れる。

出た!糸だ!うんこじゃない!!

その奇妙な感覚と感動を味わう。

なんというか、腕と足がもう一対ずつ増えたような感覚......って言っても分からないか。



『てか、どうなってんだよこの視界......!!』



白黒、いや、中央にあるX状の範囲には色がある奇妙な視界だ。

画素数は荒い。拡大しまくった画像を見ているような状態で、ほとんど何がなんだかわからない。動いてないと獲物かどうかの判別すらつかない。

ピントが合わない。

近いものしかわからない。

いや!近いものすら曖昧だ。どうりで周囲の状況がよく分からない訳だ。奴ら、こんな画質の悪い状態でよく動き回れるな?いや、だから動き回るのか?状況を確認し続けるために?

この器の視界に一つ強みがあるとすれば、死角がないレベルでほとんど全ての状況が入ってくる。

360度、俺の視界だ!!



『おっ!こいつ動くぞ!?』



また発見だ!どうやらこの中央のXは回転するらしい。これで何かを判別するしか方法がないってわけだ。

それを、暗闇を照らすサーチライトの如く、グリグリと移動させて辺りのを確認する。



『これが.........蜘蛛が見ている世界なのか??』



ぴょんぴょんと跳ねるように体を移動させ、周囲をXの視界で確認する。多分視界がXなのは、網膜がそういう形状なんだろう。

風が俺の毛に当たってビリビリと音が伝わってきた。

下をみる。いや、正確には視点自体は移動しない。中央のXはある程度動かせるし回転もできるが、それは人でいう目を動かすレベルの動作で、蜘蛛には首がないから見下すことが出来ないらしい。

仕方ないので俺は身を屈めて下を確認した。



『......なんだ?やけに綺麗な地面だな?』



俺の足元、その地面は石畳のように綺麗に整地されていた。

周囲は暗く、生身の人であれば何も見えないレベルだろう。

しかしこの蜘蛛、ある程度の夜目が効くようで、奥の状況も頑張れば見える。

ただ!ただやっぱり画質が荒く、何がなんだか鮮明にはならない。

視力が悪いとぼかしフィルターが入った世界になるが、今は軽いモザイクが掛かった世界に生きているようだ。



『人間の目って優秀だったんだな......』



今はない目に憧れを抱きながら、トコトコと奥に向かって歩いていく。

別にこの器を脱ぎ捨てれば、それと同等かそれ以上の視覚に戻る訳だが、脱ぎ方も正直よく分からない。

一度脱いだら戻れません!...なんてのが怖いから、不必要に試すこともしないけどな?

ある程度歩いて判明した情報だが、ここは特別広い空間ではないらしい。既に奥の壁が見えて......!?



『なんかいる...!?』



その瞬間、俺は強い威圧を感じて動けなくなる。

その正体を俺は理解できない。しかし、間違いなく何かが奥にいる。この器の本能が、恐怖で固まるレベルの何かが奥にいる。

恐る恐る近づいていく。その更に奥から、重たい空気が流れ込んでいた。その場所は、マップで確認するとよくわかる。

まるーく、トックリのようにぽっかりと開いた空間。

幾つもの穴から差し込む月明かりが幻想的だった。

俺は知っている。

そんな場所を。

マップで見れば一目瞭然の空間だ。

例え、黒く塗りつぶされていても明らかだろう。そう、目立つオブジェクトも、細々とした魔物の反応もないこの場所!

まさに、この場所は......!!



『ボスフロア...!!』



パキパキ...と、それまで掛かっていた力が抜けるような音がした。

ミシ...ミシ...と、何かが迫る。気配が迫る。

砂埃が、それが動くたびに巻き上がって流れていった。そして...!!



ぴろっ!!


【闘鬼バルカ 脅威度 不明】



俺を見下すその存在は、まるで嘲笑うかのような表情で俺を見ていた。

俺は必死に広いモノクロの視界と荒いモザイクに対抗するように、Xを動かしてそれの全体を映そうと見上げた。

明らかな敗北が、俺の目に鮮明に映っていた。

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